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おっさんの山(導入編)
【第三話】山道具屋と、柿カラーの人
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疲れ果てたツアーの翌週。
配送トラックで、国道十九号線を松本方面へ向かっていた。頭の中では先週のツアーのことを考え、なんやモヤモヤしている。
自分一人で登った時は「ええな……」なんて感じてたけど、実際の本番では「もう山はええかな……」なんて感じてしもた。でも、女性陣はかなり楽しんでたな。自分の感覚が変なだけで、一般的には「ああいう登山」が普通なんやろか?
──あかん、今は運転に集中や。
松本市、塩尻市、諏訪市と得意先を順に回り、茅野市へ。今日最後の配送先は茅野市の外れにある小さな山用品店「山道具の朝倉」。ツアーで使った装備一式をレンタルした店でもある。
前に来たときに、そこの女性スタッフ方と、ちょっとした雑談になった。
「初めての方が、ウチでレンタル装備を借りていかれたりもするんですよ。少しくたびれてますが、手入れはちゃんとしてますので」
なんて話を聞いてた。へえ、こんなのって、レンタルもあるんか。ザックに雨具にライトに靴に……靴はちょっと抵抗があるな。
「大丈夫です。ちゃんと消毒もしてますから、臭いも──」
スタッフさんは置いてあった靴を順番に匂っていく。
「ははは……」
いくつかの靴が、そっと脇へ退けられたのは、見なかったことにしとこか。自分の靴も、とても他人には履かせられんしな。
レンタル装備──そのときは他人事やったけど、まさか自分がそれを使うことになるとは思ってなかった。
──で、今回はその返却も兼ねて、荷下ろしのついでに声をかけた。
「お疲れ様です。一緒にレンタル品の返却も大丈夫ですか?」
「もちろんです。お疲れさまでした」
そう言うて受け取ってくれたのが、ここの店の女性スタッフ、朝倉凛さんという方やった。
店の制服なのか、いつもの鮮やかな橙色のシャツに、スラッとした緑系のパンツ、いかにも山慣れしているような健康的な日焼けした肌。橙、緑、茶……日本の秋の原風景、柿カラーやな。ええ色の組み合わせや。若いのに、山のベテランの匂い──セクハラちゃうよ──がプンプン漂ってる。やのに、変にグイグイ来ない感じが心地よかった。
「先週のツアー……正直、ちょっと疲れました」
「ですよね~!あれ、にぎやかすぎるんですよ。ツアーっていうか、遠足ですよね、あれ」
その言葉に、思わず笑ってしもた。自分の感覚だけが変なわけやないんや。
「静かに登りたい人、ワイワイ登りたい人、ゆっくり登りたい人、早く登りたい人……いろいろな方が一緒になって登るんですから、合う合わないはありますよ」
なんや、それだけで少し気が楽になった気がした。
「そんな方には、ぜひ、ウチの初心者向け少人数ツアーをオススメします!」
爽やかな笑顔で、ツアーのチラシを渡された。……ここで、グイグイ来たな。なんとも商魂たくましい。
「ちなみに柿木さん──登山、初めてとかでしたか?」
「はい、実は前もって、ひとりで近場の里山に登ってみたんですけど……途中で力尽きて、引き返しまして」
「そのときは自前の装備で?──もしかしてジャージとか、スニーカーとか?」
「いやー、まさに今の格好です」
スタッフさんが自分の格好を上から下まで眺める。そんなに見つめんといて。さすがに照れくさい。汗臭いし。
「綿の作業服に、革の作業靴……キツかったでしょう?よく頑張りましたね」
やっぱりマズかったか。
それから少しのあいだ、山の話になった。
「私も、小さい頃はよく父に連れられて山に行ってたんです。気がついたら、自分でも登るようになってて」
目が生き生きしとる。ほんまに山が好きなんやな、この人。自分は今、どんな目をしとるんやろ?魚屋に並んでいる魚の目やな。……あの里山のときは、まだ生け簀におったか。
「今日はこれで、もう戻られるんですか?」
「ええ、また明日も早朝から名古屋へ向かいますで」
「お疲れさまです。帰り、気をつけてくださいね」
その言葉が、なんや妙にあたたかく感じた。自分でも不思議やけど、また山に行ってみようかなって思ってしもた。
山に登る理由が、ほんの少しだけ変わったんやと思う。──まあ、自分でもよう分からんけど。
配送トラックで、国道十九号線を松本方面へ向かっていた。頭の中では先週のツアーのことを考え、なんやモヤモヤしている。
自分一人で登った時は「ええな……」なんて感じてたけど、実際の本番では「もう山はええかな……」なんて感じてしもた。でも、女性陣はかなり楽しんでたな。自分の感覚が変なだけで、一般的には「ああいう登山」が普通なんやろか?
──あかん、今は運転に集中や。
松本市、塩尻市、諏訪市と得意先を順に回り、茅野市へ。今日最後の配送先は茅野市の外れにある小さな山用品店「山道具の朝倉」。ツアーで使った装備一式をレンタルした店でもある。
前に来たときに、そこの女性スタッフ方と、ちょっとした雑談になった。
「初めての方が、ウチでレンタル装備を借りていかれたりもするんですよ。少しくたびれてますが、手入れはちゃんとしてますので」
なんて話を聞いてた。へえ、こんなのって、レンタルもあるんか。ザックに雨具にライトに靴に……靴はちょっと抵抗があるな。
「大丈夫です。ちゃんと消毒もしてますから、臭いも──」
スタッフさんは置いてあった靴を順番に匂っていく。
「ははは……」
いくつかの靴が、そっと脇へ退けられたのは、見なかったことにしとこか。自分の靴も、とても他人には履かせられんしな。
レンタル装備──そのときは他人事やったけど、まさか自分がそれを使うことになるとは思ってなかった。
──で、今回はその返却も兼ねて、荷下ろしのついでに声をかけた。
「お疲れ様です。一緒にレンタル品の返却も大丈夫ですか?」
「もちろんです。お疲れさまでした」
そう言うて受け取ってくれたのが、ここの店の女性スタッフ、朝倉凛さんという方やった。
店の制服なのか、いつもの鮮やかな橙色のシャツに、スラッとした緑系のパンツ、いかにも山慣れしているような健康的な日焼けした肌。橙、緑、茶……日本の秋の原風景、柿カラーやな。ええ色の組み合わせや。若いのに、山のベテランの匂い──セクハラちゃうよ──がプンプン漂ってる。やのに、変にグイグイ来ない感じが心地よかった。
「先週のツアー……正直、ちょっと疲れました」
「ですよね~!あれ、にぎやかすぎるんですよ。ツアーっていうか、遠足ですよね、あれ」
その言葉に、思わず笑ってしもた。自分の感覚だけが変なわけやないんや。
「静かに登りたい人、ワイワイ登りたい人、ゆっくり登りたい人、早く登りたい人……いろいろな方が一緒になって登るんですから、合う合わないはありますよ」
なんや、それだけで少し気が楽になった気がした。
「そんな方には、ぜひ、ウチの初心者向け少人数ツアーをオススメします!」
爽やかな笑顔で、ツアーのチラシを渡された。……ここで、グイグイ来たな。なんとも商魂たくましい。
「ちなみに柿木さん──登山、初めてとかでしたか?」
「はい、実は前もって、ひとりで近場の里山に登ってみたんですけど……途中で力尽きて、引き返しまして」
「そのときは自前の装備で?──もしかしてジャージとか、スニーカーとか?」
「いやー、まさに今の格好です」
スタッフさんが自分の格好を上から下まで眺める。そんなに見つめんといて。さすがに照れくさい。汗臭いし。
「綿の作業服に、革の作業靴……キツかったでしょう?よく頑張りましたね」
やっぱりマズかったか。
それから少しのあいだ、山の話になった。
「私も、小さい頃はよく父に連れられて山に行ってたんです。気がついたら、自分でも登るようになってて」
目が生き生きしとる。ほんまに山が好きなんやな、この人。自分は今、どんな目をしとるんやろ?魚屋に並んでいる魚の目やな。……あの里山のときは、まだ生け簀におったか。
「今日はこれで、もう戻られるんですか?」
「ええ、また明日も早朝から名古屋へ向かいますで」
「お疲れさまです。帰り、気をつけてくださいね」
その言葉が、なんや妙にあたたかく感じた。自分でも不思議やけど、また山に行ってみようかなって思ってしもた。
山に登る理由が、ほんの少しだけ変わったんやと思う。──まあ、自分でもよう分からんけど。
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