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憧れのドラゴン!

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「知能が極めて高く、並外れた魔力を有するドラゴン。
人語も話す個体もいる。何百年も生きる奴も居る。
撃退、討伐ならエンペラードラゴンより厄介だ。」

「でも、これ交渉っていう依頼ですよ?」

撃退、討伐ではなく、今回のは、『エンシャントドラゴンとの交渉』だ。
戦う訳では無く、ネゴシエーション。
そうか、頭良いから会話が出来るのか。

くううう!!素晴らしい!!ドラゴンと話すとか、もうファンタジー!!
乙女ゲームじゃなく、ファンタジーの世界!!

にやける私とは対照的にセイさんの顔は曇っている。

「それが厄介っていうんだよ。
エンペラードラゴンは戦って撃退、討伐出来るが、エンシャントドラゴンはそれが困難なんだよ。
だから、交渉っていう形でその地から出て行って貰うという形でしか依頼が出ない。
頭が良い、魔力で攻撃を防ぐ、彼等が認めた人間以外には絶対に相手にしない。
ハンターなんて力自慢の奴が多いから、この手の依頼はギルドマスター自らが行ってた。」

脳筋・・・・、いや皆が皆そうじゃないよね?

「へぇ~。そうなんですね。でもいいです。私、受けますよ。」

「だろう?厄介だから、止めといた方が・・・・・、は?・・・・は!?」

美しいノリツッコミをありがとう。

私は依頼書に署名をし、受付のお嬢さんに渡す。

「これって、期限っていうのはありますか?」

「い、いいえ。でも、村の人達が困っておられているので、なるべく早い方が。」

遠慮がちに答えるお嬢さんに私はニコリと微笑む。
彼女の頬がポワッと紅色に染まる。

「じゃあ、次の休みの日に行ってきますね。」

「あ、はい。頑張って下さい!」

激励を貰い、私は俄然やる気が出る。
よし!頑張るぞー!

「お、おい!」

セイさんに呼び止められる。

「何でしょうか?」

「本当に危険なんだぞ!分かってるのか!?」

心配してくれているみたいだ。

「心配してくれてありがとうございます。
エンシャントドラゴンと話すだけなら、私でも出来そうな依頼ですし、強くなければ相手にされないのなら大丈夫ですよ。
なんたって、私は魔王と言われてますからね?」

肩を竦めてお道化る。
セイさんはまだ表情は険しい。

「じゃあ、次の休みまでちょっと修行でもしておきます。」

「貴族が修行って何するんだよ。それも前世のゲームの知識か?」

「いえ、これは漫画です。」

「ていうか、アンタこれ以上強くなってどうするつもりなんだよ。」

どうするつもりって言われてもねぇ。
強いて言うのなら、

「魔王にでもなろうかな?・・・・なんて。」

冗談だよ。冗談。

頭を掻きながら笑う。
セイさんは呆れ返った顔をする。
そして、恐ろしく長い溜息を吐く。

「アンタに何を言っても無駄なようだし、一応俺も付いて行くよ。
アンタが変な事をエンシャントドラゴンにして、怒らせたらマズいからな。」

失敬な。
変な事なんてしないよ。
大人の話をするよ、大人のね。

「修行は別にしなくても良いだろう。アンタは充分、というか強すぎるし。」

そうなの?
私の顔を見て半眼になるセイさん。

「アンタ自分で魔王って言ってるだろ?」

そうなのね。
じゃあ、まあ修行は無しで。

「次の休み、早朝に向かおう。」

「了解。」

私とセイさんは次の休みに向かう村の下調べをして、
エンシャントドラゴンに備えた。

シュタイナーとアリスには話した。
隠して行ったとなれば、後で無茶苦茶怒られそうだったからだ。

シュタイナーは自分は足手纏いになるから、と薬草をこれでもかと渡された。
アリスは付いて行きたそうだったけど、シュタイナーと同じく足手纏いになるから、とこれでもかとバナナを渡された。

二人共ありがとう。
アリスに至っては最高のボケをありがとう。




そして、当日。
遠足前の子供の様にワクワクで眠れない訳では無く、普通に爆睡してセイさんに叩き起こされた。

叩き起こされたと言っても、一応女性の部屋なんで、一応女性。
部屋に入る事はせず、扉を物凄い勢いで叩いてきた。

これがほんとの叩き起こす。

・・・・・ごめんなさい。もう言いません。許してください。


「・・・アンタ、本当に緊張感無いな。」

セイさんは言う。

「いやぁ・・・。」

緊張感あるよ、今無茶苦茶緊張してるよ。
今は村へ向かう馬車の中、内心心臓がバックンバックンしている。

無表情だから、分からないだろうが私の脳内は、エンシャントドラゴンに相手にされなかったらどうしよう。
あれだけ大見得きって、相手にされないとかもう恥死レベル。

実は繊細なんですよ、私。
あ、信じてないな?
本当だよ、メンタル結構弱いんだからね。

言葉の攻撃受けたら直ぐに殺せるからね、私は。


エンシャントドラゴンがいる村に着いた。

「よくぞおいで下さいました。」

村長さんらしき人が出迎えてくれた。
私を見て怪訝な表情になる。

まぁ、そうだろうな。
貴族の女が来たんだもんな。

「この人はハンターの中でもトップクラスの実力の女性だから安心してください。」

うをい!!セイさんなんてこと言うんだ!
ハードル上げてどうすんだよ!!

私を見てニヤリと笑う。
ワザとだ。
覚えてろよ?

村長さんはセイさんの言葉にホッとする。

「ああ、でしたら安心ですね。
本当にあのドラゴンには困っておりまして・・・。
退屈だ、退屈だと呟いて、私達に面白い事をしたら、此処を立ち退いてやると言われたもので・・・。」

面白い事をしろとか、そんな若手芸人振るような無茶ぶりをするなぁ。
ドラゴンなのに、大御所芸人に思える。

というか、それ私達にも言ってくる話だよね?

うわー!どうしよう!?
面白い事を出来る自信が無いんだけど?

「セイさん、面白い事って何をしたらいいんですかね?セイさんと漫才とかするとか?
ええ~。でもネタの打ち合わせとかする時間なんて無いしなぁ。」

「は?マ、マンザイ?ネタ?
俺にも分かる言葉で話してくれよ。」

セイさんが首を傾げる。

「いや、いいです。何でも無いです。」

「なんだよ、それ。」

不服そうな顔をするセイさん。

「ごめんなさい。前世の知識の話なのでこちらでは通用しないと思いまして。」

漫才という概念が無い世界で漫才をする、しかも素人が。
面白いネタを思いつく筈もない。
確実に爆死だ。

そもそも、人でもない対象に漫才が通用するとは到底思えない。
笑いのツボが人種でも違うのに、種族が違うのだ。

顎に手を当て考え込む。
ドラゴンのわらいのつ笑いのツボって何だろう。

「あ、あのハンターさん?」

村長さんに声を掛けられる。
不安そうだ。

考えていても仕方が無い。
当たって砕けろ!だ。

「すみません。考え事をしていただけです。
ドラゴンの居る場所まで案内してくれますか?」

村長さんは頷き、私達を先導した。



「こちらです。この建物の中にドラゴンが居ます。」

建物を指差し、小声で私達に教える。
ここに近寄るのすら恐ろしいのか、顔が青白い。
そこは納屋の様な感じで、扉の無い農作物や農作業用の道具などが雑然と置かれている。
農作物は少し痛んでいるみたいだ。

「ここに収穫した作物を貯蔵していたのですが、ドラゴンが住み着いて以来、皆恐ろしくて近寄れずそれまでに置いていた作物は皆駄目になってしまったのです。
このままでは村の人間が生活する事が難しくなってしまう。
どうかお願いです。あのドラゴンにここから出て行って貰う様に交渉して下さい。」

深々と頭を下げて、私達に懇願する。
村の中を歩いていたが、村人は皆とても不安そうな顔をして私達を見ていた。
自分達の生活が懸かっているのだ。
私が失敗したら、この人達は路頭に迷ってしまう。

なんとしてでも成功させねば。
村長さんの肩をポンと叩き、私は安心させるように穏やかに話す。

「必ず成功させます。」


建物の中へ足を踏み入れた瞬間、体が硬直する。

今までに味わった事の無い圧迫感。
凄い。魔力がけた外れに強い事がひりつく肌で感じる。

何とか一歩足を運ぶ。
底なし沼に足を取られる感覚。
進め、進め。

どんどん圧迫感は増す。
負けるな。
憧れのドラゴンだぞ!もっと気合を入れろ!私。

自分を叱咤しながら、進んだ先に彼?彼女?は悠然と居た。

あまりの美しさ、荘厳さ、存在感に私は言葉も発する事も出来ず立ち尽くした。



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