ひみつの休息

篠崎春菜

文字の大きさ
1 / 3

「あき」と「さき」

しおりを挟む
 目に留まったのは「女性の添い寝フレンドを募集しています」の文字。

 SNSの海の中、たったそれだけの情報が泳いでいた。他の投稿もなく、プロフィールもとても素っ気ない。
 自分と同じ性別と「さき」と平仮名で書かれた名前、それから都道府県が載っているのみだった。

 ただ、アイコン画像に設定されている紫苑の花が、どこか優しさを帯びていた。

 こんなオープンな場所に、女性がこんな情報だけを書き込むなんて怪しい。

 そう思うのが普通の反応だろうと頭ではわかっている。ネット上のこんな情報、正しいなんて、正直だなんて、思わない方がいい。

 けれど、わたしはなんだか思ってしまったのだ。

 この人なら、と。


 *


『はじめまして。あきと申します。添い寝フレンドを探しているって本当ですか?』

 ダメ元で送ったダイレクトメッセージには、思いの外早く返信がついた。

『初めまして、さきです。本当です』

 端的なメッセージに、プロフィールの人柄がそのまま出ているような印象を受ける。

『わたしも同性の添い寝フレンドを探しているのですが、ネットって怖くて』
『そうですね。よかったら、このままダイレクトメッセージでやりとりをしてみませんか。先のことはお互い、信頼できると思ったらということで』
『それがいいです!』
『じゃあ、そうしましょう』

 彼女の話し方は、距離感が心地良いと思った。事を急くわけでないというところも好印象で、安心感がある。
 若々しい印象のある文章ではないから、歳上なのかもしれない。

『さきさんはおいくつですか? わたしは十六で、高二です』
『同学年ですね。四月生まれなので、私は今十七です』
『そうなんですね! すごく大人っぽいから、年上だと思ってました』
『せっかくだから、敬語やめましょうか』

 同い年のさきとのやり取りは、そうして始まった。

 彼女は敬語じゃなくなっても女子高生特有のはしゃいだ様子はあまりなく、大人びていて、図書館の似合いそうな女性のイメージが強まっていった。

 話題は天気の話とか、その日見たものだとか、中身のない、どうでもいいことがメインで、テレビやネット、アイドルなど、学校で友達が楽しそうに話しているような話は少なかった。

 さきは勉強と読書に時間を割いていて、登下校の道の紫陽花だとか、雨の日はなんだか眠くなるだとか、そういう自然なことを話す。

 彼女と会話をする上で、話を合わせるためのネタ収集や、頑張ってついていかなきゃ! という努力は必要ないのだと、わたしはぼんやりと、心地よさを感じていた。

『最近暑くなってきたね。梅雨明けて助かるーって感じ』
『あきは暑いのは平気なの?』
『いや、普通に苦手。でも夏って洗濯物が乾くから』
『洗濯物、あきがするのね』
『うん。お母さんと姉ちゃんは仕事だし、妹いるし、家事は基本わたしなの』
『姉妹多いのいいね』
『女ばっかだから、洗濯物多くて大変だよ』

 さきと知り合って一週間。わたし達はお互いに、少しずつ、自分の事も話すようになっていた。

 さきの家は一人っ子。共働きのご両親との三人暮らし。二人とも忙しいらしく、いつも帰りが遅いと言っていた
 家と学校は近い。歩いて十分くらいらしい。通学途中の家に、立派な紫陽花が咲く家がある。

 うちは母子家庭で社会人の姉と、小学生の妹がいる。比較的賑やかな家庭だ。母は看護師で、姉は百貨店で働いている。妹は三年生だけど、結構長い事鍵っこなので結構しっかりしている方だ。

 初めて家の話をしたとき、さきは『なんだか正反対で、おもしろいね』と言った。


 *


 すっかり暑く、半そでの制服で涼しさをまったく感じなくなった。
 期末テストが終わり、夏休みはもうすぐそこまで来ている。

 さきとのやり取りは相変わらず続いていて、梅雨が明けてから、紫陽花がきれいな家の庭には、向日葵が咲き始めたそうだ。

 きっと上品でまめな、お花が好きな奥様がお手入れをしているのだろうな、なんて考えながら、下校道を自転車で駆ける。

 高校生がテストが終わって気が抜けるこの時期は、小学校も休み前で短縮授業になる。
 妹はしっかりしているし、鍵っこ期間も長いのでそれほど心配しなくても良いと思うけど、家にいる時間がいつもより長いとなると、やっぱりちょっと気になるものだ。

 信号のそばの日陰で汗をぬぐい、スカートをパタパタとあおぐ。
 中に体操服の半ズボンを履いているとはいえ、良くないことはわかっている。でも、とにかくもう、暑いのだ。
 なんで制服のスカートってこんなに厚手なんだろう、と中学生の頃からずっと思っている。

 ピロン、とスマホの通知音が鳴る。
 「さき」と表示された通知を見て、画面のロックを解除すると、学校を出る前に送った『もうすぐ夏休みだね』というメッセージへの返信が来ていた。

『夏休み、よかったら会ってみない?』

 ドクン、と心臓が鳴る。
 ミンミンゼミの鳴き声が、いつもより大きく聞こえる。

 期待なのか、不安なのか、ドキドキする心臓に手を当てて、深呼吸をする。

 やり取りを始めて約一ヶ月。もっと早く、その提案が出たっておかしくなかった。
 今時マッチングアプリだって、もっと早く対面するだろう。

 〝信頼できると思ったら〟。

 きっとさきは、信頼してくれたということなのだ。
 わたしだって、そう。信頼できると思ったら、のタイミングは、とっくに訪れていた。

(大丈夫かな……)

 実際に会って、イメージと違うと思われたり、しないだろうか。
 何か失敗して、メッセージのやり取りすらなくなってしまったりしないだろうか。

 信号が青になったのを確認し、スマホをポケットに入れる。
 周りを確認してから勢いよく自転車を走らせると、すぐに暑い陽が照り付けた。

 最初から、わたし達は添い寝フレンドを探して、巡り合ったはずだ。
 こうやって提案してくれている以上、さきは早く直接会って、添い寝フレンドとしての一歩を踏み出したいに決まっている。

 家の前に自転車を置き、またスマホを手にした。
 わたしが送った『もうすぐ夏休みだね』のメッセージの横には既読マークがついている。
 さきの方にもそうしてマークがついているに違いない。

 思えば、彼女から返事を急かされたことはなかった。未読だろうが、既読だろうが、単に気にしない人なのか、待つのが得意な人なのかはわからないけれど、さきはいつでも無理のないペースで居させてくれる人だ。

 そのさきからの、明確に求められた意思表示だ。

 よし、とスマホの画面をフリックする。

『会ってみる』

 思い切って送信すると、わりとすぐに既読になった。

『了解』

 そんなそっけない返事も、最初から変わらない。
 さきはきっとイメージ通りの人なんだろうなあ、と思いながら、少しだけ笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...