魔の森の奥深く

咲木乃律

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第六章 本の世界と現実との違いは

セストはセスト

 ラグーザ王国は魔の森の奥深く分け入ったところにある。
 そこに至るには魔の森にあまた棲む魔獣を相手にし、鬱蒼として方位磁石のきかない、深く入り込めば二度とは戻ってこられないという森そのものをも攻略しなければならない。およそ人の力ではたどり着くことはできない場所にある。
 ラグーザ王国の存在を知る者はいない。けれど魔の森の奥には何かがいると感じ取ってきた人々によって、いつしか魔の森の奥には魔族が棲んでいると言われ、恐れられるようになった。
 ラグーザ王国の王城は、自然の断崖を利用した崖に作られていた。岩肌をくりぬき、急峻な斜面にへばりつくように建てられた王城を見ただけでも、彼らが常人とは異なる種族の者達だと知れる。彼らは異常に高い魔力を有し、特殊な能力を持つ者が多い。

 ロザリアがセストの屋敷に滞在し始めて今日で五日目になる。
 チーロからラグーザ王国のことを聞き、セストがいるという王城まで連れて行ってもらったのが一日目のことだ。どうやらチーロはここに住んでいるらしい。チーロは次期国王を継承することが決まっているそうで、今は毎日そのための勉強に勤しんでいる立場だという。
 チーロは王城に入ろうと誘ってきたが、ロザリアは丁重にお断りした。部外者の自分がいきなり訪れるには魔族の王城は敷居が高すぎる。チーロは残念がったが入れば浮きまくるであろうことがわかっていて、進んでその立場になろうとも思えない。

「セストは? ここにいるの?」

 ラグーザ王国の王であるなら、本来なら王城に居を構えていないのはおかしな話だ。魔の森の家は別荘的なものなのだろうか。ロザリアがそう言うと、「あいつは勝手なんだよ」とぶつくさ文句を言った。

「大体さ、元々は僕のお父様が長男で王位継承者だったんだ。それが跡目争いで次男に殺されて、今度は三男のセストがその次男を討った。前国王はこれ以上の争いを避けるため、セストに跡目を譲ったんだけど、ディーナが死んじゃってセストの奴、全部ほっぽり出してディーナを探す旅に出たんだ。おかげで長老たちは、早く僕を一人前にして僕に王位を継がせようって言いだして、なんだかんだとうるさいの何のんって」

 毎日分刻みで課題をおしつけてくる長老たちから逃げてきているらしい。

「まぁさ、お父様の仇を討ってくれたことには感謝してるんだけどさ。元々セストの魔力は、魔力の高い魔族の中でもとび抜けてるんだ。だから僕のお父様ではなく、セストを次期国王にって話はずっと前からあった。なのにさ」

 セストはチーロの兄に次期国王の座を譲ったという。

「だけどそのせいで次男に自分が王でもいいんじゃないかって思わせ、結局お父様は殺された。セストは責任感じたみたいだよ。一人になったディーナと僕を引き取ってくれた。でもそのことで次男はセストとも敵対して、ディーナは殺されたんだ」

「え? ディーナさんって賊に襲われたんじゃあ……」

「賊は賊でも次男の手の者だよ。お母様は魅了の持ち主だけど、魔力はないんだよ。近くに魔獣でもいればよかったのかもしれないけど、抵抗する術はなかったんだ。セストと僕が駆け付けた時にはもうほとんど死にかけだった。あいつは咄嗟に転生魔法をかけたんだけど、その時お母様は言ったんだよ、心を残さないでって」

「心を残さないで?」

 どういう意味なのだろう。セストに死にゆく自分に心を残さないでと願ったのだろうか。

「お母様が死んでからのセストはすごかったんだ。単身で乗り込んでいって、次男の一派を全滅させた。あいつを本気で怒らせたらかなりやばいよ。でもさ―――」

 チーロは肩をすくめた。

「そっからは腑抜けみたいになっちゃって、何もかも放り出してディーナを探し始めた。僕は僕でもしかしたらって考えて得意の異界渡りで異世界にまでディーナのこと探しに行ったんだけどさ」

 そこから先は以前聞いた通りだった。

「あのね、一つ気になってたんだけど」

「なに?」

「チーロくん、こっちにわたしを連れて帰るために、他の人で練習したって言ってたよね」

「うん」

 ロザリアが何を言おうとしているのかわかったようで、チーロはバツが悪そうに口を尖らせた。

「いきなりロザリアを連れて飛ぶ自信がなかったんだ。仕方ないだろう? その人の時はちゃんと成功したんだ」

「女の人だよね」

「そうだよ。名前は知らないけど、こっちについた途端、魔の森で見失ったんだ。でもさ、こないだ砦で見かけたよ」

「……やっぱり」

 おそらく間違いなくそれは章子さんだろう。ロザリアの巻き添えを食ってこちらの世界に連れてこられたのだ。今更チーロを責める気はない。責めてもどうしようもないことだし、チーロも反省しているだろう。けれど―――。

「元の世界に帰る方法はないの?」

 すっかりこちらの生活に落ち着いているようだったけれど、何とか日本らしいものを再現し、それに囲まれている章子が、帰りたくないはずがないと思う。会いたい人もいるだろうし、行きたい場所、食べたいものもたくさんあるだろう。
 帰れるものなら帰してあげたい。
 けれどチーロは「それはできないよ」と首を振った。

「異界渡りは僕みたいに得意分野じゃない人にとってはとても危険なんだ。セストだってあれだけ魔力が強いけど、異界渡りはできないからね。もう一度その人を連れて元に戻ろうとしたら、消滅するかもしれない」

 だから無理だよとチーロ。なんとなくそんな気はしていたが、はっきりと否定されると落ち込む。
 チーロは「ごめん…」とつぶやき、意気消沈したロザリアの肩に慰めるように手を置いた。

「僕が全部悪いんだ……」











***










 自分が悪いと言ったチーロに、気の利いた優しい言葉をかけられるほどロザリアは聡くはない。ただ肩に置かれたまだ幼さの残る手に、手を重ねるくらいしかできなかった。チーロは幼い折りから政変に巻き込まれ両親を失い、つらい思いをしてきたことを知った。
 あのあと、チーロは無言になったロザリアをセストの屋敷にまで送っていくと、すぐに帰っていった。
 今日もチーロは朝から来て、一緒に外で魔獣にクッキーをあげたりして過ごした。夕方になるとチーロは帰っていき、ロザリアはひとり玄関ホールに立ち尽くしていた。大きな柱時計が時を刻んでいる。
 屋敷内はしんと静まり返っていた。
 チーロに聞いたディーナのことが頭の中をぐるぐるとめぐっていた。一人になると、自然と頭に浮かぶことはディーナを巡るチーロから聞いた話だった。本当はもっと他に考えるべきことはある。王弟ウバルドのことや、おそらくすでに王都に帰還したであろう一角獣狩りの一行のこと、何よりロザリア行方不明の報を受けた両親に姉妹が心配してくれているであろうこと……。けれど―――。

「……きっと素敵な人だったんだろうな…」

 気が付けばディーナのことを考えていた。ディーナ探しのために、チーロは関係のない人を巻き込み、セストは王としての責務を放り出した―――。二人が必死になって探したディーナの記憶のほんの欠片でも残っていればよかったのに…。

 自分が悪いわけではないとわかっているけれど、ロザリアを見つけたチーロもセストも、ディーナとあまりに違うロザリアにがっかりしたのではないだろうか。自分そのものの存在が申し訳ないような気がしてくる。

 ロザリアはふと思いついて階段を上った。階段をのぼってすぐ右手、明かりの漏れている赤茶けた扉を入った。
 初めてセストの屋敷に迷い込んだときに見つけた部屋だ。真正面には等身大の大きな絵画が置いてある。絵画の中の銀のティアラを載せた灰白色の髪の女性は、恥ずかしそうに少し微笑み、両手をこちらに差し出すように広げている。瞳の色も同じ灰白色だ。

「これってディーナだったんだ……」

 セストに母の肖像画なのかと聞いたとき、にべもなく否定された。
 いろいろなことを知り、改めて見てみるとこの灰白色の瞳は自分と同じだ。
 今でも大事に飾ってあるくらいだ。セストにとってどれほどディーナが大事な人だったのか聞かなくともわかる。
 ロザリアはディーナのことを知ったとき、身代わりにされたことを憤ってセストに八つ当たりしたけれど、せっかく探し当てたディーナがこんなロザリアだったなんて相当ショックだったろう。怒りたかったのはセストの方だったのかもしれない。

 なのにわたしってば……。

 人の気持ちを推し量るのは前世から苦手だった。相手が欲しいと思っている言葉は上手くかけられない性質だった。新しい環境に入ると友達作りに苦労もした。
 生まれ変わったからといって、何も変わってはいない……。

 カタンッと音がし、振り返ると扉口にセストが立っていた。セストはロザリアと目が合うと驚いたように目を瞠った。

「どうした? なぜ泣いている?」

「え?」

 言われて頬に手を当てると指先が濡れた。

「あれ? おかしいな……」

 泣いているつもりはなかったけれど、自分の嫌さ加減に自然と涙がこぼれていたようだ。嫌悪感からロザリアが袖口でごしごしと涙を拭うと、すぐさまセストに腕をつかまれた。

「こすると赤くなるぞ」

 言うとセストは自分の胸にロザリアの顔を押し当てた。セストの広い胸は暖かく、そっと肩に回された腕がロザリアをさも大切なもののように包み込んでいる。

「一人にして悪かった。いろいろと片付けたいことがあったが、あんなことがあった後に一人にするべきじゃなかった。……ごめん」

 セストに謝られ、ロザリアは慌てて否定した。ロザリアが襲われた時のことを思い出して泣いていると思ったらしい。

「違うから。泣いていたのは別に思い出して怖かったとかそんなことじゃないから……。それにさっきまでチーロもいてくれてたし」

 ここにいると不思議なほどあの一幕を思い出すことはない。チーロからセストの正体を聞き、あの崖にはりついた王城を目にし、驚きの方が勝って思い出す隙もなかった。
 ロザリアがそう言うと、セストはロザリアの頬にそっと手をあてた。

「それで? 俺のことを聞いてどう思った? 魔族は恐ろしいか?」

 魔の森の奥深くに棲む魔族は人々に恐れられている。そんな一般論を持ち出したセストにロザリアは首を振った。

「ううん。セストはセストだから怖いなんて思わない」

 正直な感想を漏らすと、セストはふっと笑った。

「……ありがとう」




 














 

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