魔の森の奥深く

咲木乃律

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第五章 魔の森の奥深く

結局セストって

 差し込む陽の光の眩しさにロザリアが目を覚ました時、目の前にはチーロがいて、ロザリアの顔を覗き込んでいた。

「……セストは?…」

 姿が見えないのでつい問いかけると、チーロはセストと同じ緑の瞳を眇め、嫌そうな顔をした。

「起きぬけにそれかよ。ちっ」

 チーロは舌打ちしながらもサイドテーブルの水差しからコップへと水を注ぐと差し出してくれる。

「ほら、これ飲んで。テオからだ」

「うん、ありがと」

 ロザリアは身を起こすとコップと薬包紙を受け取った。部屋をきょろきょろ見渡してもやはりセストの姿はない。

「あいつなら今出掛けてるぞ」

 ロザリアの様子に、チーロは仕方なしといった感で答えてくれる。

「いないの?」

 そばにいないかと思うとなんとなく心細い。不安が顔に出ていたのだろう。チーロは「そんなにあいつがいいのかよ」と呟きながらも、

「セストから大体の話は聞いたんだ。大変だったな、ロザリア。でも大丈夫。ここにいれば誰も手出しはできないよ」

「……うん」

 それを疑ってはいない。目に見えない何かに守られているという安心感はある。
 ロザリアが薬を飲み干すと「次は食事だな」という。その言葉が聞こえていたかのように部屋の扉がノックされた。
 誰が入ってくるのだろうかとロザリアは身構えたが、「どうぞー」というチーロの言葉の後に入ってきたのはメイド服を着た年配の女性だった。

 セストやチーロと同じ銀髪で黒縁メガネをかけた女性は、食事の載ったカートをおしており、下段からベッドテーブルを取り出すとてきぱきと食事の準備を整えた。

「……あの、ありがとうございます…」

 この家のメイドなのだろうか。黒妖犬の治療で滞在していた時には見かけなかった。
 それでも毎食温かい食事が用意されていたので、誰か使用人はいるのだろうとは思っていたけれど―――。

 ロザリアが礼を言うと、黒縁メガネの女性はきれいに九十度腰をおって頭を下げた。

「わたくしこの屋敷のメイドをしております、ラーラと申します。以後お見知りおきください、ロザリア様」

「わたしの名前……」

「はい。主より伺っております。しばらく当屋敷にご滞在されるので、身の回りの世話をするよう仰せつかっております。何かありましたら何なりとお申し付けください」

 はきはきとした話し方だ。一見とっつきにくそうだが、こういうタイプの人は仕事に忠実だ。よくわからないこの屋敷で頼れる存在となることは間違いない。

「…よろしくお願いいたします」

「では、わたくしはこれで」

 ラーラは雑談することもなくまた九十度腰を折ると部屋を出ていった。
 扉が閉まると、なぜかチーロがほっと息を吐いた。

「僕、あの人苦手なんだよな」

「そう? 仕事はできそうだよ」

 いただきますと匙を取り食事を口に運んだ。どれもロザリアの口に合う味付けで美味しい。
 最後のひと口を食べ終えると、まるで見ていたかのようにまたラーラが入ってきて食器を片付けた。本当にみているのかもしれない……。

「ねぇ、ロザリア。ちょっと外に行こうよ」

 チーロがロザリアの袖を引く。ロザリアにしても、一日中屋敷内で過ごすのは気詰まりでもある。外の空気は吸いたいが大丈夫なのだろうか。

「外って出てもいいの? 魔獣とかいっぱいいるんだよね……。ここって魔の森の中だってセストが言ってたから」

 魔の森の奥深くでウバルドの手の者につかまるとは思えないが、別の懸念はある。ロザリアがこわごわ聞くとチーロは「なに言ってんだよ」と笑った。

「ロザリアにとっては魔獣なんてかわいいもんだろ。あいつらはロザリアに危害を加えたりはしないよ」

 自信満々に言われたが、黒妖犬に腕を引っ掻かれた記憶は新しい。ロザリアがそう言うと「それは違うさ」とチーロ。

「違うって?」

「セストから大体の話は聞いたけど、それは誰かが故意に黒妖犬を操って人を襲うように仕向けたんだろう? だから奴ら理性をなくしてたんだよ。平静なら絶対にロザリアを襲ったりはしないよ」

 と言われましても……。
 ロザリアの頭の中ははてなでいっぱいだ。
 確かにロザリアを襲った黒妖犬はロザリアの目を見た途端大人しくなったような気もするし、ベネデッタに無理矢理檻に入れられた時もロザリアの目を見た黒妖犬は一瞬警戒心を緩めたようにも思う。
 それに一角獣も魔獣の一種であるが、その一角獣にやたらと気に入られたという自覚もある。

「ロザリアのその目……、言われるのは嫌かもしれないけどお母様とおんなじ目だ。お母様もロザリアと同じ灰白色の目を持つ家系なんだよ。お母様の系譜に連なる人は、その瞳を持つ人が多いんだ。僕はお父様に似たんだけどさ」

「この目?」

 ロザリアの家族はみんな榛色の瞳だ。ずっと不思議に思ってきた。前世でも少し灰色がかった黒い瞳で、たまにめぐって純粋に日本人?と聞かれたものだ。両親とも生粋の日本人だったので、この瞳の色は不思議だなとずっと思ってきた。
 それがディーナのものだったのなら、なるほどと納得がいく。

「この瞳の色って何か意味があるの?」

「その眼は魔獣を従える力を持つ系譜にある者たちの特徴なんだよ。魔の森では魔獣の頂点にいるのが一角獣なんだ。その一角獣の毛並みと同じ色の瞳は特別な力があることの証なんだよ」
 
「この目にそんな意味があったんだ……」

 そういえばベネデッタに黒妖犬の檻に押し込まれた時、セストはすぐにロザリアの目を隠した。あの場面で黒妖犬を大人しくさせてはベネデッタの思う壺だったからだろう。
 本当に良かった。知らずに黒妖犬を大人しくさせていたなら、どうなっていたかわからない。無理矢理王太子の失明の犯人にされ、家族にまで責が及んでいたかもしれない。ぞっとする。
 ロザリアは背筋が冷たくなった。
 そのロザリアの手をチーロは引いた。

「ほら、ロザリア。行こうよ。家の前に出るだけだからさ。外にベンチがあるんだ。ラーラにおやつを持ってきてもらって一緒に食べようよ」

 必死に袖を引くチーロは可愛くて、ロザリアは立ち上がった。

「いいね。行こう」












 重厚な扉を開き外に出ると木々の間から陽光が差し込み、屋敷の前に陽だまりができていた。
 そこに、お誂え向きにベンチがある。
 チーロに促されるままベンチに腰掛けると、すぐにラーラが屋敷から現れて、簡易テーブルを用意するとその上に茶器や焼き菓子を並べてくれた。本当に手際がいい。
 チーロと横並びに並んで座るとすぐに木々の影から小さな獣が現れた。カンガルーをぐっと小さくしたようなその獣は、しかしよく見ると鋭い牙と爪を有している。時々立ち止まってはこちらの様子を伺いつつ、少しずつ近づいてくる。

「危険じゃない?」

 見た目はかわいいが間違いなく魔獣の一種だ。いきなりあの爪でがりっとやられたりしないだろうか。

「大丈夫だよ。こいつらはキャングロっていうんだ。人懐っこくて何より甘いものが大好きなんだ」

 ほらとチーロが焼菓子を手の平にのせて差し出すと、キャングロは尻尾を振らん勢いで駆けてきてチーロの手から焼菓子を食べた。

「……かわいすぎる…」

 なんだろう、この愛らしい生き物は。
 ロザリアも焼菓子を手に載せ差し出すと、キャングロはそそそっと寄ってきて再びぱくり。

「きゃっ。くすぐったい…」

 猛烈な勢いで食べ尽くすともっとくれとばかりにすんすんと鼻を押し付けてくる。見ると木立の陰からさらに数十匹のキャングロが一斉に現れ、あっという間に囲まれた。
 ロザリアはテーブルの上の焼菓子をとるとキャングロの口に順に放り込んでいった。一心に菓子を頬張る姿は可愛らしい。
 キャングロは新たな仲間が次から次へと現れてきて、ロザリアから手渡される菓子を夢中になって頬張っていった。

「僕たちの分がなくなちゃうよ」

 チーロの最もな意見にロザリアがもうおしまいと両手を広げると、キャングロ達は聞こえていたかのように木立の間に消えていった。

「言葉って、わかってないよね……」

 あまりのタイミングよさにロザリアが問いかけると

「わかってんじゃないかなぁ」

 チーロはあとは僕のだとばかりにクッキーに手を伸ばしながら答えた。

「え、そうなの?」

「うん。だから言ったでしょ。その瞳は魔獣を従えるって。魔獣は魅了の者が感じていることや、こうしてほしいと思っていることを感じ取ることができるんだ」

 つまりロザリアが願えば、魔獣に人を襲わせることもできるということだ……。
 使い方ひとつ間違えれば恐ろしい武器となる。

「かなり怖い能力よね……」

「気が付いた? だからさ、王家の奴らは魅了の持ち主と婚姻を結びたがるんだ。魅了の持ち主は必ず女だからね」

 さらりとチーロは語ったが、気になるワードが出てきた。チーロの言う王家はトリエスタ王国の王族のことではないだろう。それにディーナはセストの兄の妻だったはずだ。魅了眼の持ち主であるディーナを妻としていたセストの兄は、それではつまりどこかの国の王家に連なる人物ということになる。ひいてはセストも王家の一員であり、セストの兄の子であるチーロもそうだという話になる。ような……。

「えっとあのね、よくわからないんだけど、結局セストって何者なの?」

 規格外の魔力もさることながら、王女であるベネデッタを前にしてもその命を平気で退けた。
 噂ではオリンド国王が直々に魔法防衛局長に任じたともいうし。
 この国の範疇では考えられない存在だ。

 チーロはロザリアの疑問に「今更なに言ってんの」と呆れながらも、「ラグーザ王国の王に決まってるだろ。まぁ人は俺たちのこと、魔族なんて呼ぶけどね」と笑って答えた。
 





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