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第一章 訪れた転機
#01 経緯
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私、人善幸呼の夫、縁多――エン――が結婚一年と半年目の今日、また恋人と別れた。
この一年と半年の間にエンが恋人と別れたのはこれで四回目。因みに全部違う相手だ。
「ほいよ、ビール」
「ん」
「で、今回は?」
手渡した缶ビールのプルタブに指を掛けながらケロリと答える。
「いつもと一緒」
「あー……」
苦笑を返す私。
『いつもと一緒』とはつまり、恋人より趣味を優先した結果フラれたという事だ。
缶ビールを傾けながらテレビを観ているエンの隣で私も缶ビールを開けると、噴き出した泡が一滴親指から腕を伝って肘に達し、藍色のソファに落ちそうになる。
慌てて立ち上がろうとするとエンの人差し指がそれを掬い、自身の唇を湿らせた。
「この一滴すら勿体無ぇよ」
貧乏くさいエンの言葉に二人でケラケラと笑った。
* * *
――一年と半年前、まだ幸呼の苗字が福基だった頃、幸呼と縁多が行きつけの居酒屋で締めのうどんを食べていた時だ。
「つうかさ、俺とコウが結婚したら上手くいくんじゃね?」
そう言った縁多に対し、うどんを啜りながら「んん」と頷きながら応えた幸呼は内心確かに上手くいきそうだと思った。
高校卒業後、就職して五年……幸呼は心身共に疲労困憊しており、いつの間にか強い結婚願望が心の中に芽生えていたが、それは一般的な憧れではなく、専業主婦となり自宅に引き籠っていたいという欲からだ。
しかし生まれてから一度も恋をした事がない幸呼は自分磨きなど当然無縁。
故にその欲を満たす事は難しく、こうしていつも高校時代からの相棒と呼んでも過言ではない人善縁多と、週末は酒を片手に管を巻いて過ごしている。
一方の縁多の学生時代といえば恋人ができても己の趣味や友人達と連む事を優先し、いつも短期間で破局を迎えていて、それは現在も変わらない。
大学卒業後は無事就職し、一人暮らしを始めた縁多だが、男である所以か身の周りの世話を怠る事が多い為彼もまた結婚を望んでいた。
友人……否、相棒であるからこそ、そこに恋愛感情は無く、更にいえば結婚後縁多に恋人ができようともそれを容認する事ができるだろうと思い提案し、納得した幸呼は二つ返事で承諾した。
仲の良かった二人が結婚すると聞いた互いの両親は特に反対する事も無く、寧ろとても喜んでいた。
それから月日は流れ、一般的な結婚生活とは程遠いが二人は円満な家庭を築いている。
* * *
早くも缶ビールを一本飲み干した縁多は二本目を開けながらテレビ画面に目をやる。
幼児がおつかいに成功し、その両親と思われる男女が涙を流して喜んでいるシーンだ。
ぼんやりとした様子で縁多が口を開いた。
「か……っわいいなぁ。いいなぁ、子供」
「子供好きだもんな、エンは。私はギャンギャン泣くから嫌いだけど」
テレビを観て微笑む縁多を横目に幸呼はビールを煽った。
この一年と半年の間にエンが恋人と別れたのはこれで四回目。因みに全部違う相手だ。
「ほいよ、ビール」
「ん」
「で、今回は?」
手渡した缶ビールのプルタブに指を掛けながらケロリと答える。
「いつもと一緒」
「あー……」
苦笑を返す私。
『いつもと一緒』とはつまり、恋人より趣味を優先した結果フラれたという事だ。
缶ビールを傾けながらテレビを観ているエンの隣で私も缶ビールを開けると、噴き出した泡が一滴親指から腕を伝って肘に達し、藍色のソファに落ちそうになる。
慌てて立ち上がろうとするとエンの人差し指がそれを掬い、自身の唇を湿らせた。
「この一滴すら勿体無ぇよ」
貧乏くさいエンの言葉に二人でケラケラと笑った。
* * *
――一年と半年前、まだ幸呼の苗字が福基だった頃、幸呼と縁多が行きつけの居酒屋で締めのうどんを食べていた時だ。
「つうかさ、俺とコウが結婚したら上手くいくんじゃね?」
そう言った縁多に対し、うどんを啜りながら「んん」と頷きながら応えた幸呼は内心確かに上手くいきそうだと思った。
高校卒業後、就職して五年……幸呼は心身共に疲労困憊しており、いつの間にか強い結婚願望が心の中に芽生えていたが、それは一般的な憧れではなく、専業主婦となり自宅に引き籠っていたいという欲からだ。
しかし生まれてから一度も恋をした事がない幸呼は自分磨きなど当然無縁。
故にその欲を満たす事は難しく、こうしていつも高校時代からの相棒と呼んでも過言ではない人善縁多と、週末は酒を片手に管を巻いて過ごしている。
一方の縁多の学生時代といえば恋人ができても己の趣味や友人達と連む事を優先し、いつも短期間で破局を迎えていて、それは現在も変わらない。
大学卒業後は無事就職し、一人暮らしを始めた縁多だが、男である所以か身の周りの世話を怠る事が多い為彼もまた結婚を望んでいた。
友人……否、相棒であるからこそ、そこに恋愛感情は無く、更にいえば結婚後縁多に恋人ができようともそれを容認する事ができるだろうと思い提案し、納得した幸呼は二つ返事で承諾した。
仲の良かった二人が結婚すると聞いた互いの両親は特に反対する事も無く、寧ろとても喜んでいた。
それから月日は流れ、一般的な結婚生活とは程遠いが二人は円満な家庭を築いている。
* * *
早くも缶ビールを一本飲み干した縁多は二本目を開けながらテレビ画面に目をやる。
幼児がおつかいに成功し、その両親と思われる男女が涙を流して喜んでいるシーンだ。
ぼんやりとした様子で縁多が口を開いた。
「か……っわいいなぁ。いいなぁ、子供」
「子供好きだもんな、エンは。私はギャンギャン泣くから嫌いだけど」
テレビを観て微笑む縁多を横目に幸呼はビールを煽った。
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