『私』の願いとその代償。

ブー横丁

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0回目〈1〉side Y

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 私はずっと、村永 晃人くんが大好きだった。
 
◇◇◇

 2010年9月3日。小学校5年生の秋。大好きなママが切迫早産で入院した。1ヶ月の入院は確定だそうだ。寂しいけれど、ママもお腹の中の弟も頑張っているから、私も頑張らなくちゃいけない。

 その日は土曜日でパパとママと3人で車で病院まで行って、ママが入院するのを見届けた。

 私がママに、大好きなニンジンのパウンドケーキをあげたら、ママは私にビーズで作ったキラキラしたクマさんのキーホルダーをくれた。

「結(ゆい)、ママ、こんなことになっちゃってごめんなさい。弟くんが生まれるまで寂しい思いをさせてしまうかもしれないけれど、このクマちゃんがそばにいてくれるからね。」

2年半前にこの『みらいなか市』近くにパパの転勤で引っ越してきた。

 だからママが入院中、頼れる親戚もいなくて平日の夜ご飯はお惣菜かインスタントラーメンか出前かレトルトだった。でも土日はパパと一緒にお料理するのが密かに楽しみだった。

 9月13日火曜日。クラスの女子の中心の神宮寺 万理華(じんぐうじ まりか)ちゃんの誕生日だ。

 家が大地主で、駅前のファッションビルは万理華ちゃんのお爺さんの持ち物らしい。お父さんはどこかの大病院の院長で、一族皆がお金持ちという噂だ。
 万理華ちゃんはとてもオシャレな女の子だ。普段話しかけられることなんて殆どないのに、なぜかその日は急に話しかけてきた。

「結ちゃん!それ何?!いいなー。キラキラしてとっても可愛い!」

 万理華ちゃんが指を指したのはランドセルにつけたママが作ってくれたクマさんだった。

 すると、周りの女の子達が騒ぎ出す。
「今日万理華ちゃんの誕生日なんだから、結ちゃんそれ、あげれば?!」
「そうだよ!あげなよ!丁度いいじゃん!」
「オシャレな万理華ちゃんが気に入ってくれるなんてすごいしー。」
でも、勇気を出して断った。

「ごめん、このクマさん、お店に売っているものじゃないんだ。ママが作ってくれたもので。だから、ごめんね。」
だって、この子がいてくれたらママが見守ってくれているような気がしていたから。

 でも次の日から、待っていたのは地獄だった。

 クラスの女子が誰も口を聞いてくれなくなったのだ。優しいと思っていた同じグループの子達も申し訳なさそうに目を逸らすだけ。そっか、私と口を聞いたら次は自分がターゲットになっちゃうもんね。

 授業中、先生に当てられて国語の教科書を読んだだけでクスクス笑われる。

 毎日自分だけ外されて折り紙のメッセージが女子同士で回される。

 一回チラッと見えた時は『週末、ゆいちゃん抜きでクレープパーティーしよう。』って書かれてた。多分その会で、すごい私の悪口言うんだろうな。

 体育で誰かと組まなきゃいけない時は常に先生とペアになってしまった。

 落としたプリントをわざと上履きで踏まれて、全然悪く思ってなさそうな感じで『ごめーん!』って言われたり。

 昼休みには、女子がこちらを向いてわざと聞こえるようにコソコソ話をする。

 給食では、わざとデザートが崩れているお皿が回される。
 家庭科の授業では、何品かあるうちの主菜のハンバーグとデザートのロールケーキは勝手に外されて、どうでもいいワカメスープと皿洗いを押し付けられる。いいもん、週末、パパと一緒にハンバーグ作るから。

 口を聞いてくれるのは男子だけだから、たまに話をしていたら、
「結ちゃんて、女子と全然話さないくせに男子とは話して、超男好きじゃん!」
と聞こえるように言われた。
 ニヤニヤ。ヒソヒソ。
 女子と話さないんじゃなくて、無視しているのは向こうなのに。だけど、誰かと話すとまた悪口を言われてしまう。だからほとんど誰とも話さなくなった。

 漫画であるような水をかけられたり、教科書を破いたり、黒板消しを落としてくる嫌がらせはされていない。
 
 毎日嘲笑うかのような目を向けられて、教室の中で呼吸するのがひどく苦しいだけ。

 小テストに書く、松川 結(まつかわ ゆい)っていう自分の名前がたまに酷く歪んで見えるだけ。

 ただ、それだけだ。

 9月29日木曜日。学校からの帰り道で突然息が苦しくなって、まっすぐのはずの道がデコボコに見えた。

 うずくまって、息が吸えなくなって、もう死んじゃうかもって思ったとき、たまたま心配して声をかけてくれたのが村永くんだった。

 村永くんはサッカー少年団だけど色白で、綺麗な顔をしているから結構目立つ子だった。本人曰く、黒くならないで赤くなるタイプらしい。

 彼はすぐに近くを小さな子供とお散歩してた女性に助けを求めてくれて。運良く、その女性は看護師だった。
 ビニール袋を口に当てられて、すーはーすーはー息を吐いたらやっと呼吸ができるようになった。

 あとで知ったけれど、過呼吸っていうらしい。ストレスが溜まると大人もたまになるんだって。

 村永くんはうずくまって涙目でひいひい言っている私に引きもせず、ただただ優しく背中をさすってくれた。
 その手があったかくて、なんだかホッとしたのを覚えている。でも、醜態を見せてしまったのが恥ずかしくて、その日の夜はベッドでジタバタしてしまった。

 次の日から村永くんは何かあったらさりげなく守ってくれるようになった。
 
 給食でボロボロのデザートが回されたら自分のとこっそり変えてくれたり。

「先生ー!女子が授業中に変な紙、まわしてまーす!」
ってチクってくれたり。

 いつも一番後ろの席から、村永くんのちょっと天パ気味の頭と、昼休みにサッカーして少し汚れた背中を見ていた。たまに目があったら笑ってくれた。
 村永くんを見ていたら、だんだん教室で普通に呼吸出来るようになってきた。
 もうその頃から彼は私の『特別』だった。

 10月13日、木曜日。
 没収された私の悪口が書かれていた紙が先生に見られて、虐められていたのがバレてしまった。
 そして、先生が連絡をしたのか慌てた様子でパパが学校に迎えにきた。
 
 家に帰る間、パパは車の中で無言だった。

 玄関のドアを開けるとギュッと抱きしめられて、何度も何度も
「ごめんな。ごめんな。」
って謝られた。パパはなにも悪くないのに。

 パパが泣いているのを見たのは初めてだった。パパを見ていたらなんだか私まで泣けてきて、二人でわんわん泣いた。
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