万年Aクラスのオッサン冒険者、引退間際になって伝説を残す?

ナギノセン

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34 独房の攻防 前編

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「死んで聞こえなくなってからでは遅いから先に言っておくニャ。これは返してもらったニャ」
「貴様ーっ!!」

 アーニャが先程ユーリから奪ったガイルの鎧を高々と掲げて見せる。すっかり油紙は破られて中身だった葉や木の実の籠代わりになっていた。
 ガイルは手足の繋がれた鎖も忘れて前へ出ようとした。鎧も何もかもデニスが彼に残した大切な品である。恩師の遺品をぐちゃぐちゃにされて黙っていられるはずがない。
 
「いい気味ニャ。お前達があちしらへしたことと同じニャ」
  
 壁とガイルを繋いだ太く重い鎖が不愉快な音を立てピンと張っている。ガイルはどれだけ頑張っても独房の真ん中より前には行けない。彼の行動範囲を見切ったアーニャは足元に落ちている崩れた壁の欠片を容赦なく彼に向けて蹴り始めた。

 獣人族は一般的な人の数倍の身体能力を有すると言われる。中でもアーニャは最強と畏れられる獅子人族である。彼女の蹴った石の塊は風音を立てて次々とガイルへ向かった。

 ガイルもさすがに避けることへ専念する。少しでも距離を稼ぐために重い鎖を鳴らして寝台への上へ跳び乗った。安普請の木の寝台が悲鳴を上げている。この上なら張っていた鎖も弛んで体を動かせる範囲ができる。

「どうして反撃しないニャ? あちしらの宝樹の葉を散らした魔法攻撃を出したらいいニャ。それともあの剣が無ければできないニャ?」

 ガイルの革鎧を奪取して満足してしまったアーニャは同じ部屋にあった細身の魔剣には気づかなかった。
 アーニャの見せた鎧にだけ目が行っていたガイルも剣は奪われていないことに気づいた。黒い簡素な鞘が役立ったのか保管場所が鎧とは別だったのか彼には知るすべがない。

「教えて欲しければ剣を持って来いよ」

 青白い銀色の刀身を持つ魔剣をガイルは一度も上手く使えたことはない。デニスに教わったとおりに真似をしても決して言うことをきいてくれなかった。それでもこの場にあったとしたら試す価値はある。
 ガイルの発した言葉はアーニャをバカにしたように聞こえる。事実そのつもりもあった。しかし保管場所のわからない彼は半分くらい本気で言っていた。

「確かにこんなことをしている間に探しに行かなければニャ。だとしたらここからは本気を出すニャ」

 大きく息を吸ったアーニャの体が膨れ上がたような錯覚をガイルは覚える。何度も見覚えのある獣人族の身体強化の兆候にガイルも油断なく身がまえた。
 蒸せるほどの獣臭さが独房に満ち溢れた瞬間、彼の足元の木の寝台が突然割れた。数瞬前まで彼の頭があった壁にはアーニャの右手が突き刺さっていた。

 獣人族は魔法を操る術を持たない代わりに強靭な肉体と卓越した身体能力を得ている。彼らの能力は正確には魔法――補助魔法と呼ばれる類のものであり、それを無意識で発動させている。彼ら自身がそのことを理解していないため獣人族は魔法が使えないと一般には思われている。

 ガイルとアーニャの重量に耐えられなかった寝台のおかげで彼はなんとか助かった。跡形もなく彼の頭を粉砕してやろうと、力一杯踏み込んだ足場が思いがけなく崩れたアーニャは狙いを外して忌々し気に顔を歪める。

 獣人族の中でも最強を誇る獅子人族の力を見くびっていたつもりはない。それでも今のアーニャの攻撃はガイルの予測を超えていた。
 アーニャの右手は壁に埋まっている。左手には馬鹿正直に彼の鎧を握ったままである。

 攻撃手段の両手が塞がっている。繋がれた鎖のせいで体の自由が利かないガイルはここを逃すことはできなかった。
 彼は崩れた寝台から急いで飛び降りる。両腕の枷に繋がれた鎖をアーニャの足へ引っ掛けた。普通なら獣人族の膂力に跳ね返されただろう。しかし彼女が立っているのは崩れかけの木の寝台。力を入れて踏ん張れる真っ平な床ではなかった。

「な、生意気ニャっ!?」

 無意識に力を入れたせいでアーニャの立った場所から寝台は更に割れて崩れる。足元がなくなった結果、かなり強引に右手は壁から抜けた。しかし体勢を崩したアーニャは木屑の上に四つん這いになっていた。

 ガイルはすかさずアーニャの背中へ飛び乗って今度は彼女の首を鎖で締め上げた。
 獣人族の身体能力は確かに優れている。しかし関節部分は人より四足歩行の獣に近いため可動範囲が実は狭い。ガイルはデニスとの実地訓練でそのことを知っていた。
 ガイルを背負ったアーニャはゆっくりと立ち上がる。どうにか手を伸ばしてガイルを掴もうとしたけれどまったく届きそうにない。

「むニャーッ!!」

 癇癪をおこしたらしい獅子人族の少女はいきなり走り出す。壁へぶつかる瞬間に背中を壁の方へ向けた。意図を察したガイルは鎖を握る手を緩めて彼女の背中から直ぐに飛び退こうとしたが身動きできなかった。

「ぐっ!」

 まともに石の壁と衝突したガイルの右肩から背中に激しい痛みが走る。肺から一気に空気が抜けた。顔を真っ赤にしたアーニャが首を絞めていた太い鎖を手放すとガイルはその場に膝を着いた。アーニャはガイルが逃げられないように首の鎖を自分で押さえつけていたのである。

 アーニャのほうもガイルに負けないくらい荒い呼吸をしている。首を絞められたまま獣人族の力を使っていたのだから当然だろう。激しい憎悪のみなぎる目でガイルを見下ろしたアーニャは再び牙を剥く。首へわずかに巻きついたままの鎖を苛立たしげに握り締めた。
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