やまこと帖〜山を登り始めたおっさんと、山に集う人たちの話〜

柿木次郎

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おっさんの山(導入編)

【第四話】静かな山とレンタル装備

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先日、「朝倉」主催の初心者向け少人数ツアーの紹介を受けて迷った。やっぱり「ツアー」と聞くと、例の大手ショップの賑やかすぎる体験を思い出して、どうにも尻込んでしまう。とはいえ、もう一度近場の里山に一人で登りに行くほどの行動力もない。
さて──どうしたもんか。

数日後、荷物の配送で店を訪れた際、店長──朝倉誠一さん──に声をかけられた。
「柿木さん、今度のウチのツアー、参加でいいんだったよな?」
──え?すでに確定なんか?
「凛から話は聞いてる。ウチの客層は特殊なのを除いて、基本的に大人しいから、安心してくれ」
「特殊」って何や?──ってか、まだ「参加する」とは言っとらんぞ。
「よし、柿木さんとウチとの縁だ。今回は装備のレンタルはサービスにしてやろう」
「サービス」と聞いて、一気に心が揺らぐ。
かなり強引な気もするけど……確かにその日は用事があるわけでもないし、仕事の付き合い上、誘いを無下にもできん。
「今回は、前より上のグレードの装備を貸してくれたりするんですか」
「う……今回だけな」
「臭ったりする靴なんかは却下で」
店長がカウンター奥に、隠すように置かれた靴たちをチラッと見る。
「そこは、ちゃんと選んでやる」
よし、確約。
結局、流されるように、ツアーに申し込んだ。
「まあ、柿木さんの希望通りの山が体験できるだろうから、心配するな」
店長……もしキツイだけやったら、牛丼豚汁セット約束やぞ。──あ、紅生姜は大盛りで。

当日の朝、集合場所の登山口には、自分を合わせて五人の参加者が集合していた。
五人の前で今日の予定を説明しているのは、引率の女性スタッフ──朝倉凛さん。店長の娘さんや。
「柿木さん、すいません。店長が強引に押し切っちゃったみたいで」
「自分も迷ってたんで、背中を押された感じですかね」
泥沼へ向けて押されてなけりゃええんだが……。
参加者の装備は真新しい新品が多い。自分と同じく初心者ばかりらしい。自分の装備……レンタル品は、かなり年季が入っているけど、手入れが行き届いてて、むしろ味がある。素人の自分でも、ひと目で「いいもの」だとわかる。自分一人だけが、超ベテランの空気を醸し出してるみたいや。──バリバリの初心者やけどな。

「今日は初めての方ばかりなので、ゆっくりといきますね」
全員で軽い準備運動の後、凛さんが先頭に立って、登山口へ向かう。皆、緊張のためか、会話も少なく静かに続く。自分は最後尾についた。

登山靴の音、鳥の声、風の音、皆の息遣い──一歩一歩、ゆっくりと進んでいく。
たまに参加者同士が声を掛け合ったりもするけど、大騒ぎになったりはせん。皆それぞれが、周囲の景色とか、この空気感をじっくり楽しんどる感じがする。前のツアーと比べて、まるで別の世界に来たみたいや。
──そう、これや。この感じや。自然と顔がニヤけてまう。皆、頼むから振り向かんでや。

凛さんは、参加者の足取りをさりげなく見ながらペースを調節したり、誰かが水を飲もうとすれば軽く立ち止まってくれる。
「あ、可愛いキノコがありますね。美味しそうに見えるけど、つまみ食いはしないでくださいね。特に柿木さん。野生のキノコは、ほとんどが毒キノコですからね」
凛さんが笑いながら、冗談交じりにいろいろ教えてくれる。そんな笑顔に、参加者の緊張もほぐれてきたみたいや。皆の顔にも、笑みが出ている。ガイドというより、なんや、楽しい山仲間と歩いてるような感覚やった。
息が上がらん程度のペースで、立ち止まっては景色を見て、水を飲み、また歩く。

山頂に着いた頃には、参加者皆が自然を思う存分に楽しんでる雰囲気になっとった。相変わらず会話は少なめで静かやけど、それぞれが景色を眺めたり、花の写真を撮ったり、おやつを食べたり。一緒に登ってきたという一体感もあって、妙に居心地がいい。
前回のツアーは、なんや騒がしすぎて気疲れしたけど──やっぱり、こういう静かで自然体の方が、自分には合ってるんやと思う。
特別なことは何もない。でもなんや、自然と気がほぐれて、体も心もゆるんでくる。
山って、そういうもんなんやろな。

「調子、どうですか?」
岩に腰掛けて寛いでると、凛さんが近づいてきて、声をかけてくれた。
「ぼちぼち、ですかね」
「そう、それならよかったです。リズムいいですよ。ちゃんと足が使えてる感じです」
「店で借りたスペシャル装備のおかげやと思います」
「ふふ、実はそれ、店長の私物だったりするんですよ」
──え!?結構汗かいてしもたけど……自分と店長──おっさん同士の汗が混じって、変な異臭騒ぎとかせんやろか?……いや、冗談や。店長、ありがとうございます。返した後、ちゃんとクリーニングしたってください。

無事に下山誌、登山口で解散するとき、凛さんが軽く会釈して言った。
「今日は本当にお疲れさまでした。無理せず、また気が向いたら、いつでもどうぞ」
その言葉もまた、なんとも自然でええ感じやった。

──なんや、ええ日やったな。車を走らせながら、今日のツアーを思い返していた。
山の楽しみ方は人それぞれや。無理してまわりに合わせる必要もない。自分の思うまま、感じるままでええんや。これが「山の楽しみ方」なのかもしれん。
──あ、牛丼豚汁セット、食べ損ねたな。
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