【完結】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん

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18 爆弾投下 

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 突如、目の前に差し出された濡れタオル。

 あまりのタイミングの良さに、私は驚いて動きを止め、それを凝視する。

「どうした? 遠慮なく使えばいい。ほら」

 優しく差し出されるも、それを手渡そうとしてくる相手が王太子殿下であったため、更に驚いてしまう。

「えっ、あ、あの、どうして殿下が……」

 相手が相手だけに、素直に受け取っていいのか、とか、受け取ったら寧ろ不敬にならないだろうか、とか、色々な考えが頭を巡り、どうしたら良いのか分からなくなる。

 なのに、私がそんな風に考えている間も、殿下は私の手にグイグイと濡れタオルを押し付けてくるのだ。

「遠慮する必要はない。ほら」

 最初は固辞しようとした私だったけれど、意外にも殿下は押しが強く──結果、躊躇いつつも私は彼の手から濡れタオルを受け取ってしまった。

 従者や護衛の方からでなく、殿下から直接手渡されるなんて、後から不敬扱いされて罰を与えられたりしないだろうか。

 不安になって殿下の背後に視線を向けるも、そこにいる護衛の方々はフルフェイスの兜を装着しているため、表情がまったく分からない。

 でも多分……大丈夫よね?

 せっかく渡してくれたのだし、使わずに返す方が不敬かもしれないと思い直し、よしっ! と意を決して私がタオルを握りしめると、何故か殿下がこちらへ向かって手を伸ばしてきた。

「で、殿下? どうかなさいましたか……?」

 思わず身を引くようにして尋ねると、ハッとしたように殿下は動きを止め、サッと手を引いてくれる。

「いや、あの……なかなかタオルを使わないから、手伝おうかと思ったのだが──」
「い、いえ大丈夫です! ちゃんと自分でできますから!」

 まさか手伝おうとしてくださったなんて……。

 殿下の優しさが嬉しくて、濡れタオルを握る手に少しだけ力を込める。

「早く冷やした方が良い。せっかくの美しい顔が台無しだ」

 重ねて彼から掛けられた言葉に、私は照れも相まって、濡れタオルを慌てて腫れた瞼の上に当てた。

 私の顔は美しくないと思うけれど、殿下からの気遣いを無碍にはできない。

 渡されてから少し時間が経っていたにも関わらず、濡れタオルはヒンヤリして気持ちが良かった。

「気持ち良い……」

 思わず声を漏らすと、「そうか、それは良かった」と優しい声が返ってくる。

 今まで殿下とは同じ学園に通っているとはいえ、お見かけしたことがあるだけで言葉を交わしたことはなかった。だから声を聞いたことはなかったけれど、彼はこんなにも優しい声をなさっていたのねと、少しだけホッとする。

 今、キツい声で咎められでもしたら、きっとまた泣いてしまうだろうから。それがもし私を咎める言葉でなかったとしても、声がキツいという、ただそれだけで、耳を塞ぎたくなってしまうような気がするから。

 それほどまでに、今の私の心は傷付いていて。

「……少し、触れても良いだろうか?」

 その時、躊躇いがちに、殿下から、そう声を掛けられた。

 目にタオルを当てたまま、何をする気なんだろう? と思いつつ、私は無言で頷く。

 すると、不意に優しく頭を撫でられた。

 こんな風に頭を撫でられたのは、いつぶりだろう。もう随分と前のことで、記憶にすら残っていない。

 けれど、確かに感じる手の温もりに、私の目からはまたも涙が溢れてしまう。

 久方振りに頭を撫でられたことが嬉しいのか、それともただ懐かしいのか、分からないながらも私がしゃくりあげると、ビクッとしたように殿下の手が慌てて離れた。

「ああ……すまない。泣かせるつもりではなかった。……おい、濡れタオルをもう一枚用意しろ」

 殿下が誰かに命令する声を聞き、私は慌てて顔を上げる。

 そんな、私なんかのために誰かの手を煩わせるなんて申し訳ない。私の顔など、少し目が腫れたところで大して違いはないのだから。

 そう思って殿下を止めようとしたのだけれど、彼の顔を見た瞬間、透き通るような碧色の瞳と目が合った。

 そのまま目を逸らせず──不敬になるから──にいると、殿下は少しだけ距離を詰めてきて。

「……サイダース侯爵令嬢、良ければ私に話してみないか?」

 真剣な顔で、そう言われた。

 一体なにを?

 瞬間、私の頭に浮かんだ言葉はそれだけで。

 殿下に話す? え、なにを?

 ?マークがたくさん頭に浮かび、考えたところで分かりそうにないため、首を傾げながら殿下に尋ねた。

「あの……よく意味が分からないのですが……?」

 すると、殿下は一瞬目を丸くした後、何故だかふっと微笑った。

「すまない、言葉が足りなかったな。貴女は何か悩んでいることがあるのだろう? 良ければ私に話してくれないか?」
「ええっ⁉︎」

 予想外の申し出に、私は驚くしかない。

 殿下に悩みを話す⁉︎ どうして? そんなこと、できるはずがないのに!

「え、ええと……お気持ちはとても有り難いのですが、殿下にお話するような大それた悩みではないので……」

 さすがに、泣き顔を見られた手前『悩みがない』とは、口が裂けても言えなかった。

 いくらなんでもバレバレすぎるし、王族を謀ったら死罪になる可能性だってある。だからといって、婚約破棄なんて当人──若しくは互いの家──同士の問題でしかないことを、殿下に話すわけにもいかない。

 だから、大した悩みではないと押し切って、なんとか殿下に諦めてもらおうとしたのだけれど──。

「そうかな? 婚約破棄は、十分大それた悩みだと思うが?」

 超ド級の爆弾を、殿下がこともなげに投下してきた。

「えっ⁉︎ で、殿下、今なんと仰いました……?」

 どうか聞き間違いでありますように、と神様に縋る思いで殿下の次の言葉を待つ。

 どうか、どうかお願いします。今の言葉は聞き間違いでありますように……!

 時の流れる速さは変わらないはずなのに、殿下の口の動きだけが、いやに遅いように感じる。いや、殿下の言葉を受け入れたくない私自身が、無駄な抵抗をしているだけかもしれない。

 それでも──。

 どんなに抵抗しても時間は止められないし、殿下の口を塞ぐことは不可能で。

「貴女はレスターと婚約破棄がしたいのだろう?」

 確かに彼は、そう言った──。





 






 
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