堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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第二章

なんとか予定通り王都入りしました

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 王都へ入るための関所を、モント領主の一行は昼前に通り過ぎた。

「ルカ、王都に入ったぞ」

 ユリウスが声をかけると、膝の上に乗っていたルカが顔を上げた。まだ少し眠そうだ。ルカは顔を上げたと思ったら、すぐにユリウスの胸にこてんと頭を埋めた。

 昨夜遅く、ユリウスは無事にルカとリサを連れ、宿屋に戻った。カレルも口ではいろいろ言っていたが、ルカとリサの顔を見ると、一気に脱力し、それはそれは長いため息を吐き出していた。

 昨夜は眠るのが遅かったからだろう。ルカは道中ずっと眠そうで、馬車が走り出すやユリウスの膝の上に乗り、うとうと船を漕ぎ出した。

 昨夜は結局またルカと眠った。今夜からはルカとはベッドに入るまい。ユリウスはそう決めていたが、こんなことがあった夜に、ルカが一人で眠れるわけがないということもわかっていた。
 やはり当然のようにユリウスのベッドに潜り込んだルカを、追い出すことはできなかった。細い体を抱きしめ、温めてやると、ルカはユリウスにしがみついた。

 戻ってきてくれてありがとう。ユリウスがそう言うと、ルカは小首を傾げた。

「だって、ここにいたいと言ったのはわたしだし。ユリウスの側にいたいし……」

 あとは珍しくもごもごと言葉を濁した。そしていつになく体を寄せてくる。やはり不安だったのだろう。ユリウスが助けに来ないかもしれないと思っていたのかもしれない。
 昨夜もそうだったが、ルカは朝からずっとユリウスにべったりだ。旅の間はそれぞれの部屋でとっていた朝食時も、ルカはユリウスの側を離れたがらず、結局ルカの分をユリウスの部屋に運ばせ、一緒に食べた。
 宿を出るときも、ユリウスの服の裾を離さない。しかしカレルの忠告がきいたのか。騎士団の者が来るとぱっと手を離し、ユリウスと距離をとる。それでも不安そうにちらちらユリウスを見てくる。
 そして馬車に乗り込むや、膝の上に乗ってきて頭をユリウスの胸に埋め、離れようとしない。

 だめだ、かわいすぎる……。
 
 こうも素直に甘えられるとたまらない。膝の上に乗っていてもルカは羽のように軽い。体躯の大きなユリウスにとっては何でもない。無理におろす必要もない。
 少しパスでまた並走しようかと思っていたがやめだ。こんなかわいいルカを置いて、わざわざ外に出る気がしない。

 王都の関所を通過してしばらくするとまたうとうとしだしたルカを確認し、ユリウスはリサに尋ねた。

「昨日、あいつらルカに何かしたのか?」

 甘えられるのは悪くないが、昨夜酷い目に遭わされたのかと心配になった。リサは首を振った。

「私と一緒にいる間は何もございませんでした。ルカだけ話があるからと上に連れて行かれてからのことはわかりかねますが、あのようなあばら屋でしたので。上階の物音がよく聞こえておりました。話の内容まではさすがにわかりませんでしたが、特に大きな物音もなく、穏やかに話されているようでしたよ」

「そうか。ならいいんだ」

「ルカは、昨日戻ってきてからユリウス様にべったりですわね。それでご心配になられたのでしょう?」

 ユリウスが頷いた時、ガタンっと音を立てて馬車が急に止まった。ルカの目が開いた。外からモント騎士団員が報告にあがる。

「只今、我々の前に別の馬車が割り込みまして、危険回避のため急停止いたしました」

「どこの馬車だ?」

 聞きながらユリウスは立ち上がろうとルカを膝の上からおろした。そうしている間に外が騒がしくなった。

「お待ち下さい! 只今お取り次ぎいたしますので。あっ!」

 慌ただしい騎士団員の声と同時に、馬車の扉が外から開かれた。ユリウスは腰の剣に手を伸ばしたが、遠慮もなく勝手に馬車に入ってきた男の姿に、深いため息をついた。

「おい、エメレンス王弟殿下。勝手が過ぎないか?」

 銀髪に緑の瞳のエメレンスは、何食わぬ顔で馬車に乗り込んでくると扉を閉め、リサの隣に座る。そして勝手に外に向かって「出発してくれ」と声をかける。ユリウスが後追いで許可を出すと、馬車は再び動き出した。

 ユリウスがエメレンスと会うのは、去年の王都参代以来なので約一年ぶりだ。けれど久しいななどという決り文句の挨拶は一切抜きで、エメレンスは緑の瞳を眇め、ユリウスの顔を素通りし、ルカを見た。ルカは驚いたようにエメレンスを見返している。隣のリサは、突然の闖入者に固まったままだ。

「やぁ、ルカ。久しぶりだね。元気そうでよかったよ」

 エメレンスは手をのばすとユリウスの腕にしがみついているルカの髪をくしゃくしゃと混ぜた。こちらには一言の挨拶もなかったくせに、ルカには親しげに笑顔を向ける。

「髪を染めたんだね。似合っているけど、私は黒髪のルカのほうが好きだな。どうしたんだ? あまりに久しぶりで、緊張しているのか? ほら、おいで。ルカ」

 エメレンスが両手を広げる。その行動にユリウスはぎょっとした。いつも何を考えているのかわからない男だが、少なくともこんなふうに誰かを親しげに腕の中へ誘うような男ではない。半端ではない違和感だ。

「おい、待て」

 ユリウスは頭の痛くなる思いでエメレンスを止めた。今の状態のルカが、そう易々とユリウスから離れるわけがない。ルカは昨夜からユリウスにだけべったりなのだ。
 それに、ルカはエメレンスを知っていると言っていたが、ハグをするような親しさなのだろうか。ただの王宮奴隷のルカと、王弟殿下が? まさか。そんなはずはないだろう。
 けれどルカは、あっさりユリウスの腕を離すとエメレンスの腕に飛び込んだ。

「えっ……?」

 不覚にも声が漏れた。昨夜からあんなにくっついて離れなかったのに、いとも簡単に腕を解かれた。急にルカの温もりがなくなり、ユリウスの方が心許ない気分だ。
 そのルカはエメレンスに抱きしめられ、くすぐったそうに首をすくめる。親しげな仕草に、ユリウスの全機能は完全に停止した。

「相変わらずかわいいな、ルカは。上手く逃げたようで安心したよ。寝室の窓を開けておくよう、侍女に言ったのは私なんだ。ルカなら上手く逃げ出すと思っていたよ」

「エメレンスが開けておいてくれたの?」

 ルカが驚いたようにエメレンスを見上げる。
 ああ、顔が近いぞ、ルカ。
 そんなにエメレンスに近づくんじゃない。

「そうだよ。しかしあの短気なライニール王がその侍女を打ち首にすると騒ぎ出した。私のせいでそれは申し訳ないと、ライニール王に嘆願までしたさ。おかげで王宮追放で済んだよ。ルカは私の教えたことをちゃんと覚えていたんだな。偉いよ。ちゃんと北に向かったんだね」

「国境までの距離が、北が一番近いと教えてくれたのはエメレンスでしょう? もしかしてユリウスのことも計算に入ってた?」 

 なに? 
 自分の名が出てユリウスは話に割って入った。

「どういうことだ? エメレンス」
 
「そう目くじらを立てるなよ、ユリウス。もちろん、ルカは何も知らずにただ国境線目指して逃げただけだよ。しかし、私の思惑としては、ユリウスに拾われればいい。その考えはあったさ。おまえなら手厚く保護してくれるだろうと確信もしていた。間違って親王派の国になど逃げ込もうものなら、即座に王宮へ戻されてしまうからね」

「待て待て待て」

 なんとも危うい賭けだ。

「そこまでわかっていたなら、エメレンスがルカをかくまってやればよかったのではないのか? 逃げてきたルカは、ぼろぼろだったんだぞ」

 ルカとエメレンスがこんなに親しいとは思ってもみなかった。ルカを気にかけるのなら、初めからあんな目に遭わせないよう、気を配ってやればいいものを。

「ユリウスがそういうのも仕方ないさ。でもね、私もいろいろと難しい立場でね。表立ってルカを助けることはできなかった。親王派の跋扈している王宮だからね。王の弟といえど、妾腹の私の立場は微妙なんだ」

 その危うさは、ユリウスにも嫌というほどわかる。

「しかしだな」

 鞭で打たれ、満身創痍で怯えていたルカを見て、同じことが言えるのか。
 もっと責めてやりたい気もしたが、一人の王宮奴隷の面倒を、そこまでエメレンスが見る責任もまたない。
 
 エメレンスはルカを抱きしめながら、ルカの体をあちこち触った。

「ルカ、ちょっと女の子らしくなったね。胸も大きくなったんじゃないかい?」

 そう言って軽くルカの胸にまで触れる。ユリウスはやめろと叫びたくなるのをかろうじて抑えた。

「そうかな?」

 ルカは自分の胸を見下ろした。エメレンスが触っても、何ら気にした様子はない。

「そうだよ。ほら」

 エメレンスはルカの胸を下からすくい上げるように触った。

「やめろ、エメレンス」

 ユリウスは我慢できず、半腰になるとエメレンスからルカを取り返した。ルカはきょとんとした顔をしてユリウスを見上げる。その頭をユリウスは自分の胸に押しつけた。
 前を見ると、エメレンスがにやにやしながら、嫉妬むき出しのユリウスを見ている。

「堅物辺境伯。変われば変わるもんだね」

「黙れ、エメレンス。それで? わざわざ馬車に乗り込んで、ルカに会いに来ただけではあるまい?」

「そうだった。本来の用件を忘れるところだったよ」

 エメレンスはにやりと不敵に笑った。

 

 

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