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勝利

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 俺は、大先生が一番最初に見込んでくれたとおり足腰が強く、足技全般が得意なのでこのルールには少し困っている。中学一年で空手を始めた頃にはなくて、最近作られたものだ。
 それでも俺が否応なく鍛えた足腰が強いのは今も昔も変わりないし、この足で防御する勘所も熊沢のおかげで思い出せている。相手が攻撃型で俺より体格があるなら遠慮なく使わせてもらおう。
 俺たちが見合って十秒以上動かなかったので、主審が試合を止めてお互いの消極的態度へ『忠告』を出した。もう一度同じことをしようものなら『警告』がなされて、相手へポイントを献上することになる。

 試合が再開されると、今回は相手のほうが先に動いた。
 素早い足運びで左前の構えから左手前拳まえけん、そして踏み込んで右拳みぎこぶし逆突ぎゃくづき。どちらかと言えば試合の主導権を取ってアピールする目的らしく、当てるつもりはあまりなさそうだった。
 先手を取られた俺は、逆突きを喰らわない分だけ下がる。相手はこちらの動きを目で追いながら、大きく下がるようなら回し蹴りで追撃、小さければ足を寄せてもう一度突きをするつもりだろう。

 ベーシックな技のコンビネーションなので、自然にそのパターンが出るくらいに誰もが反復練習をする。だからこそ対策もパターン化しているが、俺のは他とは違う。
 少しだけ下がった俺を追う相手の攻撃を見極める。体に横揺れもなく左手前の構えのまま突っ込んで来る。今度の攻撃は速さも乗っているし、間合いも詰まって突きを当てる自信があるのだろう。

 俺も今回は大きく下がらない。その場で小さく左足を半歩引いて体重を後ろへ移動。そのまま腰を入れて鍛えた右前足を持ち上げ力に任せて半円を描く。相手の左腕を横から叩き落すと、がら空きになった顔面へ俺の右拳を一気に当てて素早く引く。
 どれだけ逞しい腕でも真っ直ぐ出されていれば横からの力には弱い。脚力に自信もある。
 熊沢を相手にして必死に取り戻した、俺の得意とする足技を完全に決めて見せた。
 
「一本っ!!」

「っしゃあーっ!!」
「いいぞっ!!」
「その調子でいっちまえーっ!!」
「出ましたっ!! 雅久先輩の絶対防御ーっ!」

 危うくガッツポーズをしそうになりながら、気合いの雄叫びだけになんとか抑えた。その分、俺の背中で喜んでくれている仲間がいる。
 だけど月島よ、気が抜けそうだから中二病的な技名は叫ばないでくれ。
 大和の後ろ回し蹴りの洗練された動きや華麗さには敵わないけど、あいつにもこれはできない。しかし恥ずかしがる気持ちはものすごくわかった。

 『ステルス』と『絶対防御』。月島のおかしなネーミング勝負なら互角だ。

 この試合になって、ようやく力が戻っている実感ができた。一回戦の不完全燃焼分も吐き出してやる。
 俺はやる気をみなぎらせて開始線へ戻ったが、相手の大学生は『メンホー』をまだ被らずに頭をグルグルと回しながら首を揉んでいる。反則にならないように力は抜いたが、まさか顔面へ反撃が来るとは思っておらず、受ける首の筋肉に力が入っていなかったのだろう。

 主審が大学生に開始線へ戻るよう指示をして、試合が再開した。
 俺は号令を聞くや否や一気に飛び出す。右足の水平蹴りを相手の腹部へ決めて『技あり』を取った。
 あれだけ勢いよく頭を振っていたら三半規管がまだ正常に機能していない可能性があったのと、単純に出鼻は油断をしていると考えた。
 てらいも駆け引きもない、力技以外何物でもないが、考えたとおりの攻め手でしっかりポイントが取れることが大事なのだ。

 その後は、俺の足を警戒した相手は前にも出なくなった。
 理由は明らかで、俺が完全に防いで反撃を決めた最初の攻撃パターンは、誰もが身に着ける汎用的なもの。だからこそ敵の力量を計る時や、少し流れを変えたい時にも使うのだが、その手を俺が完全に無効化して見せたからだ。
 そして、相手が消極的態度の『警告』を二回受けたところで試合終了のアラームが聞こえた。
 肩に入った力を少し抜いて大きく息を吐く。主審が俺たちを並ばせ宣言をした。
 
「七対〇で勝者、青!! お互い礼!」

 俺は相手選手へ歩み寄って挨拶を交わし健闘を称えた。さっきはできなかった試合後のセレモニーを終えて、大将戦へ向かう新川が手を上げて向かって来るのを激励する。

「あと一つ、頼んだぞ」
「任せろ」

 これで二対二。団体戦での役目がやっと果たせて少し気が抜けた俺を、仲間が笑って迎えてくれる。

「雅久、助かったよ」
「お前も大和も、どうしてそんなに派手な勝ち方ができるんだ?」
「やったな」
「ああ……」

 それ以上言葉が出ない。
 中学の時はもっと簡単に勝てた。勝つことが当たり前だった。予選大会なら優勝したこともあった。なのにたかが予選二回戦でこんなに苦しんで、ようやく勝てて、情けないやら嬉しいやら。

「泣いてるのか?」
「……私語禁止だ」

 大和が妙に顔を近づけて来たので俺は視線を逸らした。泣いてはいないが少し感極まって恥ずかしかった。
 大和も月島を喜ばせることを警戒したのかそれ以上何も言わず、始まった新川の大将戦を俺たちは見守った。
 正直に言えば、小柄な相手選手のほうが動きも良くて、新川では勝てないと思った。だが意外にも勝ってしまった。

 評するなら、敵の自爆負けとでも言うところか。新川と相手選手はタイプが近く、とても似た動きをしていた。しかし相手のほうが動きが早く、後から動き出す新川と異常なまでに衝突を繰り返していた。
 これが主審に故意と取られて、どちらも『警告』のポイントを重ねたのだが、最後に衝突のはずみで相手選手が試合会場の線から出てしまい、反則のポイントが新川へ加算されて終了だった。

 あまり後味の良くない勝ち方でも新川はとても嬉しそうだった。
 理由を聞くと『これまで自分だけが試合に出ていなくて勝ちもなかった。二回戦の勝敗を決する大切な戦いだったのだから、勝ち方にこだわっていられない』と肩で息をしながら答えた。
 俺にはこんな泥臭さがない。それが空手から一度逃げてしまった弱さの原因かもしれない。
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