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鉢、砕ける
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「姫様ああああああ!」
「ルミーナアァアアア!」
血塗れの姫様の姿がみるみる小さくなる。
私の体は高く振り上げられ、その勢いで頭が大きく揺さぶられてクラクラする。
手から力が抜けていく……きつく握りしめていたはずの愛用のレイピアが、いつの間にか音もたてずに地面に落ちていくのが見えた。
姫様!
姫様を助けなきゃ……ああ、あんなに血が出て……私なんかを庇ったりするから。
早く手当をしないと……
体に食い込む蔓が苦しくて、頭の中がぐちゃぐちゃになってなんだかよくわからなくなってきた。
地面に叩きつけられるのをスローモーションのようにゆっくりと感じる。
姫様は鉢を上向け、私の姿を見据えているのだろう。しかしその膝はガクガクと震え、足元には流れ落ちた血が赤黒く染みを作っている。
その時、姫様の頭を覆う鉢にピシリピシリと亀裂がはいった。
鉢に縦横に走った細かな亀裂から眩いばかりの光が溢れ出し……ついには粉々に砕け散って細かい光の粒子になる。
光の中から、艶やかに波打つ緑の髪が溢れ出す。緑の髪を掻き分けるように……真珠のように輝く白い肌の、美しい少女の顔があらわれた。
「姫様……」
私は呆然と呟いた。
気がつけば蔓の動きが止まり、イバラは石のように動かない。
「ルミーナ……」
姫様は長い睫毛を瞬かせ、長い夢から醒めたような表情で私を見詰めた。
けぶるような睫毛に彩られた瞳は黒曜石のようで、意思の強さが現れているような釣り気味だ。その瞳の宝石のような美しさに、私は思わず息を呑んだ。
私を見つめる姫様の手に、光の粒子が集まっていく。
元は鉢だったそれは、姫様の手の中でくるくると踊るように動いたかと思うと、光り輝く大弓へと変化した。
姫様はそれを驚いたように見つめた後、ひとつ頷いてからイバラに向かって引き絞った。
矢がつがえられているようには見えないそれは、姫様が弓のつるを引き絞るとともに輝く光の矢を形作った。
限界まで引き絞られたつるから、勢いよく矢が放たれた光の矢は、高く澄んだ音を辺りに響かせながら、イバラに隠された赤い核に導かれるように一直線に向かって行った。
幾重にも重なるイバラを突き破り、光の軌跡を残して矢が核に突き刺さる。
深々と矢が刺さった核は、断末魔の悲鳴をあげるように赤い光を周囲に撒き散らすとさらさらと砂のように崩れていった。
核の崩壊と共に私の体に巻き付いたイバラの蔓も力を喪い、ゆっくりと砂へと変化していく。
蔓が砂に変わり、締め付けが緩んだのを感じた私は体を捻って地面に着地した。
少し足元がふらつくが、構っていられない。
まさに転がるように地を蹴って、崩れ落ちる姫様へと駆け寄って、その体を抱き締める。
「姫様!姫様あ!」
「ルミーナ……無事……だった?」
「無事です!無事ですから、もう喋らないで……!」
姫様の小さな唇から、真っ赤な鮮血が溢れ落ちる。
傷が内臓にまで達しているのかーー最悪の想像をした私は、姫様の背中を恐る恐る触った。
ーーえ
不思議なことに、先ほどまで血を噴き出していたはずの傷口は、跡形もなく消え去っているようだった。手には滑らかな肌の感触しかない。
ーー鉢の魔力、か……
私は詰めていた息を吐き出し、ホッと安堵のため息をついた。
「大丈夫よ……痛くない。でもちょっと疲れたから、眠る、わ……」
そう言うと姫様は目を閉じ、私の腕の中で寝息をたてはじめたのだった。
「ルミーナアァアアア!」
血塗れの姫様の姿がみるみる小さくなる。
私の体は高く振り上げられ、その勢いで頭が大きく揺さぶられてクラクラする。
手から力が抜けていく……きつく握りしめていたはずの愛用のレイピアが、いつの間にか音もたてずに地面に落ちていくのが見えた。
姫様!
姫様を助けなきゃ……ああ、あんなに血が出て……私なんかを庇ったりするから。
早く手当をしないと……
体に食い込む蔓が苦しくて、頭の中がぐちゃぐちゃになってなんだかよくわからなくなってきた。
地面に叩きつけられるのをスローモーションのようにゆっくりと感じる。
姫様は鉢を上向け、私の姿を見据えているのだろう。しかしその膝はガクガクと震え、足元には流れ落ちた血が赤黒く染みを作っている。
その時、姫様の頭を覆う鉢にピシリピシリと亀裂がはいった。
鉢に縦横に走った細かな亀裂から眩いばかりの光が溢れ出し……ついには粉々に砕け散って細かい光の粒子になる。
光の中から、艶やかに波打つ緑の髪が溢れ出す。緑の髪を掻き分けるように……真珠のように輝く白い肌の、美しい少女の顔があらわれた。
「姫様……」
私は呆然と呟いた。
気がつけば蔓の動きが止まり、イバラは石のように動かない。
「ルミーナ……」
姫様は長い睫毛を瞬かせ、長い夢から醒めたような表情で私を見詰めた。
けぶるような睫毛に彩られた瞳は黒曜石のようで、意思の強さが現れているような釣り気味だ。その瞳の宝石のような美しさに、私は思わず息を呑んだ。
私を見つめる姫様の手に、光の粒子が集まっていく。
元は鉢だったそれは、姫様の手の中でくるくると踊るように動いたかと思うと、光り輝く大弓へと変化した。
姫様はそれを驚いたように見つめた後、ひとつ頷いてからイバラに向かって引き絞った。
矢がつがえられているようには見えないそれは、姫様が弓のつるを引き絞るとともに輝く光の矢を形作った。
限界まで引き絞られたつるから、勢いよく矢が放たれた光の矢は、高く澄んだ音を辺りに響かせながら、イバラに隠された赤い核に導かれるように一直線に向かって行った。
幾重にも重なるイバラを突き破り、光の軌跡を残して矢が核に突き刺さる。
深々と矢が刺さった核は、断末魔の悲鳴をあげるように赤い光を周囲に撒き散らすとさらさらと砂のように崩れていった。
核の崩壊と共に私の体に巻き付いたイバラの蔓も力を喪い、ゆっくりと砂へと変化していく。
蔓が砂に変わり、締め付けが緩んだのを感じた私は体を捻って地面に着地した。
少し足元がふらつくが、構っていられない。
まさに転がるように地を蹴って、崩れ落ちる姫様へと駆け寄って、その体を抱き締める。
「姫様!姫様あ!」
「ルミーナ……無事……だった?」
「無事です!無事ですから、もう喋らないで……!」
姫様の小さな唇から、真っ赤な鮮血が溢れ落ちる。
傷が内臓にまで達しているのかーー最悪の想像をした私は、姫様の背中を恐る恐る触った。
ーーえ
不思議なことに、先ほどまで血を噴き出していたはずの傷口は、跡形もなく消え去っているようだった。手には滑らかな肌の感触しかない。
ーー鉢の魔力、か……
私は詰めていた息を吐き出し、ホッと安堵のため息をついた。
「大丈夫よ……痛くない。でもちょっと疲れたから、眠る、わ……」
そう言うと姫様は目を閉じ、私の腕の中で寝息をたてはじめたのだった。
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