12 / 12
第11話(後編2)過去からの解放と新たな役割
しおりを挟む
水没した実家からの帰還は、予想以上に体力を消耗させた。
機械スーツ(アシストギア)の補助があったとはいえ、崩れかけた家屋をよじ登り、暗い二階の部屋を探索するのは、精神的にも肉体的にも負担が大きかったのだ。
ボートを漕ぎ、坂道を登りきって病院に戻ったときには、もう夕闇が迫っていた。
ベッドに倒れ込むように横になると、疲労感が全身を支配した。
しかし、それ以上に僕の心を占めていたのは、”探していたアルバムも、家族が残していったはずの記録端末も、何一つ見つからなかったという事実”だった。
どこかで覚悟していたはずなのに、胸の奥にぽっかりと穴があいたような気持ちが残った。
両親がきっと、新しい土地に持っていったのだろう。
でも、その寂しさの奥には、不思議と心が軽くなるような感覚があった。
「もうここには、必要なものは残っていないんだ」
そう理解した瞬間、これまでの僕を縛り付けていた、過去への執着が薄らいでいくのを感じた。
”僕の帰る場所は、もうここにはない”その現実を静かに受け入れることで、僕は初めて、現在と未来へと目を向けることができるような気がした。
病室の窓からは、遠くの水没した街並みが、僅かに残る夕日の光を反射してきらめいている。それはまるで、僕がこれから歩むべき、まだ見ぬ世界を暗示しているようだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日、僕はリハビリ室で桐野さんと黒川先生に呼び止められた。桐野さんはいつもの穏やかな笑顔で、僕の顔色を心配そうに見ていた。
「朔也くん、無理はなかった?昨日の外出の後から少し疲れてるみたいだけど」
「大丈夫です。……ただ、収穫はありませんでした」
僕は正直に答えた。探していたものが見つからなかったことを告げると、桐野さんは少しだけ寂しそうな顔をした。
「そっか……。でも、気持ちの整理はできたかな?」
その言葉に、僕は小さく頷いた。僕の中で何かが終わり、何かが始まったような、そんな確かな感覚があった。
黒川先生は事務的な口調で、僕の体調を軽く尋ねた後、本題に入った。
「綾瀬くん、君の回復は目覚ましいものがある。機械スーツ(アシストギア)の操作も習熟してきた。そこで、君に頼みたいことがある」
先生はカルテのページをめくりながら、淡々とした口調で説明を始めた。
「この病院に残された患者たちは、自分で動けない者がほとんどだ。桐野さん一人では、どうしても手が足りない場面が多い」
桐野さんは、頷きながら付け加える。
「食料や薬も、限りがあるの。病院の備蓄は数年分あるとは言われているけど、このままじゃ永遠には生きていけない」
それは僕も薄々感じていたことだった。都市移住のバスが去ってから、病院は本当の意味で静かになった。
残された患者の多くは、点滴や吸引器が命綱で、ベッドから動くことすらできない人もいると聞いていた。
「そこで、君の力を借りたい。患者の見回り、簡単な備品の運搬、清掃の補助など、君にできることはたくさんあるはずだ」
先生の言葉に、僕の胸に熱いものがこみ上げてきた。それは、以前「誰かの力になりたい」と、僕自身の「やりたいことリスト」にそっと書き加えたばかりの言葉だった。
「僕に、できることがあるなら……ぜひ、やらせてください!」
僕は迷わず答えた。
「自分にできることなら、何でも」
僕がそう言うと、桐野さんは優しい表情で僕の手を握った。
「ありがとう、朔也くん。助かるわ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日から、僕の新しい役割が始まった。
朝食を済ませると、僕は機械スーツを装着し、病棟の見回りを始めた。廊下をゆっくりと歩き、各病室の患者たちの様子を確認する。
「田島さん、おはようございます。今日の気分はどうですか?」
僕が声をかけると、田島さんはわずかに目を開き、小さく頷いた。他の患者たちも、喋れる人は少ないけれど、僕の存在に気づくと、わずかにまぶたを動かしたり、指先を震わせたりして反応を示した。それはまるで、「誰かが見守ってくれる」安心感を表しているかのようだった。
桐野さんと一緒に、点滴の残量を確認し、ベッド周りの簡単な清掃も行った。医療行為に触れない範囲で、患者さんの枕を直したり、窓を開けて新鮮な空気を入れたりもした。
最初はぎこちなかった動きも、日を追うごとにスムーズになっていく。
黒川先生は、僕の仕事ぶりをじっと見守っている。そして、僕が患者さんの点滴の残量を確認し終えると、事務的な口調で指示を出す。
「綾瀬くん、備蓄倉庫の整理も手伝ってくれるか。どの物資がどれくらい残っているか、正確に把握しておきたい」
僕は頷き、先生と共に備蓄倉庫へ向かった。山積みにされた段ボールや物資の山を、機械スーツの力を借りて整理していく。薬の種類や使用期限を確認し、食料の在庫をリストアップしていく作業は、病院の“命”を支える大切な仕事だと感じた。
リハビリで培った体力と、機械スーツの操作能力が、こんな形で役に立つとは想像もしていなかった。
「生きる」と決意し、「やりたいことリスト」を書き出したあの日の僕は、ただ個人的な願いを並べていたに過ぎなかった。
しかし、今は違う。病院という小さな共同体の中で、僕は「選定外」として見捨てられた自分ではなく、この場所に必要な存在として、確かな居場所を見出していた。
夜、自分の病室に戻った僕は、ベッドサイドのノートを手に取った。
「誰にも言えないリスト」と記された、僕だけの秘密の場所。
そこに、今日一日感じたことを、そっと書き加える。
”誰かの力になりたい”
この言葉は、もはや漠然とした願いではなかった。それは、今日僕が実際に行った行動であり、明日からも続けていくべき、僕にとっての「生きる意味」そのものだった。
窓の外では、今日も波の音が響いている。
終末に向かう世界の中で、それでも僕は、この小さな病院で、確かな希望を見つけていた。僕の「やりたいことリスト」は、個人的な欲求の羅列から、この共同体の生存に貢献するための、「希望の羅針盤」へと変化し始めていたのだ。
機械スーツ(アシストギア)の補助があったとはいえ、崩れかけた家屋をよじ登り、暗い二階の部屋を探索するのは、精神的にも肉体的にも負担が大きかったのだ。
ボートを漕ぎ、坂道を登りきって病院に戻ったときには、もう夕闇が迫っていた。
ベッドに倒れ込むように横になると、疲労感が全身を支配した。
しかし、それ以上に僕の心を占めていたのは、”探していたアルバムも、家族が残していったはずの記録端末も、何一つ見つからなかったという事実”だった。
どこかで覚悟していたはずなのに、胸の奥にぽっかりと穴があいたような気持ちが残った。
両親がきっと、新しい土地に持っていったのだろう。
でも、その寂しさの奥には、不思議と心が軽くなるような感覚があった。
「もうここには、必要なものは残っていないんだ」
そう理解した瞬間、これまでの僕を縛り付けていた、過去への執着が薄らいでいくのを感じた。
”僕の帰る場所は、もうここにはない”その現実を静かに受け入れることで、僕は初めて、現在と未来へと目を向けることができるような気がした。
病室の窓からは、遠くの水没した街並みが、僅かに残る夕日の光を反射してきらめいている。それはまるで、僕がこれから歩むべき、まだ見ぬ世界を暗示しているようだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日、僕はリハビリ室で桐野さんと黒川先生に呼び止められた。桐野さんはいつもの穏やかな笑顔で、僕の顔色を心配そうに見ていた。
「朔也くん、無理はなかった?昨日の外出の後から少し疲れてるみたいだけど」
「大丈夫です。……ただ、収穫はありませんでした」
僕は正直に答えた。探していたものが見つからなかったことを告げると、桐野さんは少しだけ寂しそうな顔をした。
「そっか……。でも、気持ちの整理はできたかな?」
その言葉に、僕は小さく頷いた。僕の中で何かが終わり、何かが始まったような、そんな確かな感覚があった。
黒川先生は事務的な口調で、僕の体調を軽く尋ねた後、本題に入った。
「綾瀬くん、君の回復は目覚ましいものがある。機械スーツ(アシストギア)の操作も習熟してきた。そこで、君に頼みたいことがある」
先生はカルテのページをめくりながら、淡々とした口調で説明を始めた。
「この病院に残された患者たちは、自分で動けない者がほとんどだ。桐野さん一人では、どうしても手が足りない場面が多い」
桐野さんは、頷きながら付け加える。
「食料や薬も、限りがあるの。病院の備蓄は数年分あるとは言われているけど、このままじゃ永遠には生きていけない」
それは僕も薄々感じていたことだった。都市移住のバスが去ってから、病院は本当の意味で静かになった。
残された患者の多くは、点滴や吸引器が命綱で、ベッドから動くことすらできない人もいると聞いていた。
「そこで、君の力を借りたい。患者の見回り、簡単な備品の運搬、清掃の補助など、君にできることはたくさんあるはずだ」
先生の言葉に、僕の胸に熱いものがこみ上げてきた。それは、以前「誰かの力になりたい」と、僕自身の「やりたいことリスト」にそっと書き加えたばかりの言葉だった。
「僕に、できることがあるなら……ぜひ、やらせてください!」
僕は迷わず答えた。
「自分にできることなら、何でも」
僕がそう言うと、桐野さんは優しい表情で僕の手を握った。
「ありがとう、朔也くん。助かるわ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日から、僕の新しい役割が始まった。
朝食を済ませると、僕は機械スーツを装着し、病棟の見回りを始めた。廊下をゆっくりと歩き、各病室の患者たちの様子を確認する。
「田島さん、おはようございます。今日の気分はどうですか?」
僕が声をかけると、田島さんはわずかに目を開き、小さく頷いた。他の患者たちも、喋れる人は少ないけれど、僕の存在に気づくと、わずかにまぶたを動かしたり、指先を震わせたりして反応を示した。それはまるで、「誰かが見守ってくれる」安心感を表しているかのようだった。
桐野さんと一緒に、点滴の残量を確認し、ベッド周りの簡単な清掃も行った。医療行為に触れない範囲で、患者さんの枕を直したり、窓を開けて新鮮な空気を入れたりもした。
最初はぎこちなかった動きも、日を追うごとにスムーズになっていく。
黒川先生は、僕の仕事ぶりをじっと見守っている。そして、僕が患者さんの点滴の残量を確認し終えると、事務的な口調で指示を出す。
「綾瀬くん、備蓄倉庫の整理も手伝ってくれるか。どの物資がどれくらい残っているか、正確に把握しておきたい」
僕は頷き、先生と共に備蓄倉庫へ向かった。山積みにされた段ボールや物資の山を、機械スーツの力を借りて整理していく。薬の種類や使用期限を確認し、食料の在庫をリストアップしていく作業は、病院の“命”を支える大切な仕事だと感じた。
リハビリで培った体力と、機械スーツの操作能力が、こんな形で役に立つとは想像もしていなかった。
「生きる」と決意し、「やりたいことリスト」を書き出したあの日の僕は、ただ個人的な願いを並べていたに過ぎなかった。
しかし、今は違う。病院という小さな共同体の中で、僕は「選定外」として見捨てられた自分ではなく、この場所に必要な存在として、確かな居場所を見出していた。
夜、自分の病室に戻った僕は、ベッドサイドのノートを手に取った。
「誰にも言えないリスト」と記された、僕だけの秘密の場所。
そこに、今日一日感じたことを、そっと書き加える。
”誰かの力になりたい”
この言葉は、もはや漠然とした願いではなかった。それは、今日僕が実際に行った行動であり、明日からも続けていくべき、僕にとっての「生きる意味」そのものだった。
窓の外では、今日も波の音が響いている。
終末に向かう世界の中で、それでも僕は、この小さな病院で、確かな希望を見つけていた。僕の「やりたいことリスト」は、個人的な欲求の羅列から、この共同体の生存に貢献するための、「希望の羅針盤」へと変化し始めていたのだ。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる