【完結 R18】ほかに相手がいるのに

~杉崎～

末期

「っ…」

彼女が…　往路と同じだ…

離陸が始まる前…機体が滑走路を走り出した際に、ぎゅっと、目を閉じたのがわかった…

「あっ…　」彼女が小さく声を上げる。

俺はもう、彼女に尋ねることもなく…勝手に、彼女の手をぎゅっと、握りしめる…
彼女の小さな手…　
よほど、飛行機が苦手なのだろう…小刻みに、震えているのがわかる…
　
「大丈夫だよ…　墜落する可能性なんて、かなり低い…落ちることなんて、ないから…」

「は…　い…　」彼女が目を開けて一瞬、俺を見て…　再び、目を閉じた…。

彼女の白い顔が、すぐ横にある…
彼女の細い身体が…すぐ、そこに…　

昨夜、あんなにもきつく抱き締め、何度もキスをした可愛い彼女の紅い唇が…
白い頬が、すぐそこにある…

キスが、したい…　　　
もう一度、彼女にキスしたい…

舌を絡めた淫らなキス…　したくて、たまらない…　　

いや、駄目だ…　　駄目に決まっている…

こんな公衆の面前で…　そんなことを…　出来るはずも、ない…
彼女も驚くだろう…　こんな時に何をするのかと、怒られたくもない…

「寝てしまって…　いいからね…　そのまま…　」
彼女の耳元で小さく囁き、ちゅっと…　彼女の髪にキスをする…。

「あっ…　」彼女が俺の行為に驚いたのだろう…
ビクンと身体を震わせたが…　俺はその後何も言わず、素知らぬ態度でそのまま眼を閉じた…。

このまま、この飛行機がいっそ、陸に到着しなければよい…

あの男が待つ場所…
あの男に、彼女を引き渡さなければならない場所に、なぜ、好んでいかねばならない…

俺も、もはや、末期だな…
まるで、学生…　
今まで経験したこともないような、中坊のような、恋に…落ちているのかもしれない…

俺は無言で、彼女の手を更に強く、握り締めた…。