鬼の心臓は闇夜に疼く

藤波璃久

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旅立ち5(過去編②)

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 ある日の早朝、まだ朝日も昇っていない時間に、旅支度を終えた小太郎が家の前にいた。風呂敷の中には、おむすびや水筒、着替えを入れた。
小太郎が村を出ることは、正太郎しか知らなかった。正太郎しか小太郎の正体を知らないからだ。
母が起きる前に、出ることになった。
小太郎は涙を浮かべた。
「父ちゃん。オレがいなくなった後のこと、頼むよ?」
「ああ」
小太郎は行方知れずになる。神隠しにでもあったことにするつもりだ。
「オレ…やっぱり、寂しいよ」
「…小太郎」
正太郎は小太郎を抱きしめた。
「いつか…この村に帰っておいで」
「うん」
小太郎が遠くに去って行くと、正太郎は止めていた涙を流して、嗚咽をもらした。

 小太郎が村を出ると、そこに待っていたのは椿だった。以前あった桃寿郎の部下だ。
「村を出て行くのね」
「おまえ…」
「おまえなんて呼ばないで。私の名前は鳥取椿とっとりつばき。桃寿郎様の第一の部下よ」
「オレになんの用だ?」
「こわ~い。そんな睨まないでよ。私の役目は、あなたの行動を監視すること」
「……」
「桃寿郎様の刀のお清めが終われば、すぐにあなたを殺しに来る。あなたが村を出て行ったりしないか、見張っておけとのご命令よ」
小太郎は、椿を無視して歩いた。
「どこに行くの?」
「…決めてない」
「あら、そうなの?」
小太郎は走った。木の上に跳んで、次々に木に飛び移る。
「ちょっと待ちなさいよ!」
椿は小太郎を追うことができず、どんどん離される。
「ハアッ…ハアッ…無理…」
椿は小太郎を見失った。

「撒いたかな?」
椿が追って来ないことを確認すると、小太郎は木から降りた。

 「どこに行くかな?」
《オイラ、東京に行ってみたいな。産まれた村と、小太郎の村の周辺しか行ったことないし》
「オレも、自分の村の周辺と学校までの道のりくらいかな? 親戚も隣村に住んでいるから、遊びに行ったのも隣村までだし」
《舶来のものが色々あるんでしょ? 東京って。見たことないものや、食べたことないものとかも、いっぱいあるんだろうな》
「…朱丸は、心臓にいるんだよな。そういや、オレが見ているもの、感じているものはわかるのか?」
《わかるよ。小太郎が触れたものも、食べたものの味や匂いもね。不思議だよね。なんでなんだろう》
「オレが考えていることもわかる?」
《うーん。小太郎がオイラに、言葉を伝えようとしている時はわかるけどね。ただ、感覚…? 嬉しいとか苦しいとかは、いつも伝わってるかな》
「そっか」
《オイラが考えていることは、小太郎わかる?》
「オレも朱丸と一緒かな。感覚は少し伝わる」
《そっか》
「…よし。東京に行こうか」
《うん》
小太郎は、東京へ向かった。

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