『私』の願いとその代償。

ブー横丁

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0回目〈3〉side Y

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「あー!また負けた!!」
「えへへ。村永君ならキノヒコじゃなくて、この重量級の亀さんのが安定したかもねー。」
私達は時間潰しで一緒にUii(ウイイ)をしていた。

 やっぱり定番はタマオカートだよね。思いの外楽しくてつい夢中になってしまった。

 ふと時計を見ると、いつの間にかもう18時近くになっていた。

「わ!もうこんな時間!」
全然気が付かなかった。パパ、もう少しで帰ってくるじゃん。

「悪い!コンビニまで送っていくわ。で、俺そのまま帰るわ。母さんご飯作ってるし。」
そう言って荷物を持ってくれた。

◇◇◇
 外に出ると、少しだけ肌寒かった。こんな日は肉まんが食べたくなる。もう10月の半ばだもんな。

 ちなみに弟が生まれる予定日は11月12日だ。

(このままだとママ、退院せずにそのまま出産になりそうだなぁ。)そんなことをぼんやり考えながら、村永君と並んで歩く。

 コンビニに着いてノートをコピーしている間、村永くんはソワソワと雑誌コーナーの前で行ったり来たりしていた。
 
 コンビニを出て、帰ろうとする村永君に、ついでに2つ買った肉まんを1つをあげた。
「はい。これ、ノートのお礼。」
「えー!ありがとう。やばい、めっちゃ嬉しい。」
そう言いながら嬉しそうに肉まんを頬張った。
 
「肉まんの為なら何回だってノート持ってくる。」
笑いながらそう言うので、
「えー、今回は特別。」と伝えておいた。
本当は休まないで学校に行けるのが一番いいんだろうけどね。

 今日、楽しかったな。ママが入院してからこんなに笑ったの、初めてかもしれない。
 去っていく村永君の周りの街頭がなんだかいつもよりキラキラして見えた。

◇◇◇
 10月17日、月曜日。勇気を出して登校したら、HR(ホームルーム)のあと、男子だけ教室の外に出されてクラスの女子に形式的に謝られた。

 まあ、きっとイタズラ好きな男子とかは壁に張り付いて聞き耳立ててるんだろうけど。
 
 先週の木曜日、そのまま女子だけ残されて先生にこっぴどく怒られた上に、特に酷い子達は各自親に電話されたみたいだった。

「ほら!仲直りの握手して。」
先生が私と数人を無理やり握手させる。

 心から悪いとはちっとも思ってないんだろうな。
万理華ちゃんは、私達何もなかったよね、みたいな顔をしてニコニコしている。
 その周りの子達は親に怒られたのか、なんだか必死そうな、気まずそうな顔をしている。

 とりあえず表面上は謝罪されて、私も表面上は受け入れた。本当は全然許してないし、何なんだろうって思っていたけれど。
 でも、先生やみんなの前でそんなこと言うわけにはいかないし。

 そして、同じグループだった子達も今までと何も変わらないように接してくるようになった。

 でも、心の中は何だか複雑だった。

 普段結構仲が良いと思っていたけれど、私が辛い時に助けてくれたのはこの子達じゃなくて、村永君だけだったから。
 何もなかったかのように接してくるけれど、私の中ではすっかり変わってしまった。

 それでも時間は淡々と過ぎていく。
 
◇◇◇

 そんな中、一つだけ良いことがあった。それは、村永君が下校時に人がいない時に声をかけてくれるようになり、時々一緒に帰るようになったことだ。

 そして何となく二人の時は、晃人(あきと)くん、結(ゆい)ちゃん、と呼び合うようになった。

 あと、家のパソコンで連絡を取って、週に1~2回、遊ぶようになった。パパが面識のある友達と家族としか連絡を取らないことを条件に、私の個人メールアドレスを作ってくれたのだ。

 ちなみに友達とメールしたいとは言ったけれどそれが男の子だというのは何となく言っていない。

 2回くらい晃人君の家にも遊びに行った。すごく大きくて綺麗なおうちでびっくりした。
 晃人くんの6年生のお姉さんの春(はる)ちゃんも一緒に、3人でゲームをしたり、駄菓子屋さんで買い食いした。

 私はさくらんぼ味の小さいお餅のお菓子、晃人くんはさんちゃんイカ、春ちゃんはうまか棒。
 なんだかいつもより美味しく感じた。

 春ちゃんは優しくて、晃人君と一緒で色素が薄くて睫毛が長くてとても綺麗な女の子だ。(私もこんなお姉さん欲しかったな。)と思った。

 二人でうちに遊びに来て、一緒にお菓子を食べながら勉強したこともあった。ポテチを嘴みたいに頬張って晃人くんがふざけているのを見て春ちゃんと笑っていた。

 ママのお見舞いにも3人で行った。友達を連れていったのは初めてだったからビックリしていたけれど喜んでいた。
 
 入院中に、暇だからまた作ったというビーズのクマさんを春ちゃんと晃人君にもあげていた。

 私には白のビーズを使ったクマさんをくれたけれど、春ちゃんにはピンク、晃人君にはベージュのクマさんをあげていた。3人でお揃いになって嬉しいな。

 目の部分だけ海外から取り寄せたパワーストーンを使っているらしい。

 弟も順調に育っているようでホッとした。
 でも、無理をしたら直ぐに生まれてしまうのでやっぱり出産まで入院するとのことだった。

 パパとママ、晃人君と春ちゃんと一緒にいる時だけは、心から笑うことが出来た。

◇◇◇
 2010年11月7日、月曜日。7時2分。パパと一緒に朝ごはんを用意する。
 ママが入院する前の朝食はお味噌汁と納豆と漬物とご飯、日によっては卵焼きや鮭の切り身もあったけれど、最近はロールパンとヨーグルトと野菜ジュースだ。
 
 いただきます、をしようとしたらパパのスマホが鳴った。
 
 病院からの連絡だった。弟があと数時間以内に生まれるとのことだ。
 私もママに会いたいと言うと、パパがすぐに学校に欠席の連絡をしてくれた。

 あの日からパパはなんだか私に甘い。ママが入院していて大変なのに申し訳ない気持ちもあるけれど、まあいいか。
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