11 / 12
名前を呼ぶ
しおりを挟む
1995年9月1日。
空はどこまでも高く、雲は夏の名残を抱いて流れていた。
町は少しずつ形を取り戻しつつある。
仮設住宅にはカーテンが揺れ、花壇には朝顔。
コンビニが再開し、信号が動き始め、子どもたちの声がまた、町に響いていた。
でも、全てが戻ったわけじゃない。
空白は、まだ、そこかしこにあった。
シーン2:翔太の手紙
仮設住宅のベランダで、翔太は小さな手紙を書いていた。
夏休みの宿題、「大切な人へのてがみ」。
「しんごくんへ
ボクは、今、毎日がんばってます。
学校も、家も、ちょっとずつ好きになってきました。
あの時、しんごくんが言った『ゼロからつくる』って言葉、ボクも使ってる。
この町、ゼロから、つくっていきます。
また、あそぼうね。
ボクの名前は、“中村翔太”です。
名前、ぜったい忘れないでください。
しんごくんの名前も、ずっと、ボクのともだちのとこに書いてあるから。」
書き終えると、翔太はそれをポストに入れた。
どこかに出すのではなく、「残すため」に書いた手紙だった。
シーン3:慎吾の選択
その頃。慎吾は、ボランティアの手伝いを終えて、自転車で坂道を登っていた。
行き先は、仮設の市立図書館。
震災後に仮設校舎と併設された、新しい学びの場。
慎吾は、リュックにスケッチブックと教科書、そして一枚の写真を忍ばせていた。
それは、母と弟、そしてかつての自宅の前で撮った写真。
図書館の前で足を止め、写真を見つめ、呟く。
「……名前、呼ばれへんようになっても、
思い出すことだけは、忘れんとく」
慎吾は、図書館の中へと入っていった。
シーン4:奈々、最後の原稿
奈々は、編集部のデスクで新しいシリーズ原稿を打っていた。
タイトルは──
「名前を呼ぶ」
記事の冒頭には、こんな文章があった。
「震災から半年。町のかたちと、人の心にはまだ深い溝がある。
でも、人は“名前”を呼び合う限り、つながっていける。
わたしはこの半年で、100人以上の名前と向き合った。
失われた名前、残った名前、生まれた名前。
その一つひとつが、物語だった。」
原稿の最後には、ある少年の言葉を載せた。
「ボクの名前は中村翔太です。
名前って、だいじやと思う。
だって、名前がある人は、ぜったい、ここにいたから。」
奈々は、静かにタイプ音を止めた。
「これが、わたしにできる“記録”や」
そして、机の端に貼っていた小さなメモをそっと外す。
そこにはこう書かれていた。
「声を残す。名前を消さない。」
シーン5:桜の下で再会
9月の終わり、復興イベント「灯の集い」が開催された。
夜の公園に、キャンドルが千個以上並べられる。
その一つひとつに、“誰かの名前”が刻まれている。
翔太は、そのうちの一本に火を灯した。
「たくま」と書かれたロウソク。
その時、背後から聞き慣れた声。
「おう、燃やしすぎんなよ」
振り返ると、そこに慎吾が立っていた。
「……しんごくん! 来てくれたん?」
「ちょっとな。町の空気、吸いたくなって」
二人は肩を並べて、ロウソクの列を歩いた。
ふと、奈々もその場にいた。
彼女はそっと、ロウソクの列を写真に収めていた。
慎吾と翔太に気づき、微笑んで手を振った。
翔太が小さな声で言う。
「名前って、不思議やな。
消えても、呼んだら……あったかくなる」
慎吾は頷いた。
「そうやな。……名前が、帰ってくるんかもしれん」
風が、そっと、灯を揺らす。
彼らの町に、また一つ“声”が灯った。
空はどこまでも高く、雲は夏の名残を抱いて流れていた。
町は少しずつ形を取り戻しつつある。
仮設住宅にはカーテンが揺れ、花壇には朝顔。
コンビニが再開し、信号が動き始め、子どもたちの声がまた、町に響いていた。
でも、全てが戻ったわけじゃない。
空白は、まだ、そこかしこにあった。
シーン2:翔太の手紙
仮設住宅のベランダで、翔太は小さな手紙を書いていた。
夏休みの宿題、「大切な人へのてがみ」。
「しんごくんへ
ボクは、今、毎日がんばってます。
学校も、家も、ちょっとずつ好きになってきました。
あの時、しんごくんが言った『ゼロからつくる』って言葉、ボクも使ってる。
この町、ゼロから、つくっていきます。
また、あそぼうね。
ボクの名前は、“中村翔太”です。
名前、ぜったい忘れないでください。
しんごくんの名前も、ずっと、ボクのともだちのとこに書いてあるから。」
書き終えると、翔太はそれをポストに入れた。
どこかに出すのではなく、「残すため」に書いた手紙だった。
シーン3:慎吾の選択
その頃。慎吾は、ボランティアの手伝いを終えて、自転車で坂道を登っていた。
行き先は、仮設の市立図書館。
震災後に仮設校舎と併設された、新しい学びの場。
慎吾は、リュックにスケッチブックと教科書、そして一枚の写真を忍ばせていた。
それは、母と弟、そしてかつての自宅の前で撮った写真。
図書館の前で足を止め、写真を見つめ、呟く。
「……名前、呼ばれへんようになっても、
思い出すことだけは、忘れんとく」
慎吾は、図書館の中へと入っていった。
シーン4:奈々、最後の原稿
奈々は、編集部のデスクで新しいシリーズ原稿を打っていた。
タイトルは──
「名前を呼ぶ」
記事の冒頭には、こんな文章があった。
「震災から半年。町のかたちと、人の心にはまだ深い溝がある。
でも、人は“名前”を呼び合う限り、つながっていける。
わたしはこの半年で、100人以上の名前と向き合った。
失われた名前、残った名前、生まれた名前。
その一つひとつが、物語だった。」
原稿の最後には、ある少年の言葉を載せた。
「ボクの名前は中村翔太です。
名前って、だいじやと思う。
だって、名前がある人は、ぜったい、ここにいたから。」
奈々は、静かにタイプ音を止めた。
「これが、わたしにできる“記録”や」
そして、机の端に貼っていた小さなメモをそっと外す。
そこにはこう書かれていた。
「声を残す。名前を消さない。」
シーン5:桜の下で再会
9月の終わり、復興イベント「灯の集い」が開催された。
夜の公園に、キャンドルが千個以上並べられる。
その一つひとつに、“誰かの名前”が刻まれている。
翔太は、そのうちの一本に火を灯した。
「たくま」と書かれたロウソク。
その時、背後から聞き慣れた声。
「おう、燃やしすぎんなよ」
振り返ると、そこに慎吾が立っていた。
「……しんごくん! 来てくれたん?」
「ちょっとな。町の空気、吸いたくなって」
二人は肩を並べて、ロウソクの列を歩いた。
ふと、奈々もその場にいた。
彼女はそっと、ロウソクの列を写真に収めていた。
慎吾と翔太に気づき、微笑んで手を振った。
翔太が小さな声で言う。
「名前って、不思議やな。
消えても、呼んだら……あったかくなる」
慎吾は頷いた。
「そうやな。……名前が、帰ってくるんかもしれん」
風が、そっと、灯を揺らす。
彼らの町に、また一つ“声”が灯った。
6
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる