鉢かぶり姫の冒険

ぽんきち

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雪の街にて

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悪魔王国ガストンの王城には、常にない数の魔物による被害の報告が相次いでもたらされた。
国王であるゴトフリードが重鎮の家臣たちとその原因について頭を悩ませている時、またしても新たな報告が舞い込んでくる。
報告を受けた大臣は、渋い表情を浮かべながらゴトフリードに内容を伝えた。

「南の集落へと向かう隊商が魔物に襲われたそうです」

「またか……今月に入って十件目だぞ。今までにない件数だ……確実に何かが起こっているな……早急に原因を解明せねばならん」

遥か昔、魔物が世界中に蔓延っていた時代、人間は魔物の脅威に怯えながら暮らしていたという。我々悪魔族はその頃、生来持っていた悪魔の力を遺憾なく発揮して魔物に対抗し、使役すらしていた者もいたと史実に記されているが……いつしか魔物は世界から駆逐されていき、悪魔族も以前のような力を失って久しい。

もはや人間よりも少し強靭で、少し長命であるというくらいで……悪魔族の名残は姿形に残るのみなのだ。

流石に国王たるゴトフリードは、その血筋のなせる技なのか配下の悪魔たちよりも強い力と若干の魔力を有しているが……どこまで魔物に対抗出来るかは、全くの未知数であった。

ゴトフリードが眉を寄せて思案に沈むなか、さらなる頭の痛い報告が飛び込んできた。

「……陛下、ミッドガルドのアルス王から問い合わせの書状が届いております。早急に返答をと、使者が待っているとの事」

「貸せ」

奪うように書状を受け取ると、ゴトフリードはザッと目を通し……ていくうちに、浅黒い額にみるみる血管が浮かび上がる。
その顔のあまりの凶悪さに、国王の顔を見慣れているはずの側近達まで顔色が悪くなった。伝令にやってきた兵士は言わずもがな。すでに泡を吹いて失神している。

「あの野郎うおおおお!俺たちが魔物をけしかけたんじゃないのかとか言ってやがる!ぐおおおおお!ぶっ潰す!ぶっ潰してやる!」

「陛下!陛下、落ち着いて下さい!顔が怖い!怖いから!」

「まさに顔面凶器……」

唯一、平静を保っていられたのは、息子であるカイ王子とアル王子だけであった。
ゴトフリードの二番目の息子であるアルは、すでにボロボロになった書状を父親の手からもぎとると、ザッと目を通してからそれを兄のカイに渡した。

「ふん……まあ、我らは悪魔族。人間が我々を疑うのも無理ないかも知れないですが、痛くもない腹を探られるのは腹が立ちますね」

「人間は浅はかですからね。魔物といえば悪魔なのでしょう。長年にわたって少しずつ交わってきた二種族でしたが、これで無に帰するかもしれませんな」

側近のひとり、白い毛皮に金の瞳の人狼族の長老が、自慢の尻尾を苛立たしげに振りながらそう口にした。

「チッ!人間どもめ。そのうち絶対、痛い目みせてやる。使者には、我ら悪魔族は関係ないという返信をもたせて追いかえせ!それよりも対魔物対策が緊急の課題だ。国内の集落の状況を確認し、大きな街へと避難させろ。それから街の防備を……」

血管を浮き上がらせながらのゴトフリードの指示に、配下達は慌ただしく動き出すのだった。

部下への指示がひと段落すると、ゴトフリードはカイとアルを近くに呼び寄せた。

「出来る限り早く、コルネットを探し出して保護しろ。ルミーナが付いているとは言え、現在の状況は危険すぎる」

「ああ、親父。俺もそう思ってた。すでに探させているが、イバラの城を旅立ってから消息が途絶えている」

「今はこれ以上、捜索隊を出す余裕がありませんね……無事でいるといいのですが」

悪魔王家の大切な鉢かぶり姫の無事を祈って、親子はため息をついた。その三人の様子を、扉の後ろで窺う小さな影があった。

「あの鉢女……無事じゃなかったら、許さないんだから」

リリアナは、小さな拳を握り締め、歯を食いしばって姉を思った。






「え?雪の女王の氷の城はここからは見えないの?」

「いや……うむ。氷の城は年中吹雪に閉ざされていてな。よく晴れた日にはこの街からその姿が垣間見える時もあるが……今日は雪が強くて隠れているな」

「残念……楽しみにしていたのに」

親切なおじさんの言葉に私は肩を落とした。
折角かの有名な氷の城が見られると思って雪の中を頑張ったのに、とても残念だ。


私たちは今、ガストン王国の北側、雪の女王の城へと来ている。
イバラの城での王子発見が残念ながら不発に終わったので、一度王城に帰還する事にしたのだが、どうせだからついでに観光に寄ったのだ。
この氷の城の街は、イバラの城からガストンの王城への帰り道からは横道に逸れており、一年中雪が降っているためひょいと立ち寄るには少し面倒くさい。しかし、わざわざ遠回りして足を伸ばしたのには理由がある。

それは、お、ん、せ、ん!
なんと!世の中の女子がみんな大好きな温泉が、この雪の城の街の名物なのである!

ガストンの城からほとんど出ることのなかった私の、初めて旅行……そして温泉。
これはもう、鉢の重みで凝りに凝った肩を揉みほぐす大チャンスだ。

「この街で晴れていることの方が珍しいのでは……残念ながら城見物は諦めて帰るしかありませんね」

ルミーナの声に、私は既に温泉へと飛び立っていた意識を引き戻した。
ルミーナの言葉に、おじさんはハッと思いついたように捲し立てた。

「いや待て。もうすぐ『あの日』だ。一年の間、その時だけ城を間近に見る事ができる。お嬢ちゃん達、この城の伝説は知っているか?」

「伝説?」

その言葉に私は鉢を傾げたが、ルミーナは知っていたようで、私にも教えてくれた。

「あれですよね。この城には……」

今は昔、氷の城には雪の女王が一人寂しく住んでいた。女王はいつも寂しく涙を流していたが、雪の女王には接したものを凍らせてしまう力があり、誰も近寄って来てはくれなかった。
女王は雪にのって色々な街の様子を見ることが出来たので、いつも羨ましく人々をみていた。
ある時、彼女は恋をした。それは遠い街に住む青年で、季節外れの雪がその街に降った時に女王は彼を見つけたのだ。
女王は彼を見たいがために、街に幾度も雪を降らせた。困った街の人々は、雪を止めてもらおうと青年を氷の城へと送り出した。
愛する青年が来たことで、女王は寂しくなくなり、街に雪が降ることもなくなった。しかし女王を訪ねた青年は、氷になって死んでしまったのだった。
女王は悲しみにくれ、ついには自分まで凍らせてしまった……

「そして雪の女王が氷になって、氷の城は雪に閉ざされた。そしてついには氷の城は誰もいなくなった、というのがこの城の伝説です」

「それで城は雪に閉ざされてしまったの?」

「そうだ。しかし伝説には続きがあってな。雪の女王が氷になった後、凍って死んでしまったはずの青年は生き返ったのさ。女王の死を悲しんだ青年は、女王の氷の像に毎年花を手向けるようになった。そして不思議なことに、青年が来る時だけ、必ず雪は晴れるようになったんだ。青年が死に、誰も訪ねる者が居なくなっても、彼を待つように毎年雪が晴れる」

「なるほど。それで、その時っていうのはいつなの?」

おじさんはニヤリと不敵に笑うと口を開いた。

「ちょうど一週間後だ」

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