能登半島地震

早川座水

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名前を呼ぶ

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1995年9月1日。
空はどこまでも高く、雲は夏の名残を抱いて流れていた。

町は少しずつ形を取り戻しつつある。
仮設住宅にはカーテンが揺れ、花壇には朝顔。
コンビニが再開し、信号が動き始め、子どもたちの声がまた、町に響いていた。

でも、全てが戻ったわけじゃない。
空白は、まだ、そこかしこにあった。

シーン2:翔太の手紙
仮設住宅のベランダで、翔太は小さな手紙を書いていた。
夏休みの宿題、「大切な人へのてがみ」。

「しんごくんへ

ボクは、今、毎日がんばってます。
学校も、家も、ちょっとずつ好きになってきました。

あの時、しんごくんが言った『ゼロからつくる』って言葉、ボクも使ってる。
この町、ゼロから、つくっていきます。

また、あそぼうね。

ボクの名前は、“中村翔太”です。
名前、ぜったい忘れないでください。

しんごくんの名前も、ずっと、ボクのともだちのとこに書いてあるから。」

書き終えると、翔太はそれをポストに入れた。

どこかに出すのではなく、「残すため」に書いた手紙だった。

シーン3:慎吾の選択
その頃。慎吾は、ボランティアの手伝いを終えて、自転車で坂道を登っていた。

行き先は、仮設の市立図書館。
震災後に仮設校舎と併設された、新しい学びの場。

慎吾は、リュックにスケッチブックと教科書、そして一枚の写真を忍ばせていた。
それは、母と弟、そしてかつての自宅の前で撮った写真。

図書館の前で足を止め、写真を見つめ、呟く。

「……名前、呼ばれへんようになっても、
思い出すことだけは、忘れんとく」

慎吾は、図書館の中へと入っていった。

シーン4:奈々、最後の原稿
奈々は、編集部のデスクで新しいシリーズ原稿を打っていた。

タイトルは──

「名前を呼ぶ」

記事の冒頭には、こんな文章があった。

「震災から半年。町のかたちと、人の心にはまだ深い溝がある。
でも、人は“名前”を呼び合う限り、つながっていける。
わたしはこの半年で、100人以上の名前と向き合った。
失われた名前、残った名前、生まれた名前。
その一つひとつが、物語だった。」

原稿の最後には、ある少年の言葉を載せた。

「ボクの名前は中村翔太です。
名前って、だいじやと思う。
だって、名前がある人は、ぜったい、ここにいたから。」

奈々は、静かにタイプ音を止めた。

「これが、わたしにできる“記録”や」

そして、机の端に貼っていた小さなメモをそっと外す。
そこにはこう書かれていた。

「声を残す。名前を消さない。」

シーン5:桜の下で再会
9月の終わり、復興イベント「灯の集い」が開催された。
夜の公園に、キャンドルが千個以上並べられる。
その一つひとつに、“誰かの名前”が刻まれている。

翔太は、そのうちの一本に火を灯した。
「たくま」と書かれたロウソク。

その時、背後から聞き慣れた声。

「おう、燃やしすぎんなよ」

振り返ると、そこに慎吾が立っていた。

「……しんごくん! 来てくれたん?」

「ちょっとな。町の空気、吸いたくなって」

二人は肩を並べて、ロウソクの列を歩いた。

ふと、奈々もその場にいた。
彼女はそっと、ロウソクの列を写真に収めていた。
慎吾と翔太に気づき、微笑んで手を振った。

翔太が小さな声で言う。

「名前って、不思議やな。
消えても、呼んだら……あったかくなる」

慎吾は頷いた。

「そうやな。……名前が、帰ってくるんかもしれん」

風が、そっと、灯を揺らす。

彼らの町に、また一つ“声”が灯った。
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