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大会予選終了
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棚ぼた的に三回戦への切符を手にした俺たちが試合会場の隅で次の出番を待っている時に、高橋が何となく気まずそうに話し掛けてきた。
「さっきの試合、中堅を任されたのに負けちまってカッコ悪かったよな」
「俺も初戦は負けてるし、かっこいいのは先鋒のくせに大和だけってことになるか。イケメンなんて爆発すればいい――いや、今は困るから試合が終わってからな」
「何だそれは」
「だって中堅より強い先鋒って許されないだろう?」
柳監督と何か話をしている幼なじみが怖い顔をしてることは気にせずに、俺は高橋との会話を続けた。
「当然だろう? 俺たちのオーダーは若先生が組んでいるってことは『先鋒最強型』なんだし」
「は? 中堅じゃなくて先鋒?」
「そうだ。大先生なら『中堅最強型』の布陣だけど、若先生は見かけによらず攻撃的で先鋒最強が好みだからな」
……そうだったのか。
いや、俺もおかしいとは思っていたんだ。誰がどう見てもこの五人では大和が一番強い。
なるほど、よくわかった。しかし中堅を任されて一時でもいい気になっていた自分が恥ずかしすぎるっ。
ここはバレないうちに別の話にしなければとても気まずい。
「だけど、さっきの新川の勝利への執念はカッコよかったよな。一回戦の高橋も本当にすごかったと思う。体がよく動いていたよな」
「雅久にそう言ってもらえるのは、なかなかないから素直に喜んでおくな。けど俺も意外だった。お前でも勝ちが嬉しいし、緊張もするんだな」
「意味がわからないんだけど、当然だろう?」
「俺たちは、お前はそんなこととは無関係だと思っていたからさ」
「何を言ってる。それなら大和のほうだろう」
「あいつはイケメンポーカーフェイスだけど、試合になったら言葉遣いが変わって緊張していることがわかるし、勝利にはすごいどん欲だ。けどお前は、昔から試合で緊張したところなんて見せたことがなかったし、勝って当然って顔もしてただろう」
「そ、そうだったか?」
「中三の時も『俺が勝たせてやる』って言ったのを忘れたとは言わせないぞ」
「ま、まあな」
イタすぎる記憶をここで呼び起こして、仲間の精神にダメージを与えるなんて利敵行為だ、などと言えないほど高橋の表情は真剣だった。
「それに展覧会の授賞式も、あんな大勢の人間の前でいつもどおり平然としてたからな」
「え? なんでそんなこと知ってるんだ?」
「あったり前だ! お前は空手の選手の絵を描いて受賞したんだぞ。誰がモデルか噂になるし、気になって当然だろう」
「だって、お前らさんざん俺の陰口たたいていただろう?」
「あれは、そう、まあ、やっかみだ。だってそうじゃないか!? 強かった空手をやめて絵を描いたら、そっちでも受賞って恵まれすぎだっての!」
「そんないいものじゃないんだけど……」
「お前、ほんと昔から鈍いよな」
「そうそう、雅久は空手でも何でも鈍いよ」
「大和、お前までいきなり何だよ」
「見てみろ」
柳監督との話を終えてやって来たイケメンの視線に従って俺が見上げる。桜ちゃんに手を引っ張られている瑞樹がいた。隣で若先生と月島も笑っている。観客席を立って、直接言葉が交わせるこちらまでわざわざやって来ていた。
「雅久ーっ!! 最初の試合は何やってたのよ! でも今のはカッコよかったわよー!!」
「がくがくえしー! 熊さん相手の成果が出てましたー!!」
全然カッコよくなんてない。桜ちゃんの言うとおり熊沢のおかげだ。
俺の気も知らないこの応援は、今のメンタルにはかなり堪える。
しかしもっと問題なのは、ウザいチームメイトだった。
高橋と新川が、俺と瑞樹を交互に慌ただしく見ながら二人で俺の肩を握って強く揺らしている。
「お前っ、知り合いだったんじゃないかっ!?」
「いつの間に彼女なんて作ったんだよ!!」
「そんなんじゃないって! まさかとは思うが桜ちゃんのことを言ってるんじゃないだろうな?」
「黙れ、魔法幼女好きが!!」
「魔法少女だ!!」
「どうでもいい、誰なんだよ!」
あまりにもうるさくて面倒だったので、俺は二人の両手を振り払いながら怒鳴った。
「本当に気づかないのか!? 瑞樹だよ!!」
「え?……あの?」
「だよな、大和」
「間違いない、瑞樹ちゃんさ」
「なーんだ、そっか。なら仕方ない。お前ら昔から仲良かったからな」
「ほんと、無自覚系リア充はうらやましいぜ」
「興奮した俺らがバカみたいだった」
「瑞樹ちゃん、ひさしぶり!」
「雅久は優しくしてくれてる?」
高橋と新川は俺には興味をなくしたかのように、二階に向かって瑞樹と話を始めている。
今度は俺が二人の肩をがっちり掴んで振り向かせた。
「お前ら何言ってんの?」
「だってお前の彼女だろう?」
「……誰が?」
「瑞樹ちゃん」
「はぁ!? 意味わかんないんだけど! お前らさ、さんざん俺たちを女みたいだってバカにしてただろう!!」
「違う違う、俺たちがバカにしていたのはお前だけ。瑞樹ちゃんといつも一緒だったから、あの頃から妬ましかったんだよ」
「俺たちの幼なじみの女の子で、ダントツのかわいさを誇っているのをお前がいつも独り占めしていたんだぞ? 当然だろうが」
「ちょ、ちょっと待てくれ。理解できない!! 瑞樹が女っ!?」
いまさら何をと言わんばかりに高橋と新川がバカにするように見た。
救いの視線を大和へ投げる。イケメンは背中を向けた。微妙に肩が震えているのは気のせいだろうか。
完全に頭が混乱した俺に、無情にも三回戦開始のコールが掛かり会場へと足を向ける。瑞樹の声がとても遠くから聞こえた気がしたが、それさえも動揺のもとでしかない。
おぼつかない足元の俺の背中を大和が思いっきり叩いてくれたが、心が乱れてまったく気持ちが落ち着かない。
三回戦は二対三で敗退となった。この勝負で勝利をもぎ取ったのは、意外にも田所先輩と新川だった。
俺は瑞樹の応援が聞こえる度に意識がそちらへ向いてしまっていた。大和と高橋は、そんな俺に本気であきれたらしく、バカらし過ぎて集中力を欠いたと怒っていた。
しかし大和の負けは無理ないことだった。相手は少し前に開かれた大学対抗戦にも出ていた強い選手。つまりは単なる負け惜しみだったが誰も何も言わなかった。
勝ちで高校時代を締めくくることのできた田所先輩は、泣いてお礼を言いながら再び俺を庇ってくれた。
本来の目的は達成できたことと、かなり充実感を得られたことで大会に出てよかったと思える自分がいた。
だが明日からどうやって瑞樹に顔を合せようかと悩んで、試合を終えても観客席へ目を向けることができなかった。
「さっきの試合、中堅を任されたのに負けちまってカッコ悪かったよな」
「俺も初戦は負けてるし、かっこいいのは先鋒のくせに大和だけってことになるか。イケメンなんて爆発すればいい――いや、今は困るから試合が終わってからな」
「何だそれは」
「だって中堅より強い先鋒って許されないだろう?」
柳監督と何か話をしている幼なじみが怖い顔をしてることは気にせずに、俺は高橋との会話を続けた。
「当然だろう? 俺たちのオーダーは若先生が組んでいるってことは『先鋒最強型』なんだし」
「は? 中堅じゃなくて先鋒?」
「そうだ。大先生なら『中堅最強型』の布陣だけど、若先生は見かけによらず攻撃的で先鋒最強が好みだからな」
……そうだったのか。
いや、俺もおかしいとは思っていたんだ。誰がどう見てもこの五人では大和が一番強い。
なるほど、よくわかった。しかし中堅を任されて一時でもいい気になっていた自分が恥ずかしすぎるっ。
ここはバレないうちに別の話にしなければとても気まずい。
「だけど、さっきの新川の勝利への執念はカッコよかったよな。一回戦の高橋も本当にすごかったと思う。体がよく動いていたよな」
「雅久にそう言ってもらえるのは、なかなかないから素直に喜んでおくな。けど俺も意外だった。お前でも勝ちが嬉しいし、緊張もするんだな」
「意味がわからないんだけど、当然だろう?」
「俺たちは、お前はそんなこととは無関係だと思っていたからさ」
「何を言ってる。それなら大和のほうだろう」
「あいつはイケメンポーカーフェイスだけど、試合になったら言葉遣いが変わって緊張していることがわかるし、勝利にはすごいどん欲だ。けどお前は、昔から試合で緊張したところなんて見せたことがなかったし、勝って当然って顔もしてただろう」
「そ、そうだったか?」
「中三の時も『俺が勝たせてやる』って言ったのを忘れたとは言わせないぞ」
「ま、まあな」
イタすぎる記憶をここで呼び起こして、仲間の精神にダメージを与えるなんて利敵行為だ、などと言えないほど高橋の表情は真剣だった。
「それに展覧会の授賞式も、あんな大勢の人間の前でいつもどおり平然としてたからな」
「え? なんでそんなこと知ってるんだ?」
「あったり前だ! お前は空手の選手の絵を描いて受賞したんだぞ。誰がモデルか噂になるし、気になって当然だろう」
「だって、お前らさんざん俺の陰口たたいていただろう?」
「あれは、そう、まあ、やっかみだ。だってそうじゃないか!? 強かった空手をやめて絵を描いたら、そっちでも受賞って恵まれすぎだっての!」
「そんないいものじゃないんだけど……」
「お前、ほんと昔から鈍いよな」
「そうそう、雅久は空手でも何でも鈍いよ」
「大和、お前までいきなり何だよ」
「見てみろ」
柳監督との話を終えてやって来たイケメンの視線に従って俺が見上げる。桜ちゃんに手を引っ張られている瑞樹がいた。隣で若先生と月島も笑っている。観客席を立って、直接言葉が交わせるこちらまでわざわざやって来ていた。
「雅久ーっ!! 最初の試合は何やってたのよ! でも今のはカッコよかったわよー!!」
「がくがくえしー! 熊さん相手の成果が出てましたー!!」
全然カッコよくなんてない。桜ちゃんの言うとおり熊沢のおかげだ。
俺の気も知らないこの応援は、今のメンタルにはかなり堪える。
しかしもっと問題なのは、ウザいチームメイトだった。
高橋と新川が、俺と瑞樹を交互に慌ただしく見ながら二人で俺の肩を握って強く揺らしている。
「お前っ、知り合いだったんじゃないかっ!?」
「いつの間に彼女なんて作ったんだよ!!」
「そんなんじゃないって! まさかとは思うが桜ちゃんのことを言ってるんじゃないだろうな?」
「黙れ、魔法幼女好きが!!」
「魔法少女だ!!」
「どうでもいい、誰なんだよ!」
あまりにもうるさくて面倒だったので、俺は二人の両手を振り払いながら怒鳴った。
「本当に気づかないのか!? 瑞樹だよ!!」
「え?……あの?」
「だよな、大和」
「間違いない、瑞樹ちゃんさ」
「なーんだ、そっか。なら仕方ない。お前ら昔から仲良かったからな」
「ほんと、無自覚系リア充はうらやましいぜ」
「興奮した俺らがバカみたいだった」
「瑞樹ちゃん、ひさしぶり!」
「雅久は優しくしてくれてる?」
高橋と新川は俺には興味をなくしたかのように、二階に向かって瑞樹と話を始めている。
今度は俺が二人の肩をがっちり掴んで振り向かせた。
「お前ら何言ってんの?」
「だってお前の彼女だろう?」
「……誰が?」
「瑞樹ちゃん」
「はぁ!? 意味わかんないんだけど! お前らさ、さんざん俺たちを女みたいだってバカにしてただろう!!」
「違う違う、俺たちがバカにしていたのはお前だけ。瑞樹ちゃんといつも一緒だったから、あの頃から妬ましかったんだよ」
「俺たちの幼なじみの女の子で、ダントツのかわいさを誇っているのをお前がいつも独り占めしていたんだぞ? 当然だろうが」
「ちょ、ちょっと待てくれ。理解できない!! 瑞樹が女っ!?」
いまさら何をと言わんばかりに高橋と新川がバカにするように見た。
救いの視線を大和へ投げる。イケメンは背中を向けた。微妙に肩が震えているのは気のせいだろうか。
完全に頭が混乱した俺に、無情にも三回戦開始のコールが掛かり会場へと足を向ける。瑞樹の声がとても遠くから聞こえた気がしたが、それさえも動揺のもとでしかない。
おぼつかない足元の俺の背中を大和が思いっきり叩いてくれたが、心が乱れてまったく気持ちが落ち着かない。
三回戦は二対三で敗退となった。この勝負で勝利をもぎ取ったのは、意外にも田所先輩と新川だった。
俺は瑞樹の応援が聞こえる度に意識がそちらへ向いてしまっていた。大和と高橋は、そんな俺に本気であきれたらしく、バカらし過ぎて集中力を欠いたと怒っていた。
しかし大和の負けは無理ないことだった。相手は少し前に開かれた大学対抗戦にも出ていた強い選手。つまりは単なる負け惜しみだったが誰も何も言わなかった。
勝ちで高校時代を締めくくることのできた田所先輩は、泣いてお礼を言いながら再び俺を庇ってくれた。
本来の目的は達成できたことと、かなり充実感を得られたことで大会に出てよかったと思える自分がいた。
だが明日からどうやって瑞樹に顔を合せようかと悩んで、試合を終えても観客席へ目を向けることができなかった。
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