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第三章 旦那様はモテモテです

初めての夜会

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「それでは奥様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 ポルテが笑顔で送り出してくれる。

 今日は、待ちに待った舞踏会──ではなく、リーゲル様と夫婦になって、初めての夜会の日。

 足の捻挫も完治して、ダンスをしても問題ないとお医者様にお墨付きをもらったため、日程の一番近い夜会へと出席することになったのだ。

「精一杯楽しんでくるわ」

 手を振って使用人達と別れ、リーゲル様と二人きりになった馬車内で、私は大きなため息を吐く。

 今日の夜会は、前回出席するはずだった舞踏会より規模は多少劣るものの、侯爵家の催す夜会ということで、それなりの人達が招待されているらしい。

 つまり、私がまだ伯爵家の令嬢だった頃には格上だった名家の方々が、今日は同列──若しくは格下となって出席するというわけだ。

 いくら私が公爵夫人となって家格が上になったとはいえ、急に偉そうな態度をとるわけにもいかないし、かといって、あまり下手に出ても公爵家の品位が疑われてしまう。

 最初はリーゲル様とイチャイチャできる! ってことだけ考えて浮かれていたけれど、ただイチャついていればいいって訳じゃないのよね……。

 それに気付いたのが馬車に乗る少し前だったなんて、我ながらお気楽にも程がある。

 療養中に読む本は、領地経営についてじゃなくて、人付き合いに関する本にするべきだったと、その時になって私は本気で後悔した。

「どうしよう……」

 思わずぽつりと言葉を漏らせば、隣から声がかけられる。

「どうした? 何か心配事でも?」

 心を入れ替える宣言をしたあの日から、リーゲル様は変わらず優しい。

 ただ、私が盛大に照れてしまって普通に接することが出来ずにいるから、今では何となく私の方が彼に距離を置いているような感じになっている。

 私だって近付きたいのに、意識すればするほど恥ずかしくなって、今では会話をするだけで心臓が口から飛び出しそうになってしまうのだ。

 結婚したばかりの頃は、あんなにも仲良くしたいと熱望していたにも関わらず、仲良くなったらなったで遠くから見て騒いでいた時の方が平和だったな……なんてことを考える始末。

 一体私はどうしたいのよ? と、自分自身に内心で頭を抱えそうになった時、不意に手を握られ、小さく叫んだ。

「ひゃっ!?」

 驚いて握られた手を見ると、リーゲル様の美しい手が、私の手を優しく握っていた。

「グラディス、公爵夫人となって初めての夜会で緊張するのは分かるが、私のことを無視しないで欲しい。心配せずとも大丈夫だ。君のことは私が守る」
 
 いや、守るって言われても、私が心配してるのは、そういうことじゃないんですけど……。

 とは思うものの、煌めくアイスブルーの瞳に微笑まれると、

「は、はい。よろしくお願い致します……」

 そう答えることしかできずに。

 間近で見たリーゲル様の微笑みが最高すぎて、心臓は物凄い速さで脈打っている。その音が隣に座るリーゲル様にまで聞こえてしまいそうだと必死に落ち着けようとするのに、握られた手のせいで益々鼓動が早くなるという悪循環。

 これ、会場に着く前に、興奮しすぎで死んだりしない?

 そんなことを心配してしまうぐらいに、その時の私はいっぱいいっぱいだった。




※    ※    ※    ※    ※    ※




「ヘマタイト公爵様、ようこそいらっしゃいました。公爵家の夜会ほどではございませんが、様々なものを取り揃えてございます。どうか本日は心ゆくまでお楽しみくださいませ」
「うむ、そうさせてもらう」
 
 会場入りした私達は、まず最初に主催者であるクインテ侯爵様の元へと挨拶に向かった。

 そこで、簡単な挨拶を済ませたリーゲル様が、私を侯爵様に紹介してくださる。

「こちらは妻のグラディスだ。まだ結婚したばかりで至らぬ点も多いと思うが、私共々よろしく頼む」
「よろしくお願い致します」

 私はそれだけを言い、カーテシーで敬意を表す。

 今日の夜会は社交目的ではなく、私達の仲を勘繰る貴族達に仲の良さを見せつけることが目的のため、会話は最低限で良いと馬車の中でリーゲル様に言われている。

「本当に会話しなくて良いのですか?」

 私としては、他の貴族達との会話だけが悩みの種だったから、言われた瞬間飛びつくかのようにリーゲル様との距離を詰めてしまい、若干引かれてしまったけれど。

「あ、ああ。君は会話が苦手なんだろう? これまで夜会などにはあまり出席していなかったようだし」
「よくご存知ですね。実は私は、今まで夜会に楽しみを見出せなくて……それで基本的にいつも欠席していたのですけれど、今後はそうもいきませんよね。勉強不足で申し訳ございません……」

 謝りながら、距離を詰めすぎたことに気付いてサッと離れると、リーゲル様は一瞬「え?」という顔をしてから、私を慰めるかのように優しく肩に手を置いてくれた。

「謝ることはない。君は元々私の婚約者ではなかったのだから仕方のないことだ。今日の目的は社交ではないし、これから徐々に学んでいけば良い」
「リーゲル様……っはい!」

 耳に擬音が聞こえるならば、その時の私は『ぱあああああ』という顔が輝くような音を出していたに違いない。

 なんなら瞳も輝いていたと思う。

 ──実際には、そんなことあるはずないのだけれど。

 ついでにその時の私の心境はというと──。
 
 ああ、私の旦那様が素敵すぎる! 最早神の領域。ゼウス様とお呼びしたい!

 大声でそう叫びたい気分だった。

 









 
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