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【水曜日、動物園の夢を見て、水族館へ行く】
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『もうすぐ柚樹の4歳の誕生日だね! 柚樹は何がしたい?』
『とーぷつえん いきたい』
『動物園かぁ。遠いからなかなか行けないのよねー』
『いけないのよねぇ』
『よおし! パパに有給取ってもらって、誕生日はレンタカー借りて、家族で動物園行くぞぉ!』
『いくぞ~』
『柚樹は動物園で何が見たい?』
『うんとねー、あ、そうだ!』
いいこと思いついた! 嬉しい気持ちでむくむくする。
『がようし、がようし』
早く書かなきゃ、忘れないうちに。
『ごめんね。柚樹。動物園行けなくなっちゃって』
『ママ、うそつき』
『こら、柚樹! ママ具合が悪かったんだから仕方ないだろ』
『ママ、なんでずっとびょーいんにとまるの? とまるのやめて!』
『どうしたんだ? いつもの柚樹らしくないぞ。ママは検査があるって言っただろ。一緒にママを応援しようって言ったよな』
『ごめんね、柚樹。ママも早く帰れるように頑張るからね』
『いやぁ。いますぐかえってきて!』
カンカンカンカン
今日も朝から柚葉がフライパンを叩いている。
「うるっせぇなぁ」
あくびをしながら目をこすったら、指に冷たいものがついて「アレ?」と柚樹は覗き込んだ。
「げっ、なんだこりゃ」
両目から結構な量の涙が流れている。
「なんでオレ泣いてんだ?」
ガンガンガンガン
考える暇も与えないこのやかましさ。
「ぐわぁ」と柚樹は呻いて叫んだ。
「起きたからやめろ~!」
部屋の電気をつけて、片耳を塞ぎながらドアを開けると、フライパンとお玉を持ってにっこり笑う柚葉が立っていた。
「ほら、時間ないよ。早く着替えて降りてきて」
「んだよ、学校は休んでもいいんだろ」
「何言ってんの? 今日は水族館に行くのよ!」
柚葉がぱちりとウィンクをした。古っ、ダサッ。
「早く準備してね~」
エプロン姿でスリッパをつっかけ、パタパタと階段を下りていく柚葉を茫然と見送って(母親か)と思わずつっこむ。
(見た目まあまあなだけに残念だな)
ま、別にいいけど。
(でも水族館か)と、柚樹の口が勝手にほころんだ。遊園地に続いて、久しぶりの響き。
去年の冬くらいから親と出かけるのがなんか微妙で、レジャー的なところには出かけていなかったしな。そうこうしているうちに母さんが妊娠して……
柚樹は頭を振って(何着て行こうかな)と強引に気持ちを切り替えた。
エアコンの目覚まし暖房をセットしていたおかげで部屋はいい具合に暖かい。
でも、遮光カーテンの隙間から冷凍庫の中みたいにヒヤッとする冷気が入り込んできている。
(この時期、朝晩は寒いけど、昼間はまあまあ暖かいんだよな)
昨日の遊園地も昼間は日が当たって結構汗ばんだのに、夕方過ぎから急激に冷え出して、ニットの隙間から入り込む冷たい風に鳥肌が立った。
もし柚葉が機転を利かせて柚樹のパーカーを持ってきていなければ、今頃、風邪をひいて熱が上がっていたかもしれない。
(う~ん、どうするかな)
11月のコーデはムズい。クローゼットの洋服をあれこれ取り出して、柚樹はしばし悩んだ。
(とりあえず、脱着しやすいようにティシャツの上にネルシャツを重ね着して、その上からちょっと厚めのアウターを羽織るかな)
今日の朝食は、サンドイッチだった。
昨日の夜、母さんのおかずを二人で食べている時に「明日の朝食閃いちゃった」と柚葉が言っていたけど。
柚樹は、食パンをめくって(げっ)と、眉をよせた。サニーレタスとスクランブルエッグまではいい。そこに茶色い物体が挟んであるのだ。
「これ、まさかきんぴらごぼうじゃ……」
「ピンポーン。昨日食べた時にピンと来たのよね」
「ピンと来たって、サンドイッチにきんぴらごぼうはないだろ……」
げんなりする柚樹に「まあ、騙されたと思って食べてみて」と柚葉が強引に勧める。
「オレ、あんま、きんぴら好きじゃないんだよな、口の中の水分持ってかれるからさぁ」
母さんのきんぴらごぼうは、給食のよりは食べやすいけど、きんぴらごぼうというメニュー自体が、そもそも成長期の男子はあんまり好きじゃないのだ。とはいえ、せっかく作ってくれたしなと、仕方なくかじってみる。
「どう?」
「……まあまあイケる」
意外なことに、旨かった。
ふわふわのスクランブルエッグとシャキシャキのレタスとしんなり甘辛いきんぴらごぼうが、パンに塗られたマヨネーズによって見事に調和している。
水分の少ないきんぴらごぼうが、すごくジューシーに感じられるのはマヨネーズのせいだろうか。
「でしょー。私、こういう冷蔵庫の、残り物を使った、栄養満点な、レシピが得意なの。略してRNAレシピ」と柚葉が得意げに口角を上げる。
(RNAレシピって)とネーミングに首を傾げつつ、柚樹はきんぴらサンドイッチをシャクシャク頬張りながら尋ねる。
「そういや、柚葉の家って、朝はパン派?」
「どうして?」
「ラピュタパン、変なパンケーキ、サンドイッチって、今までずっとパン系攻めてるから」
柚葉はちょっと考えて「そうね。パン派、パン派」と頷く。
「和朝食じゃ絶対勝てそうにないし」
「ん、何て?」
きんぴらの咀嚼音でよく聞き取れなかった柚樹に「なんでもなーい。食べたらすぐに出発よ」と柚葉はにっこり笑ってみせた。
『とーぷつえん いきたい』
『動物園かぁ。遠いからなかなか行けないのよねー』
『いけないのよねぇ』
『よおし! パパに有給取ってもらって、誕生日はレンタカー借りて、家族で動物園行くぞぉ!』
『いくぞ~』
『柚樹は動物園で何が見たい?』
『うんとねー、あ、そうだ!』
いいこと思いついた! 嬉しい気持ちでむくむくする。
『がようし、がようし』
早く書かなきゃ、忘れないうちに。
『ごめんね。柚樹。動物園行けなくなっちゃって』
『ママ、うそつき』
『こら、柚樹! ママ具合が悪かったんだから仕方ないだろ』
『ママ、なんでずっとびょーいんにとまるの? とまるのやめて!』
『どうしたんだ? いつもの柚樹らしくないぞ。ママは検査があるって言っただろ。一緒にママを応援しようって言ったよな』
『ごめんね、柚樹。ママも早く帰れるように頑張るからね』
『いやぁ。いますぐかえってきて!』
カンカンカンカン
今日も朝から柚葉がフライパンを叩いている。
「うるっせぇなぁ」
あくびをしながら目をこすったら、指に冷たいものがついて「アレ?」と柚樹は覗き込んだ。
「げっ、なんだこりゃ」
両目から結構な量の涙が流れている。
「なんでオレ泣いてんだ?」
ガンガンガンガン
考える暇も与えないこのやかましさ。
「ぐわぁ」と柚樹は呻いて叫んだ。
「起きたからやめろ~!」
部屋の電気をつけて、片耳を塞ぎながらドアを開けると、フライパンとお玉を持ってにっこり笑う柚葉が立っていた。
「ほら、時間ないよ。早く着替えて降りてきて」
「んだよ、学校は休んでもいいんだろ」
「何言ってんの? 今日は水族館に行くのよ!」
柚葉がぱちりとウィンクをした。古っ、ダサッ。
「早く準備してね~」
エプロン姿でスリッパをつっかけ、パタパタと階段を下りていく柚葉を茫然と見送って(母親か)と思わずつっこむ。
(見た目まあまあなだけに残念だな)
ま、別にいいけど。
(でも水族館か)と、柚樹の口が勝手にほころんだ。遊園地に続いて、久しぶりの響き。
去年の冬くらいから親と出かけるのがなんか微妙で、レジャー的なところには出かけていなかったしな。そうこうしているうちに母さんが妊娠して……
柚樹は頭を振って(何着て行こうかな)と強引に気持ちを切り替えた。
エアコンの目覚まし暖房をセットしていたおかげで部屋はいい具合に暖かい。
でも、遮光カーテンの隙間から冷凍庫の中みたいにヒヤッとする冷気が入り込んできている。
(この時期、朝晩は寒いけど、昼間はまあまあ暖かいんだよな)
昨日の遊園地も昼間は日が当たって結構汗ばんだのに、夕方過ぎから急激に冷え出して、ニットの隙間から入り込む冷たい風に鳥肌が立った。
もし柚葉が機転を利かせて柚樹のパーカーを持ってきていなければ、今頃、風邪をひいて熱が上がっていたかもしれない。
(う~ん、どうするかな)
11月のコーデはムズい。クローゼットの洋服をあれこれ取り出して、柚樹はしばし悩んだ。
(とりあえず、脱着しやすいようにティシャツの上にネルシャツを重ね着して、その上からちょっと厚めのアウターを羽織るかな)
今日の朝食は、サンドイッチだった。
昨日の夜、母さんのおかずを二人で食べている時に「明日の朝食閃いちゃった」と柚葉が言っていたけど。
柚樹は、食パンをめくって(げっ)と、眉をよせた。サニーレタスとスクランブルエッグまではいい。そこに茶色い物体が挟んであるのだ。
「これ、まさかきんぴらごぼうじゃ……」
「ピンポーン。昨日食べた時にピンと来たのよね」
「ピンと来たって、サンドイッチにきんぴらごぼうはないだろ……」
げんなりする柚樹に「まあ、騙されたと思って食べてみて」と柚葉が強引に勧める。
「オレ、あんま、きんぴら好きじゃないんだよな、口の中の水分持ってかれるからさぁ」
母さんのきんぴらごぼうは、給食のよりは食べやすいけど、きんぴらごぼうというメニュー自体が、そもそも成長期の男子はあんまり好きじゃないのだ。とはいえ、せっかく作ってくれたしなと、仕方なくかじってみる。
「どう?」
「……まあまあイケる」
意外なことに、旨かった。
ふわふわのスクランブルエッグとシャキシャキのレタスとしんなり甘辛いきんぴらごぼうが、パンに塗られたマヨネーズによって見事に調和している。
水分の少ないきんぴらごぼうが、すごくジューシーに感じられるのはマヨネーズのせいだろうか。
「でしょー。私、こういう冷蔵庫の、残り物を使った、栄養満点な、レシピが得意なの。略してRNAレシピ」と柚葉が得意げに口角を上げる。
(RNAレシピって)とネーミングに首を傾げつつ、柚樹はきんぴらサンドイッチをシャクシャク頬張りながら尋ねる。
「そういや、柚葉の家って、朝はパン派?」
「どうして?」
「ラピュタパン、変なパンケーキ、サンドイッチって、今までずっとパン系攻めてるから」
柚葉はちょっと考えて「そうね。パン派、パン派」と頷く。
「和朝食じゃ絶対勝てそうにないし」
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