全部欲しい満足

nano ひにゃ

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最後に1

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 泉水の気持ちが高ぶるままに時間はあっという間に流れもう最後の時は近かった。
 それが本当に最後になるかどうかは分からないが、泉水は最近特に國実と過ごす時は未来へと繋がっていないんじゃないかと思うようになっていた。
 國実は知り合った瞬間からスタンスが変わらない。だからこの三か月近くで関係が深まったとはとても言えない。
 恋愛関係ではなく、友人。
 そう言うのが一番的確な表現だと思えた。
 
 そんなことを考えながら泉水はプレイ後オモチャの手入れをしていた。
 泉水と交代に今は國実が風呂に行っている。
 國実とのSMごっことでも言う遊びを、泉水は本当に楽しんでいる。プレイの後に何か作業ができる余裕かあるなんて過去のこと考えればだいぶぬるいはずなのに、焦がれるように痛みを欲する衝動はまったく起きない。
 ただ満足しているかといわれればそれは少し違った。
 単純に國実が欲しいのだ。
 体にはたくさん触れてもらえる、一度だけだが口でもしてもらった。
 それでもやはり國実に抱かれたい気持ちが満たされるわけではない。これも焦らしの一種かと思わないではないが、最初に最後の関門として示されているのだから、焦らすとはやはり違う。
 國実からは求められている気がしないのも不安の一つでもある。
 泉水を満たすことは楽しそうにするし、ほのめかすようなことはいくらでも言うが、実際國実が泉水の裸体や恍惚とした表情を見て物欲しそうににしたことはない。
 一体どう思っているのか。

「はぁ……」
「なんだやっぱり物足りないか?」

 バイブを手にして大きなため息を吐いたのを風呂上がりの國実に見られてはそんな勘違いもされるだろう。
 泉水は自分の手元と國実を見てそのことに気付き、慌てて首を横に振った。

「違います! ……ちょっと考え事してて」
「ふーん」

 興味があるのないのか、ベッドルームを出ていった國実の表情を泉水は知ることができなかった。
 僅かばかり落ち込んだ泉水はさっさとオモチャたちをしまってリビングに行くと、カウンターキッチンの中で水を飲む國実を見つけた。
 髪もまだしっとりと濡れたままの國実は色っぽくて、さっき満たされたはずの体がまた疼きそうになった。
 やっぱり欲しい。
 そう言ってしまいそうになるのを息を飲むことで堪えて、それでも目線を國実から外すことできずにいた。

「来週のことだけど」

 國実が唐突に言った。泉水の顔つきが言わせたのかもしれないが、カウンター越しではあるが泉水をまっすぐに見ていた。

「来週が三か月最後の日でいいよな?」
「……うん」
「ホテル取るから、そこで待ち合わせにしよう」

 泉水は一瞬でいろいろなことを考えた。考えるだけで、何を言えばいいのか分かりはしなかったが、ただ頷いた。
 國実はリビングで立ち尽くしている泉水の頭をやさしく撫でた。
 
「言いたいことはそのあと聞くから、それまで何も考えず来週な」

 魔法か、催眠術か。何も考えずにいるのは逃げな気がしたが、國実にそう言われるとそれが許されたように、泉水はそこから考えることをやめた。

 水曜日、考え事はしなくなったが、その分手持無沙汰になっていた泉水は仕事帰り、暇つぶしに買い物に出かけていた。そういうときほど仕事も忙しくない。
 今後のことは考えないが、國実のことを考えなくなったわけではないので、三か月の行動のすべては國実一色だったので部屋にいるとどうしても落ち着かなくなってくるのだ。

 フラフラと当てもなく店に入っては服をみたりして、それでもやっぱり國実に似合いそうな物を探していて、今後のことなんか考えなくていいのだからと、いっそとことんそういう物ばかり探していた。
 ついいくつか買ってしまったが、満ち足りた気分で店を出た。

「二ノ宮泉水さんですね」

 振り返ると男が一人立っていた。
 知らない男のはずだが見覚えがあるような気もしてじっと顔みていると、無表情だった顔が嫌味に笑った。
 その顔にぴんときてしまった。

「國実さんの……」
「ええ、似てますか」

 一瞬だけだが男はひどく嬉しそうに笑った。
 年のころは國実と同年代か少し上か、國実が兄だと言っていたうちの誰かだろうと予測できた。
 國実とはそれほど似ておらず、どこか中性的なそれなのにはっきりと男だと分かる、不思議な言い方だが歌劇団の男役スターのような美男だと泉水は思った。きっちりと体型にあったスーツを着こなしており、風格もあり雰囲気も落ち着いたものを感じるが機嫌はあまりよさそうでない。
 一瞬の微笑みはそれが幻だったと言わんばかりに無表情に戻り、話をしたいと近くのコーヒーショップに導かれてしまった。
 付いて行かないわけはない。事前に國実に聞いていたのもあるが、その家族に興味もあった。

「あの、お話というのは……」
「単刀直入に、別れて頂きたい」

 直球すぎる物言いにどう言い返せばよいか分からなかった泉水は黙るしかなかった。相手もそれ以上何も言わないので、二人の着いたテーブルには沈黙が流れる。
 泉水は俯いて握った自分の手を見ていたが、頭は止まったまま何も考えられない。
 國実に決めるのは最後してからだと言われたから、洗脳されているわけではないが、答えを持っているのは國実しかいないと思っている。
 正式に付き合えるようになるかどうかは、全部國実の判断で―――。
 と、そこまで思ったときに泉水は言い返す言葉が分かった。

「別れたくありません」

 國実は泉水にも判断しろと言っていたのだ。それなのに國実がどう言うか分からなければ答えられないなんてすべてをゆだねるようなことはしては駄目だ。
 自立している相手が良いと言っていたじゃないか、例えこの後國実が付き合い続けられないとするとしても泉水は自分自身の意見をちゃんと持っていなくてはならない。ちゃんと話し合って國実の意見も自分の意見も言い合って納得しあってそれで駄目ならば離れればいい。
 例え國実の兄だとしてもそこは二人の問題なのだから泉水はきっぱりと自分の意見を通すのが正しい。それが國実に示せる誠実さだと思えた。

 その強い意志を持って國実兄の顔を見ると、睨み付けるようにじっと見返される。
 逸らしたら負けだと野生動物のようなことを考えながらしばらくそのままでいると、不意にテーブルにコーヒーのカップが置かれた。
 誰だとそれを運ぶ人を見ると、なんとも綺麗な、美人と言って過言でない女性が立っていた。こちらもスーツを着て髪も丁寧にまとめ上げられていて、少しだけ胸のボタンが窮屈そうな魅力溢れる美女が泉水に優しく微笑みかける。
 見据えるようにこちらに見ている男とは対照的だった。

「私の秘書だ」
「西浦です」

 正しい姿勢で手本のようにお辞儀をすると、美女は去っていった。
 これも國実が言っていたハニートラップでも仕掛けられるのかと思いはしたが、全く関係なかったようだ。
 そう言えばコーヒー頼んでなかったかと今更思い当り、思いの外自分が緊張しているのだと気が付いた。

「コーヒー代――」
「必要ない」

 最後まで言わずもがなで否定されれば、素直になるしかなかった。

「ありがとうございます、いただきます」

 一口飲むと人心地つくようだった。

「毒入りかもしれないぞ」
「え!?」

 冗談を言っている雰囲気ではない。そう言った本人も無表情でコーヒーを口に含んでいるが、どういうつもりで言ったのか全く分からない。

「あの、毒って・・・・・・」
「可能性の問題だ、自己紹介さえまともにしない人間に出されたものを簡単に口に入れるものではない」

 不用心さを注意されているのか、脅されているのか、泉水は心底戸惑った。

「隆也は私のことをどういっていた?」

 脈絡のない兄の言葉に、隆也が國実の名前だったと気づくのに僅か、どうというほどまだ聞いていないことでさらに返答に間が空いた。

「……お兄さんが三人いるとしか伺っていないもので」

 やっと出した答えに正面の男は眉間だけを寄せて不快感を表した。

「私は兄ではない」
「すみません! 弟さんでしたか」

 見た目で判断したのがまずかったと慌てて訂正したが、それでさらに気分を害したようで突き刺さるような冷たい声が泉水に届いた。

「違う、私と隆也は双子だ。どちらが上でも下でもない、私たちは兄弟の中でも特別な関係だ」

 泉水の頭は整理しきれず呆然とするしかなかった。

「では早く別れてくれ、失礼する」

 さっさと店を出ていった背中を見えなくなっても見続けた。
  

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