雪の記憶 ー僕を救った妖精ー

小鷹りく

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第二十二話

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 救急車とパトカーのサイレンが近づくがユキト達がいる場所は車が入れない。倒れている所から数十メートル下の道幅の広い場所で車両が止まると、救急車からストレッチャーを取り出して細い山道を救急隊員が走り登ってくる。警官もその後に続き二名駆け登ってきた。

 足が氷で固まった少年の真後ろまで人が来ると固まっていた足元の氷は粉雪に変わり警官は少年の服の返り血を見るとすぐに両腕を捕らえた。少年は呆然とした状態でそのまま連れて行かれた。

 救急隊員の二人がユキトに駆け寄るとふわりと薄く人型をしたような靄が風と共に消え、一人がユキトに声を掛ける。

「聞こえますか?お名前言えますか?」

「———はぃ……永雪さん……」

 水野が少し遅れて走って戻って来た。

「ユキト!ユキトーーー!」

 救急隊員はごく少量の出血で済んでいる刺し傷を見て不思議に思ったが素早くストレッチャーに乗せて出来るだけ振動を与えないように山道を下っていった。

 水野はユキトに付き添い、病院まで手を握ってユキトの名前を呼び続けた。






 ————————




 靄の中に学校の教室が見える。ユキトを刺した少年が席に座っているユキトに話しかけた。言葉は聞こえない、何を言っているかは思い出せない。少年は少し赤い顔をしてユキトに何かを伝えた。だがユキトは何も言わずに席を立ち、カバンを机の端から取るとそのまま教室を後にした。

 そのまま教室は雲となり、形を崩して流れていった。

 また暗闇に靄が生まれ、今度は廊下でその少年がユキトに話しかけた。ユキトは無関心に頷いただけだった。その廊下はまた雲となり風に消えていった。

 また靄が生まれ、皆んなが遠巻きでユキトを見ている事に気付いた。少年が明らかに敵意を持ってユキトを見ている。

 何かがズレた、そうユキトは感じた。

 止まない黒い言葉、蔑む目に冷たい顔、しかしそれもまた雲に形を変えて消えていった。


 次に気づくとユキトは誰かの膝の上に寝ていた。皮膚感覚は冷たいのに温かい感覚をもたらす不思議な膝に頭を乗せている。目を開けると永雪が心配そうに見つめていた。聞いたことのある彼の声が耳に響く。

「痛みはまだ有るか」

 ユキトは声を出そうとしたが出なかった。代わりに違う声が内側から響く。

「……いや、もう痛く無い」

 永雪が触れる度に目から涙を流す自分の体を見てみると、それは鎧を着た大人の体で、腹部に大きな傷がありそして右手首が切り落とされていた。痛みは感じない。辺りに夥しい血が流れていたが氷の膜が傷口を塞いで流血を止めている。ユキトは知らない人間の体の中に居た。

 ユキトはその体の主と永雪との会話をじっと聞いていた。

「―――……俺には血を止める事しか出来ん」

「ああ、それだけでもありがてぇ」

「ここまでよく辿り着いたな、その体で」

 永雪は傷塗れの体を眺めて苦しそうな顔をした。

「最後に一目会っておきたかった」

「無理をせねば生き長らえたものを……」

「利き手のない武士など、骨を折った馬と一緒、なんの役にも立たずに畑の肥しになるまでよ」

「……何故お前は戦うのだ」

 永雪の瞳の中に雪の結晶が見える。

「お殿様が言うんじゃ仕方ねぇんだ」

「お殿様とはそんなに偉いものなのか」

「……さぁな、もうどうでもいいさ」

 そう言うと視線は山桃の木に移る。二人は山桃の下に居た。ただその木はユキトが知っている大きさと比べると随分と小さかった。吐く息が小さくなっていく。

清直きよただ……死ぬな」

「―――永雪……お前の膝は心地いい。もっとこうして居たかった」

「いやだ……死ぬな」

「俺の……俺の血はお前の一部になるのか、」

 左手で永雪の頬を包むと永雪は頷き、目から涙を零した。宝石の様な輝く涙を顔に受け、清直と呼ばれた男は微笑んだ。

「神様も泣くんだな……―――。泣くのは人間ばかりかと……」

「清直、清直、今から人を呼ぶ、持ち堪えろ」

「お前との時間が愛おしかった……永雪、ありがとう―――」

 永雪の頬に当てられた左手が離れる。その手をはしと掴んで永雪はぽろぽろと氷の涙を流した。

 清直、清直と静かに呼びかけ続ける永雪の声はこだまし、ユキトの意識はそのまま土の中へと沈んで行った。




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