亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第8章 人魚姫の家出編

反撃の兆し

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慣れない水中での戦いに思うように動けない紫音たち。
それに引き換え、人魚たちはまさに水を得た魚のごとく、自由自在に動き回り紫音たちを翻弄していく。
必然的に紫音たちは、人魚たちに苦戦を強いられていた。

それは前回アルカディアで大暴れしていたヨシツグも例外ではなかった。

「向こうは随分と楽しいことになっているようですね」

「戦闘中に余所見とはいい度胸だな」

「当然のことです。今のあなたなら、これくらいがちょうどいいハンデですから」

「舐めるなっ!」

完全にヨシツグを下に見ているエリオットの発言に、苛立ちを覚えたヨシツグが袈裟切りで刀を振るう。

「フン」

しかし水に邪魔され、地上のときよりもはるかに遅い剣速のため、エリオットに余裕で躱される。
そして、躱したと同時にエリオットは手を前に出し、詠唱を行う。

「水の精霊よ。我の力となりて、敵を穿つ破弓となれ――《水精霊すいせいれいの射手・十連》」

魔法陣から水の矢が出現し、射出される。

「っ!? ……なにっ!?」

ヨシツグに向かって放たれたかと思いきや、水の矢は軌道を変え、真っ直ぐ紫音へと狙いを定めていた。

「シ、シオン殿っ!」

一度標的となった紫音へと顔を向けるが、すぐにエリオットのほうに顔を戻し、キッと睨み付けながら訴えかける。

「どういうつもりかとでも言いたそうな顔ですね。まあ、いいです。これは戦いにおいての基本戦術なんですから」

「……なんだと」

「弱いほうから仕留めていく。相手の戦力を効率よく削ぐにはこれは一番ですから。あなたたちの中で一番弱い人種の彼には最初に戦線離脱してもらいましょう」

「……ふっ。なんともお粗末な考えだな」

しかしヨシツグは、敵の思惑を知ってもなお紫音の応援に行かず、エリオットに向けて鼻で笑いながら斬りかかる。

「くっ!? ど、どういうつもりだ……。自分の仲間に危機が迫っているというのに助けに行かないつもりか!」

「助けだと……? 私の弟子はそんなにヤワではない。……それにな、あれしきの攻撃でシオン殿がやられるわけがないだろう?」

「ほう、そこまで自信があるというなら見せてもらおうではないか。貴様の仲間の人種が無残にもやられていく姿をな!」

戦闘中に二人がそのようなことを話している間に、エリオットから放たれた精霊の矢は一直線に紫音のほうへと向かっていく。

「……ん?」

紫音がその攻撃に気付いたときにはもう遅く、自力で躱せないほど近くだった。

「まずは……一人目!」

自信満々に言ってのけるエリオットを助長させるように、精霊の矢は近づいていく。
……そして、

「なんだ、これ?」

「……は?」

瞬間、自身の目を疑うような光景がエリオットの視界に捉えられていた。
エリオットが放った精霊の矢は、紫音が片手で弾き、全弾あさっての方向へと飛ばされてしまった。

「馬鹿なっ!? そんなことできるはずが……」

「これでシオン殿を過小評価するのはやめて欲しいものだな。……それと、そろそろ私との戦いに集中したらどうなんだ!」

エリオットが動揺しているところにヨシツグはさらに刀に力を入れ、拮抗が崩れた瞬間を狙って、一撃を加える。

「――ッ!? ガハッ!」

「……失敬。シオン殿だけではないな。水中ではお主たち人魚族の独壇場だからといって我々までも過小評価しないでいただこうか。さもなくは、反撃する間も与えず終わってしまうからな」

「……いいでしょう。そこまで言うのでしたら、あなた方の力がどれほどのものか、試させていただきます!」

一度中断された二人の戦闘が再開し、激しさが増していた。
そんな状況に紫音は、少しだけ安堵した顔を見せるも、頭を抱えていた。

(ヨシツグもなんとか持ちこたえてこれているようだが、これもいつまで持つか……。こっちでもなにかいい手がないか模索しているが……さて、どうしたものか)

場を支配され、人魚たちが優位に立っている状況の中でも紫音は、決して負けを認めず勝利への活路を見出そうとしていた。

しかしそう都合よく勝利への秘策が見つかるはずもなく、途方に暮れていると、一人の人魚がなにが楽しいのか大声で笑っていた。

「面白いわ! いいじゃない! 今のエリオット兄さんの魔法は決して手加減されていなかった。むしろ本気だったわ。それを片手で弾き飛ばすなんて普通なら不可能なこと。しかもそれを人種がやってのけるなんてね……」

先ほどの紫音の行動に興味を抱いたのか、セレネは紫音を見ながら不気味な笑みを浮かべていた。

「魔法に対しての抵抗力が高いのかしら? それとも何らかの魔道具による効果? ……考えていても埒が明かないわね。……あ、そうだわ」

原因を究明する手立てとしてあることを思いついたセレネは、自身の前に一つの魔法陣を展開する。

「さあ、来なさい。私の実験動物ちゃん」

その呼びかけに応じて、魔法陣から出現したのは一体の鮫型の魔物だった。
戦況を見渡していた紫音は、召喚された魔物に注意深く観察していた。

「あいつも召喚系の魔法が使えるのか。……だが、あの魔物……テイムはされていないようだな。ということは、ただ召喚しただけ?」

セレネを自分と同じ魔物使いと踏んでいたが、見当違いのようだった。
しかし、テイムされていない魔物は基本的に人に危害を加えることがほとんどのため、召喚したとしても召喚者の言うことを聞くはずもない。
いったいなにを企んでいるのか、訝しげに紫音はセレネの次の行動を注視していた。

「命令よ。対象はあの人種の男の子。殺す気で行きなさい」

すると、言うことを聞くはずのない魔物がセレネの指示に従うようにその場を離れ、紫音のほうへと向かっていく。

「おいおい、いったいどういうことだ?」

「セレネ! ありゃあ呪いに汚染された魔物じゃねえか! 大丈夫なのか? あんなもん呼び出して!」

「そうですよ! 下手したら私たちにまで被害が出るかもしれないんですよ」

「ご安心ください。あの魔物は呪い状態にありますけど、私が開発した首輪によって、ある程度は制御できるようになったんですよ」

セレネの言うように、魔物の首周りには確かに首輪が嵌められている。

「……とはいっても、試作品なのでいつまで制御できるか分かりませんけど……彼の実力を試すにはちょうどいい実験体です」

紫音の実力を確かめるために放たれた魔物は、大口を開け、鋭い牙を見せつけながら紫音に噛み付く。

「……おっと」

慣れない水中の中でも紫音はひらりと躱していく。
そして紫音は、次の魔物の攻撃を窺いながら頭の中では思考を巡らせていた。

(呪いに汚染……? どういうことだ? 確かにこの魔物は普通とどこか違うような。俺の知っている魔物よりも凶暴性が増しているようだし、なにより目が赤く血走っている。……これが呪いによる影響なのか?)

謎はまだ多いが、ひとまず得られる状況はこれだけ。
後は、人魚たちに直接聞いたほうが話は早い。

「それじゃあ、用も済んだことだし、お前には退場してもらうか」

「キシャアアアァァ!」

素早い速度で紫音に襲い掛かってくる魔物に対して、紫音は涼しい顔をしながら、

「オラァッ!」

力強い声を発しながら拳を振るう。

「――っ!」

紫音の重い一撃を喰らった魔物は、そのまま地面へと激突。
魔物は起き上がることもできず、気絶してしまっていた。

(い、今のは……気を纏って……)

「……へえ」

「な、なんだと……」

「マジかよ! オレらでも手を焼いている魔物をたったの一発でだと……」

人魚たちは、紫音の実力の一端を目の当たりにし、各々が反応を示していた。
そんな中紫音は、大きく息を吸いながらフィリアたちに檄を飛ばす。

「お前ら! いつまで遊んでいやがる! たとえ水中でもお前らの実力なら倒せないことないだろうが!」

「っ!?」

紫音の言葉に一同ハッと目を見開く。

(リーシアが掛けた魔法もそろそろ限界のはず。早いところケリが付けなきゃ)

紫音たちに残された時間は少ないと悟り、早期決着をつけるべく、紫音は各々に新たな指示を送る。

「ヨシツグ! 気を纏えば水中でもいくらかマシになるぞ。戦闘中は全身に気を纏え!」

「なに!? ……た、確かにそれは盲点だったな」

「ローゼリッテ! お前の能力は血液さえあればどんな状況でも発動するはずだ。この状況でもお前ならきっとできるはずだ!」

「シオンにそこまで言われたらやるしかないわね……」

「フィリア! さっきのは完全に失敗だったが、それでもあれは武器になるはずだ。その図体のデカさを活かして俺たちを支援しろ」

「なっ!? ちょっと私だけアドバイスが雑じゃない! さっきのって、いったいどれのことよ!」

フィリアだけ紫音の意図を汲み取ることができず、騒いでいたが、一応紫音の言葉を全員に伝えることができた。

「さあ、遊びの時間はもう終わりだ! 勝つぞお前ら!」

「……待ちなさい紫音! いったいどういう――」

「ギャアギャア騒がないの。紫音の言う通りそろそろ終わりにしましょう」

「シオン殿……心得た」

紫音の檄のおかげでフィリアを除く全員の目の色が一瞬にして変わる。
これを機にアルカディアの反撃が始まることとなった。
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