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しがない錬金術師ですが、嘘発見機を作って欲しいと王子様に依頼されたら婚約破棄に巻き込まれた上に公爵令息に捕まってしまいました
しおりを挟む王都の外れ。この辺りには昔から様々な職人が工房を構えている。古い街並みは歴史を感じる……と言えば聞こえはいいんだけど。ようは古臭くて、不便なんだよね。古い街にありがちな、坂や階段ばかりでそれでいて道も狭くて馬車が入れないっていう、運搬泣かせの構造になってる。それでも職人が絶えず暮らすのは、ここが職人の聖地だからだ。ここに工房を持って初めて職人として認められる。いつできたのか分からないけれど、そんな習わしがこの国にはあった。
そんな工房街の、更に端の端。小さな錬金術師の工房の、しがない錬金術師。それが私、プレシア。
錬金術師って言ってもまだ見習いなんだけどね。見習いの認定を国から貰って、師匠に付いて勉強をする。師匠の工房で寝泊まりして、仕事を手伝いながら勉強するってわけ。そうやって錬金術師として、どうやって生計を立てるのかを学ぶのだ。
……まあ、うちの師匠、ろくに私の面倒なんて見ないけど。
「お嬢ちゃんよぉ、注文より一箱足りなくないかい?」
「えっ!?」
薬屋のおじさんにそう言われて、私は慌てて注文票を捲る。品目と数を見比べてみるが、今渡した包みは、確かに注文通りに回復薬を十本詰めたもの、三箱を纏めたものだけど……。そう思ってるとおじさんが「はあ」とため息をついた。
「三箱注文した後、追加で一箱頼んだはずだ。その一箱が抜けてんじゃないか?」
「ええっ、そんな」
「四日前の昼頃だ。そん時お嬢ちゃん、接客中だったからな。返事はしていたが、忘れたんだろう」
「……あっ」
四日前の昼。そうだ、あの時、街で火事があったとかで怪我人が出て、緊急の依頼が入ったところだった。塗り薬と回復薬の在庫を慌てて出してる時に、おじさんが来ていた気がする。もしかして……一箱追加で欲しいって言うのを、薬屋の依頼の追加じゃなく、火事の被害者への追加と勘違いした?
さあっと青褪める私に、薬屋のおじさんは仕方ないと首を横に振った。
「うちにも怪我人が運ばれてきて、在庫が無くなっちまって、それでここに来たんだ。まあ、あんな場に来て悪かったよ。一箱は次の分に追加しといてくれりゃあいい。頼んだぞ」
「はいっ。あの、ごめんなさい!」
「いいよいいよ。じゃ、またな」
「はい! ありがとうございました!」
おじさんが工房から出て行って、カランカランと扉につけたベルが鳴る。それが聞こえなくなるまで、私は頭を下げ続けた。
「はぁ~~……やっちゃった」
ベルの余韻が無くなると、ぼすんと椅子に座った。カウンターに伏せって頭を抱える。
忙しいからって注文内容間違えるとかあり得ない……そんなんだからいつまでも半人前なんだって、また師匠に叱られるなあ。まあ、その師匠も、ずっとお城に出仕してて居ないんだけど。すぐに叱られない代わりに、助けても貰えない。四日前の時だって回復薬の在庫を出し切って、次の日納めないといけない分を一人で全て作った。夜通し作業しても終わらないし、材料は足りなくなるしで大変だった。それも、独立したら当たり前になるから、出来るだけ一人でやれって言われてるんだけど……はあ、上手くいかなかった。こんな初歩的なミスするなんて、一年半も見習いやって、私は今まで何をしてたんだろう。
お粗末で残念な自分の仕事っぷりになかなか立ち直れずにいると、街の時計台の鐘がゴーンと鳴ったのが聞こえた。
「やば。もうこんな時間」
がばりと顔を上げ、急いで作業場に向かう。いつまでも落ち込んでいるわけにもいかないのだ。
なにせ私は、王城に出入りするほどの錬金術師の弟子。……の割にポンコツなのには目を瞑って頂きたい。まだ勉強中の身なので。
作業場のカーテンを捲ると壁一面の棚が目に入る。棚には乾燥させた薬草の入った瓶が並んでいる。はあ。これよ、これ。癒される……。師匠は一応、一流の部類に入るから、持ってる素材も一級品ばかり。まあ、私は触る事は許されていないけど。それでもそれを眺めるのは堪らなく楽しい。そのひとつひとつが目指すべき夢、私の目標なのだ。
いつかこれらを、思うまま好きなだけ使うのが私の夢。いつになるか分かんないけどね。扱うにはまだまだ腕前は足りてないし、なによりこれらの素材は、ひとつひとつが高い。とてつもなく。お城に出入りしている師匠だからこそ、これだけ揃えられていると言っても過言ではないわけ。今から少しでもお金を貯めておかないと、腕の無い私じゃあ、いつ手に入れられるか……。
それで言うと師匠の工房に居られるのはとても都合がいい。今のうちから、見るだけでも素材に触れられるし、資金も貯められる。その上で錬金術も学べるんだからね。
ただ……師匠は自分の研究の方を優先する人だから、実は今までまともに教えて貰えたのって、回復薬だけだったりする。いや、初歩のやつじゃなくて、高い効果のあるやつだからね? そこは大丈夫、初心者極まってないから大丈夫。うん……多分。
あとは、私が発案した魔法ランプかな。師匠は一応このランプの製作に協力してくれた。火を使わずに灯りを付けられて、持ち運べて、しかも寝付きが良くなるように、弱くなった光がゆらゆらと揺れる睡眠助長効果付き。面白がった師匠が、ランプのガラスに特殊な鉱石を混ぜた事で効果が倍増した。実際に睡眠導入に効果が見られ、お陰で評判になったのね。それで注文が増えたんだけど、特殊ガラスの調合にうんざりした師匠は、「元はお前が作ったんだから」とガラス調合は私にやらせるようになった。
師匠は簡単に調合してたけど、このガラス調合、かなり大変だった……。貴重な鉱石を使ってるから失敗するわけにいかなかったんだけどさ。でも温度とか魔力調整とかさ、半人前の私にはきつかった。それでも人間、やってれば出来るようになるのね。いくつもだめにした後だけど、なんとか形に出来るようになって、私一人でも工房回せると分かった師匠は「そんじゃ、後よろしく」と一言だけ言い残して王城へ出掛けてしまった。なので基本、私は回復薬と魔法ランプを作る日々を送っていた。もう三ヶ月になる。
「師匠、いつになったら帰って来るのかなぁ」
いつも通り回復薬の調合の準備をしていると、カラン、と扉のベルが鳴った。
「おーい。プレシア、いる~?」
と同時に声がした。この声は冒険者のレイブンだ。私は薬草の詰まった瓶を机に置き、カウンターへ向かう。
赤い瞳が特徴的な彼とは、依頼が元で知り合った。今でもたまに私の依頼で錬金術の原料を採取してくれる。友達価格で受けてくれるから大助かりだ。
「レイブン」
「よっ。頼まれた物を届けに来たぞ」
「ありがとう、助かったよ」
「いいって。ところで、ナンナさんはまだ帰ってないのか?」
「それが、まだなんだよね……」
「……そうなのか」
「うん……」
瞬くレイブンを前に、思わず声が小さくなる。ナンナ師匠は一流の錬金術師。それは確かなんだけど、色んな事にルーズでいい加減で、特に時間に関してはほぼ無関心。放っておくと三日は作業場から出て来ない。
今回王城に出向いてるのは、旧知の錬金術師の研究の手伝いだって聞いた。きっとその旧知の錬金術師さんと一緒に、研究に明け暮れてるに違いない。そっちはそっちで、助手さんが師匠達のお世話をしてるだろうからその辺は心配してないけど、問題なのはこっち、この工房よ。いくら定期の取引先があるからって、私一人でやっていくには無理がある。っていうか……大体、半人前一人置いて放置する、普通?
そんな状態が不安なのか、レイブンはこうやって依頼を受けがてら、様子を見に来てくれているってわけ。実際、採取にも出掛けられない状態だから本当に助かってる。レイブンが居なかったら三ヶ月も一人で工房を維持出来ていなかったと思う。なので一人の時に、こっそり「ありがたや~」と拝んでいたのは内緒だ。
レイブンが採取してくれた薬草の処理を終え、報酬を渡すと、彼はそれを懐に仕舞い込む。
「よっしゃ。どうだプレシア、この後昼飯でも」
「あー、ごめん。急いで回復薬作らなきゃいけなくて、出掛けられないの」
「そうなのか……って、こないだもそう言ってなかったか?」
「うーん、言ったかも?」
そう言うと、レイブンはあからさまに顔を顰めた。
「って事は、またミルクとパンしか食べてないんだな。お前なぁ、栄養は大事だぞ。肉を食え、肉を。野菜も大事だぞ」
「うーん、でも面倒だし、そんな暇無いし」
「気付いてないかも知れないけど、ナンナさんと同じ事言ってるぞ、お前」
「えっ!」
「自覚なかったのか……」
はあ、とため息を吐いたレイブンは、そのまま私の腕を引いた。
「そんな所まで真似る必要はない。今日はしっかり食べろ、でないとまた倒れるぞ。そうなったら本当に困るだろ」
「そ、そうだけど」
「奢ってやるから好きな物食え。何がいい? 大エビのタルタルサンドか、ベアクラブのハンバーガーか……ああ、波風亭のランチもいいな。女将さんが、いい羊肉が入ったって言ってたぞ。お前好きだろ、あそこの羊肉のソテー」
「うっ」
レイブンが上げたメニューをひとつずつ想像すると、私のお腹がきゅうと鳴った。くっ、しょ、しょうがないわ。波風亭の羊肉のソテーを出されたら、忘れていた食欲が湧き上がるのも無理はないのよ。完璧に処理を施された羊肉はクセがなくて、独自に配合されたスパイスが食欲を唆る。綺麗な焼き目のついたそれを、一口頬張れば……ああだめ、涎が出る。
ごくりと喉を鳴らした私を、レイブンはにやにやと眺める。
「決まりだな」
「うぐっ」
「なんだ、うぐって。ただ飯に行くだけだろうに」
「だって、本当にやばくって」
「はいはい、なら作業を手伝ってやるよ。それならいいだろ」
「えっ、本当!」
「本当だって。だからほら、行くぞ」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
レイブンに引っ張られながら鞄を取って、そのまま工房を出た。鍵をしっかり掛けて先を行くレイブンの後を追う。
そんな風に、私は日常を過ごしていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「嘘を見抜く魔道具を作って欲しい」
「……はい?」
そんな中、街外れにある工房にそぐわないきらきらしい貴公子がやってきて、仰天したところからのこの発言。
なにがなんだかわからない……いや仕事の依頼なんだけど。錬金術師っていうのは、依頼者の様々な要望に応じた道具や薬を作るのが本分だ。だからこういう突発的な依頼っていうのは良くある事で。
とは言え、概要がよく理解できない私は詳細を伺うことにした。
「あのう、それはどういう」
そう聞けば、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、目の前の男性はきらりと目を光らせる。
「私が懇意にしている女性が、いじめられていると訴えていてな。だが彼女の言う、いじめをした張本人——私の婚約者なのだがね。それがそんな事はしていないと言うんだ。どちらかが嘘を言っているとしか思えないだろう?」
「ああ、それで、ですか。でもそれならまず、事実確認をするべきでは?」
「いや、面倒じゃないか。どちらかが嘘をついているなら、それが分かればあっという間だ。だからわざわざここを訪ねたんだが」
はあ、なるほどなるほど。それはそうだ、嘘ついてるのがどっちなのか分かれば調べる必要ないもんね。それでも事実確認はやった方がいいと思うけど。ただ、どうやって嘘をついてるかを判断するんだろう?
「嘘をついているかどうかなんて、なにを基準に判断するんです?」
少なくとも私が学んだ錬金術に、そんな手段は無い。だからそう言ったわけだけど、それを聞いた貴公子はわかりやすく顔を歪める。
「それは錬金術師たる貴様が考えることだろう? ここは錬金術師ナンナの工房と聞いた。ならば貴様はナンナの弟子だろう。彼女の弟子であれば、この程度の事なら簡単だろうが」
「か、簡単って。そんなわけないじゃないですか」
「なぜだ。ナンナは今、王城で星の動きを観測して、自動で記録する魔道具を作っているのだぞ。さすがに時間が掛かっているようだが……そんなナンナの弟子である貴様ならすぐだろう?」
貴公子の言葉に、私はあんぐりと口を開く。し、師匠、そんなの作ってたの……? そりゃ三ヶ月帰って来ないわけだよ、でも音沙汰も無いっていうのは、社会人としてどうかと思うなあ!
呆然とする私に貴公子は更に絶望的な情報を与えた。
「いいか、二十日後にまた来る。それまでに仕上げておけ」
「ええ!? 二十日!?」
「そうだ、二十日だ。あと、これは極秘の依頼となる。バラしたりしたら命は無いと思え」
「お、横暴だぁ!」
叫ぶ私を無視して、貴公子は工房を出て行ってしまった。
うう、どうしよう。魔道具って、簡単な構造のものならともかく、そんなすぐに組み上げられるものじゃないんだけど!
完全な新型、しかも嘘を見抜くとかいう、原理も仕組みもまったく検討のつかないものを、どうやって二十日で作れっていうの!? 王族だからって横暴すぎる……あ、さっきのあれ、王子様ね。第一王子で、見た目は良いけど派手好きであんまり政務に積極的じゃないって有名なのよね。あと、ちょっと我儘だとか。うーん確かに、って感じだったね。
っていうのは置いといて……さて困った。どうしたものか、と私頭を抱える。王子様は簡単に言ってくれたけど、嘘を道具で見抜くって、どうやってやればいいんだ。
ていうかそもそも、人が嘘をついているかどうかなんて、他人に分かるわけなくない? それよりもその人が言ったことが本当かどうか、証拠を集めた方が確実でしょ。その裏取りをすれば完璧よ。そりゃあ手間はかかるでしょうけど……って、あー、それが面倒だって言ってたっけ。……あの王子様、大丈夫かな。良く知らないけど、王族の仕事ってそんなのの連続じゃないの? それを道具に頼ろうだなんてどうかしてるよまったく。
そこまで考えて、私はハッとした。いや、だからこそ、かも知れない。もしも本当にそんな道具ができたら、仕事が楽になるんだ。そうか、そいういう事か。
「なんて横暴で自分勝手なの……それが王子様のやり方ってわけ!?」
くそう、自分が将来楽したいからってこんな無理難題。無事出来上がったら、料金ふんだくってやる!
「って、まずは機構を考えなくちゃだよね」
そうだ、報酬をふっかけるのはそれからだ。まずは作らなくちゃ始まらない。私は腕まくりをして机に向かった。
嘘を見抜く。言った事が本当かどうかを判断するっていうのは難しい。それよりも、その時の発言者の様子がおかしいっていうのを、誰もが分かる形で表現できればいいって事だよね。音とか色とか匂いとか、なんかそういうのを感知して。そんな都合のいいものができるかどうか分からないけど、やってみなくちゃわからない。錬金術って元々そういうものを生み出すものだし。まったくこれっぽっちも検討がつかないけど……やってやる! 回復薬と魔法ランプくらいしか作れない私だけど、死ぬ気でやればなんとかできる……かもしれないじゃない! 錬金術師ナンナの弟子であるプレシアの底力、見せてやろうじゃないの!
とにかく片っ端から研究書を読んで、色々な素材を試してみよう。気合い充分で、私はノートと最新版の研究書を開いた。
そして二週間後。そこには完全に行き詰まった私の姿が。
「うが~~!!」
叫んで、めちゃくちゃに頭を掻いた。おかげで髪の毛がぐちゃぐちゃになったけどそれどころじゃない。
「嘘を見抜くって、何!?」
はい。これです。肝心の、一番キモとなる部分がさっぱりなわけです。
嘘を見抜くって、一言で言えばそれだけの事なんだけど。じゃあそれを見抜く道具となるとこれが途端に難しくなる。
嘘を見抜いて、それに反応させる。その結果を出力する。機構としてはこんなものだよね、王子様の言っていた事って。でもその『嘘に反応させる』っていうのが無理なわけ。
だって、錬金術で使う薬草は人の言葉を理解しない。その言葉が嘘かどうかなんて、草に判断できる以前に聞けないわけ。当たり前だよね。だけどその『当たり前』に気付く前に何日も掛かっちゃって。時間を無駄にした。
それで、仮にだけど、嘘をついた人が発する何かを感知したらどうだろう? そう思って色々試したんだけど、そのどれもが決定的なものとは言えなくて、魔道具の開発は一向に進んでいなかった。
叫んだり唸ったりしていると、カランと工房の扉が開いた。
「今日も元気に行き詰まってるなあ、プレシア」
「……レイブン」
通常業務を全部断って工房に篭りっきりになった私の様子を、レイブンはいつも通り見に来ていた。ついでだからって食料を持って来てくれて助かる……のはいいけど、今はそれどころじゃないんだってば。
「しょうがないでしょ。だってなーんにもできてないんだもの」
王子様からの依頼を受けた後、店に来たレイブンに、詳細は伏せてアドバイスを貰っていたのだ。
「嘘をついてるかどうかを見抜く? どうやって?」
「だから、それを考えてるんだってば」
「うーん。例えばだけど、嘘をつくと挙動が怪しくなる。それを材料に判断するとか?」
「嘘をついてなくても挙動がおかしくなる場合はどうするのよ。全然心当たりがないのに犯罪の犯人に仕立て上げられたりしたら、誰だって驚いて挙動がおかしくなるでしょ」
「そういう時なら目線があちこちにいく。それならどうだ」
「悪くはないかもしれないけど確実じゃなくない? もう一押しって感じ」
「不自然に汗が噴き出すなんてこともあるけど」
「ただの汗っかきだったら、それは使えないわね」
「瞬きが極端に増えることもあるぞ」
「その人がすんごい疲れ目だったらどうすんのよ。それか乾き目」
「あらかじめ目薬を差して貰っておこう」
「どんな状況よ……っていうかさ、ものすごい演技派で、表情とかもなにも変わらない人が相手だと、今あげたやつ全部だめだよね」
「そんな奴そうそういないと思うなー」
「そういう相手だったら使えないって話よ」
と、そう言って二人で「う~~ん」と唸ったのが二週間前。それから文献や他の錬金術師の研究結果なんかを見てみたけど……成果は芳しくない。今日の時点で期日まであと六日しかない。正直言って詰んでる。
「こういうのは魔女の薬なんじゃないか? 本当の事しか話せなくなる薬とかさあ」
「魔女って。そんな、御伽話じゃあるまいし」
「じゃあどうするんだ?」
「……どうしよう」
私はレイブンから目を逸らした。もうね、どうしようもこうしようもないのよ。
「そもそも、人の考えてる事を見抜けたりできるくらい、心や感情を具体的に表せられるならさ。人造生命体くらい作れてるでしょ。それが出来てないって事は、嘘を見抜くなんていうのは錬金術には不可能って事なのよね」
「開き直るなよ~」
「ひ、開き直ってなんかないわよ。事実を述べたまでよ。現実を見据えてるだけよ」
「はいはい。で、現実が見えてるなら状況も理解出来てるだろ。どうすんの、実際」
「国外へ出よう」
「完ッ全に諦めてるじゃんか!」
「当たり前でしょ! 出来ないって分かりきってるんだもの、このまま黙って殺されるのを待つだなんて馬鹿げてる! とっとととんずらしたほうがよっぽど意味があるわ、まだ私は研究がしたいの。だったら逃げの一手でしょ、当然でしょ!」
「あー、まあ、そうかも。あの王子サンならやりかねないし」
「でしょう!?」
実はあの日、王子様が工房を出て行った直後にレイブンが来たのよね。工房の前ですれ違ったらしくて、開口一番「王子様がこんな寂れた工房に何の用だったんだ?」って聞かれたから誤魔化しようがなかったわ。王子様、まったく忍んでくれてなかったみたい。大丈夫? 他の貴族に動向探られてない? 心配だわ。
そんなわけで依頼品のざっくりした効果の相談をしたら、なんとなーくレイブンは察したみたい。けど深くは聞かれなかった。まあ、聞いたらレイブンの身も危ないものね、聞かなくて正解だと思う。
ともかく、そういうわけで実は絶賛逃亡準備中だったりする。高価な素材はすでに信頼できる所に預けてある。工房と工房にある機材は、レイブンが伝手を使って引き取り先を探してくれるそうだ。ありがたい。
「で、どこに逃げるつもり?」
「それはまだ考え中。まあ隣国に逃げ込めばなんとかなるでしょ」
「そっかぁ」
レイブンの声を背後に、私はぎゅっとリュックの紐を締め上げる。うん、これで良し。特に大事な物を詰め込んだこれだけは、自分の手で持ち出さないとね。リュックはいつでも取り出せるよう、カウンターの下に忍ばせておく。
「本気みたいだな。それもそっか、現状まったく手段が無いわけだし……って、ヤバッ」
「邪魔するぞ」
「んー? 何か言った……ヒィッ!」
立ち上がってカウンターの下から顔を覗かせると、そこに居たのはなんといつぞやの王子様。
私にとっての死神の登場に思わず悲鳴が出かかる。飛び退いて固まり、喉を引き攣らせる私を不審そうに見て、王子様は首を傾げていた。
「なんだ、すっとんきょうな声を出して」
「あ、あー、いえ。あはは。し、知り合いが来たと思ったら違ったので驚いて」
「そうなのか」
「ええ、はい! それで王子様、今日は一体何のご用でしょうっ」
「いやなに、様子を見に、な。なんだかこの間来た時よりも棚がスカスカのようだが、潰れるのか?」
えぇ!? いきなり来てそれ? 失礼だなあ! 潰れるんじゃなくて、あなたのせいで出て行かなきゃいけなくなって、色々持ち出しただけですけどぉ!
……いやまあ、確かに在庫を作る事も出来なかったから、棚にはなんにも置けなくなってるんだけど。それを言った所でなんの意味も無いし、とにかくこの場は誤魔化すに限る。私は適当なデタラメを口にした。
「そういうわけじゃ……ええと、大口の依頼の後で、在庫が無くなってるんですぅ」
「そうか、ならいいが。うまくいっていなくて夜逃げでもするのかと思ったぞ」
「んんっ……! まままさかぁ」
くっ、なかなか鋭い王子様だ。伊達に王子様やってないな、勘がいい……逃亡予定でいることだけは隠し通さないと。逃げた先で殺されたら堪らないもん。
内心ヒヤヒヤの私に気付いているのかいないのか、王子様はその後は普通に喋っていた。
「で、どうなんだ、様子の方は」
「えーと、まあ、そこそこで……」
「そこそこ? あまり時間が無いが大丈夫なのか」
「え? あー、まあ……そうですねえ、精度をもっと上げたいんですが、時間が足りなくて」
って言っておけば期日延びたりしないだろうか。だめかなぁ、だめだよなあと視線を泳がせていると、王子様は考えた様子でこう言った。
「そうか。では期日を延ばそう」
「えっ! 本当ですか!」
「ああ。別に二十日に特に意味は無いからな。早い方がいいと思っただけで」
「あ、そうでしたか」
なーんだ。じゃあ最初からもっと時間ちょうだいよ、三ヶ月くらい。そうしたら、なんとか……なんとか…………なったかなぁ……。具体的な案が浮かんだわけじゃないからはっきり言えないけど、それでも基礎構造すら組めないと思う。肝心の『なにを持って嘘とするか』を判断する、具体的な機構、それを構成する素材が無いのだ。
例えばの話だけど。レイブンの言った通り、嘘をつくと汗をかくというのを一つの指標にしたとする。そうすると発言の前後の発汗量を比べて、不自然に汗の量が増えたなら、その人物は嘘をついたという事になる。だったらその汗の量を、魔道具で比較すればいい。それならいくつか適応できる素材がある。濡れたら白から赤に変わってそのまま色が戻らない布、それで手袋を作るとか。そしたら一目で嘘をついたって分かるよね。
けど、その時急にお日様が出てむちゃくちゃ暑くなって、それで汗をかいただけだとしたら? 嘘をついたのか暑いから汗をかいたのか、その判断はその手袋にはできないのだ。
だから、嘘をついたかどうかを見破るっていうのは難しいって話なんだけど……それを言っても王子様は納得しないだろう。原理を知らない人からすれば、錬金術って魔法みたいなものだと思ってる人多いし。『嘘を見抜く道具』なんてふわっとした事を言うあたり、王子様はそういうタイプと見た。
うーん、何か無いか、なにか……。
っていうかそう言えば、私王子様の婚約者さんの事とか知らなかったわ。どんな人なんだろ。嘘をつくような人なんだろうか。仮にも第一王子の婚約者に選ばれる人だ、常識の無い人が選ばれるとは思えないんだけど。
って、うん? ……これ、うまくいけば使えるのでは!?
「あのー、念の為なんですけど。王子様の婚約者の方とお会いする事はできますか? あと、懇意にしている女性っていうのも」
「は? なんの為に」
「魔道具を、その、動かすのにですね、当人の情報が必要なんですよ。嘘をついていない、通常の状態の情報が」
と、いうことにしておこう。
私の言葉に、王子様は顎に手を添えて考える仕草をした。お、話はちゃんと聞いてくれるのね、よかったよかった。
少ししてから王子様は言う。
「なら……貴様をメイドとしてパーティーに潜り込ませる。ちょうど大きな茶会があるんだ。それには確かカサンドラもジニアも参加する。そこでなら二人の動向を探れるだろう」
「パーティー?」
「ああ。ようは花見だな。来週ガーデンパーティーがあるんだ、それに紛れ込んで様子を伺うといい。二人の特徴は紙に書いて渡そう」
「あ、それは助かります」
「貴族令嬢しか参加しないし、メイドも教育の行き届いた者ばかりだ。目立つ真似はするなよ」
「ええっ。フォローしてくれないんですか」
「言ったろう、そのパーティーは令嬢しか参加しない。いくら第一王子とは言え男の俺は参加できないんだ」
「そ、そんなぁ! 誰か信頼出来る人を回してくれたりとかは」
「これは俺が独自で動いている極秘事項だ。他の人間に知られるわけにはいかない」
「普通そういうの、腹心の人とやりません? 居ないんですか腹心の人」
「……パーティーは五日後だ、メイドの服は届けさせる。いいな、妙な真似はするなよ!」
と、そう言って王子様は工房を出て行ってしまった。居ないんだな、腹心の人……。
とにかく時間は稼いだ。王子様の婚約者と、あと懇意にしている女性と会っても、実際何も変わらないと思うけど。まあいいでしょう。それをきっかけに思い付く事もあるだろうし。
やれやれ、と揺れる扉を見ていると、どこに隠れていたのかレイブンがのこのこ出てきた。
「嘘をつく時はどもって汗をかくみたいだぞ」
「冷静に観察してんじゃないわよ!」
他人事だと思って楽しんでるでしょ、絶対!
そう言っても響いた様子のないレイブン。私は彼をきつく睨み付けることしかできなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、王子様が都合してくれたメイド服に身を包み、無事ガーデンパーティーに紛れ込んだ私はお盆を手に会場をうろついていた。
もうね、すごいわ。何がって、庭よ、庭。広さもさることながら、圧巻なのはその美しさ! 一面の花はゴージャスで、実に華やかだった。すごいわ、これは庭でお茶するのも分かる。朝露で輝く花弁もあって一層煌びやかに見えるのが素晴らしい。花の香り漂う中でいただく紅茶ってどんななんだろう。
私はメイド長に教わった通り、用意されたテーブルにお菓子を運んでいた。大規模なパーティーで参加者が多い事もあって、ただの町娘(錬金術師だけど)の私が紛れ込んでも誰も気にした様子がない。それにほっとする。
「ちょっと、あなた」
そんな私に掛けられた声。えっ、この短時間で何かしでかしたかな、と振り向くと……そこには一段ときらきらしたご令嬢の姿があった。
一目でも分かる、質のいい絹を使ったドレスは華やか。フリルは品良く控えめに。ドレスの色が新緑色なのは、多分庭の花を引き立てる為だろう。だけど、それがかえって彼女の美しさを強調しているようだった。緩やかに巻かれた金髪。それに、赤くてきつい印象の瞳……間違いない。この人、王子様の婚約者のカサンドラ・プランジット公爵令嬢!
彼女は扇を手のひらにぽんぽんと打ち付け、私と向き合う。
「それ。誰の指示でそこに置いているのです」
「えっ?」
言われた通り、三番目のテーブルに焼き菓子を置いているだけなんだけど……。お盆の上のお菓子とカサンドラ様とを交互に見る私に、彼女は真っ赤な唇から呆れの息を漏らした。
「やはりそうなのね。その焼き菓子は隣のテーブルよ。七つのテーブルにはそれぞれ花が生けられているでしょう、その花にちなんだ料理やお菓子が置かれているの。その焼き菓子にはラベンダーの刻印があるでしょう?」
カサンドラ様の言う通り、焼き菓子にはラベンダーの焼印があった。そして今私が居るテーブルには百合の花が生けられているが、隣はラベンダーだ。
……三番目って、奥からか! 七つあるテーブルのうち、手前から三番目のテーブルに置いてたよ。メイド長、ちゃんとその辺りもしっかり言って欲しかった……。
貴族令嬢に声を掛けられたというのに、まともに頭も下げない私を叱責するでもなく、カサンドラ様は続ける。
「予定通りに置かれていないといけないの。参加者にはあらかじめ、どのテーブルに何が置かれるかを知らされています。その通りでないと、間違ったものを口にしてしまうかもしれない。目印を置いて体が受け付けないものを食べてしまわないようにしているのよ」
「な、なるほど……」
関心して素で言うと、カサンドラ様は分かりやすく眉を顰めた。
「きちんと指導できる者が居ない程、王宮では人手が不足しているようね。予想以上だわ」
やば。ちゃんとした言葉遣いできてなかったのを叱られる? と思ったけど、カサンドラ様は視線で私を促す。
「いいから早く役目を果たしなさい。あなた達使用人が失敗をしないよう、教育する立場の者が無能だったというだけよ。あなただけのせいではないわ」
「は、はい」
なるべくみっともなく見えないように、でも急いで置きかけたお皿を回収する。
……なんかカサンドラ様、言ってることまともだね? 言い方というか見た目の印象のせいでキツく感じるけど、普通に貴族らしい貴族って感じがする。言ってる事は正しいし、嫌味って感じでもない。こんな人が他の人をいじめたりなんてするかなぁ?
言われた通り焼き菓子を隣のテーブルに運ぼうとした、その時だった。鼻にかかるような甘ったるい声が私の耳に入ってくる。
「あ~っ! カサンドラ様、また使用人をいじめてるんですねっ!」
その声に視線を向ければ、そこには可愛らしい印象の令嬢がいた。
ピンクのふわふわの髪、フリルたっぷりのドレスも濃いピンク、瞳は空色でふさふさの睫毛がくるんとキツくカーブを描いている。
うん、この人が王子様の浮気相手、もとい懇意にしている女性のジニア・ラグバート男爵令嬢だね。カサンドラ様が迫力のある美人だとしたら、ジニア様は可愛らしい女性だ。庇護欲を唆るような愛らしさ……あの王子様、こういう方が好みなのか。
彼女は私の正面の方向から、カサンドラ様に向かっている。そこに居られると、お菓子置きに行けないんだけどなあ、と困っていると、私の事が目に入っているのかいないのか、ジニア様は可愛らしい顔を歪めて、ギッとカサンドラ様を睨み付けていた。
そんなジニア様を一瞥するカサンドラ様。閉じていた扇を開いて、口元を隠した。
「……わたくしはただ間違いを指摘しただけよ」
「一生懸命やってるのをダメ出ししたんじゃないですかっ」
「このパーティーは王家主催なのよ。間違いがあって、それが元で事故が起きれば、その責は王家に向く。一生懸命やっていたとしてもなんの意味もないの。そのくらい分かるでしょう」
「ま、またそうやって馬鹿にしてっ……! どうしてわたしに意地悪するんですか!」
「……はあ。意地悪をしているつもりも、馬鹿にしているつもりもないわ」
「カサンドラ様は酷すぎますっ、わ、わたしが元は平民だったからって、こんな……!」
「言いたい事はそれだけ? なら失礼しますね、ジニアさん。わたくしは忙しいの、王妃様の名代を仰せつかっているから」
「……! またそうやって身分をチラつかせるんですね!」
「…………」
「無視しないで下さい、カサンドラ様! カサンドラ様ってば!」
……うーん、これは……。なんていうか、とんでもないものを見た気がする。
足早に去って行くカサンドラ様。その背中を睨みつけるジニア様。それを、遠巻きに他のご令嬢達が見守っている。意図せず渦中に入ってしまった私には分かったが、もう会場中の視線を集めまくっていた。これは誤魔化せないよね。二人の仲は最悪、相性も最悪っぽい。それを主要な貴族の令嬢は皆知っているということだ。彼女達はそれを、家の人に伝えているはず。この状況はまずいんじゃないかなあ。
とはいえただの錬金術師のはしくれである私には関係の無いことだ。焼き菓子をテーブルに置いた後、私はそそくさと会場を後にした。
王子様に指定された小部屋に入りワードローブを見れば、そこには私の荷物が置かれていた。予定通りだ。
素早く着替え、メイド服は代わりにそこに置いておく。あと、ついでに伝えたい事があったので、鞄からメモを取り出してそこに王子様への伝言を書く。すぐに乾く特別性のインクなので、書き上がったらすぐに半分に折り畳んだ。衣装の分かりやすい位置にそれを挟み込む。
裏口までは結構距離があったけど、誰にも咎められたりせず、私はお城を後にした。
その三日後、王子様が再び工房へやって来た。その手にあるのは紙束だ。よかった、ちゃんとメモを読んで、頼み事を聞き届けてくれたらしい。態度は尊大だけど、こういう所はきちんとこなしてくれる人物だ。……だったら普通に調査すれば良さそうなもんだけど。不思議。
王子様はちょっと不機嫌そうな顔で、カウンターにその紙束を乗せる。どん、と叩きつけるようにしたのは嫌がらせのつもりかな?
「貴様、この俺をいいように使うとは、良い度胸だな」
……思った以上にお怒りだった。王子様、目付きがやばい。めっちゃ怖い。
「あー、えっと、すみません」
「すみません、だと? こんな手間をかけさせて、その程度の言葉で済ませようというのか」
「えーと、でもあのその、どうしても魔道具に必要でしたので~。仕方なく」
「貴様な、そう言えばなんでも通ると思っていないか?」
「いえいえまさかそんな。考え過ぎですよぉ」
あはは、と愛想笑いを浮かべて、さっとカウンターに置かれた紙束を手に取る。そしてまず一番上のものをさっと読んだ。ふんふん、なるほどなるほど……。王子様の視線が痛いけど、無視して紙を捲った。
パーティーのあの日、メモで王子様にお願いしたのは、カサンドラ様とジニア様の普段の行動を書き起こしたものだ。主に二人のやり取りが書かれている。
例えばこれ。学園に通っている王子様とカサンドラ様とジニア様。お三方は同じ学年の生徒なのだが、勉強の遅れているジニア様に、王子様の命令で、側近の伯爵令息が内容を教えた後。お礼もそこそこに、ジニア様は、あろうことか令息の腕に抱き付いた。貴族令嬢としてはあり得ない行動だ。しかも、それを伯爵令息の婚約者が見ている前でやったというから、大騒ぎとなったらしい。それをカサンドラ様が咎めた。
『ジニアさん、婚約者でもない男性相手に、そのように人前で腕にしがみついたりしてはいけません。はしたないですよ』
『え? カサンドラ様、なんですか急に。どうしてそんな事を言うんです? 彼の婚約者でもないのに』
『……その方の婚約者からは、あなたに注意するのは憚られるからよ。殿下が直接、あなたに指導するようにと指名されたのは周知されています。ならばそれは殿下が行ったと同意義。殿下のなさった事に申し立てる事になってしまう』
『……カサンドラ様の言う事はいちいち難しくてよく分からないです。私になんの用があるんですか?』
『言ったでしょう、婚約者でもない男性相手に、そのように人前で腕にしがみついたりしてはいけない、と』
『はあ……』
『……分かったのなら、その手を離されてはいかがかしら』
『……カサンドラ様は怖いです……。そんな風に睨み付けなくてもいいのに』
『睨み付けているわけでは……』
『う……ひっく。こ、怖い……』
『…………』
次は庭園。そこにある噴水の前で、ジニア様が躓いてしまった。膝が擦り剥けたくらいで大した怪我はなかったものの、持ち物は全てその場に散らばってしまったそうだ。偶然通りがかったカサンドラ様が、近くの人達に声を掛けて拾い集めるのを手伝ったようなのだけれど……その中に王子様からの手紙があった。
『……これは?』
『あっ! カサンドラ様、それ、返して下さい!』
『えっ? え、ええ、もちろん。そのつもりでしたわ』
『嘘! これがなんだか分かって、噴水に投げ入れようとしたんじゃありませんか!?』
『そ、そんな事しません』
『嘘よ。これが殿下からの舞踏会の招待状で、それを私が貰っているからってそんな事……もしかして、私が転んだのもカサンドラ様が仕組んだ事なんじゃ? この招待状を横取りする為に!』
『……言い掛かりだわ! 撤回なさい!』
『普段あれだけ私に意地悪してるのに、まだ足りないんですか』
『だから、わたくしは意地悪なんてしていないわ。あなたの行動は、貴族令嬢として適切ではないの。だからそれを教えているだけ。殿下や側近の男性達では教え切れないようだから、それで』
『わ、私だけじゃなく殿下達まで馬鹿にするんですか!?』
『……どうしてそうなるのよ』
……というのがいくつかの事例として書かれている。うーん、思ったより酷いな……。
読み進めて半目になる私に、王子様はむすっとした顔で悪態をつく。
「これを作るのに俺がどれだけ苦労したと思ってる。くそ、今思い出しても忌々しい。生垣に潜んで会話を盗み聞くなど、王子のやる事などではないというのに」
えぇ……これを見てたのに止めに入らなかったの? 調書が必要だとは言ったけど、これ見て会話を記録してただけ……? それってどうなの……?
っていうか騒動の原因、王子様じゃん。ジニア様が転ばなかったら発覚しなかっただろうけど、なんで婚約者のカサンドラ様が知らない舞踏会の招待状を、ジニア様が持ってるのよ。大丈夫かこの王子様。
とは言え、それを言うわけにもいかない。
「こういうのは普通、王家の影とかにやらせるものじゃないんですか?」
「何度言えば分かる。内密にしているのだ、他者に知られるわけにはいかない」
「いやでも、王家の影なら、そういうの絶対に漏らさないでしょう。仮にも王家に忠誠を誓っている身であれば」
「…………それよりも、その調書で何か分かったのか」
……分かってたけど、王子様、困ると露骨に話題変えるね? いいけどさ。
「ええと、そうですねぇ。知りたかった事は、大体この中にあるみたいです。ありがとうございました」
「ならばこれで魔道具製作は問題なく出来るというわけだな。まあ、ならばいいだろう。では俺は城に戻る。魔道具が出来上がったら、これを使え」
と、王子様は懐から封筒をひとつ取り出して、私に差し出した。封筒は真っ白だけど、縁に青いインクで模様が描かれている。その模様の意味が分かった私は目を見開いた。
「これは……!」
「さすがに分かるか。そうだ、『渡り鳥の知らせ』だ」
さ、さすが王子様……! 非常事態でしか使われない緊急用の超高級魔道具を、こんな事に使うだなんて……!
これは、宛名に届けたい相手の名前を書き込むと、封筒が風に乗ってその人物の元へと飛んで行く魔道具だ。この青いインクが肝となるもので、レシピは門外不出となっている。王城にいる錬金術師にしか伝わっていない、王家秘蔵と言われている。これ、物自体は知られているんだよ、超技術の結晶として錬金術師の間では有名なんだ。まさか実物を拝めるだなんて、ラッキー!
王子様にどうやって連絡すればいいのか困ってたからいいけど、でもこんな貴重品を……と思わなくもない。ちゃんと許可貰ってるのかな。まあ、無断で持ち出したにしても、怒られるのは王子様だから別にいいか。
封筒を鍵付きの引き出しに仕舞って、私は王子様に向き直す。
「では、これでお知らせしますね」
「ああ、頼んだぞ」
王子様はそう言うと工房を出て行く。来た時と違って、何故か得意気だった。貴重な魔道具を見せびらかしたからかな。
とにかく、知りたい事は知る事が出来た。多分、私の考えはそうおかしいものじゃないと思う。
後はこれを纏めて、魔道具の機構を組んで……と腕まくりをしていると、またからんからんと扉のベルが鳴った。その音に視線を上げると、扉からこちらへ向かってくるレイブンの姿が目に入る。
「よう。今空いてるか?」
そう言って、レイブンは手の中の紙袋を掲げてみせる。
「ええ、丁度今空いたとこ」
「そりゃ良かった」
ニッと笑うレイブンを、私は工房の奥へと誘った。
「結論から言うとどちらも嘘はついていなかったわ。二人とも本心だった」
レイブンが買ってきてくれたサンドイッチとスープを食べながら、私達は話し合う。ちょうどいいタイミングだったわ、考えをまとめるのに誰かと話したい気分だったのよね。
ざっくりとパーティーでの出来事と調書の内容を話せば、レイブンは眉を寄せた。
「それはまた難儀な」
「そうね。仮に嘘を見破る魔道具が完成しても意味が無いわ。だって二人とも、嘘をついていないから」
「主張が食い違ってるんじゃ、どうしようもないな」
私はレイブンに頷いてみせた。
「問題は、あれだけ人前で派手にやり合ってるんだもの、王子様もその事を知っているはずだってこと。それを知ってて、ジニア様が『カサンドラ様にいじめられている』って言ったのを間に受けてるわけでしょう?」
「変な話だ。伝聞で聞いた俺でさえ、問題があるのはどちらかというとジニア嬢の方だって思うのに。魔道具を求めるよりも、ジニア嬢の教育をやらせた方が有意義なんじゃないか」
「私もそう思う」
ふう、と思わずため息が溢れる。
「王子様に現実を受け入れて貰うしか無いわね」
言ってサンドイッチを頬張る私を、レイブンが不思議そうに眺めていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
後日、嘘を見抜く魔道具が組み上がったと連絡をすると、王子様はすぐさま都合をつけてくれた。カサンドラ様とジニア様、それから王子様と私。それとその他それぞれの従者が控えている。緊張感で空気が張り詰める中、王子様が宣言を始めた。
「今日集まって貰ったのは他でもない、君達の主張が食い違っている件について、真実を明らかにしようと思ってな。なに、難しい事はない。ただいつも通り、君達の主張を聞かせてくれればいい」
王子様は一旦言葉を切ると私の方に視線を向ける。
「彼女は街の錬金術師。君達の言葉、どちらが偽りなのかを見定める魔道具。その製作を依頼した」
私は王子様に言われていた通り、テーブルの上に魔道具をセットした。テーブルを挟んで、カサンドラ様とジニア様は向き合うように座っている。これなら、どちらの声も魔道具に届くだろう。
魔道具は四角い土台に、上向きに百合の花が咲いたような形状をしている。百合の花の部分は白い金属片で作ったものだ。だから光沢がある。この部分は結構上手く出来てると思う。土台は適当だから全体のデザインは悪いけどね。
「痛かったり危険が及ぶような事象は起きないそうだ。安心して証言するといい。ではまず、カサンドラから」
カサンドラ様は緊張した面持ちで魔道具をちらりと見る。
「そのまま話せば良いのですか」
「ああ」
短く答えた王子様。婚約者に向けたにしては少し寂しい気がする。カサンドラ様は、こくりと唾を飲み込んでいた。
「わたくしは、誓ってジニアさんをいじめたりなどしていません」
カサンドラ様はそう宣言したものの、魔道具はなんの反応も示さない。室内は静寂に包まれている。
「……次。ジニア」
「私はカサンドラ様にいじめられています! それはゼンバール様もご存知のはずです!」
カサンドラ様と違ってジニア様は間髪入れずだった。彼女の視線はずっとカサンドラ様に向いている。
二人の食い違う証言が出揃ったというのに、私の作った嘘を見抜く魔道具『ウソミヌキー』はぴくりとも反応しなかった。しんと静まり返る部屋で、王子様——ゼンバール殿下は怪訝そうにウソミヌキーを覗き込む。
「どういう事だ? 二人が別々の証言をしているのに、うんともすんとも言わないではないか。壊れているんじゃないのか」
「そんなわけありません。間違いなく作動しています。説明した通り、このウソミヌキーは言った事が嘘であった場合、大きな音でそれを知らせます。音が鳴らないのは、お二人が嘘をついていないからです」
「……どういう事だ?」
「そのままですよ。お二人の言葉は真実なのです。カサンドラ様はいじめていない。ただ注意をしているだけです。でもジニア様には、その言葉は叱責以上に強いものに感じられた。それだけです」
そうなのだ。二人はなにも、嘘をついているわけではない。見解の相違があるだけなのだ。カサンドラ様はただ自分の立場からジニア様を注意しているだけ。でもジニア様からしてみれば、理不尽なものにしか聞こえなかった。お互い本心なのだから、ウソミヌキーは反応しない。
「なんだと? じゃあ、どうしたらいいんだ」
「うーん、私が依頼されたのは『嘘を見抜く魔道具の作成』だけですので~。それ以上の事は、ちょっと」
「ではこの状況を、どう解決しろと言うのだ!」
大声を出されて私は肩をびくりと揺らした。そんな事言われても……っていうか、私が解決するの? 依頼されたのは魔道具を作るっていう事だけじゃん……。ゼンバール殿下の女性関係の問題じゃない、これ?
とは思ったけど、まさかそのまま口にするわけにもいかないから、私は言葉を選びまくった。
「えー……圧倒的な会話不足が原因かと」
「そんな言葉で納得しろと?」
「いえでも、事実だと思うんですが~」
「なんだと!?」
「ひっ」
ゼンバール殿下に凄まれ、肩を竦めてしまう。声大きいんだよ~。至近距離なんだからそんな大きな声出さなくても聞こえるよぉ。王族って人前で声を張る必要があるから声が大きいのかな? わかんないけど。
今にも飛びかかってきそうな殿下から一歩下がっていると、急にジニア様が立ち上がった。
「ゼンバール様ぁ! どうなってるんですか、カサンドラ様の嘘を暴いて、私を王子妃にしてくれるって、そう言ってくれたじゃないですかぁ!」
「ジ、ジニア!」
「だから私、これまで耐えてきたのに……こんなの酷い……」
涙ぐむジニア様。それをカサンドラ様は冷ややかに見ている。
「……ゼンバール殿下? これはどういう事でしょう?」
「いや、カサンドラ、これはだな」
低いカサンドラ様の声に、ゼンバール殿下は狼狽えまくりだ。控え目に言って修羅場の気配がする。
「わたくし、ジニアさんの事は、あくまで友人として親しくしているものと思っておりましたが……そういうわけでは無さそうですわね」
「ち、違う! ジニアとはただの友人だ!」
ビーーーーーッ!
殿下の言葉に反応して、けたたましくブザー音が鳴り響く。一斉に音の元に視線が集まった。ウソミヌキーが反応したのだ。この音が鳴るということはつまり、殿下の言葉は嘘だったということ。
テーブルの上に乗ったウソミヌキーの花弁は、白だったのが真っ赤になっている。視覚的にも分かった方がいいかな、と思ってこの仕組み作ったんだけど、正解だったみたい。全員が何が起きたのかを理解したらしい。カサンドラ様はキッとゼンバール殿下を睨みつけているし、ジニア様は涙目で殿下に縋り付いた。
「殿下、嘘はいけませんわね」
「ああっ、ち、違うっ、く、くそっ。なんで止まらないんだ」
「ゼンバール様、嘘ってなんですか? 私とは遊びだったって事ですか!?」
「そ、そんな事はない!」
今度は、ピタッと音が止む。花弁もすっと白色に戻った。今の言葉は『本当』ということだ。
再び静寂が訪れた室内に、ふう、というカサンドラ様のため息が響く。
「やはりただならぬ仲というわけね。不貞を働くなんて、不潔だわ」
「不貞なんてしていない! お前とはただの政略的な婚約だろう、ジニアとは正真正銘愛し合っているのだ! 元よりお前にはそういう感情はない。だからこれは不貞でもなんでもない!」
その言葉にも、ウソミヌキーは反応しなかった。
「……契約上の関係とはいえ、わたくし達は将来を誓い合った仲。それを、殿下は……本当に、それを本心として、そう言い切るのですね……」
カサンドラ様はそれだけを言うと俯いてしまった。フォローしようにも、一介の錬金術師でしかない私にはどうする事もできない。彼女の侍女らしき人が気遣うように支えてはいるけど、ショックだろうなぁ。
カサンドラ様が気分が悪くなったと退室した事で、その場はお開きとなった。慌てふためく殿下と、俯き部屋を出るカサンドラ様。ジニア様は頰を膨らませて居たけれど、あれ、何が起きているのか理解してるのかな。
まあ、無事に役目を終えた私には、もう関係ないけど。
この時はそう思っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
結局……ゼンバール殿下とカサンドラ様の婚約は白紙になった。殿下の有責での解消との事で、王家から相当な額の慰謝料がプランジット公爵家に支払われたらしい。
ゼンバール殿下がカサンドラ様と結婚する事で、プランジット公爵家を後ろ盾に立太子するはずだったのだそうだ。それなのにゼンバール様は平民から引き取られた養女であるジニア様を、隠しもせず人前で寵愛した。カサンドラ様の諌める声も聞かずにね。側室を持つならそれでもいいと思っていた公爵家としては顔に泥を塗られたも同然、しかも反省の色が見えない。挙句カサンドラ様ではなく、ゼンバール様の後ろ盾にもなれない男爵家のジニア様をお妃にするって言うんだから、公爵家が怒るのも無理はないよね。
ジニア様は男爵家から除籍され、平民に逆戻りしたそうだ。そもそもどうしてジニア様がラグバート男爵の養女になったかと言うと、ジニア様の亡くなったお父様が、ラグバート夫人の弟なんだって。ジニア様が小さい頃にお母様が亡くなって、お父様は男手一つでジニア様を育てた。そんなお父様も最近亡くなって、姪を不憫に思ったラグバート夫人が、唯一の身内だからと自分の養子として引き取ったと、そういう事らしい。
それなのに、王太子になる予定の人とその婚約者の間に入って、不仲にしてしまった。ラグバート男爵はカンカンに怒って、夫人もフォローができなかった。公爵家でどうこうする必要もなく、ジニア様は社交界から姿を消した。悪い人では無かったと思うんだけど、思い込みが激しいのが災いしたとか、そういう感じかもしれない。
ゼンバール様と深い中になったのは、そんなジニア様の境遇を憐れんだ殿下が色々と目を掛けて……というのがきっかけだとか。
「ゼンバール殿下は王の素養が低く、教育もまったく進んでいませんでしたから。頃合いでしたのね」
と、私の前にはお茶を飲むカサンドラ様の姿。はい。ここはプランジット公爵家の庭園です。
あの話し合いの後、諸々のことが済んでから、私はカサンドラ様に呼び出されたのだ。何の用かとびくびくする私に、カサンドラ様は笑顔でお茶とお菓子を勧めて、事の顛末を聞かせてくれた。全貌を知らないとすっきりしないでしょう、とお茶目な言葉を皮切りに、私が聞いていいのか分からない事情を次々教えてくれる。
「ジニアさんと知り合ってからというもの、殿下の行動は眉を顰めるものばかりになって……止められなかった自分を責めた事もあったけれど、あの方と離れてみて、自分がどれだけ無理をしていたのかを実感したの。貴女には感謝をしないといけないわね」
「感謝だなんて、そんな」
慌てて首を横に振れば、カサンドラ様はくすりと笑った。その笑顔は年相応の女の子のものだ。カサンドラ様はすごく美人なので、それだけでも絵になる。
「錬金術があれほどとは思ってもみなかったわ。一体あれはどういう仕組みなの?」
「あー……実はあれ、偽物というか、ハリボテなんです」
「……それは、どういうこと?」
「遠隔で音を出してただけなんです、タイミングを合わせて。カサンドラ様とジニア……さんが嘘をついていないのは見ていて分かりましたから」
「……そう。どうして貴女がそれを見抜けたのかは、問わないでおくわ」
「そうして頂けると助かります」
まさかあのガーデンパーティーで会ってます、なんて言えない。私のミスが元で見抜けました、なんて。
でもまあ、そのお陰で上手くいったみたいだし、結果オーライかな?
ちなみに、あのウソミヌキーの報酬はきっちり頂いている。ゼンバール殿下の私財の一部から、結構な金額が支払われた。これは言わずもがな、口止め料込みだ。さすがにそれは私にも分かった。
支払いの場にナンナ師匠が居て愕然としたのは記憶に新しい。錬金術師でありながら、ハリボテで依頼人を騙したのだ、一流の術師なら噴飯ものだろう。けど、師匠はそれは咎めず、「お金は貯めておきな」としか言わなかった。びっくりだ。その場でラリアットくらいされると思ったのに。
それを思い出し、若干遠い目になりながらお茶を頂いていると、なにやら使用人がカサンドラ様に耳打ちをした。カサンドラ様が驚いたような顔をしていたけど、何かあったんだろう。
そう思っていると、お屋敷の方から人影がこちらへ向かってくるのが見えた。その人物が近付いてきて……私はぱちぱちと瞬きをする。
「やあ、妹よ。私も混ぜてくれないか」
「あら兄様。陽の高いうちに戻るだなんて珍しい」
カサンドラ様にそう挨拶をする男性を指差し、私は叫ぶ。
「れ、レイブン! どうしてここに!?」
「……兄様、この方とお知り合いですの?」
「まあね」
「は? え? 兄様? カサンドラ様の? え??」
「そうだよ、正真正銘、カサンドラの兄のレイブン・プランジットだよ。公爵家の放蕩息子って評判の方の、ね」
驚く私とは対照的に、レイブンはいつも通りだった。
……そういえば聞いた事がある。プランジット公爵家には、優秀で真面目な長男と、貴族に似つかわしくないほど自由奔放で、冒険者としてあちこち飛び回っている次男がいるって。雲の上の話過ぎて「ふーん」としか思ってなかったけど、それがレイブンだったって事!? そ、そう言われてみればレイブンって、荒くれ者の冒険者が多い中では妙に物腰が柔らかいというか上品だなとは思ってたけど……! それがまさか公爵家のご子息だったなんて!
驚いて何も言えずにいる私を、レイブンはくすくすと面白げに見ている。
「いやあ、もう何年も付き合いがあるのに、プレシラってば気が付かないからさ。てっきりわざと知らないフリをしてるんだと思ったら……その反応、本当に知らなかったんだ?」
「し、知るはずないでしょ! だって誰も何も言わなかったし」
「そりゃ皆知ってるから、わざわざ表立って言ったりしないよ」
「教えてくれても良かったじゃない!」
「いやあ、知らないフリしてるだけだと思ってたから」
「うそでしょぉ……って、あ、これってあれ? もしかして私、不敬罪になる!?」
「ならない、ならない。そんなの言うつもりないよ、めんどくさいし」
「め、めんどくさいって」
唖然とする私と、なぜだか楽しげなレイブンとを、カサンドラ様は交互に見てぱちぱち瞬く。
「なんだかとっても仲が良いのね?」
「まあね」
「……はあ。兄様がいつもどこに行っていたのか、謎が解けたわ。父様達がそんなに心配していなかった理由も。ずっと王都に居たのだもの、それほど心配する必要が無かったのね」
「そういう事だね。理解のある家族を持てて、幸せだなぁって思ってたよ」
「まあ、調子のいい」
「本当だって」
にこにことしていたレイブンは、ふうと一息つくと、すっと表情を改めた。至って真面目なその顔は、工房ではあまり見た事のないものだった。今は服装も改めているので、そうしていると本当に貴族にしか見えない。や、本当に貴族なんだけど。
「ゼンバールの奴がプレシラの工房に来てね、何をしに来たのかと様子を伺ってたんだ。馬鹿な真似をしているとは聞いていたが……こうなってしまったけど、お前にとってはこの方が良かったのかな」
「そう、かもしれないわ」
「よく頑張ったね」
「……ええ」
「事情を知っていれば、手を貸したんだけど」
「街に入り浸ってばかりだから、噂話が耳に入らなかったのでしょう?」
「そうなんだよ、すまないね」
「いいのよ」
ガーデンパーティーでは厳しい雰囲気を纏い、顔付きも険しかったカサンドラ様だったけど、今の彼女は憑き物が落ちたような、すっきりとした表情をしている。本来のカサンドラ様の気質はこちらなのじゃないかな。数回しか会った事がないけど、そんな気がする。
ともあれただの錬金術師としてお邪魔しているだけの私が口出しできる話題では無いので、大人しく静かにお茶を頂いていた。そんな私を、カサンドラ様がちらりと見たのが分かった。どうしたのかと首を傾げる私。目が合うとカサンドラ様はにこりと笑った。レイブンもだ。なんなのかとますます分からなくなる。
「兄様が街に入り浸る理由は彼女というわけね?」
「分かる?」
「ええ。少し見れば分かりますわ」
「もう少し外堀を埋めたかったんだけどさ。こうなったらもう、腹を括るしかないと思ったんだよね」
「そう。なら、早い方が良いのでは? わたくしから見ても、彼女、ちっとも分かってないみたいですから」
「あー……分かる?」
「ええ。ちょっと見ただけで分かりました」
「ちょっと見ただけで? それは困るなぁ」
レイブンは笑顔のまま首を捻っている。こっちを見たままで、だ。なんなんだ一体。
「なんの話なのかさっぱり分からないって顔だね」
「え、だって実際、分かんないし。二人でなんの話をしているの?」
「プレシアに俺の好意を知って貰おうって話」
「は?」
「いやあ、あれだけ分かりやすくアピールしたつもりだったのに、全然通じてないんだもの。もっと直接的じゃないとダメだったんだね」
「いや、レイブン、何を言ってるの?」
「絶対に逃さないから覚悟しておいて貰える?」
言って、ぱちん、と片目を瞑るレイブン。今更ながらそのレイブンの瞳が緋色をしているのに思い至った。そしてその目に熱が籠っているのにも。
レイブンはなぜだかずっと、私に対して優しかった。依頼は最優先で受けてくれたし、今回の事だってそうだ。師匠が戻って来ていないと知ると出来る限り側に居てくれた。実は心細かったから、それに随分助けられた。それは事実だ。
けれども、それが好意からだとは、これっぽっちも思ってなかった。
「出来の悪い私を放って置けなかったとか、そういうのだったんじゃ」
「初めは、まあ、ね。あのナンナさんが弟子を取ったって聞いて、どんな子だろうって思って、そりゃ興味本位だったけど。一生懸命なプリシアを見てたらさ、いいなあって思ったんだよね。でもやっぱりほら、公爵家で娶るにはねえ。だから成果を上げて貰いたくて、ナンナさんにも協力をお願いしたんだけどさ」
……なんかさらっと凄い事言われてる気がする。頭が追い付かない。
「プリシアは知らないだろうけど、君が作ってる回復薬。あれ、確認されてる中じゃ最上級のやつだって知ってた?」
「は? そんなわけないじゃない」
私は耳を疑った。最上級の回復薬? そんなの、王城の錬金術師くらいしか作れないやつじゃない! 素材だって貴重なやつを使うし、私なんかに作れる代物じゃない。そもそもそんな物だったら作り方からして普通の回復薬と違うから私にだって分かる……って、あっ! そうか、ナンナ師匠のオリジナルレシピ!
一般的な回復薬とは違うなーとは思ったけど、師匠独自の配合になってたし、そういうものだとばかり思ってた……。まさか、あれが?
「し、師匠ってば、自分が楽するために全部の作業を私に押し付けたんじゃないの!?」
「いや、それもあると思うぞ。ナンナさんだし」
レイブンはそう言うとちょっと遠い目をした。
「とにかく、父上に紹介するにもなかなかタイミングが合わなくって……焦ったよ。そうこうしてるうちに、ナンナさんから弟子の話を耳にしたゼンバールが、プリシアに依頼をしに行ったんだから。プリシアは可愛いからさ、ゼンバールが手を出すんじゃないかってヒヤヒヤした」
「や、そんな物好き、いないから」
「ここに居るんだけど。プリシアってば失礼じゃない?」
「んぐっ」
ひえ。レイブンがおかしい。
「ほ、ほんとに私が目当てで工房に来てたの……?」
「だからそう言ってるでしょう」
でなきゃあんな頻繁に工房に顔出さないよ、と続けるレイブンは、呆れた様子だったが楽しげだ。
これは……ほ、本当にそうなの? 本気で?
「うそぉ……」
「嘘じゃないってば」
いまだに認めようとしない私と、そんなやりとりすら楽しむレイブンとを見て、カサンドラ様がくすくすと笑う。
「本当に仲が良いのね?」
「そりゃあ、入り浸ってたからね」
「……それはあまり褒められたものではないけれど。……でも、そうね」
カサンドラ様は、そう言ってカップを覗き込んだ。
「わたくし達に足りなかったのはきっと、お互いに過ごす時間だったのでしょうね」
その声はなんだか寂しげで。もしかしたら、殿下との事を悔やんでいるのかもしれない。
けど、カサンドラ様は本来魅力的な女性のはずだ。あんな殿下の事はさっさと忘れて、気持ちを切り替えて欲しいなと、部外者ながら私はそう思った。
この時の事がきっかけで、私はカサンドラと友人になった。身分が違い過ぎて恐れ多いからって言ったんだけど、そんなの関係ないから、って。実際カサンドラは話してみると気が合うし、何よりとても素敵な女の子で、私はすぐに大好きになった。カサンドラもそう言ってくれてた。嬉しかったなぁ。
まあ、それからしばらくは師匠が戻ってきた街の工房で慎ましやかにやってたんだけど。なんだかんだでレイブンと一緒に工房をやっていく事になったりとか、隣国に嫁ぐ事になった義妹のカサンドラと離れ離れになるのが辛くて世界で初めてとなる遠隔通信装置を作って大変な事になっちゃったりとか、色々あった。
だけどそれはまあ、別のお話しってことで。
7
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侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
追放された聖女ですが辺境領主と幸せになります。禁術で自滅した偽聖女と王太子の完治?無理ですね。
ささい
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