魔の森の奥深く

咲木乃律

文字の大きさ
38 / 55
第六章 本の世界と現実との違いは

セストはセスト

しおりを挟む
 ラグーザ王国は魔の森の奥深く分け入ったところにある。
 そこに至るには魔の森にあまた棲む魔獣を相手にし、鬱蒼として方位磁石のきかない、深く入り込めば二度とは戻ってこられないという森そのものをも攻略しなければならない。およそ人の力ではたどり着くことはできない場所にある。
 ラグーザ王国の存在を知る者はいない。けれど魔の森の奥には何かがいると感じ取ってきた人々によって、いつしか魔の森の奥には魔族が棲んでいると言われ、恐れられるようになった。
 ラグーザ王国の王城は、自然の断崖を利用した崖に作られていた。岩肌をくりぬき、急峻な斜面にへばりつくように建てられた王城を見ただけでも、彼らが常人とは異なる種族の者達だと知れる。彼らは異常に高い魔力を有し、特殊な能力を持つ者が多い。

 ロザリアがセストの屋敷に滞在し始めて今日で五日目になる。
 チーロからラグーザ王国のことを聞き、セストがいるという王城まで連れて行ってもらったのが一日目のことだ。どうやらチーロはここに住んでいるらしい。チーロは次期国王を継承することが決まっているそうで、今は毎日そのための勉強に勤しんでいる立場だという。
 チーロは王城に入ろうと誘ってきたが、ロザリアは丁重にお断りした。部外者の自分がいきなり訪れるには魔族の王城は敷居が高すぎる。チーロは残念がったが入れば浮きまくるであろうことがわかっていて、進んでその立場になろうとも思えない。

「セストは? ここにいるの?」

 ラグーザ王国の王であるなら、本来なら王城に居を構えていないのはおかしな話だ。魔の森の家は別荘的なものなのだろうか。ロザリアがそう言うと、「あいつは勝手なんだよ」とぶつくさ文句を言った。

「大体さ、元々は僕のお父様が長男で王位継承者だったんだ。それが跡目争いで次男に殺されて、今度は三男のセストがその次男を討った。前国王はこれ以上の争いを避けるため、セストに跡目を譲ったんだけど、ディーナが死んじゃってセストの奴、全部ほっぽり出してディーナを探す旅に出たんだ。おかげで長老たちは、早く僕を一人前にして僕に王位を継がせようって言いだして、なんだかんだとうるさいの何のんって」

 毎日分刻みで課題をおしつけてくる長老たちから逃げてきているらしい。

「まぁさ、お父様の仇を討ってくれたことには感謝してるんだけどさ。元々セストの魔力は、魔力の高い魔族の中でもとび抜けてるんだ。だから僕のお父様ではなく、セストを次期国王にって話はずっと前からあった。なのにさ」

 セストはチーロの兄に次期国王の座を譲ったという。

「だけどそのせいで次男に自分が王でもいいんじゃないかって思わせ、結局お父様は殺された。セストは責任感じたみたいだよ。一人になったディーナと僕を引き取ってくれた。でもそのことで次男はセストとも敵対して、ディーナは殺されたんだ」

「え? ディーナさんって賊に襲われたんじゃあ……」

「賊は賊でも次男の手の者だよ。お母様は魅了の持ち主だけど、魔力はないんだよ。近くに魔獣でもいればよかったのかもしれないけど、抵抗する術はなかったんだ。セストと僕が駆け付けた時にはもうほとんど死にかけだった。あいつは咄嗟に転生魔法をかけたんだけど、その時お母様は言ったんだよ、心を残さないでって」

「心を残さないで?」

 どういう意味なのだろう。セストに死にゆく自分に心を残さないでと願ったのだろうか。

「お母様が死んでからのセストはすごかったんだ。単身で乗り込んでいって、次男の一派を全滅させた。あいつを本気で怒らせたらかなりやばいよ。でもさ―――」

 チーロは肩をすくめた。

「そっからは腑抜けみたいになっちゃって、何もかも放り出してディーナを探し始めた。僕は僕でもしかしたらって考えて得意の異界渡りで異世界にまでディーナのこと探しに行ったんだけどさ」

 そこから先は以前聞いた通りだった。

「あのね、一つ気になってたんだけど」

「なに?」

「チーロくん、こっちにわたしを連れて帰るために、他の人で練習したって言ってたよね」

「うん」

 ロザリアが何を言おうとしているのかわかったようで、チーロはバツが悪そうに口を尖らせた。

「いきなりロザリアを連れて飛ぶ自信がなかったんだ。仕方ないだろう? その人の時はちゃんと成功したんだ」

「女の人だよね」

「そうだよ。名前は知らないけど、こっちについた途端、魔の森で見失ったんだ。でもさ、こないだ砦で見かけたよ」

「……やっぱり」

 おそらく間違いなくそれは章子さんだろう。ロザリアの巻き添えを食ってこちらの世界に連れてこられたのだ。今更チーロを責める気はない。責めてもどうしようもないことだし、チーロも反省しているだろう。けれど―――。

「元の世界に帰る方法はないの?」

 すっかりこちらの生活に落ち着いているようだったけれど、何とか日本らしいものを再現し、それに囲まれている章子が、帰りたくないはずがないと思う。会いたい人もいるだろうし、行きたい場所、食べたいものもたくさんあるだろう。
 帰れるものなら帰してあげたい。
 けれどチーロは「それはできないよ」と首を振った。

「異界渡りは僕みたいに得意分野じゃない人にとってはとても危険なんだ。セストだってあれだけ魔力が強いけど、異界渡りはできないからね。もう一度その人を連れて元に戻ろうとしたら、消滅するかもしれない」

 だから無理だよとチーロ。なんとなくそんな気はしていたが、はっきりと否定されると落ち込む。
 チーロは「ごめん…」とつぶやき、意気消沈したロザリアの肩に慰めるように手を置いた。

「僕が全部悪いんだ……」











***










 自分が悪いと言ったチーロに、気の利いた優しい言葉をかけられるほどロザリアは聡くはない。ただ肩に置かれたまだ幼さの残る手に、手を重ねるくらいしかできなかった。チーロは幼い折りから政変に巻き込まれ両親を失い、つらい思いをしてきたことを知った。
 あのあと、チーロは無言になったロザリアをセストの屋敷にまで送っていくと、すぐに帰っていった。
 今日もチーロは朝から来て、一緒に外で魔獣にクッキーをあげたりして過ごした。夕方になるとチーロは帰っていき、ロザリアはひとり玄関ホールに立ち尽くしていた。大きな柱時計が時を刻んでいる。
 屋敷内はしんと静まり返っていた。
 チーロに聞いたディーナのことが頭の中をぐるぐるとめぐっていた。一人になると、自然と頭に浮かぶことはディーナを巡るチーロから聞いた話だった。本当はもっと他に考えるべきことはある。王弟ウバルドのことや、おそらくすでに王都に帰還したであろう一角獣狩りの一行のこと、何よりロザリア行方不明の報を受けた両親に姉妹が心配してくれているであろうこと……。けれど―――。

「……きっと素敵な人だったんだろうな…」

 気が付けばディーナのことを考えていた。ディーナ探しのために、チーロは関係のない人を巻き込み、セストは王としての責務を放り出した―――。二人が必死になって探したディーナの記憶のほんの欠片でも残っていればよかったのに…。

 自分が悪いわけではないとわかっているけれど、ロザリアを見つけたチーロもセストも、ディーナとあまりに違うロザリアにがっかりしたのではないだろうか。自分そのものの存在が申し訳ないような気がしてくる。

 ロザリアはふと思いついて階段を上った。階段をのぼってすぐ右手、明かりの漏れている赤茶けた扉を入った。
 初めてセストの屋敷に迷い込んだときに見つけた部屋だ。真正面には等身大の大きな絵画が置いてある。絵画の中の銀のティアラを載せた灰白色の髪の女性は、恥ずかしそうに少し微笑み、両手をこちらに差し出すように広げている。瞳の色も同じ灰白色だ。

「これってディーナだったんだ……」

 セストに母の肖像画なのかと聞いたとき、にべもなく否定された。
 いろいろなことを知り、改めて見てみるとこの灰白色の瞳は自分と同じだ。
 今でも大事に飾ってあるくらいだ。セストにとってどれほどディーナが大事な人だったのか聞かなくともわかる。
 ロザリアはディーナのことを知ったとき、身代わりにされたことを憤ってセストに八つ当たりしたけれど、せっかく探し当てたディーナがこんなロザリアだったなんて相当ショックだったろう。怒りたかったのはセストの方だったのかもしれない。

 なのにわたしってば……。

 人の気持ちを推し量るのは前世から苦手だった。相手が欲しいと思っている言葉は上手くかけられない性質だった。新しい環境に入ると友達作りに苦労もした。
 生まれ変わったからといって、何も変わってはいない……。

 カタンッと音がし、振り返ると扉口にセストが立っていた。セストはロザリアと目が合うと驚いたように目を瞠った。

「どうした? なぜ泣いている?」

「え?」

 言われて頬に手を当てると指先が濡れた。

「あれ? おかしいな……」

 泣いているつもりはなかったけれど、自分の嫌さ加減に自然と涙がこぼれていたようだ。嫌悪感からロザリアが袖口でごしごしと涙を拭うと、すぐさまセストに腕をつかまれた。

「こすると赤くなるぞ」

 言うとセストは自分の胸にロザリアの顔を押し当てた。セストの広い胸は暖かく、そっと肩に回された腕がロザリアをさも大切なもののように包み込んでいる。

「一人にして悪かった。いろいろと片付けたいことがあったが、あんなことがあった後に一人にするべきじゃなかった。……ごめん」

 セストに謝られ、ロザリアは慌てて否定した。ロザリアが襲われた時のことを思い出して泣いていると思ったらしい。

「違うから。泣いていたのは別に思い出して怖かったとかそんなことじゃないから……。それにさっきまでチーロもいてくれてたし」

 ここにいると不思議なほどあの一幕を思い出すことはない。チーロからセストの正体を聞き、あの崖にはりついた王城を目にし、驚きの方が勝って思い出す隙もなかった。
 ロザリアがそう言うと、セストはロザリアの頬にそっと手をあてた。

「それで? 俺のことを聞いてどう思った? 魔族は恐ろしいか?」

 魔の森の奥深くに棲む魔族は人々に恐れられている。そんな一般論を持ち出したセストにロザリアは首を振った。

「ううん。セストはセストだから怖いなんて思わない」

 正直な感想を漏らすと、セストはふっと笑った。

「……ありがとう」




 














 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご
恋愛
「キサマとはやっていけない。婚約破棄だ。俺が愛してるのは、このマリアルナだ!」 婚約者である王子が開いたパーティ会場で。妹、マリアルナを伴って現れた王子。てっきり結婚の日取りなどを発表するのかと思っていたリューリアは、突然の婚約破棄、妹への婚約変更に驚き戸惑う。 「姉から妹への婚約変更。外聞も悪い。お前も噂に晒されて辛かろう。修道院で余生を過ごせ」 リューリアを慰めたり、憤慨することもない父。マリアルナが王子妃になることを手放しで喜んだ母。 二人は、これまでのリューリアの人生を振り回しただけでなく、これからの未来も勝手に決めて命じる。 四つ違いの妹。母によく似たかわいらしい妹が生まれ、母は姉であ、リューリアの育児を放棄した。 そんなリューリアを不憫に思ったのか、ただの厄介払いだったのか。田舎で暮らしていた祖母の元に預けられて育った。 両親から離れたことは寂しかったけれど、祖母は大切にしてくれたし、祖母の家のお隣、幼なじみのシオンと仲良く遊んで、それなりに楽しい幼少期だったのだけど。 「第二王子と結婚せよ」 十年前、またも家族の都合に振り回され、故郷となった町を離れ、祖母ともシオンとも別れ、未来の王子妃として厳しい教育を受けることになった。 好きになれそうにない相手だったけれど、未来の夫となる王子のために、王子に代わって政務をこなしていた。王子が遊び呆けていても、「男の人はそういうものだ」と文句すら言わせてもらえなかった。 そして、20歳のこの日。またも周囲の都合によって振り回され、周囲の都合によって未来まで決定されてしまった。 冗談じゃないわ。どれだけ人を振り回したら気が済むのよ、この人たち。 腹が立つけれど、どうしたらいいのかわからずに、従う道しか選べなかったリューリア。 せめて。せめて修道女として生きるなら、故郷で生きたい。 自分を大事にしてくれた祖母もいない、思い出だけが残る町。けど、そこで幼なじみのシオンに再会する。 シオンは、結婚していたけれど、奥さんが「真実の愛を見つけた」とかで、行方をくらましていて、最近ようやく離婚が成立したのだという。 真実の愛って、そんなゴロゴロ転がってるものなのかしら。そして、誰かを不幸に、悲しませないと得られないものなのかしら。 というか。真実もニセモノも、愛に真贋なんてあるのかしら。 捨てられた者同士。傷ついたもの同士。 いっしょにいて、いっしょに楽しんで。昔を思い出して。 傷を舐めあってるんじゃない。今を楽しみ、愛を、想いを育んでいるの。だって、わたしも彼も、幼い頃から相手が好きだったってこと、思い出したんだもの。 だから。 わたしたちの見つけた「真実の愛(笑)」、邪魔をしないでくださいな♡

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...