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二章 見世物小屋編

22話 蹂躙

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 ララルカ・スタンフィードは五天王の1人で、素早さにおいては他の五天王と比較して群を抜いている。力はリリスやメルに遠く及ばないが、スピードならば随一だ。
 現在は人間の大陸に渡り、任せた調査に当たっていると記憶が無くなったと言う僕にリリスが以前教えてくれた。その彼女が僕の目の前に居る。

 (うん、何で?)訳が分からないけど、取り敢えず礼を尽くしてくれてるのだから此方も何か返さないとね。

『うん…お帰り、ララルカ』

 頬を掻いて頭を傾げながらそう言うと、彼女はパッと花の様な笑みを浮かべる。

「ただいまアルバちゃん!」

 抱き付いて来たララルカは、僕の首に腕を回し密着して再会を喜んでいた。僕からしたら初対面の女の子にそんな事されると吃驚するしかない。
 背伸びして無理にくっ付く彼女を引き離そうとするが、身体の変な所を触ってしまわないか心配でなかなか出来ずにいた。

「アルバちゃん、やっぱり何処か可笑しい?何で殴らないの?」

 やっと離れた女の子からそんな事を言われ、以前の僕は殴ってしまっていたのかと落ち込む。

『ははは…色々あってね』

 突然の乱入者に会場は静寂に包まれていたが、惚けていた観客が我に返り始める。

 あの恐ろしい化け物が、見るも無残な肉塊に一瞬で変わり頭の処理が追い付いていなかった。モレルも手下も、信じられない出来事にワナワナ震えている。

「な、な…何者だアイツは!?捕まえて殺せぇ!」

 怒りで顔を真っ赤にしたモレルの叫び声に手下が其々動いた。武器を片手にララルカを取り囲み間合いを詰めてにじり寄ってくる。

 僕は腰を抜かしていたニコに駆け寄り、彼女を自分の影に隠した。

「ねぇねぇ、あの怪物、私が倒したんだから、アルバちゃんは私のモノだよね?」

「ああ?立場が分かってねーみてぇだな」

「ぶっ殺せ!!」

 こんな状況でもララルカの様子は変わらない。無邪気で、非常に明るい声だ。

「何で?あのオッサンが言ったじゃん!あの怪物を殺せば、アルバちゃんくれるって!嘘だったの!?」

 不平を訴える様に、彼女は唇を尖らせた。モレルは指を差され狼狽ていたが、部下達に命令を飛ばす。

「何をやってる!早く殺せ!」

 囲んでいた手下が一斉に女の子1人に切り掛かった。

「あっそ。なら別に良いよ」

 ララルカが少し不機嫌そうに言う頃には、全員の首が無くなっていた。僕はその衝撃的な光景をニコに見えない様に服の裾を広げる事しか出来ない。

 それ程の早業。遅れて血の噴水が上がり、よろよろと倒れた。まだピクピク動いてる人も居る。死んだ事にさえ、気付いていない。

 あの一瞬見えた捻じ切った様な断面は、首チョンパとかじゃない。僕には彼女が回し蹴りをした様にしか見えなかった。

瞬きをする間に、全員の首が無くなってた。つまり、それ程に早いたった1回の回し蹴りで男達を全滅させたのだ。

 例えば、もしも拳銃の弾丸が直径20cmの大きさだったら、同じ様な事が出来るかもしれない。発砲した弾丸は目にも止まらず、対象者の心臓付近の肉を丸ごと抉り取り、空洞が出来る筈だ。

 彼女の蹴りは、正にそれだ。

 速さ故に、何も残らない。

 観客席から悲鳴が上がった。我先にと人々が逃げ惑い、足が縺れた者は踏み越えられ、皆が一斉にテントの外を目指した。

「アルバちゃんに目を付けられて、逃げられる訳が無いじゃん」

 ララルカは舌舐めずりをして、観客に獰猛な獣の様な目を向ける。

『観客は、殺しちゃダメだよ』

「え?…んー…殺すより疲れるんだけどなぁ。…でもアルバちゃんが言うなら…分かったよ」

 純粋にショーを楽しみに来た人も居るだろうし、そんな人達は殺さないでおかないとね。
 少し頭のネジが緩い人達だけど、ただ見世物小屋に立ち寄っただけで殺されるなんて可哀想だ。

 ララルカは不服そうに声を上げたが、了承して走り出した。目にも止まらぬ速さで、観客が倒れて行く。ヒュン、と空気を切る音が鳴ったと思ったら、人が数人意識を失う不思議な景色だ。

 数分と掛からず100名近く居た観客が全員、地面に伏してしまった。立っているのは怯えるモレルと、狼狽する部下達、立ち尽くす団員の人達。

「あんれ~?後はあんた達だけ?」

「貴様っ…何者だ!?」

「私を知らないの?」

「知らん…ッ殺し屋か!?私の首を狙いに来たのか!?」

 可哀想な程に怯えるモレルは、脂汗と鼻水に塗れている。

「失礼な!私はアルバちゃんの忠実な下僕だもん!」

「アルバちゃん…?」

「アルバちゃんも知らないの!?もーサイッテー!」

 ララルカはその場で地団駄を踏み、僕の方に来て僕の腕にその細腕を絡ませた。下僕って…自分で言っちゃうんだね。

「アルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルト。一般常識!この国の国王陛下でしょ?」

「アルバラード…っ…な」

「シ、ロ?」

 モレルが真っ青になって此方を見る。僕も少しバツが悪い。ニコも僕の裾を持ったまま此方を驚いた様に見ていた。(ごめんね)目が零れ落ちそうなニコの頭を撫でる。

「ルビーアイ?まさか…」

 同一人物だと結び付いたのか、モレルが冷や汗を流した。

「ヒッ…」

「アルバちゃんはアンタ達のラピスの出所と売人を一網打尽にする為に此処に来たの」

 え?それは初耳だなぁ。

「私もラピスを探って人間の大陸に行ってたんだけどぉ、情報を元に此処に来たらもうアルバちゃんが居たんだよね!流石だよぉ!」

 ララルカの髪を纏めるカチューシャみたいなリボンがヒラヒラ兎の耳みたいに揺れる。僕の腕に頬を寄せて、うっとり顔を赤らめた。

「何でアルバちゃん自身が乗り込んでるのか分からなかったしぃ、アルバちゃんもいつもと違ってたから私も戸惑っちゃって」

「髪色も雰囲気も違ったけど、でもちゃぁんとアルバちゃんだって分かったよ!」と僕に向けてウィンクする彼女に、何処から誤解を解こうか迷う。

「でもアルバちゃんは私が潜伏してるって直ぐ分かったんだよね?だから裏付けの為に薬も調べるよう置いてってくれたんだよね!きゃー優しいー!でも、私の気配に気付くなんてやっぱりアルバちゃんだよっ!惚れ直しちゃう!」

 僕は彼処に君が潜伏してた事も知らないし、薬を調べるように頼んだ覚えもないなぁ。ただ、思い当たると言ったら最初飲むフリをして吐き出したあの薬?

「メッセージもちゃんと聞いたよ!」

『メッセージ?』

「んもぉ~、そこら辺に転がってる奴等と話してたでしょ?今日の夜の部で売人を誘き出して始末するって!アルバちゃんは何もしないから頼むって!褒めて褒めて!」

 ぴょんぴょんと飛んで、撫で撫でを催促されるがままに応えて、僕はそんな事言ったかなぁって思いながら記憶を探す。

 確かにテントと外への門辺りで今は亡き首無しの彼らに囲まれて話はしたけど、そんな事言った覚えはなかった。(売人って誰の事?)

「変な輩に囲まれた時は私を頼ってくれたよね?」

『あ…』

 これは、思い当たる。指をパチンと鳴らしたら男達は消えてしまった。それは、勘違いしたこの子が助けてくれたからか。(全然、僕の隠された力とかじゃなかった)

『有り難う、苦労を掛けたね。ララルカ』

「えへへ~!」

 猫の様に身体を擦り付けてくる彼女はスキンシップが好きらしい。艶のある金色の美しい髪を撫でてやると、目を細めて笑っていた。

「ふざ、ふざけるな…王、?これがあのッ…【鮮血の魔帝】と恐れられた男だと!?嘘っぱちだ!信じられない…!」

 モレルが僕に指を差してムキになって怒っていた。うん、僕も信じられないよ。

「あ〝ぁ…?」

 濁音に濁った声が、直ぐ横で聞こえた。先程まで明るく上機嫌だったララルカの表情がみるみるうちに歪んでいく。彼女が一歩歩いたと思ったら、モレルの前に瞬間移動していた。

「今、何て言ったの?」

 胸倉を掴み小太りな男を宙吊りにして、表情が抜け落ちた彼女が静かに問う。

「え?アルバちゃんが?王様じゃないって?本当にそう言った?私、耳が可笑しくなっちゃったかな?」

「ヒィッ降ろせッ!」

 ララルカの額に青筋が立ち「他に誰が王様だっつんだボケが」ドスの効いた声が聞こえた。

「この国の王陛下っつったらアルバちゃん1択だよなぁ!?他に誰が居るんだよ!?ふざけんな、侮辱すんなよクソがぁ!!」

「放せッ!」

「【鮮血】っつったらアルバちゃんだよなぁ!?ルビーアイが他の何処に居るんだよ、頭カチ割ってやろうかテメェエッ!?」

 何というか、街のチンピラに喝上げされるオジサンを見てる気分だ。僕は気の毒になってきて『まぁまぁララルカ落ち着いて』と彼女を宥める。

 僕の方を見たララルカはコロッと笑顔になって、泡を吹いたモレルをその場に落とした。

「だってぇ、コイツ、アルバちゃんの事さぁ~」

『良いよ良いよ』

 へらへら笑って、『憲兵を呼ぼうか』と半壊した舞台の有様を見て言うと、モレルが苦々しく反応した。

「お前ら!私が逃げる時間を稼げッ!」

「な…しかし!」

「私が逃げ切れたら、薬を好きなだけくれてやる!」

「へへ、忘れんで下さいよ、今の言葉…!」

 モレルが舞台裏に走り、数人の部下と、1軍メンバーの1部がララルカの前に立ちはだかる。

「おい、アレを…」

「分かったわ…!」

「何~?アルバちゃんから逃げられると思ってるのぉ?」

 いや、僕からなら容易く逃げられると思うよ。

 僕が笑っていると「アルバちゃん、コイツらは殺して良い?」とララルカに問われる。

『良いんじゃないかな?彼らも沢山人を殺してるだろうし、モレルを逃す事の方が僕にとっては宜しくない』

「分かった!」

 にっこり笑って見せたララルカは僕に向かって呑気に手を振っていた。そんな彼女の前に、3匹の大きな魔獣が唸り声を上げながら近付いてくる。

 熊の様な大きな巨体に、獅子の頭、尻尾は蛇の形をしているキメラだ。1軍の調教師の女が鞭を持って先頭に立ち「薬は私の物だ!!」と目の色を変えている。

 3匹の巨大な魔獣に囲まれ、ララルカが凄く小さく見えた。

「その薬なんだけどさぁ、」

 構えもせず、買い物にでも行く様な足取りで魔獣に近付いていく。

「ラピスって花から出来てるじゃん?」

 ラピスラズリの原材料はラピスと呼ばれる幻想的な青い花だ。それを加工して錠剤にした薬をラピスラズリと呼ぶ。

「その花唯一の生地、私が燃やして来ちゃったんだよねぇ」

「な…っ」

「だからさぁ…もうあの薬は作れないって事!だから、ご、め、ん、ね?」

「なな、な…こ、この女を殺しなさいぃい!!」

 調教師の女が地面を鞭で叩いた。弾かれた様に、3匹のキメラがララルカに突進して牙を剥く。

「主人がそんなんじゃ、ホント可哀想」

 キメラの猛攻を最小限の動きで避け、ララルカが溜め息を吐いた。

「ほらぁ、全然当たらないねぇ?」

 犬と遊ぶ少女の様に、命のやり取りを楽しんでいる。

「お前達!さっさと喰い殺してしまいなさい!」

「ガァアァッ」

 鞭で叩かれた魔獣が吠えた。血走った瞳がララルカを捉え、喉の奥で凶暴な唸り声を上げる。

 しかし、ララルカを頭から呑み込もうとしたキメラが口を開けたままの状態で不自然に停止した。彼女は動いてないし、もう少しで喰らい付ける危うい距離だ。

 ララルカはその魔獣の瞳を見詰めて、にっこり微笑む。そして彼女の「お座り」の一言で大きな巨体が全員尻餅を突いた。

「な、お前達…!?貴女何を、したの!?」

「昔アルバちゃんに教えて貰ったんだよねぇ?獣は、どっちか上か分らせれば簡単に言う事を聞くって」

 そんな笑顔で此方を向かれても、僕には分からない。

「調教された魔獣はホントに楽。支配権を塗り替えれば、簡単に言う事聞くもんねぇ」

「ば、馬鹿な…支配権って」

「嗚呼、アンタ達は信頼関係?で調教師を名乗ってるんでしょ?餌上げて、小さい頃から可愛がって?そんなの関係ないよ。魔獣との関係は何方が上かで決まる」

 3匹のキメラが、ララルカの後方に回った。1匹が彼女の腕を頭に擦り付ける様に身を屈め媚びる。

「ほら、その証拠に、ね?…良い子だねぇー」

 ララルカはわしわしと頭を撫でて、顎を擽った。

「どっちが不味い立場なのか分かったぁ?」

 ララルカがユラリと敵意を向ける手下と調教師に、魔獣の威嚇が始まった。グルグルと低く凶悪な声を発し、毛を逆立て尻尾が大きく振られる。

 彼女が「喰い殺して良いよ」と一言放つと、魔獣による蹂躙が始まった。





















「こんな筈では無かった…っこんな筈では…!」

 自室である彼の玩具箱の中にモレルは居た。旅行用の大きなトランクケースに必要な物を乱暴に詰め込む。

 蝋燭の火が、彼の焦燥する姿を映し出していた。頭をバリバリ掻き毟り、今後のプランを練る。

「まさか、あんなガキが…!」

 腸が煮えくり返りそうだった。無害なフリをして近付いて来て此方を油断させ、密かに爪を研いで待っていた。それも今日この日の為に。

 モレルのフリークショーへ通う顧客は殆どがラピスラズリに精通している。言わば売人だ。

 モレルが仕入れを行い、見世物を観にきた売人に高値で売り捌く。外から見たら問題無い商売に見え、カモフラージュは完璧だった。

 ラピスを生地から仕入れ、加工しているのはモレルだけという事もあって商売は上々。今まで何処からも情報が漏れた事も無い、安全なビジネスだった筈だ。

 しかし、それも御破算だ。

「あんの、…糞ガキがッ!」

 へらへら笑って機を窺っていたのか。自分と言う希少な存在を餌に、売人と我々が揃うその時を。

 机を拳で叩いた拍子に、蝋燭が倒れたがもう構っていられない。今ある全ての薬を持って国外に出なければ命は無いだろう。

 相手はあの、【鮮血】なのだ。捕まれば自ら死を乞う様な、酷い仕打ちを受ける。

 モレルは鞄と帽子を引ったくって、玩具箱を飛び出した。外は貧民が行き来していて、まだ外まで異常は伝わっていなさそうだ。

「ふふ、時間稼ぎにはなったか」

 ララルカ・スタンフィードはああ見えても五天王だ。金の鳩尾程ある長い髪、スピードに特化したあまり凹凸無い身体。金色の瞳を持ち、その顔はまだあどけ無さが残る少女だ。

 彼女と、【鮮血】を相手にして手下達が助かるとは木っ端思わない。

 しかし、最下層の住人に紛れて門へ行き、そのまま港街の船に乗れれば自らの勝ちだ。ラピスを養殖する人間の大陸へ行き、事情を話して匿って貰おう。

「遅ぉーい!」

 門の前に、金髪が光り輝いていた。彼女がぴょんぴょん跳ねると、リボンがウサ耳の様に上下する。

「き、貴様…ッ」

 いつ追い付かれた?姿は見えなかった。有り得ない、そんな筈はない。

 狼狽るモレルの頬にポタリと液体が降りかかった。頭上を見ると、門番をしていた彼の部下の首が門の左右に刺さって哀れにもその口から門の柵を生やしている。

「ぎゃあぁ、あぁぁあッ!」

 尻餅を突いたモレルに、ララルカがゆっくり近付いて来た。

「準備に手間取ったぁ?待ちくたびれたぁ。暇で暇で仕方なかったから、此処に居た人で遊んでたんだぁー」

 無邪気な笑顔で燥ぐ彼女を、モレルは心底恐ろしいと震える。コイツは、少なくとも自分達を同種の魔族とさえ思っていない。

 彼女にとっては、自分など其処らに生息するゴブリンなどと同等に等しく価値が無い。

「私ぃ、アルバちゃんが出るって言ったからショー見てたんだけどぉ、アンタのアルバちゃんを見る目がずうっと気に入らなかったんだぁ」

 彼女は無表情のままモレルの耳に囁く。

「アルバちゃんは優しいからぁ、我慢してたみたいだけど、ベタベタ触り過ぎなんだよクソがぁ」

 大きく見開いた金の瞳には激情が揺れていた。血管が浮き、次第には我慢出来ず怒りに顔が歪んでいく。

「ふざっけんなよ!?何でアンタが汚い手でアルバちゃんに触るんだよ!?あの身体に触れて良いのは選ばれたヤツだけだろぉ!?そうだよなぁ!?」

 モレルの指が、逆向きに全て折られた。彼は一時何が起こったのか分からずララルカを見ていたが、遅れて訪れた痛みに叫び声を上げる。

「うるっせぇんだよ!黙れ!ムカついて殺しちまうだろうがよッ?」

「あ…ぁが…ヒィ」

「アンタが今まで生きてたのだってアルバちゃんのお陰だろぉ!?じゃないととっくに私が殺してるッ!ショーで12回は殺してるッ!!」

 彼女のアルバへの忠誠心は本物だった。

 それは些か過剰ではないかと思われる程に。ララルカは他者がアルバを侮辱するなどの行為で簡単に頭に血が昇り暴走し易い。
 それは自らにとってアルバの存在が絶対になっているからで、違う意味でも彼女は愛国心の塊とも言えた。

「はぁ、はぁッ…リリア姉様も、そんなヤツ殺せって絶対言う!」

 肩で息をするララルカが少し落ち着きを取り戻し、最高幹部の名を口にしてモレルはビクッとする。

「た…頼む…ッなんでもする!何でもするから、殺さないでぐれッ!」

「え?何でもぉ?ホントにぃ?」

「ほ、本当だ!」

 ほんの少しの希望にでも縋りたい彼は、ララルカの迷った様子に涙を流して喜んだ。

「じゃぁ、アンタが今持ってるラピス、此処で飲めるだけ飲んでみて?」

「は、…ぇ?」

「はぁーやぁーくぅー」

 薬物の大量摂取は、特にラピスラズリは命に関わる。勝手に鞄の口を開き、袋に入った丸裸のラピスを見付け、ララルカは「やっぱり持ってるじゃん」と口角を持ち上げた。
 大量の錠剤をその手に持ったまま固まるモレルを、彼女は不思議そうに見る。

「何でも、…するんだよねぇ?」

 天使の様に微笑み恫喝する言葉を吐く少女に、モレルは涙を浮かべて壊れた様に笑った。











『あれ?』

 僕が門に到着すると、モレルが失禁して泡を吹いていた。瞳が虚になり、ビクビク痙攣している。

「あ、へ?…ぁぶぶ、?」

『生きてる、けど…。だいぶハイになってるね』

「どうなるのか見たくってぇ、…駄目だった?」

『逃すより良いよ』

 憲兵に引き渡してもどうせ死刑になるし、自分の飲ませていた薬がどう言うものか身を持って知るのも良い体験になると思う。

 モレルを見下ろしていたニコは、壊れた彼を暫くジッと見ていた。

『リリスに連絡出来る?』

「リリス…、?リリア姉様?」

『うん』

 ララルカはリリスの事姉様って呼んで慕ってるのか。少し吃驚したなぁ。通信石で何事か話すララルカの傍で、僕は静かなニコに話し掛ける。

『大丈夫かい?』

「大丈夫」

『ニコも、これで自由だね』

「自由?」

 モレルが死んでしまった今、ニコを此処に縛る物はない筈だ。ニコは無表情で黙ったまま、思考に耽る。

「シロ」

『ん?』

「ありがと」

 ニコは小さな声で僕にお礼を言う。僕は刮目した。

 初めてお礼を言われた衝撃より、その時の彼女の表情が僕が名付けた名前のままでーー…。

 僕もつられて破顔した。ニコに何か言おうとしたが、視界が暗転する。

 いきなり地面に倒れた僕を、彼女が心配する様に揺さぶった。

 先程とは違い、今にも泣きそうな、そんな顔。(、笑ってる方が良いよ)ララルカが僕の名前を呼んだ気がするが、どんどん意識が遠退いていった。



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