愛玩パラノイア 〜今世、飼うか飼われるか〜

BAD-FACE

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第1話 月下の邂逅

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夜風が死臭を運んでくる。

魔族狩りを稼業とする、女魔術師ーー『レヴィ』は、黒い戦闘服の袖で額の汗を拭った。足元には下級魔族の屍が折り重なり、月光を浴びて不気味な影を作っている。彼女の周囲に漂う残留魔力が、泡のように青白く明滅している。

「嫌な仕事だ……」

独り言が夜気に溶ける。この死骸の後処理を考えると……少々気が重い。素材として剥ぎ取れる部位を見定めながら、レヴィはバックパックの仕事道具を探った。

墓場に隣接したこの荒れ地は、低級魔族が湧きやすい。だからこそ狩り場として選んだのだが、今夜は妙に数が多かった。なにやら、集会でも開いているのかと思うほどに……次から次へと。引き寄せられるように。

動きやすく結い上げていた黒髪も僅かにほつれ、冷徹なレヴィの顔にも、さすがに疲労の色が滲んだ。

狩りも一段落し、屍の山を見つめ。レヴィはふと、こんな夜更けに何をやっているのやら、と我に返った。

しかしやめられない。まるで……泳ぎ続けなければ、息ができない魚のよう。頭が勝手に……新たな攻撃術の構成を組み上げてきて、それを試さずにはいられなくなる。だがこの有り余る力を、人に向けるわけにはいかない。

ゆえにレヴィは一人、ここへ来ていた。魔族狩りは、治安維持のため……政府から奨励されている行為。自分の呆れた衝動を、世のため人のため、大義名分振るうことができるのだ。有難いことかもしれない。綺麗な作業ではないが、レヴィが人であるために。必要なルーティン。

それでも、少し前までは…日が沈む頃には狩りを切り上げ、帰路についていた。『彼』が家で待っていたからだ。

雄のカナリア。

黄金色の月を小さく丸め、掌に落としたような。ひよこをそのまま大きくしたような。そんな愛らしい生き物。レヴィのペット。たった一人の家族。

帰れば、おかえり、のかわりに喧しく歌を歌い。買ってやった輸入品の高い餌を食い散らかし。撫でてやらないと……酷く不機嫌になる。レヴィが居ないと生きていけない、か弱い存在。

だが……一年前。彼は止まり木から落ちていた。何度拾い上げ、戻してやっても無駄。

老衰だった。

レヴィは一つの義務から解放された。
手のかかる同居人の亡骸を、庭の向日葵の下へ埋め。あれから家は随分静かになった。どれだけ帰りが遅くなろうと、困ってくれる存在などもういない。

家族を失うという感覚は、なるほど……こうも気楽なものか、と。湧き上がった寂しさを皮肉と合成し、無害な存在として手懐けるように。レヴィは感傷に溺れぬよう、己の手綱を握り直した。

今日は月が綺麗だ。おかげで手元がよく見える。

レヴィは戦利品を回収する。価値の低い部位は捨てる。嵩張らず、処理コストに見合うパーツだけを、淡々と皮袋の中へ放っていく。新たな低級魔族が、仲間の死骸を食べて強くならぬように。用が済んだら、コイツらも早く燃やしてしまわなければ。

だが作業中、ふと。背後から人の気配を感じ。レヴィは反射的に振り返った。

月明かりの中、一人の男が立っていた。

撫で付けた金髪が月光を弾き、整った顔立ちが浮かび上がる。白いシャツに濃紺のベスト、品の良い外套。まるで夜会から抜け出してきたような、場違いな程に小綺麗な身なりだった。

「――君、もしかして魔術師?」

男は、よく通る穏やかな声で話しかけてくる。金色の瞳が、興味深そうにレヴィを見つめていた。

「いやぁ、随分強いんだね」

友好的な口調。しかしレヴィの黒い瞳に警戒の色が宿る。散乱した魔物の死骸の山。この場の凄惨さに全く動じない態度、そして――

(魔力が、漏れている)

僅かだが、確かに感じる。魔族特有の、人とは違う力の波長。魔術師学会で叩き込まれた知識が、レヴィの神経を研ぎ澄まさせた。

男は人間にしか見えないが――…それはつまり、人間に擬態した魔族である可能性が高いということ。
そんな器用な芸当が出来る存在が、いるとするなら。おそらく。知能も魔力も、先程屠ってきた低級達とは――格が違う。

「何の用だ?」

レヴィは冷たく問いかける。相手との距離を測りながら、さりげなく重心を移動させた。

「もし護衛の依頼なら……生憎だが、今は立て込んでいる。他を当たってくれ」

男は肩を竦める。その仕草さえも、どこか芝居がかって見えた。

「お邪魔だった?でもさ、君……さっき『嫌な仕事だ』って言ってたように聞こえたんだけどな」

レヴィの眉がぴくりと動く。こちらが男の気配を捉えたのは、その独り言を発してから、随分と後のことだ……。やはり只者ではない。

「転職したいなら、僕、そういう斡旋も行ってるんだ。こういうギルドの仕事してて……荒事以外にも、魔術師さん向けの仕事ってたくさんあるんだよ」

男は懐から証明書らしきものを取り出した。しかし、レヴィの視線は鋭いままだ。この辺りのギルドの職員とは既に顔馴染みのはずだが、見覚えはない。こんな派手な奴が出入りしていたら、嫌でも忘れられないだろうに。

「良かったら少しお話しない?ほら、一人で飲むより……賑やかなほうが楽しいし」

男は近くの酒場の方角を指差す。遠くに、確かに店の灯りが見える。

「仕事明けに一杯どうかな。どうせギルドの経費だし、僕が奢るよ?」

誘い文句は巧みだった。しかし、レヴィの中で警戒心は増すばかりだ。

(胡散臭い)

無言のまま、レヴィは指先に魔力を集中させる。空気が震え、透明な壁が二人の間に展開された。魔族の動きを鈍らせる結界術。基本的だが、相手の正体を探るには効果的だ。

案の定、男の表情が一瞬だけ変わった。すぐに取り繕ったが、確かに嫌悪の色が過ぎったのをレヴィは見逃さない。

「この辺りは低級魔族が湧きやすい」

レヴィは淡々と告げる。

「気を悪くしないでくれ。私はまだ素材の回収があるし、ここを動けない。……立ち話なら、結界の中で聞こう」

男から漏れ出る魔力が、じわりと強まった。まるで、こちらの警戒心に呼応するかのように。月光の下で、二人の間に見えない緊張が張り詰める。

「ああ……それもそうだね、ありがとう」

男は距離を保ちつつ、苦笑を浮かべながら言った。結界の中に踏み入ってくる様子は……ない。

「僕はベヘモット。隣町のギルドの職員なんだ。一応、このあたりも視察で回ってるの。最近、強い魔術師がいるって噂を聞いたからさ……今後お世話になるかもしれないし。戦い方を見ておきたくてね」

ベヘモットと名乗った男は、平然と語る。山と積まれた魔族の死骸を眺めて…苦笑いした。むしろ、この状況を楽しんでいるかのようにすら見える。

「多分、君のことだよね?」

「世辞はいい」

レヴィは素っ気なく返す。タイトな戦闘服が、僅かに魔力の流れで波打った。

「私は忙しい。仕事の斡旋も……既にギルドの顔馴染みに頼んでいる。特に困ってない」

ベヘモットは首を傾げる。金髪が月光にきらめいた。薄暗い荒れ地で、スポットライトでも浴びているかのように眩しい。夜闇に溶け込む黒ずくめのレヴィとは、対照的だ。

「じゃあ、せめて君の名前……教えて?」

その瞬間、レヴィの中で最後の警報が鳴った。名前を聞き出す。呪術を得意とする魔族の、最も古典的な手口。真名を知れば、術の威力は格段に上がる。

「ここで会えたのも何かの縁だよ。多分……使ってる術からして、学会の術師さんだよね?」

ベヘモットは気さくな態度を崩さず続ける。

「今日の働きぶり、僕からも上に報告しておくから。ちょうどこのあたり、街の境目で扱いが難しくてさ。困ってたんだー。君もギルドや学会で名を揚げたいなら、悪くない話だと思うけど?」

レヴィの指先に、攻撃魔法の術式が展開される。青白い光が、複雑な紋様を描いて宙に浮かんだ。

ベヘモットは怪訝な表情を作る。

「えーと……。もしかして、近くにまだモンスター残ってる……?」

今更、キョロキョロと周囲を気にする素振りを見せる。白々しい。レヴィは内心で舌打ちした。

「僕も手伝おうか?初級の防御術なら覚えがあるし……」

痺れを切らしたレヴィは、ベヘモットの足元に向けて術を放った。光の矢が地面を抉り、土煙が舞い上がる。目眩ましのつもりだったが、ベヘモットは優雅に飛び退いた。

「ええ?!待ってよ!僕、君の敵じゃないんだけど……」

困ったような声音。しかし、その動きは魔族狩りを生業とするレヴィから見ても、隙がなかった。

「……それだけ動けるなら、貴様が狩りをしたほうが早いんじゃないのか?」

レヴィの追及に、ベヘモットは苦笑する。

「誂わないでよ、僕戦いはちょっと……」

わざとらしく言葉を濁す様子が、ますます怪しい。魔族でなかったとしても、この状況で堂々と近づいてくる人間など、ろくな者ではない。女性冒険者を狙う野盗も少なくない。一介のギルド職員にしては、妙に羽振りの良さそうな格好が……逆に恐ろしくもある。

レヴィは詠唱に移り、次の術式を展開し始める。より強力な、殲滅系の術を。

その時、ベヘモットの表情が変わった。

穏やかだった金色の瞳に、冷たい光が宿る。整った顔に浮かんでいた愛想の良い笑みが消え、代わりにレヴィへ向けられたのは――

「……お話したいって言ってるのにな」

その声が鼓膜に届いた瞬間。レヴィの意識は唐突に途切れた。術式は霧散し、身構えていたはずの体も、あっけなく膝から崩れ落ちた。

最後に見たのは、月光を背にしたベヘモットの、どこか寂しげな微笑みだった。
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