炎の薔薇と聖なる夜 第一章:七星に願いを

発散

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日常崩壊編

夜明けの葛と暗躍の兆し/柊 薫

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 時刻は朝の五時。
 まだ薄暗いブルースターの一角に、治安維持部隊サザンカの隊員たちは呼び出されていた。
 じめじめしていた夜に比べて、なぜか少し空気が冷えている気がした。
 澄み切った紺色の夜空に、薄く輝く星が広がっている。
 少しずつその光が届かなくなってきており、もうすぐ日が昇って消えてしまうことを知らせているようだった。
 サザンカの長官補佐である柊 薫ひいらぎ かおるは、飲み終わったコーヒーの缶を捨てられる場所がないか、薄暗い路地の中を彷徨っていた。
 缶の中央にプリントされた、キリッとした表情をうかべるおじさんの顔がこちらを見ていて、今だけは憎たらしく思えた。
 薫は小蝿の飛ぶ自動販売機を見つけて、そこへ駆け寄った。
 やはりその隣には、ペットボトルと缶を捨てるためだけに設けられた薄灰色のゴミ箱があった。
 薫はそこへ空になった缶を押し込む。
 時間差でゴンッという音がして、中に何も入っていないことに気づかされた。
 まだ汚れていない新しいものを最初に汚してしまったという現実に、ほんの少しだけ罪悪感を覚えた。
 薫は先ほど歩いてきた道を引き返そうと振り返ると、その先に見覚えのある男の姿が見えた。
「ふぅ。ここが現場だな~」
 虎布 龍也とらぶ たつやは、新たにサザンカの副長官に任命されたことで、いつにも増して張り切っている様子だった。
 少しムカムカした状態のときに絡まれると面倒臭いことになりそうだなと、薫は咄嗟に近くのブロック塀に身を隠してしまった。
 龍也の腹から押し出された声が、廃墟の壁を伝って何度も反響している。
 龍也はずっと目を擦っていた。
 呼び出しがあってからまだ10分ほどしか経っていなかったので、きっと眠たいはずである。
 大きく欠伸をして脳内に酸素を取り込んでいるようだけれど、夏特有の生臭い空気が身体の中に入ってきて少し厭そうな表情をしていたのが薫は面白かった。
「はあ。小便してえな」
 そう呟くと、龍也はきょろきょろと周りを見渡したあと、真後ろに丁度良さそうな電柱があるのを見つけて、龍也は覚束無い足取りでそこへ歩み寄った。
 龍也は黒革のベルトを外す。
 カチャカチャと鉄のぶつかる音が響いた。
 自らの局部を優しく摘むと、その電柱の根元に目掛けて尿を飛び散らせた。 
 その際に少しだけ靴に飛び散って「うげっ」と声を上げる。
 すぐに軌道修正したけれど、つま先のところに水滴が残っていた。
 薫はその様子を見て奥歯が微かに鳴った。
 龍也はぶるぶるっと身体を震わせてトイレを済ませると、何事も無かったかのような顔で現場に帰った。
 薫もバレないように静かにその後ろを追いかけた。
 辿り着いた先には、いくつもの葛や蔓草、蔦が纏わりついた木造アパートと、乾いた鉄の匂いが広がる駐車場があった。
 アパートの駐車場の隅に置かれた車にサザンカの隊員たちが集まっていた。
 龍也は重い瞼を瞬いて、先程よりはハッキリしているけれど、まだふらふらした歩みで近づいた。
 薫も今来たかのような顔つきで、 道路と駐車場の境目に敷かれた規制線の内側へと足を踏み入れる。
「おー、薫。おはよう」
「おはよう。相変わらず今日も眠そうね」
「俺、朝弱えんだよぉ。知ってるだろ?」
「ええ。知ってる。でも、遅刻しなかっただけ偉いじゃない。今日も一人でみんなのことを仕切らなきゃいけないのかと思って不安だったのよ」
「もう遅刻なんてしないぜ。なんたって、俺はもう副長官だからな」
「はいはい」
 薫は苦笑いをした。
 サザンカの隊員たちが駐車場に集まりだした。
 彼らの視線の先には酷い姿の車があった。
 まるで真っ赤な布を広げたかのようにフロントガラスの内側から大量の血が覆いかぶさっていて、車内からじわりと異臭が漂っていた。
「こりゃひでぇな」
 龍也はゴム手袋をはめたあと、慎重にドアを開けた。
 中には運転席で首筋を掻き切られた男の死体が崩れるように座っていた。
 目を上にひん剥いて、あまりの苦しさに口が歪んでいた。
 そこから血の混じった涎が垂れている。
 そのおぞましい光景を目の当たりにした瞬間、みんなの睡魔は一瞬にして遠くへ消え去った。
 男の額には手のひらサイズのメモ用紙が貼り付けられていた。
 龍也はそれを容赦なく剥がしとる。
「君たちが一度見逃した男は、再び罪を犯したようだ。もう二度と同じ過ちが起こらないように、私たちが直々に制裁を下しておいた。貴様らサザンカよりも我々ナナホシの方が優秀であることに世間も気付き始めている。我々はサザンカの解体を心より願っている。」
 龍也が手紙を読み上げると、横でそれを黙って聞いていた薫が、黒くて艶やかな髪を後ろへ掻き分けて呟いた。
「またナナホシの仕業なのね。やつらにとって、これが正義のつもりなのかしら。人を殺して権威や名声が得られると本気で思っているのなら牽強付会も甚だしいわ」
 その声には怒りが混じっていた。
 彼女はプライベートよりもサザンカでの業務を優先してしまうほど仕事熱心な女性だったため、こんなことを書かれれば腹が立つのも無理はなかった。
 その言葉を聞いて龍也が返す。
「俺たちのやってきたことがこうして否定されるのは苦しいが、しかし、ナナホシを支持する輩も少なからずいることは事実だ」
「本当に不思議よね。なんで人殺し集団なんかが支持されるのかしら……」
「あれだろう。ネットの普及で様々なデマや憶測が流れ始めたからな。厄介な時代になったもんだな」
 薫は小さくうなずいた。
「そもそもあなたがこの一連の事件の担当を名乗り出たのだから、必ず犯人を突き止めてもらわないと困るのよね。サザンカのイメージのためにも。わかってる?」
「ははは、分かってるよ。俺を誰だと思ってるんだよ。何もかも全部この虎布 龍也におまかせあれ」
 胸に拳をぽんぽんと当てる龍也を見て、サザンカの隊員たちは呆れていた。
 遠くからは微かに「始まった始まった」「さあ持ち場に戻るか」なんて声が聞こえてきた。
「おい虎布、浮かれるのはそこまでにしておけ。お前はこの現場を見て何も思わないのか?」
 サザンカの長官である箕輪 柑治朗みのわ こうじろうが言う。
 彼の低い声だけで、その場の空気が数度下がったような錯覚を覚えた。
 長官の背が高すぎるあまり、龍也はほぼ垂直に首を真上へ傾けていた。
 薫はその間抜けな姿を見るのが好きで、待ってましたと心の中でガッツポーズを取った。
「何も思わないのかって……? もちろん思いますよ。 悲惨だなぁとか、グロいなあとか」
  龍也は今更何を聞いているんだと不思議そうにしていた。
「そういうことを聞いてるんじゃない。車を見てみろ」
「車? 一体この車がどうしたって言うんですか? 盗難車とか?」
「お前はよくその脳みそで副長官まで上り詰めたもんだ。鍵だよ、鍵」
 柑治朗は車のドアを指さした。
「鍵? ああ、鍵がかかっていたのか。俺が来たときにはもう開いてたから、気付かなかったです」
 それを聞いて薫は手に持っていた紙の束を龍也に見せるようにして2、3回ほど振った。
「あんたね。何のための資料だと思ってるのよ。まず目を通すのが常識でしょ」
 龍也は「ああ! そうだな」と言いながらゴム手袋を外し、ズボンの後ろポケットに突っ込んでいた資料を取り出してペラペラとめくる。
 被害者の名前は徳倉 浩二。45歳。
 たまたま近くを通りかかった近隣住民によって車内で死亡しているところが発見される。
 また、彼の家の中には額を銃で3発ほど撃ち抜かれた女性の死体が放置されており、拳銃の指紋から殺害したのは徳倉 浩二で間違いないと思われる、という内容だった。
「車の鍵は被害者のポケットに入っていた……。なるほど、これは完全なる密室殺人だよな? どうやってこいつは殺されたんだ?」
「それを今から調べるんだろうが」
 柑治朗は勢いよく龍也に大きなげんこつを落とした。
「痛っ……! ちょっと、殴ることないでしょ! これで俺の頭がおかしくなって、事件が滞ったら長官の責任ですからね!」
 手のひらで自身の頭頂部を擦る龍也に、柑治朗は「このくらいで弱音を吐くなら、お前に副長官は難しそうだな。今からでも柊に託してもいいんだぞ」と言い放った。
 薫は呆れた顔で二人に近寄り、「あのね、おふたりさん。くだらない言い合いなんかしてないで、さっさと捜査に移ってくれるかしら。ただでさえ人手が足りないんだから足を引っ張らないで」と龍也と柑治朗を睨みつけた。
 龍也が「そんなきつい言い方するなよ~」と薫の肩に手を伸ばそうとする。
「ちょっと。触らないで。あなた手洗った?」
「あ、え?」
 龍也の目が点になっていた。
「そこの電柱でトイレしたあと手洗ってないわよね? そんな手で私に触ろうとしないでよ。あと靴が濡れたまま」   
 龍也は顔を真っ赤にしたあと、「す、すみませんでしたー!」と逃げるように、もうひとつの死体を確認するためアパートの方へと走った。
 その後ろ姿がみっともなくて可笑しかった。

 それから薫は再び車内の死体を見つめていた。
 車の中の密室殺人。
 ナナホシがどこまで頭の回る集団なのかは分からないが、かなり高等なテクニックで行われていることには違いない、と薫は思った。
 そもそも被害者の男は女性を殺したあと、なぜ車に乗ったのだろうか。
 そこが疑問である。
 大抵、自分の部屋で人を殺してしまった場合は、死体を隠すか処理するかのどちらかが定番だ。
 偽装工作ともなれば、死体の場所を移すのが当然であり、死体をその場に放置して、自分の家から離れようとするなど不自然極まりないのだ。
 衝動的に殺してしまって、焦って逃げ出したと考えるのが妥当か。
 もしくは、死体を処理するための道具を買いに行こうとしたとかだろうか。
 しかし、犯行時刻は今から1時間前となる4時頃だ。
 お店など到底やっているはずがない。
 それとも、何かを車に取りに来たとか?
 例えば医療箱のようなものだ。
 被害者の部屋から車までの間に血の滴った跡があり、まるで道標のようになっている。
 彼は家の中で怪我をして、それを処置するものが車にしかなかったのかもしれない。
 そう思って薫は車の中を漁ってみるが、それらしきものは見当たらなかった。
 それに物を取りに来ただけなら、わざわざ車の鍵を閉める必要がないのだ(犯人が何かしらの工作を行った場合を除くが)。
 まず、この男は本当に怪我をしているのだろうか。
 フロントガラスに飛び散った血を見れば、ここで首を掻っ切られて殺されたのは一目瞭然だが、それ以外に目に見えてわかる外傷はない。
 手や腹を見てみても分からない。
 床に滴るほどの血だから、かなり深い傷であることは間違いないはずなのにだ。
 これは鑑識に任せるしかないな、と薫は呟いた。

 少ししてアパートの方から「柊~! こっちに来てくれ~!」と龍也の呼ぶ声がした。
 まだ早朝なのに迷惑なやつだな、と薫は呆れていた。
「ねえ長官。本当に彼を副長官にして良かったの?」
 薫は身長190㎝の大男に問いかける。
「虎布はああいう奴だが、いざというときに頼りになる。それはお前もよく知っているだろう?」
 柑治朗は腕組みをしながら、僅かに明るくなった空を見上げて答えた。
「ええ、何度か命を救われたことがあります」
「そういうことだよ。知識や才能以外にも人を評価する点はたくさんある。俺はあいつの実績を買っただけだ。それに、奴ならこの事件を解決すると信じているからな」
「ふーん」
 薫は5秒ほど柑治朗の手首を掴むと、「そっか。嘘じゃなさそうね」と微笑んだ。
「こんなところで人の心を読むんじゃない」
「ふふっ、ごめんなさいね」
 薫は目を糸のように細めて笑った。
 柊薫のロウズは、通称「千里眼」と呼ばれるものである。
 この能力は、触れた人間の心を読むことができるというものだった。
 その他、使い方によっては一定距離を見通すことや、壁を透視することができる。
 また、本人の意図せずして、ほんの数秒ほど先の未来が見えることもあった。
「少しゲームでもしないか?」
 柑治朗は、今から力仕事でもするのかと言わんばかりに、筋肉のついた太い腕をぶんぶんと回しながら言う。
「どうせ副長官が呼んでいる理由を当てるとかそういうものでしょう? 彼はあんなに張り切っているっていうのに、肝心の長官はそれで大丈夫なのかしら」
 それを聞いて柑治朗は高笑いをした。
「そう言いながらも根は乗り気なんだろう?」
「あら、あなたも心が読めるのかしら」
「そうだったら良かったが、千里眼は二人もいらないよ」
「そうね。で、結局ゲームって何をするの?」
「そりゃ決まってるだろう? しりとり」
 柑治朗がニヤニヤと頬を吊り上げて言う。
 薫は「くだらない」と呟いたあと、「それじゃあ仕事に戻るわね」と言いながらその場を離れようとした。
「りんご!」
 柑治朗は声を張り上げる。
「ゴミ長官!」
 薫は地団駄を踏みながらその場を後にした。

 ***
 
 黄色いテープの張り巡らされた扉をくぐり抜けると、割れた花瓶や電球が部屋中に散らばっていた。
 薫は一切の躊躇もなく、破片を踏みつけながら部屋の奥へと進んでいく。
 そこには額に三発の銃弾を食らった女性が、ガラスの破片を握りしめ、壁にもたれかかりながら死んでいた。
「悲惨ね」
「わあ! いきなり話しかけるなよ」
 死体に向かって追悼していた龍也は驚いて声を上げた。
「あんたが呼んだんでしょ。で、彼女の身元は?」
「財布の中に身分証があったよ」
「見せて」
 受け取った身分証には名前や住所、彼女の持つロウズが事細かに書かれていた。
鳩羽 真理はとば まり。31才。ロウズは……」
「そうなんだよ。これってさ、つまりそういうことだよな」
「何を言いたいかは分かったわ」
 そう言うと、薫は鳩羽 真理の身分証を自身の胸ポケットに仕舞い、手に持っていたカバンをまさぐった。
 その中からピンセットを取り出して、再び死体に近付いた。
「おい、柊。なにする気だ?」
「いいから黙って。試したいことがあるの」
 薫は女の額にピンセットを押し付けて、めり込んだ三発の銃弾をゆっくりと引き抜いた。
 そして、それを慎重に証拠袋に収める。
 すると、女の額にあった三つの穴が脈打ち始め、少しずつではあるが、みるみると塞がっていった。
 しばらくすると、まるで最初から傷などなかったかのように滑らかで、美しい額へと変わった。
 僅かに付着する血の汚れだけが、その場所で命が奪われたことを主張していた。
 その直後、女はゆっくりと目を開けて叫び出した。
「やめて、やめてください! ごめんなさい!」
 壁に体をぶつけるようにして暴れ始める。
「落ち着いてください! サザンカの者です! 鳩羽 真理さんで間違いないですか!」
 龍也は女の肩をしっかりと掴み、強引に目線を合わせた。
「あ、あれ。どうして。私、生きてる……」
 それは寝起きのような掠れた声だった。
「ええ。あなたは生きています」
 薫は自身の着ていたジャケットを脱いで、下着姿で座り込む彼女の肩にそっとかけた。
「あ。ありがとうございます……」
「改めて説明します。私たちはサザンカです。また混乱していると思いますが、少し事情を聞かせてもらっても構いませんか?」
「え、あ。はい。でも。どうして私が生きているのかさっぱりで」
「あなたのロウズですよ。身分証に再生・治癒能力と書かれていたので、もしかしてと思って頭の銃弾を引っこ抜きました。ほらね」
 薫は床に放置された血まみれの銃弾を指さした。
「本当だ……。銃で撃たれたら流石に私も死んじゃうものかと思ってました。ましてや頭なので」
「普通は死んじゃいますよ。あなたが特殊なだけです。ところで、この人を知ってますか?」
 薫は駐車場で首を切られて死んでいた男の写真を見せる。
「こ、こいつです!私のことを拐って撃ってきたやつ!」
「ええ、そのようですね。しかし、見てわかる通り、この男はここを出てすぐの駐車場で、何者かに首を切られて死んでいました。心当たりはないですか?」
「え、あ、え、全くありません。と言うか、さっきまでここで意識を失っていたので……」
 龍也は「ぷっ」と小さく吹き出した。
「何がおかしいの?」薫は龍也を睨みつけた。
 薫が女性から話を聞いていると、男の素性や、事件の経緯が分かっていった。
 車まで続いていた血の跡は、彼女が男の目を刺したときのもののようだった。
 死体は目を瞑っていたし、顔そのものが血まみれになっていて気付かなかったのだ。
 また、彼女がシングルマザーであること、家で息子が一人で待っていることを聞かされた。
 彼女の息子の名前は鳩羽 拓士はとば たくし
 今年で小学六年生になる。
 拓士の父は、真理の妊娠を聞かされたその日に家を出ていった。
 父は既婚者で、奥さんとの間に二人の子供も居たらしく、真理はあくまで浮気相手で、拓士は隠し子に過ぎなかったという。
 一通り話終えると真理は泣いていた。
 泣き崩れる真理を冷ややかに見つめながら、薫は手帳の余白に「徳倉が彼女に執着した社会的要因」という項目を書き加えた。 
 きっと彼女の涙は本物だろう。しかし、その涙がこの事件の謎を解く鍵になるとは限らない。
 薫にとって重要なのは、「なぜこのタイミングで徳倉 浩二を狙ったのか」、そして「ナナホシはどうやって徳倉を殺したのか」という二点だけだった。
「なあ、鳩羽さん。良ければうちに来ませんか?」
 部屋の隅に座っていた龍也が立ち上がって言った。
「それって、どういうことですか」
 真理は鼻をすする。
「サザンカには隊員たちが寝泊まりするための寮や、ボランティアの方たちが暮らす施設があるんです。そこで生活しながら働くなんてのはどうだろう。それならお金にも住むところにも困らないしさ。ってまあ働くとは言っても建物の掃除や、食堂の雑用になるかも知んねぇけど。少なくとも今の生活よりは楽なはずだし」
 べらべらと話し続ける龍也を見て、薫は「あんたね、長官の許可なく適当なことベラベラ言わないでよ。もしこれでダメって言われたらどうするのよ。責任取れるの?」と声を荒らげた。
「お前はもう忘れてるかも知れないが、一応俺だって副長官だぞ! ある程度の権限はあるし!」
「あんたも忘れてるのかも知れないから教えてあげるけど、私だって長官補佐なんです。バーカ」
「どう考えても副長官の方が偉いだろ!」
「どこからそんな発想が出てくるのよ。どっちも大して変わんないわよ」
 真理はどうすることもできず、静かに苦笑していた。
 その笑顔を見た薫は、「まあ。彼女は重要参考人だし、もっと詳しく聞きたいこともあるから、一先ず保護という形でうちへ来てください」と言った。

 翌日には『ナナホシ事件 初の生存者か』という話題で、メディアは盛り上がっていた。
 黎明期にあったインターネット上でも、生存者の正体やロウズの謎を巡って、様々な憶測が飛び交い、止まることのない書き込みの嵐が巻き起こった。
 瞬く間に「鳩羽 真理」という名前が街中に広まり、サザンカはこの報道をきっかけに彼女が再三狙われるリスクを考慮し、柑治朗は親子を組織の重要保護対象とすることを公表した。
 元々働いていたファストフード店を辞めることになった彼女に対し、提示されたのはサザンカ本部の食堂勤務という異例の条件だった。
 それは生活の保障という名目ではあったが、結果として、厳しい入隊試験や訓練という正規のプロセスを一切経ることなく、一介の民間人がサザンカの一員となる初めての事例となった。
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