炎の薔薇と聖なる夜 第一章:七星に願いを

発散

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日常崩壊編

和気藹々/白伊 海良

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 事の始まりは今から三十年ほど前のことだった。
 青く澄み渡る空から雲を切り抜けて突如として降ってきた大きな何かは、森の中にひっそりと連なる小さな集落「ミックスセルド」へ向けて墜落しようとしていた。
 ミックスセルドの人々は不安や絶望に打ちのめされ、泣き叫び、怒り狂い、誰一人としてその動揺を隠し切れずにいた。
 ほとんどの者たちが自らの死を待つことしかできなかったなか、勢いよく落ちる何かは墜落の寸前で突如として軌道を逸らし、深々とした森の中へと衝突した。
 爆発のような騒々しい音を立てて視界を奪うほどの閃光を放ったそれは、とてつもなく莫大な森と小さな集落をあっという間に白い光で包み込んでしまった。
 だが、それはたった数秒の出来事で、すぐに本来の森へと景色を取り戻した。
 多くの人々は自身が生きていることに心から喜んだ。
 そして、あの物体を一目見ようという衝動に駆られ、足をそろえて広大な森の中へと一目散に走り入った。
 その先で人々は奇妙な光景を目の当たりにする。
 深い森の奥深くに出来ていたのは、地面を深くえぐり取られたかのように大きく削れた窪みと、窪みの中央で七色に濁った小さな湖であった。
 太陽の光が反射し、風によって水面が揺れ、キラキラと輝きを放っていた。
 あまりにも美しい光景に、ミックスセルドの人々は、ただひたすらに心を奪われてしまっていた。
 
「あの湖の水を飲むと不思議な力が手に入るらしい」
 そんな噂が世界中で囁かれるようになったのは、それから半年ほど後のことだった。
 飛行能力や透明人間、またはマインドコントロールなど、さまざまな能力を持つ者が瞬く間に田舎町「ミックスセルド」に現れ、世界の勢力図は大きく一変した。
 街は人で、富で、権力で、名誉で繁栄し、あっという間に世界屈指の大都市へと成長を遂げた。
 そんな不思議な力は次第に“神からの贈り物”と称えられ、人々は高貴で華麗な象徴でもある「薔薇」と結びつけて、この力のことを「ロウズ」と呼ぶようになった。

「よし、全員静かに観られたな」
 担任、飛鳥 千尋《あすか ちひろ》の一言でふと意識が戻る。
 ここはミックスセルドの北部にある巨大な山「サクラソウ」の麓に建てられた中高一貫の学校「サクラソウ学園」である。
 二年B組の教室で、肌寒いほどに冷房が効いた部屋でつまらないビデオを長時間見せられていたせいか、16歳の白伊 海良しらい かいは少しばかり眠っていた。
 半袖シャツに、赤いネクタイを垂らし、髪には触覚のような寝癖が三本ほど立っている。
 勉強はあまり得意でなく、どちらかと言えば運動の方がまだマシと思っているが、その運動も“勉強よりはマシ”というだけで、特段“できる”わけではなかった。
 よりにもよって最も苦手な歴史の授業となれば、多少ばかり寝てしまうのも仕方はない。
 そんな海良の着席している列の前方から回されてきたプリントには「感想文」という文字が大きく書かれていて、そこには端から端まで一面に、ぎっしりと小さなマス目が設けられていた。
 海良は机に伏せながら変な体勢で眠っていたせいで、右手が痺れていて、思うようにペンを握ることができない。
 朦朧としている意識の中で数ある記憶の断片を組み合わせて、何とか感想文の文章を完成させようと試みた。
 少し書いては消し、また書いては消してを繰り返す。
 痒さとこしょばさが入り乱れるような痛みがヒリヒリと右手に流れた。
 必死になって頭と腕を動かそうとはしているものの、まともに半分も埋めることができていない。 
 結果、大した進展もなく、授業の終わりを知らせる鐘の音だけが海良の頭の中で何度も響き渡った。
「カーイっ、さっきのやつ最後まで書けたか?」
 そういって海良の中学時代からの親友である紫村 彰研しむら あきとが現れた。
 長時間の鑑賞に疲れ果てたのか、彰研は海良の背中に抱きつくような体勢でぐったりともたれかかった。
 全身の力を抜いて重力に身を委ねているが、その重みは全て海良の脊椎へとずっしり伝わっていた。
 彰研はそのまま海良の右肩に顎を置いて、消しカスで汚れて黒ずんでしまった感想文に目を下ろした。
「げっ、全然書いてないじゃん!」と驚いたあと、すかさず「まあ、どうせ海良のことだから最初から最後まで眠ってたんだろう?」と背中越しに海良の右頬をつついた。
「別に眠ってたわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「ただ、深夜にネバーロウズがテレビで生演奏していて、そのせいでちょっと寝不足なだけなんだよ。ちょっとだけ」
 海良は彰研の頭がある右側に少しだけ体をズラし、親指と人差し指を丸め、その二つの指の間にできたわずかな隙間から右目を覗かせた。
「ああ、またあのバンドの話ね……。最近、どこにいてもその名前を聞くから嫌気がさすなあ」
 彰研は普段から大衆音楽、主にロックバンドを聞くような人間ではなかったので、海良や世間の熱狂に着いていけない様子だった。
「そもそも生演奏って、録画や配信じゃダメなのか?」
 彰研が聞くと、海良は少し間を置いて、「彰研はこういうの本当に分かってないからなあ」と眉をひそめて難しそうな顔をした。
 続けて、「あの番組はリアルタイムで見るからこそ、生の臨場感があっていいんじゃないか。録画なんて行為、俺からしてみれば侮辱に値するね。言いたいこと、分かるか?」と言う。
「なるほど。生の臨場感ねえ。まあ分からなくもないけど、授業中に眠っちゃうくらいなら間違いなく録画の方がいいよ」
 海良の耳の中に、彰研の爽やかな笑い声がこだました。
 そう言われた海良は椅子から立ち上がって、彰研の居る方を振り返りながら、「まるで俺が寝ていたかのような言い草はやめてくれよ。正確にはちょっとウトウトしてただけなんだ。つまり起きてはいたわけさ!」と声を荒らげる。
 海良は何とも不満そうな表情を浮かべていた。その顔が可笑しいのか、なぜか彰研は吹き出した。
「ははっ、それを世間では“寝てた”って言うんだろ? まあ、そういうところも含めて相変わらず海良らしいんだけどな」
「うるせえ。そんな彰研はどうなんだよ! ちゃんと書けたのか?」
「もちろん、書いたとも。どこかの誰かとは違ってね」
 そう聞かれるのが予め分かっていたのか、彰研は背中の方へと手を回し、ズボンの後ろポケットにしまっていた皺まみれのプリントを勢いよく取り出した。
「じゃじゃーん」
 それは海良のものとはかけ離れた程にぎっしりと文字が詰め込まれていて、まるで何かを参考にしたか、もしくは転写して書いたんじゃないかと疑ってしまうほどの文量だった。
「まあ、そんなことだろうとは思ったよ……」
 呆気に取られる海良を見て、彰研は「自分でもこんなに筆が進むとは思わなかったよ。まあこれもきちんと睡眠をとったおかげかな」と笑った。
「もしかして、自慢するために俺のところに来たわけじゃないよな?」
「そんなわけないだろ? 単純に海良がどれだけ書けたのか気になったんだよ。その結果がこれだっただけさ」
 そう言った瞬間、茶色がかった髪が風になびき、彰研の表情がいつも以上に明るく見えた。
 ずるい男だなあ、と海良は思う。
「どうすれば俺も彰研みたいに、すらすらと読みやすい感想文が書けるようになるんだあ?」
「はははっ、何言ってるんだよ。文章の読みやすさなんて人それぞれじゃないか。それに、僕は海良の感想文の方が読みやすくて好きだけどね」
「それってただの悪口だよな?」
「どうだろうね」
 海良は彰研の首に腕を回し、動けないように固定する。
「どうだ! 謝れー!」
「いたたたた。離せー!」
「いーやーだー!」
 そんな不毛なやり取りをしているところだった。
 さらに水をさすかのように廊下から聞き慣れた声がする。
「ふたりともまたイチャイチャしてるの? なんかカップルみたいだね」
 脳裏に浮び上がる人物像を照らし合わせるため、海良は視線をそちらへ向ける。
 しかし、答え合わせをするには全く持って簡単な問題で、その声の正体は海良の幼馴染である蒼ヰ 深槻あおい みつきであった。
 しっかりと括られた赤のカチューシャから、僅かに藍色がかった長髪を揺らして楽しそうに笑っている。
 笑ったときにくしゃっと目尻にしわが寄り、えくぼが浮き上がるのが深槻の特徴だった。
「なあなあ、深槻はさっきの感想文書けたか?」
 海良は彰研の首をホールドしながら問いかけるが、深槻はどちらとも取れない表情でこちらを見つめていた。
「なんだよお、教えてくれないのか~?」
「だって私が答えちゃうと、海良くんがもっと傷付いちゃうんだもん」
 そう言って深槻は窓の外に目を逸らした。
「お前ってやつは……、余計なお世話だ!」
 さらに彰研の首を絞める力が強くなる。
「苦しい苦しい! ギブ!」
 彰研が大きな声で抵抗していると、「こーら! そのままだと彰研が死んじゃうって! 離してあげなよ」と、深槻のとはまた違う女性の声がした。
 それはたった今、感想文を書き終えたのであろう黒羽 和葉くろば かずはの声だった。
 和葉は高校で出来た友達の一人である。
 深槻が高校に入って初めて仲良くなった子で、気付けば海良たちのメンツの中にいた。
 普段は明るく振舞っているが、少し神経質で怒りっぽい性格をしており、海良と揉めることもしばしあった。
 とはいっても、出会ってすぐの頃は非常におとなしく、黒髪に縁の太い眼鏡をしていて、声も小さい。
 いつも深槻の後ろに隠れるようにして立っていて、幽霊みたいな子であった。
 しかし、ある日から髪を金色に染め、派手めなメイクをし、おしゃれなアクセサリーを身に着けるようになった。
 数日でこれまでの和葉とは別人のように変わり果てた。
 声もメリハリが付いて大きくなったし、性格も明るくなったように思う。
 無理して明るく振舞っているのかもしれない、と未だに海良は考えている。
 でも腹が立つやつには変わりなかった。
「海良? 急にぼーっとして、どうしたんだ?」
 彰研の声で意識が戻る。
「ごめん、ちょっと昔のことを考えていてさ」
「昔のこと? もしかして頭が3つある犬に追いかけられたときのことか?」
「ち、違ぇよ! ってかそんな経験したことないだろ!」
 慌てる海良を見て「もう、何の話してんのよー」と、和葉がやけにニヤニヤとした表情を浮かべながら興味津々に詰め寄った。
「何の話かって……? 出会った頃の和葉は、今じゃ信じられないほど大人しかったよなあって思ってさ」
「おい海良、何言ってんだよ」
 当時から気を遣ってあえて触れないようにしていたであろう彰研は、焦って海良の声を遮る。
「はあ? どういうこと?」
 和葉は明らかに不機嫌になっていた。
「いやぁ、だからさ、初めて会った時の和葉って大人しくて小動物みたいに可愛げがあっただろう? それが今はどうだ、この勇ましい姿。サバンナでの厳しい生活を耐え抜いてきた、まさにサバンナの母じゃないか」
 海良は立ち上がり、大きく両腕を広げた。
 普段から何を考えているか分からない深槻はそれが悪口だとは気付かず、お腹を抑えて笑っている様子だった。
 しかし、当の和葉は眉を顰めながらイラッとした表情を見せて、海良の方に手のひらを向ける。
 これはやばいと即座に察したが、海良にはもちろんそれを回避する余裕もなく、和葉の手のひらから勢いよく黒い物体が放出された。
 それは海良の顔面は目掛け、とんでもない速さで飛びかかった。
口封じフェイスハガー
 その口封じに使ったのは黒々とした巨大な蜘蛛だった。
 和葉は通称「マタニティ」と呼ばれるロウズを持っており、体から黒い粒子を放ち、一時的に生命を創り出すことができる。
 その中でも虫は最も体力の消耗がなく、和葉が使用する場合のほとんどを虫が占めていた。
 和葉の手のひらから放たれた蜘蛛は、海良の頭に覆い被さり、剥がされないようにと小刻みに動いて足場の位置を変えている。
 海良は力ずくでそれを剥ぎ取ろうとするが、蜘蛛はぴくりともしなかった。
 その様子は、名前の通り、映画『エイリアン』に登場するフェイスハガーそのものだった。
 和葉は強引に、かつ強制的に海良を黙らせることに成功したのだ。
「た、たすけて……くれ!あっ、あきと……!あきとぉ!」
 海良の助けを求める声に誰も聞く耳を持とうとはしない。
「さっきまで僕の首絞めてたのに何言ってんだよぉ~」
 彰研は笑っていた。
 海良は息をすることさえ儘ならず、もがき苦しむ自分の姿を見て楽しそうに笑う三人が正気の沙汰ではないと思った。
 蜘蛛の細い脚の隙間から見えていた教室の景色が渦巻いて徐々に白くなっていく。
 必死な抵抗も虚しく、海良の意識は意図も容易く遠のいていた。
 ホワイトアウトだ……なんてくだらないことを考えていた途端、もう諦めていたはずの真っ白な視界が一気に赤く燃え上がった。
 彰研が指先から放った小さな火種は、まるで意思を持っているかのように蜘蛛だけを的確に焼き尽くした。
「あっちぃ!」と声を荒らげている間に、大きな蜘蛛はあっという間に灰となり、それは風に乗りながら窓の外へ飛んでいってしまう。
 最後の最後で何とか彰研が炎を出すロウズを使って蜘蛛を払い除けてくれたが、海良はとにかく死ぬところだった自分に謝罪の一言もないのかと心底呆れていた。
 それどころか「これで反省した?」なんて生意気な態度を取ってくる和葉に、お前は俺を殺しかけたんだぞ! と怒鳴りそうにもなっていた。
「和葉を怒らせたらこうなるのは海良もよく知ってることだろう? 本当に学習しないんだから、ねー?」彰研が言う。
 深槻も咄嗟に「ねー」と返す。二人の楽しそうな姿を見て、海良の怒りはピークに達した。
「彰研、お前までこいつの味方なのかよ!」
「当たり前だろ~。今のはどう考えても海良が悪い!」
 人の少ない昼休憩の教室に海良の大きな声が響き渡った。
「そうよ。そもそも全部、海良が悪いんでしょ。いきなり人をサバンナの母なんて失礼だと思わないの?」と、サバンナの母は口を噤む。
「だからって殺しかけることないだろ! お前は冗談も通じないのか!」
「生きてるんだからいいでしょ! 人に言って良いことと悪いことの区別もつかないんだったら、さっさと死んだほうがマシなんじゃない?」
「ちょっと……、二人とも言い過ぎだよ。落ち着いて……」
「「深槻は黙ってて!」」
「ご、ごめんなさい……」
 喧嘩を止めるため間に入ったものの、予想外の飛び火に深槻は眉を八の字に垂らしながら落ち込んでいた。

「ちょっとあなたたち。深槻さんが可哀想じゃない。それ以上不毛な喧嘩はやめなさい」
 教室の外から低くもあり、甲高い、中性的な声がした。
 そうして言い合いを止めるように割り込んできたのは、同じクラスで、そしてこのサクラソウの生徒会長でもある睦美 涼風むつみ すずかぜであった。
 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿はゆりの花、この言葉がよく似合う美しい相貌である。
 きりっとした目と膨らんだ唇。
 飛び付きたくなるほどに大きな胸がこちらを向いている。
 リズムを取るようにしてしなやかに、そして軽やかに歩みを披露する。
 ゆっくりとこちらへ近付いて、海良の顔を舐めるように見つめていた。
「白伊くん、ちょっとズボンを脱いでくれるかしら」
 生徒会長の口から発せられた台詞とは思えないような発言に一同は耳を疑った。
「い、いきなり……そんなあ」
 海良の脈拍は突如として上がり、じわりと変な汗が垂れる。
 しかし、彼女が指さしていた海良のズボンを見てみれば、その理由は一目瞭然だった。
 蜘蛛にしがみつかれて暴れていたせいか、股からお尻にかけて紡がれていた縫い目が見事に破けてしまっていたのだ。
「ほら、はやく脱いで。私が直してあげるから」
 恥ずかしながらも仕方なくその場でズボンを脱ぐことが強いられてしまった。
 お尻が破れたまま生活するくらいなら、今パンツ姿を披露した方がマシだ、と海良は思った。
 しかし本当に注目すべきなのは半裸の男ではなく、この後の出来事だった。
 涼風は人差し指を一本だけそびえ立たせ、「始めるね」と呟く。
 じっと視線が集まる人差し指の腹から芽を出すようにすーっと生えてきたのは銀色の針だった。
 それからスカートのポケットから白い糸を引っ張り出しては器用にズボンを縫い合わせていく。
 刺しては通して引っ張ってを繰り返し、少しずつズボンの裂け目が結ばれていく。
 その完璧すぎる動作には、どこか人間離れした恐ろしさすら漂っていた。
「これが生徒会長のロウズ……、初めて見た」
 深槻がそう呟くと、和葉もうんうんと頷き、「生徒会長がロウズを持ってることすら知らなかった」と驚いていた。
「そうよ、これが私のロウズ。ほとんど使うタイミングがないから、初めて見るのも仕方ないわ」
 生徒会長は海良たちの方をずっと見ながら話しているが、針は一切ずれることなく進んでいく。
「そんなことよりあなたたち、いつも四人で仲良く話している印象だったのだけれど、喧嘩なんて珍しいものね」
 その言葉に和葉は反応する。
「生徒会長、聞いてよ! それがね、海良のやつ。私のことをいきなりサバンナの母とか意味わかんないこと言いだして!」
「あら。どうしてサバンナの母なの? 私には黒羽さんがサクラソウのかわいいお姫様に見えるけれど」
 生徒会長は和葉の目を見て微笑んだ。かわいい、と海良は思った。
「生徒会長がそう言うのなら間違いないわね。私はサクラソウのかわいいお姫様なの」
「うふふ。白伊くん、冗談でも女の子にひどいことは言っちゃいけないのよ? 分かった?」
「すみません、これから気をつけます……」
 こんな美しい生徒会長に嫌われてしまったら、もう今まで通りの学校生活は送れないだろう。
 そう思って海良は素直にその言葉を受け入れた。
「ところで、みなさんはもう将来のことは考えていらっしゃるの? 来年から三年生ですし、卒業に向けて将来のことを考えておかなければいけないものよ」
「私はお父さんの仕事を引き継ぐの」「俺は実家のお寺を継ぐよ」とすかさず和葉と彰研は答えた。
 ふたりはこのサクラソウの生徒の中でも比較的裕福な家庭だったから、将来のことを深く考える必要はなかった。
 特に、和葉の父親はロウズを持った犯罪者のみを投獄する収容施設「ザクロ」の署長をしている。
「俺はまだ何も考えてないかな。この一年間で何か夢を見つけようかなとは思ってる」
 海良は建前でこう言ったが、心の中では本気で「働きたくない、働くくらいなら死んでやる」と叫んでいた。
「白伊くんらしいわね。蒼ヰさんは?」
「う――――ん。私は……」
 深槻は少し考えたあと、海良の目を見つめて「海良くんと同じところで働こうかな?」と応えた。
 きっと深槻も特に考えてないんだろうな、と海良は面白くなった。

 そのあとも些細な世間話に花を咲かせていた。
 学業のことや趣味のことなど話が右往左往したが、そうして脱線して広がっていくのも楽しかった。
 暫くすると、生徒会長は「ほら、出来上がり!」と先程とは見違えたように縫い施されたズボンを天に掲げた。
 ぱっと見ただけではどこが破れていたのか分からなかった。
「俺なんかのためにわざわざ直してくれてありがとう、生徒会長」
 海良が睦美にそう伝えると、彼女は「いいえ、どういたしまして。もうくだらない喧嘩なんてしちゃだめよ」と言い残して、こちらに手を振りつつも廊下の方へと歩き出した。
 彼女が教室を出たと同時に、三限目を知らせる予鈴が鳴った。
 それはあと5分で授業が始まるという合図だった。
「やばい、急がないと!」
 次の時間は選択授業だった。生徒会長のあとを追うように、四人は教室をあとにした。
 海良と深槻は美術室へ、生徒会長は家庭科室だった。和葉と彰研のふたりは音楽室へ向かった。
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