雪の記憶 ー僕を救った妖精ー

小鷹りく

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第十七話

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「大丈夫だよ」

 ユキトは親の顔を見ずに話す。

「何が大丈夫よ、アンタ倒れたのよ、蹴られて殴られて。相手の親に慰謝料ふっかけてやる。可愛い息子に怪我させて。どこの誰よ。それにアンタもアンタよ、やられっぱなしだんなんて恥ずかしいったらないわ」

 そう捲し立てながら鞄から化粧道具を取り出して病室で化粧直しをし始めた。仕事の時間が近づいている。可愛い息子、という響きに違和感を覚えながらユキトは聞いた。

「僕、もう帰って良いの?」

「ちょっと待ってなさい、先生呼んでくるから」

 そう言って化粧道具をしまうと看護師を呼び、ユキトはベッドの上で医師からの診察を受けた。問題はなさそうだが念の為今晩は入院して次の日の学校も休む様に言われた。母親は一人で大丈夫よね、と申し訳程度に声を掛け返事を待たずに出掛けて行きユキトは病室で一人で過ごす事になった。

 孤独に慣れているユキトではあったが病床が四つもあるのにベッドを埋めているのは自分だけな事が何だか心地悪く流石に不安になった。

 読んで眠る本さえ今は手元にない。テレビは個人個人にあてがわれているがプリペイドのテレビカードがない為に見る事は出来ない。母親は何も置いて行かなかった。

 時間を持て余しベッドから抜け出してカーテンを開き窓辺に立つと暗くなった景色に雪が降り始めた。永雪の体に一片でも良い、綺麗な結晶が降ります様に、ユキトはそう願いながら山があるだろう方向を見る。

 病室は三階に位置し敷地一帯が見渡せて窓から下を見ると手に袋を提げた影が歩いているのが見えた。その影が視線を感じた様にユキトのいる病室を見上げると五分と経たずその影の主は病室へやって来た。

「やぁ」

「もう面会時間は終わってるって聞いたよ。よく入れたね」

「僕ここの病院の息子だからさ」

 自分を助けた少年が裕福な家庭の子だと知ってユキトは内心複雑だった。彼にそんな気持ちが無くても何だか助けてやった、と思われている様な、施しを受けている様な卑屈な気分になった。

「なんで僕を助けたんだよ、巻き添えを食うぞ」

「あんなに殴られてるのを見かけたら僕じゃなくても助けるよ」

「余計なお世話だよ、あのままにしてくれたら良かったのに」

「気絶しておいてそれは無いよ。CTやMRIも受けた方が良いと言われたから関係なくたって心配した」

 ユキトは病院など滅多に来なかったので何の事かよく分からずまた不機嫌になってベッドに戻った。気にせず水野は持ってきた袋からラップに包まれたおにぎり二つと卵焼きと焼いたウィンナーが入ったタッパーを取り出した。

「食べなよ、もう病院食は終わってる時間だったから家から持ってきたんだ」

「……お母さんに作ってもらったの?」

「違うよ、自分で作ったんだ。これくらい出来るさ、毎日一人で食べてるから」

 思いがけないその一言にびっくりした顔をしたユキトを見て水野は笑った。

「病院の息子が?って顔だね。ご飯はお手伝いの文子さんが作ったり自分で作ったりするんだ。今日はもう文子さんが帰ってしまっていたから君の分はお願い出来なかったんだ。だから自分で作ったんだよ。しょっちゅうさ、継母は何も作らないからね」

 溜息をついたが左程悲観していない様子で水野は喋った。

「遠慮しないで食べて良いよ、ほら」

 手渡されてユキトはラップに包んであるおにぎりの包みを開き、食べた。

「警戒しないで食べて大丈夫だよ、ちゃんと手袋して握ったんだから、中身はね梅干しとおかかだ、よ……」

 おにぎりを一口食べると込み上げる胸の熱さに戸惑いながらユキトは堪えきれずポロポロと涙を流した。

「どうしたの、どっか痛む?」

 ぶんぶんと頭を振ってユキトはくれたおにぎりを無言でバクバク食べた。

 止まらない涙をどうする事も出来なかったが、ユキトは水野が持ってきたご飯を泣きながら全部平らげた。


 水野はそれを黙って見届け、何もなければ明日昼過ぎには退院だと聞いているから宿題を持って家に行くよと、そう言った。




 ユキトは水野が帰った後、ベッドの中で声を出さずにまた沢山の涙を流した。




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