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第六章
思わぬ刺客
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林へ入ると、ラウはルカの手を引きながら、どんどん奥へと分け入っていく。ルカは何度か木の根に足を取られ、転びそうになりながららラウに声をかけた。
「待って、ラウ。速いよ。転んじゃう」
ルカが息を弾ませ、ラウの足を止めるように手に力を入れると、ラウがやっと気がついたように足を止めた。
「ああ。悪い。気がつかなかった」
ラウはぱっとルカの手を離した。チチチと頭上で小鳥が鳴き、陽光がさしこみ、風が葉をざわざわと揺らした。
「あれ?」
まださほど歩いていないはずなのに、この林の風景ははじめて見る。アントンは、あまり林の奥深くへは入らない。だいたいいつも同じ場所で摘む。こんな知らない場所に来ることはない。
「アントンは?」
「ああ、アントンね。どこだったかな。確かもっとこっちの方だったような」
ラウは言いながら、すいすい木立の間を抜けていく。
「え。待ってラウ。はぐれちゃうよ」
ルカが呼んでも聞こえないのか。ラウは止まることなくどんどん先を行く。見失うまでにそれほど間はなかった。
「ラウ?」
呼びかけても誰もいない。風がざざざざーと吹き抜け、木立を揺らすばかりだ。
ルカは辺りを見回した。やっぱり知らない場所だ。方向を確かめようと頭上を見上げるも、生い茂った葉に遮られ、太陽が見えない。完全に帰り道を見失った。
ルカは、大体の方角をつかむために、今いる場所を中心に歩き回った。太陽が見えれば、それを左手に進んでいけば国境の川沿いに出られるはずだ。
川沿いにはモント騎士団が守りについている。誰かがルカを見つけてくれるはずだ。
そう思い、辺りを歩き回っていると、がさごそと下草を踏む音が近づいてきた。
ラウが気がついて戻ってきてくれたのかもしれない。
ルカは足音のする方へ近づき、丈の高い草をかき分けた。
「え……?」
その先に現れた思わぬ顔に、ルカは固まった。
エミーだ。エミーが一人でこちらに歩いてくる。ルカの姿を見つけると、エミーはだっと走ってきてルカの腕をつかんだ。
「つかまえた。つかまえたわよ。逃げ出した王宮奴隷の希少種」
「エミー様?」
エミーの目は険しく眼尻が上がり、以前屋敷に来た時のエミーとは違っていた。狂気の顔があるとすれば、こんなふうだろうか。それに今なんと言った? 逃げ出した王宮奴隷の希少種。どうしてそんなことをエミーが言うのだろう。
ドリカはエミーの屋敷に滞在しているとユリウスが言っていた。ドリカは去ったはずだが、エミーは何かドリカから聞いたのだろうか。けれどルカはドリカに姿を見られてはいない。なのにどうしてそんなことを。
とにかくエミーからは普通ではないものを感じ、ルカはつかまれた腕を引っ張った。
「お放しください、エミー様。腕が痛いです」
「黙りなさい。この奴隷が。今すぐ王宮騎士団につきだしてやるわ」
「お待ち下さい。わたしはユリウスの奴隷で、王宮奴隷では、……っ」
いきなりエミーのもう片方の手が伸びてきて、ルカの首をつかんだ。喉を絞められ、ルカは喘いだ。
「うっ、く、るし……。放し……」
「うるさいうるさいうるさい! 奴隷のくせに。はしたない性奴隷のくせに。あなたのせいで何もかもめちゃくちゃよ。ユリウス様はあなたなんかに入れ込んで、わたしには見向きもしなかったくせに。仕方ないから、クライドと結婚しようとしたら、また振られたわ。あんな、田舎男爵の、しょーもない男にまで」
「……うぅ」
「でもね、ドリカ先生がおっしゃってくださったの。逃げ出した王宮奴隷をつかまえれば、もっと素敵な中央の貴族をご紹介してくださるって。ドリカ先生はあなたがきっと逃げ出した王宮奴隷に違いないとおっしゃったわ。逃がすものですか。逃さないわよ、絶対に。あなたをユリウス様から引き離して、私は中央の素敵な方と一緒になるのよ!」
「うぐっ」
更に力を込められ、ルカは堪らずエミーの腕を引っ掻いた。
「きゃっ!」
エミーは悲鳴を上げ、ルカの首から手を放した。その隙をつき、ルカはエミーを力いっぱい突き飛ばした。エミーは叫んで尻もちをついた。
「あ、……はぁ、はぁ」
ルカは苦しくて膝をつき、咳き込みながら肩で息をした。つかまれていた喉がまだつかまれているような違和感がある。
「この、よくも」
エミーがふらりと立ち上がる。ふわふわ巻毛は乱れ、前髪が額に張り付いている。ルカはお尻でじりじりと後退した。立ち上がって走って逃げたいが、足が震えて言うことを聞かない。木の幹に背中がぶつかる。見上げると目を血走らせたエミーが手を伸ばしてくる。
「っ!」
思わず目をつむり、襲ってくる衝撃に耐えようとした。が、
「ルカ?」
衝撃のかわりに、耳慣れた声に呼ばれ顔をあげた。すると、エミーのみぞおちに拳を食い込ませ、ぐったりとしたエミーを抱えた思わぬ人物がいて、ルカは目を丸くした。
***
「あら? アントン。もう帰ってきたの?」
廊下を清めていると、向こうから歩いてくるアントンの姿にリサは声をかけた。ルカがアントンと林に行くと言いに来たのはつい今しがただ。
早かったのねと言うと、アントンは何のことだと返してくる。
「何のことって、ルカと林に行ったのではなかったのですか?」
「林? いや、行ってないぞ。今から夕食の仕度をするところだ。遅くなっちまってな。なぜか急に眠気が襲ってきて、つい今しがた目が覚めたとこだ」
「え?」
リサはさぁと血の気が引いた。
「つい今しがたって。そんな。ルカはアントンと林に行くと言って出ていきましたよ」
「何だって? 俺はそんなこと言ってないぞ」
リサはその答えを聞いて掃除道具を放り出すと廊下を走った。
「カレル! カレルどこです?」
リサの血相変えた声に、すぐにカレルが姿を現した。
「どうした? 騒がしいな」
リサが経緯を説明すると、カレルもただ事ではないと悟ったらしい。
「私はすぐにユリウス様に知らせに走る。リサはノルデンとボブにも声をかけてルカを探しに出てくれ。まだそう遠くへは行っていないだろう」
カレルがてきぱきと指示を出し、緊迫した空気の中へ、廊下に面した扉が開き、ディックが出てきた。
「あの、フォリスの奴、どこ行ったか知ってます? 部屋にいないからトイレかと思って待ってたんだけど、ちっとも戻ってきやしない」
「ええ? まさかどこかで倒れてるのかしら」
こんな緊急事態の時に、悪いことは重なるものだ。
「私、トイレを見てきますね。あの、アントン。ノルデンとボブと先に林へ行ってて下さい」
「何かあったのか?」
切羽詰まったリサの様子に、ディックがいぶかしげに聞いてくる。カレルはとっくに走っていった。
リサはディックとトイレへ向かいながら、ルカのことを話した。
「林って。ラウが一緒なんじゃないのか? ほら、さっきラウは厨房に木苺を持って行っただろう? この騒ぎでも出てこないんだ。ルカと一緒なんじゃないのか?」
「あらほんと」
ほっとして頷いたものの、でもリサの胸には異様などす黒いものが残った。それならばなぜアントンはここにいるのだろう。ルカは先に行ったアントンを追いかけると言っていた。ラウと二人だけで行くのなら、そう言うはずだ。やはり何かおかしい。
「フォリス?」
トイレにフォリスはいなかった。リサはフォリスを探すため、ディックと手分けして各部屋を見て回った。使われていない一番奥の部屋を開くと、中からかりかりと音がする。クロスをかけたテーブルの上に木箱があり、音はそこからしていた。
木箱は麻紐でしっかりと結ばれ、見たことのない青い模様がついている。箱を耳に近づけると、中からキュルルと鳴く声がする。
「ポポ?」
え?まさかとリサが麻紐をとき、箱を開くと中からポポが飛び出してきた。
「まぁ。どうしてこんなところに」
一体誰が閉じ込めたのだろう。かわいそうに。
ポポは箱から飛び出した勢いのまま、部屋をだっと駆け出した。
閉じ込められて怖い思いをして、逃げ出したのだろう。落ち着くまで放っておいてやるのがいい。
犯人探しはまた後でするとして、とりあえず今はフォリスだ。
身重の体で一体どこに行ったというのだろう。
ディックと合流し、お互い顔を見合わせて首を振った。フォリスが屋敷から消えた。
「待って、ラウ。速いよ。転んじゃう」
ルカが息を弾ませ、ラウの足を止めるように手に力を入れると、ラウがやっと気がついたように足を止めた。
「ああ。悪い。気がつかなかった」
ラウはぱっとルカの手を離した。チチチと頭上で小鳥が鳴き、陽光がさしこみ、風が葉をざわざわと揺らした。
「あれ?」
まださほど歩いていないはずなのに、この林の風景ははじめて見る。アントンは、あまり林の奥深くへは入らない。だいたいいつも同じ場所で摘む。こんな知らない場所に来ることはない。
「アントンは?」
「ああ、アントンね。どこだったかな。確かもっとこっちの方だったような」
ラウは言いながら、すいすい木立の間を抜けていく。
「え。待ってラウ。はぐれちゃうよ」
ルカが呼んでも聞こえないのか。ラウは止まることなくどんどん先を行く。見失うまでにそれほど間はなかった。
「ラウ?」
呼びかけても誰もいない。風がざざざざーと吹き抜け、木立を揺らすばかりだ。
ルカは辺りを見回した。やっぱり知らない場所だ。方向を確かめようと頭上を見上げるも、生い茂った葉に遮られ、太陽が見えない。完全に帰り道を見失った。
ルカは、大体の方角をつかむために、今いる場所を中心に歩き回った。太陽が見えれば、それを左手に進んでいけば国境の川沿いに出られるはずだ。
川沿いにはモント騎士団が守りについている。誰かがルカを見つけてくれるはずだ。
そう思い、辺りを歩き回っていると、がさごそと下草を踏む音が近づいてきた。
ラウが気がついて戻ってきてくれたのかもしれない。
ルカは足音のする方へ近づき、丈の高い草をかき分けた。
「え……?」
その先に現れた思わぬ顔に、ルカは固まった。
エミーだ。エミーが一人でこちらに歩いてくる。ルカの姿を見つけると、エミーはだっと走ってきてルカの腕をつかんだ。
「つかまえた。つかまえたわよ。逃げ出した王宮奴隷の希少種」
「エミー様?」
エミーの目は険しく眼尻が上がり、以前屋敷に来た時のエミーとは違っていた。狂気の顔があるとすれば、こんなふうだろうか。それに今なんと言った? 逃げ出した王宮奴隷の希少種。どうしてそんなことをエミーが言うのだろう。
ドリカはエミーの屋敷に滞在しているとユリウスが言っていた。ドリカは去ったはずだが、エミーは何かドリカから聞いたのだろうか。けれどルカはドリカに姿を見られてはいない。なのにどうしてそんなことを。
とにかくエミーからは普通ではないものを感じ、ルカはつかまれた腕を引っ張った。
「お放しください、エミー様。腕が痛いです」
「黙りなさい。この奴隷が。今すぐ王宮騎士団につきだしてやるわ」
「お待ち下さい。わたしはユリウスの奴隷で、王宮奴隷では、……っ」
いきなりエミーのもう片方の手が伸びてきて、ルカの首をつかんだ。喉を絞められ、ルカは喘いだ。
「うっ、く、るし……。放し……」
「うるさいうるさいうるさい! 奴隷のくせに。はしたない性奴隷のくせに。あなたのせいで何もかもめちゃくちゃよ。ユリウス様はあなたなんかに入れ込んで、わたしには見向きもしなかったくせに。仕方ないから、クライドと結婚しようとしたら、また振られたわ。あんな、田舎男爵の、しょーもない男にまで」
「……うぅ」
「でもね、ドリカ先生がおっしゃってくださったの。逃げ出した王宮奴隷をつかまえれば、もっと素敵な中央の貴族をご紹介してくださるって。ドリカ先生はあなたがきっと逃げ出した王宮奴隷に違いないとおっしゃったわ。逃がすものですか。逃さないわよ、絶対に。あなたをユリウス様から引き離して、私は中央の素敵な方と一緒になるのよ!」
「うぐっ」
更に力を込められ、ルカは堪らずエミーの腕を引っ掻いた。
「きゃっ!」
エミーは悲鳴を上げ、ルカの首から手を放した。その隙をつき、ルカはエミーを力いっぱい突き飛ばした。エミーは叫んで尻もちをついた。
「あ、……はぁ、はぁ」
ルカは苦しくて膝をつき、咳き込みながら肩で息をした。つかまれていた喉がまだつかまれているような違和感がある。
「この、よくも」
エミーがふらりと立ち上がる。ふわふわ巻毛は乱れ、前髪が額に張り付いている。ルカはお尻でじりじりと後退した。立ち上がって走って逃げたいが、足が震えて言うことを聞かない。木の幹に背中がぶつかる。見上げると目を血走らせたエミーが手を伸ばしてくる。
「っ!」
思わず目をつむり、襲ってくる衝撃に耐えようとした。が、
「ルカ?」
衝撃のかわりに、耳慣れた声に呼ばれ顔をあげた。すると、エミーのみぞおちに拳を食い込ませ、ぐったりとしたエミーを抱えた思わぬ人物がいて、ルカは目を丸くした。
***
「あら? アントン。もう帰ってきたの?」
廊下を清めていると、向こうから歩いてくるアントンの姿にリサは声をかけた。ルカがアントンと林に行くと言いに来たのはつい今しがただ。
早かったのねと言うと、アントンは何のことだと返してくる。
「何のことって、ルカと林に行ったのではなかったのですか?」
「林? いや、行ってないぞ。今から夕食の仕度をするところだ。遅くなっちまってな。なぜか急に眠気が襲ってきて、つい今しがた目が覚めたとこだ」
「え?」
リサはさぁと血の気が引いた。
「つい今しがたって。そんな。ルカはアントンと林に行くと言って出ていきましたよ」
「何だって? 俺はそんなこと言ってないぞ」
リサはその答えを聞いて掃除道具を放り出すと廊下を走った。
「カレル! カレルどこです?」
リサの血相変えた声に、すぐにカレルが姿を現した。
「どうした? 騒がしいな」
リサが経緯を説明すると、カレルもただ事ではないと悟ったらしい。
「私はすぐにユリウス様に知らせに走る。リサはノルデンとボブにも声をかけてルカを探しに出てくれ。まだそう遠くへは行っていないだろう」
カレルがてきぱきと指示を出し、緊迫した空気の中へ、廊下に面した扉が開き、ディックが出てきた。
「あの、フォリスの奴、どこ行ったか知ってます? 部屋にいないからトイレかと思って待ってたんだけど、ちっとも戻ってきやしない」
「ええ? まさかどこかで倒れてるのかしら」
こんな緊急事態の時に、悪いことは重なるものだ。
「私、トイレを見てきますね。あの、アントン。ノルデンとボブと先に林へ行ってて下さい」
「何かあったのか?」
切羽詰まったリサの様子に、ディックがいぶかしげに聞いてくる。カレルはとっくに走っていった。
リサはディックとトイレへ向かいながら、ルカのことを話した。
「林って。ラウが一緒なんじゃないのか? ほら、さっきラウは厨房に木苺を持って行っただろう? この騒ぎでも出てこないんだ。ルカと一緒なんじゃないのか?」
「あらほんと」
ほっとして頷いたものの、でもリサの胸には異様などす黒いものが残った。それならばなぜアントンはここにいるのだろう。ルカは先に行ったアントンを追いかけると言っていた。ラウと二人だけで行くのなら、そう言うはずだ。やはり何かおかしい。
「フォリス?」
トイレにフォリスはいなかった。リサはフォリスを探すため、ディックと手分けして各部屋を見て回った。使われていない一番奥の部屋を開くと、中からかりかりと音がする。クロスをかけたテーブルの上に木箱があり、音はそこからしていた。
木箱は麻紐でしっかりと結ばれ、見たことのない青い模様がついている。箱を耳に近づけると、中からキュルルと鳴く声がする。
「ポポ?」
え?まさかとリサが麻紐をとき、箱を開くと中からポポが飛び出してきた。
「まぁ。どうしてこんなところに」
一体誰が閉じ込めたのだろう。かわいそうに。
ポポは箱から飛び出した勢いのまま、部屋をだっと駆け出した。
閉じ込められて怖い思いをして、逃げ出したのだろう。落ち着くまで放っておいてやるのがいい。
犯人探しはまた後でするとして、とりあえず今はフォリスだ。
身重の体で一体どこに行ったというのだろう。
ディックと合流し、お互い顔を見合わせて首を振った。フォリスが屋敷から消えた。
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