19 / 90
19 瞳の奥の炎
しおりを挟む
「……ど、どうして殿下は、そのことをご存知なのですか?」
驚きのあまり、聞き返す私の声が掠れた。
私とレスターの婚約については、誰も知らないはず。否、婚約自体は学園に入る前から成されているものだから、王太子殿下ともなれば、入学前にレスターから伝えられていても、おかしくはない。
けれど殿下が今、口にしたのは『婚約破棄』についてだ。婚約破棄は完全に私一人だけの考えであり、レスターはそれについて知らないはずだから、殿下がそのことについて知っているのは明らかにおかしい。
一体誰が殿下に情報を漏らしたの……?
一瞬だけ、フェルの顔が頭に浮かんだ。けれどフェルは、私が片想いしているレスターと結婚するために、今現在の婚約者と婚約破棄しようとしているだなんて妙な勘違いをしているようだから、そう考えると彼ではあり得ない。
ならば他に誰が──と考えても、私が婚約破棄を目論んでいること自体フェルにしか話していないから、その話を殿下に伝えるような人物など思い浮かぶわけもなくて。
考えながら、じっと殿下の碧色の瞳を見つめていると、彼は軽く肩を竦めた。
「その話を誰が私に伝えたのか知りたい……という顔だな。しかし、情報源は当然明かすわけにはいかない。その上で一つ私が貴女に言えることがあるとすれば、私は貴女の味方であるということだけだ」
「殿下が味方……?」
そんなこと、あるのだろうか。
レスターは殿下の側近候補であるのに、そんな彼との婚約を破棄しようとする私の味方を殿下がするなんて。そうすることで、何か殿下の得になるようなことがあるというなら、話は別だけれど。
意味が分からず考え込む私に、殿下は悪戯好きそうな微笑みを浮かべると、更に言葉を重ねた。
「レスターとの婚約破棄、良ければこの私が手を貸そう」
「えええええっ⁉︎」
思わず大声を上げてしまったのは、仕方のないことだったと許してほしい。
だってそれぐらい、殿下からの申し出は驚くべきものだったのだから。
「サイダース侯爵令嬢、今は授業中だから……な?」
殿下が自身の唇に指を当て、片目を瞑って静かにするよう促してくる。
それは私だって分かっているけど、今に限っては大声を出してしまうようなことを言ってきた殿下の方が悪いと思ってしまうのは、いけないことなんだろうか?
「とにかく婚約破棄の話については、まだ何も進んでいないわけだろう?」
「は、はい、そうですね……」
折りを見て何度かお父様にお伺いを立ててはいるが、未だ良い返事はもらっていない。それどころか最近では、「側近候補から側近になるために、レスター君は今が一番大切な時なんだ。お前には何故それが分からない? 少しぐらい我慢して待てないのか!」と怒鳴られるようになってしまった。
お父様には私の気持ちを理解してもらえない。私はレスターが殿下のちゃんとした側近になれた時のためにも、早く婚約破を棄しようと思っているだけなのに……。
そういえば──。
そこでふとした疑問が頭に浮かんで、私は畏れながら殿下に向かい、口を開いた。
「あの、殿下が私とレスターの婚約破棄をお手伝いして下さるのは、やはり私なんかではレスターに相応しくないとお考えだからでしょうか?」
殿下にまでそう思われているとしたら、レスターの現婚約者としてもの凄く辛いし、もの凄く恥ずかしいけれど、それはそれで殿下の行動理由に納得がいく。
王太子殿下としては、側近の奥方がどんな人物であるかということも、重要なことであるはずだから。けれど──。
「いや? 私はそんなことは思っていない」
殿下はあっさりと、そう口にした。
「それよりも、私は寧ろレスターに貴女は勿体無いのでは? と思っている。アイツが何を考えて行動しているのか私には分からないが、最近のアイツを見ている限り、色々と酷すぎるとしか思いようがないからな」
この方は、一体レスターのどんな行動について、そのように思って居られるのだろうか? そして何故、私がレスターには勿体無いなどと仰って下さるのか。
泣いていた私を慰めるためかもしれないけれど、私を肯定してくれるような殿下の言葉に、少しだけ救われたような気持ちになった。そして同時に、レスターとの婚約破棄を、怖れず進めていこうとも──。
「王太子殿下、私のようなもののことをそのように言ってくださって、ありがとうございます。お陰で私、前向きにレスターとお別れができそうですわ」
「そうか、それは良かった!」
パアッと音がしそうなほど、殿下の表情が輝く。
彼は何故、私とレスターの婚約破棄をこんなにも喜ぶのだろう?
分からなかったが、家族からの同意を得られない以上、事情を知る誰かに手伝ってもらわなければ婚約破棄は不可能だ。かといって私には手を貸してもらう当てもないため、今からフェルやミーティアに全てを話して助力を仰ぐよりはと、畏れながら殿下に手伝ってもらうことに決めた。
王太子殿下の口添えがあれば、お父様だって真面目に私の話を聞かざるを得ないだろうし。
突然開けた、婚約破棄への道のり。それについて熱心に考えを巡らせていた私は、だから殿下の様子が変わったことに気付かなかった。
私を見つめる王太子殿下の瞳が一瞬、獲物を狙う獣のように鋭くなり、その唇がポツリと不穏な一言を漏らしたことに。
「レスターなどには渡さない。小説で読んだ時から、俺はユリアが気に入ってたんだ……」
その瞳の奥には、静かな炎が揺らめいていた……──。
驚きのあまり、聞き返す私の声が掠れた。
私とレスターの婚約については、誰も知らないはず。否、婚約自体は学園に入る前から成されているものだから、王太子殿下ともなれば、入学前にレスターから伝えられていても、おかしくはない。
けれど殿下が今、口にしたのは『婚約破棄』についてだ。婚約破棄は完全に私一人だけの考えであり、レスターはそれについて知らないはずだから、殿下がそのことについて知っているのは明らかにおかしい。
一体誰が殿下に情報を漏らしたの……?
一瞬だけ、フェルの顔が頭に浮かんだ。けれどフェルは、私が片想いしているレスターと結婚するために、今現在の婚約者と婚約破棄しようとしているだなんて妙な勘違いをしているようだから、そう考えると彼ではあり得ない。
ならば他に誰が──と考えても、私が婚約破棄を目論んでいること自体フェルにしか話していないから、その話を殿下に伝えるような人物など思い浮かぶわけもなくて。
考えながら、じっと殿下の碧色の瞳を見つめていると、彼は軽く肩を竦めた。
「その話を誰が私に伝えたのか知りたい……という顔だな。しかし、情報源は当然明かすわけにはいかない。その上で一つ私が貴女に言えることがあるとすれば、私は貴女の味方であるということだけだ」
「殿下が味方……?」
そんなこと、あるのだろうか。
レスターは殿下の側近候補であるのに、そんな彼との婚約を破棄しようとする私の味方を殿下がするなんて。そうすることで、何か殿下の得になるようなことがあるというなら、話は別だけれど。
意味が分からず考え込む私に、殿下は悪戯好きそうな微笑みを浮かべると、更に言葉を重ねた。
「レスターとの婚約破棄、良ければこの私が手を貸そう」
「えええええっ⁉︎」
思わず大声を上げてしまったのは、仕方のないことだったと許してほしい。
だってそれぐらい、殿下からの申し出は驚くべきものだったのだから。
「サイダース侯爵令嬢、今は授業中だから……な?」
殿下が自身の唇に指を当て、片目を瞑って静かにするよう促してくる。
それは私だって分かっているけど、今に限っては大声を出してしまうようなことを言ってきた殿下の方が悪いと思ってしまうのは、いけないことなんだろうか?
「とにかく婚約破棄の話については、まだ何も進んでいないわけだろう?」
「は、はい、そうですね……」
折りを見て何度かお父様にお伺いを立ててはいるが、未だ良い返事はもらっていない。それどころか最近では、「側近候補から側近になるために、レスター君は今が一番大切な時なんだ。お前には何故それが分からない? 少しぐらい我慢して待てないのか!」と怒鳴られるようになってしまった。
お父様には私の気持ちを理解してもらえない。私はレスターが殿下のちゃんとした側近になれた時のためにも、早く婚約破を棄しようと思っているだけなのに……。
そういえば──。
そこでふとした疑問が頭に浮かんで、私は畏れながら殿下に向かい、口を開いた。
「あの、殿下が私とレスターの婚約破棄をお手伝いして下さるのは、やはり私なんかではレスターに相応しくないとお考えだからでしょうか?」
殿下にまでそう思われているとしたら、レスターの現婚約者としてもの凄く辛いし、もの凄く恥ずかしいけれど、それはそれで殿下の行動理由に納得がいく。
王太子殿下としては、側近の奥方がどんな人物であるかということも、重要なことであるはずだから。けれど──。
「いや? 私はそんなことは思っていない」
殿下はあっさりと、そう口にした。
「それよりも、私は寧ろレスターに貴女は勿体無いのでは? と思っている。アイツが何を考えて行動しているのか私には分からないが、最近のアイツを見ている限り、色々と酷すぎるとしか思いようがないからな」
この方は、一体レスターのどんな行動について、そのように思って居られるのだろうか? そして何故、私がレスターには勿体無いなどと仰って下さるのか。
泣いていた私を慰めるためかもしれないけれど、私を肯定してくれるような殿下の言葉に、少しだけ救われたような気持ちになった。そして同時に、レスターとの婚約破棄を、怖れず進めていこうとも──。
「王太子殿下、私のようなもののことをそのように言ってくださって、ありがとうございます。お陰で私、前向きにレスターとお別れができそうですわ」
「そうか、それは良かった!」
パアッと音がしそうなほど、殿下の表情が輝く。
彼は何故、私とレスターの婚約破棄をこんなにも喜ぶのだろう?
分からなかったが、家族からの同意を得られない以上、事情を知る誰かに手伝ってもらわなければ婚約破棄は不可能だ。かといって私には手を貸してもらう当てもないため、今からフェルやミーティアに全てを話して助力を仰ぐよりはと、畏れながら殿下に手伝ってもらうことに決めた。
王太子殿下の口添えがあれば、お父様だって真面目に私の話を聞かざるを得ないだろうし。
突然開けた、婚約破棄への道のり。それについて熱心に考えを巡らせていた私は、だから殿下の様子が変わったことに気付かなかった。
私を見つめる王太子殿下の瞳が一瞬、獲物を狙う獣のように鋭くなり、その唇がポツリと不穏な一言を漏らしたことに。
「レスターなどには渡さない。小説で読んだ時から、俺はユリアが気に入ってたんだ……」
その瞳の奥には、静かな炎が揺らめいていた……──。
2,910
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。
暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。
リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。
その翌日、二人の婚約は解消されることになった。
急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。
婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい
神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。
嘘でしょう。
その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。
そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。
「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」
もう誰かが護ってくれるなんて思わない。
ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。
だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。
「ぜひ辺境へ来て欲しい」
※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m
総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ ありがとうございます<(_ _)>
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました
ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」
大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。
けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。
王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。
婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。
だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる