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四章 アルバイト編

51話 討伐大会①

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『お願いだよユーリ!この通り!』

 必死に顔の前で掌を合わせ頭を下げる主人に、ユリウスは心底困った様子で「いえ、しかし…」と言い淀む。
 通信石でリリアス伝いに仮宿に来れないかと聞いた時は、主人に何かあったのではと気が気じゃなく、急いで訪れてみると平和そのもので喜んで迎え入れられ彼は面食らった。

 ソファに通されたユリウスは崇拝する主人が暮らす生活スペースに自らが足を踏み入れた事に感動して、しかし家臣の身でありながら烏滸がましいのではと落ち着かない様子だった。

 頼み事が有ると切り出したアルバがあまりにも真剣だったので密かに息を呑んだユリウスが先を促すと、討伐大会中に魔王役をやってくれないかと言うものだった。

 何でもリリアスが、アルバの為に大会中森の隅々まで状況を掌握出来る実況特別席を用意しているらしく、当日は其処に鎮座する事になっているのだ。

 しかし、冒険者ギルドのギルドマスターがアルバを負傷冒険者の救助・救護・回収に回る様に指示した。これによって彼は首が回らなくなってしまい、信頼出来る頭脳明晰なユリウスに影武者を頼む状況に至ったのだった。

『僕は普段からローブで顔を隠してるから、ユーリだったら背格好も…うん、身長高いけど何とかなると思うんだ!フードを被っちゃえばバレないと思うからさ!』

 通常の頼み事ならば迷わず喜んで承諾するのだが、まさか自らの王の代わりに王のフリをするとなると、ユリウスの心に凄まじい葛藤が生まれる。(崇高な主人のフリが務まるかどうか…、)リリアスが用意した席で適当に寛いでれば大丈夫だと笑うアルバに直ぐに快諾出来ない自分の舌を噛み切ってやりたくなった。

 寧ろ主人である彼に森の中を走り回らせるのではなく、冒険者ギルドにユリウスが行って負傷者の救護やらの雑用に回りたいがそれを提案した際アルバに『ハイジさんからの名指しなんだ。何で僕なのか分からないけど、サボったと分かったらクビになっちゃうよ』と眉をハの字にされた。

 至高の御身をクビにするなど、身の程を弁えさせる必要があると口元の笑みが崩れそうになったが、何とか取り繕い自分を抑える。

「アルバ様が其処まで仰るのであれば、分かりました。ユリウス・アーデンハイド、この身の総てを掛け明日の討伐大会アルバ様の代役、影武者を務めさせて頂きます!」

『そんな力まなくて良いのに…でも有り難う!助かるよ!』

「しかし…リリアスには伝えておいた方が良いかと。五天王や城の者には直ぐ気取られますし、混乱を招くと思いますので」

『分かった』

 リリアスの事だから、入れ代わりは一目でバレる。アルバを心配した彼女が暴走して大会そっちのけで彼を探し回り邪魔な冒険者を薙ぎ倒す彼女の姿が容易に想像出来た。

























 アスタナ大森林西部、冒険者による討伐大会が幕を開ける。天候にも恵まれ、雲一つない晴天の下沢山の民衆と冒険者、ギルド職員が集まっていた。

 20パーティーだった参加者は昨日で更に17パーティー増えて、凡そ37パーティーの冒険者が参加する事となり人数にして197名。

 その冒険者達を相手に商売しようと露店が所狭しと並び、武器商人が声を張り上げ最後のメンテナンスは如何かと売り込む。酒売りが練り歩いていて、賭け事なども始まっている様だ。
 大森林の前がとんだお祭り騒ぎになり、当事者のアルバは苦笑いをする。

 特別席と言うより超ハイグレードVIP席にローブを深く被ったユリウスが居るのが見えて、小さく手を振った。

 リリアスがアルバの為に用意していたのは展望台の様な造りの屋根が付いた南国の木造風の建物だ。
 ブルクハルト王国の国旗が刺繍された旗が風に靡き、普段表に出る事の少なかった魔王を一目見ようと民衆が騒いでいる。展望台の階段の下には近衛騎士が数名控えている為、階段を登ってまで会いに行こうとする不届き者は居なかった。

 ユリウスの周囲に侍るメイドも大きな葉っぱで顔の見えない彼を仰いで果実水を用意したりと、普段のアルバの様に接している。
 前方には大きな垂幕が用意され、特殊な鉱石と魔法アイテムで状況を映し出す巨大スクリーンがあった。城で飼っている小型の複数の従属魔獣に片割れのアイテムを持たせる事によって、討伐状況が分かり実況し観衆に晒す事で不正を防止するシステムだ。

 森の前に集められた冒険者の中にレティシアも居て、彼女は其処から展望台に居る魔王を見上げた。(此処からじゃ、分からないわ)
 しかも奴はローブを着て姿を隠している。しかし、肉付きは分からないが長身でスフォンクの特徴と一致していた。顔を見せたがらないのも、やはり吹き出物に覆われて醜い自らを恥じているからか…?レティシアは展望台を睨み、仲間と共に大会開始の合図を待った。

 沢山の冒険者に混じって、ケリー・ローデンバッグは目的の白髪を見つけほくそ笑む。彼の首には鋼製のドッグタグがしっかり掛かっており、あの話に乗った事は正解だったと更に口元が緩んだ。
 彼の手には特殊な光を内包した青紫のクリスタルが握られて、チャンスの時を窺っていた。

 アルバは欠伸をして、その緊張感の無さをクレアに怒られている。今回彼はハイジの要請で集まった冒険者組合に所属する職員達(元冒険者が多い)と共に3人1組で行動し負傷者の救護、回収に当たる。
 森と聞いて尻込みしたアルバに与えられたのはその場で続行するかリタイアするか聞いて記録する係で、ハイジが言うには彼と共に行動する2人は元凄腕の冒険者でもしも魔物と遭遇しても心配ないとの事。

 様々な思惑が交差する中、アスタナ大森林の魔物討伐開始を告げる合図が会場に響いた。































 レティシアは最後のコボルトの首を切り落としながら仲間の状況を確認した。低級魔物なので群れで居ても討伐するのに大した疲労は見られないAランク冒険者の仲間達は慣れた手付きで、金銭になる部位を剥ぎ取る。
 コボルトの爪はアクセサリーに加工したり、毛皮は絨毯として高値で売れたりするのだ。そう思えば、この森は冒険者にとって宝の山の様な場所だった。

「一体何を考えてるのかしら…」

「魔王の事ー?」

 レティシアの独り言が聞こえたのか、魔術師が爪を拝借しながら答える。

「意外に、冒険者の事考えてこの大会開いたんだったりして」

「まさか…」

 ランフォード家に語り継がれて来た魔王とは、残忍で狡猾な者ばかりだ。ユニオール大陸に攻めて来た邪悪な魔王から何世代にも渡って大陸を守り、邪心共々葬り去って来たし忌むべき存在だと分かっている。

「それにしてもレティ、今回の相手はまともそうじゃない!」

 野伏が明るい調子で声を掛けた。何の事か分かったレティシアは頬を染めて「な、何を言ってるの?こんな時に」と少々吃る。

「私も安心しました!レティがあんな素敵な男性を見つける事が出来るなんて…」

「なかなかの色男っしたね」

 トドメに聖職者がそう言って、彼女の横の盗賊が眼鏡を上げる仕草をして見せた。

「~~ッ」

「心配なんだって私達も!レティは剣の稽古ばっかりで、男性経験あんま無いじゃん?もう悪い男に騙されて欲しくないからさ」

 爪を袋に入れた魔術師が立ち上がる。レティシアは皆が心配する程に男運がない。見る目がないと言うよりは、選ぶ男が偶然悪人だったり碌でなしだったりする。
 小さい頃から剣と共に育って来た彼女には所謂女の感と言うものが欠けていた。更に一途な性格も起因して、事実に直面した時のショックが大きく寝込んだ事もある程だ。

 レティシアは過去を思い出しながら息を吐いて、周囲を見回した。大会が始まった事で森の中から大砲の音や、他の冒険者が魔物と闘っている音がする。

「もう少し奥に行ってみましょう、」

 今回高位の魔物と遭遇し討伐出来れば褒賞金が出る。彼女はその受け渡しの際に、この大会を主催した魔王に近付くチャンスがあるのではと考えていた。

 レティシアと仲間達は何時も未知のエリアに侵入する時の布陣で森の中の移動を始めた。
































 アルバは元冒険者の魔物を切り倒す鮮やかな手並を見て驚嘆していた。

 負傷した冒険者を見付け話をしていた際に、襲いかかって来たスプリガンと言う魔物は非常に攻撃的な性格をしている。
 彼らは一種の妖精種に分類される事もある魔物だが、ドワーフに似た武装をして緑の髪、髭、更に腕や足に苔を生やした牙が鋭い成人男性の身の丈半程の小人だ。

「今ので最後か」

「一応警戒しとけ。シロくん、安否と記録宜しくな」

『はい』

 庇っていたCランク冒険者の3人に続行か否か聞くと、断念するらしい。この森は探索が非常に困難で魔物のレベルも高く、3名しか居ないパーティーでのこれ以上の続行は命に関わると判断した為だ。

 アルバは名前を聞いて、用紙にその旨を書き森の近い出口へ案内する。アルバ達の様な冒険者組合から派遣された者は他にも15組ほど森に散開していた。

 冒険者救護に役立てる為アルバの手元には配給された3つの低級ポーションと、緊急事態に備え配色の違う信号弾を持たされている。すると近くで上空に向けて撃たれる煙弾の音がした。

「緑だ、応援求むだな」

「嗚呼、行くぞシロくん」

 全盛期程では無くても、元冒険者の2人は的確に行動し時々素人のアルバを気遣ってくれる。そんな心強い冒険者組合の背中を追って、更なる森の奥へ進んだ。



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