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プロローグ
紙屋古書店
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シフトが入っていない日でも、つい足を運んでしまう魅力があるのは、私――秋鹿いろは――のアルバイト先、紙屋古書店である。
今日も大好きな古書とコーヒーの匂いで満ちているこの空気を胸いっぱいに吸い込むと、レジカウンターから小さな笑い声が聞こえた。
視線を投げると先輩である八寺柿丸さんが、可笑しそうに喉を鳴らしていた。
「いろはチャン、本当に好きだねぇ。ボクは今の表情、すごく好きだよ」
不思議な雰囲気の柿丸さんは作家さん――何作家なのかは知らない――。
一週間に一日だけ紙屋古書店でアルバイトをしていて、本人曰く「息抜き」らしい。
いつも和服姿で独特なオーラを放つ柿丸さんは謎が多く、同じバイト仲間の私達でも正確な年齢すら知らない。きっと訊けば教えてくれるんだろうけど、なんとなく聞きづらい。私の勘では、三十代後半だと思う。
そのミステリアスさ故か、女性客からは密かな人気を得ている。
「こんにちは柿丸さん、おつかれさまです」
「今日は。ふふ、全員揃った。楽しいねぇ」
「全員……」
首を傾げて見渡すと、スクールバッグを小脇に抱えて立ち読みをしている茶新静君と目が合った。
茶新君は私の一つ年下の高校一年生で、同じくこの紙屋古書店でアルバイトをしている。
大人しく静かな性格の茶新君からの軽い会釈に応えると、今度は明るい声が耳に届く。
「ふう、重かったあ。柿さん、ただいま。おやおや? いろはちゃん、茶新君、いらっしゃい。君たちお休みなのにまた来てくれたんだ、ありがとうね」
厚くて丸い瓶底眼鏡と天然パーマがトレードマークのこの人こそ、紙屋古書店の店長、紙屋凛太郎さん。穏やかでとても優しい店長さんだ。
その後に続いて顔を覗かせたのは、紙屋店長の奥さん、紫さんだ。
細身でスラリと伸びた長い手足が、決して高くない紫さんの背を長身に見せている。
整った容姿の紫さんを目当てにやってくる男性客も多く、紙屋店長はいつも「ありがたいんだけどね」と苦笑を浮かべている。
「紙屋店長、紫さん、こんにちは」
私に続き、茶新君も「おつかれさまです」と頭を下げた。
「あら、二人ともいらっしゃい、丁度良かった! 今回の仕入れ、いろはちゃんとサーラちゃんの好きそうな古書と古本があるのよ、良かったら見ていってね」
紫さんの言葉に、私はスクールバッグを持つ手に力がこもった。
「ほ、本当ですか?」
高鳴る鼓動を抑えるように、胸元で片手を握りカウンターに足を向ける。
茶新君も好奇心に満ちた目で隣に並んだ。
柿丸さんが声を上げて笑う。
「やっぱり可愛いね」
紙屋店長は、駄々をこねる幼子のように紫さんに抗議する。
「もう、紫さん! 僕が言いたかったのに!」
紫さんが妖しく口角を上げた。
「早い者勝ち」
「こっちは楽しそうだ」
笑顔でそう言う柿丸さんと同時に、私は勢い良く顔を上げた。
「私これ欲しいです!」
隣では茶新君が数冊の古本を両手に持ち、無表情だが上目遣いに口を開く。
「俺、コレがいいです」
その時、つい大声で口々に騒いでいた事に気付いた私達は押し黙る。そして店内を見回したけど、お客さんは一人も居なかったので胸を撫で下ろした。
紙屋店長も同じく安心した様子でいたけど、直ぐにその顔に影が差し、それが可笑しくて私達は小さく笑う。
相変わらず、のんびりした穏やかな時間が流れる紙屋古書店の午後。
静かなこの店内で交わされる、他愛ない会話。
――ああ、私……本当にここが好きだなぁ。
「……秋鹿さん?」
「なあに? 茶新君?」
「や、何か、ぼんやりしてたんで……」
「え……ふふ」
「何です?」
茶新君が真顔で首を傾げた。
「何でもないの。ただ、素敵な出会いが出来たな、と思って」
私は仕入れたばかりの数冊の古書と古本を抱き締めた。
今日も大好きな古書とコーヒーの匂いで満ちているこの空気を胸いっぱいに吸い込むと、レジカウンターから小さな笑い声が聞こえた。
視線を投げると先輩である八寺柿丸さんが、可笑しそうに喉を鳴らしていた。
「いろはチャン、本当に好きだねぇ。ボクは今の表情、すごく好きだよ」
不思議な雰囲気の柿丸さんは作家さん――何作家なのかは知らない――。
一週間に一日だけ紙屋古書店でアルバイトをしていて、本人曰く「息抜き」らしい。
いつも和服姿で独特なオーラを放つ柿丸さんは謎が多く、同じバイト仲間の私達でも正確な年齢すら知らない。きっと訊けば教えてくれるんだろうけど、なんとなく聞きづらい。私の勘では、三十代後半だと思う。
そのミステリアスさ故か、女性客からは密かな人気を得ている。
「こんにちは柿丸さん、おつかれさまです」
「今日は。ふふ、全員揃った。楽しいねぇ」
「全員……」
首を傾げて見渡すと、スクールバッグを小脇に抱えて立ち読みをしている茶新静君と目が合った。
茶新君は私の一つ年下の高校一年生で、同じくこの紙屋古書店でアルバイトをしている。
大人しく静かな性格の茶新君からの軽い会釈に応えると、今度は明るい声が耳に届く。
「ふう、重かったあ。柿さん、ただいま。おやおや? いろはちゃん、茶新君、いらっしゃい。君たちお休みなのにまた来てくれたんだ、ありがとうね」
厚くて丸い瓶底眼鏡と天然パーマがトレードマークのこの人こそ、紙屋古書店の店長、紙屋凛太郎さん。穏やかでとても優しい店長さんだ。
その後に続いて顔を覗かせたのは、紙屋店長の奥さん、紫さんだ。
細身でスラリと伸びた長い手足が、決して高くない紫さんの背を長身に見せている。
整った容姿の紫さんを目当てにやってくる男性客も多く、紙屋店長はいつも「ありがたいんだけどね」と苦笑を浮かべている。
「紙屋店長、紫さん、こんにちは」
私に続き、茶新君も「おつかれさまです」と頭を下げた。
「あら、二人ともいらっしゃい、丁度良かった! 今回の仕入れ、いろはちゃんとサーラちゃんの好きそうな古書と古本があるのよ、良かったら見ていってね」
紫さんの言葉に、私はスクールバッグを持つ手に力がこもった。
「ほ、本当ですか?」
高鳴る鼓動を抑えるように、胸元で片手を握りカウンターに足を向ける。
茶新君も好奇心に満ちた目で隣に並んだ。
柿丸さんが声を上げて笑う。
「やっぱり可愛いね」
紙屋店長は、駄々をこねる幼子のように紫さんに抗議する。
「もう、紫さん! 僕が言いたかったのに!」
紫さんが妖しく口角を上げた。
「早い者勝ち」
「こっちは楽しそうだ」
笑顔でそう言う柿丸さんと同時に、私は勢い良く顔を上げた。
「私これ欲しいです!」
隣では茶新君が数冊の古本を両手に持ち、無表情だが上目遣いに口を開く。
「俺、コレがいいです」
その時、つい大声で口々に騒いでいた事に気付いた私達は押し黙る。そして店内を見回したけど、お客さんは一人も居なかったので胸を撫で下ろした。
紙屋店長も同じく安心した様子でいたけど、直ぐにその顔に影が差し、それが可笑しくて私達は小さく笑う。
相変わらず、のんびりした穏やかな時間が流れる紙屋古書店の午後。
静かなこの店内で交わされる、他愛ない会話。
――ああ、私……本当にここが好きだなぁ。
「……秋鹿さん?」
「なあに? 茶新君?」
「や、何か、ぼんやりしてたんで……」
「え……ふふ」
「何です?」
茶新君が真顔で首を傾げた。
「何でもないの。ただ、素敵な出会いが出来たな、と思って」
私は仕入れたばかりの数冊の古書と古本を抱き締めた。
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