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【私の柚樹】
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真剣なまなざしの柚樹が、柚葉の瞳の中に眩しく映る。
柚葉の脳裏には12歳の柚樹と初めて中庭で対面した時のことが浮かんでいた。
自分でも不思議だった。
この、思いっきりあり得ない状況下で、8年後のこの子を見た瞬間、柚樹だとピンと来たのはどうしてなのか。
病気が見つかってから、よく数年後の柚樹を想像していた。
身長制限とか年齢制限とか、幼いがゆえに柚樹が何かできなかったとき、「もう少し大きくなったらやろうね」と私が楽しみにとっておいた数年先の柚樹。
楽しみにしていたわが子の成長は、想像でしか見ることができなくなったから。
幼稚園の入園式直後に私の病気が見つかって、少しでも長く柚樹と一緒にいたくて、私のわがままで休園させてしまった。
だから私は、幼稚園で年中さんに成長して、お友達と楽しく遊ぶ柚樹を想像した。
年長さんになり、卒園式を迎える柚樹も。
それから、ぴかぴかのランドセルを背負う小学1年生の柚樹。
授業参観でぴっと真っすぐな手を上げる柚樹。
放課後、自転車に乗って友達と公園に遊びに行く小学3年生くらいの柚樹。
背がぐんと伸びて、いよいよ小学校の卒業式が近づいた12歳の柚樹少年も……
どんどん頼もしくなる柚樹の傍らには、ちょっとずつしわが増えて、だけどわが子の成長を嬉しそうに見守る自分の姿なんかも付け足した。
でも、私が想像していた12歳の柚樹少年は、同学年より大人っぽくて、知的で、友達や年下の子たちに優しくて、読書を好む物静かな優等生だった。
ところがこの子は、いっちょ前におしゃれに気を遣って、口もそこそこ悪くて、反抗的なわりにウジウジしている、ごく一般的な12歳の男の子だった。
私の知っている物分かりが良くて、幼児にしては賢くて、もしや天才なんじゃ?と幾度となく驚かされた柚樹も、成長するとこんな平凡になっちゃうのか、と、ちょっぴりがっかりしたのだ。
まあ、顔はなかなか精悍でイケメンだと思うけれど。
顔と言えば、確かにこうして見慣れてしまえば、面差しも見て取れる。
見て取れるというより、今となっては思いっきり4歳の柚樹が大きくなった顔をしている。
顔だけで同一人物だとはっきりわかるくらいに。
でも、一瞬で、私がこの子に気づいたのは、そこじゃない。
「? どうかした?」
黙りこくった柚葉を心配そうにのぞき込む柚樹に「ううん、なんでもない」と笑いかけ「さて、仕上げるわよ」と、どんぶりを手にして炊飯器を開けた。
白い湯気がもわんと広がって、炊き立てのご飯の匂いが漂う。
ご飯をよそい、その上に柚樹が汗をにじませながら作った柚子のキャベツ丼の具をこんもりと盛りつけていく。
4歳の柚樹も、赤ちゃんの頃の柚樹も、そして目の前にいる12歳の柚樹も。
どんなに顔や背丈や喋り方が変わっても、中身は、真ん中の芯みたいものは変わらないのだ。
具材や味付けがちょっと違っていても、キャベツ丼はキャベツ丼のように、柚樹は柚樹だったから、だから、私はこの子に気がついた。
そんな当たり前の事実が、柚樹が変わらず柚樹であることが、泣きたくなるくらいに嬉しい。
「いや、オレさすがにこんなに食べれないかも」
どんぶりを見た柚樹がぎょっとしている。あ、盛り過ぎた。と、思ったけれど平気な顔をする。
「大丈夫! ペロッといけちゃうんだから」
「いやぁ、さすがにこれは無理じゃね?」
「全く、そういうのは食べてからいいなさいよ。はい、テーブルに運んで」
「へいへい」
「はい、でしょ」
「へ~い」
時間の経過と共に、雑な言い方をするようになった柚樹に、全くこの子は。と、苦笑しながらも、そういうところまで愛おしいと思う。
相も変わらず、この子のことが、とんでもなく愛おしい。
誰にも渡したくない、と、思ってしまうほどに……
柚葉の脳裏には12歳の柚樹と初めて中庭で対面した時のことが浮かんでいた。
自分でも不思議だった。
この、思いっきりあり得ない状況下で、8年後のこの子を見た瞬間、柚樹だとピンと来たのはどうしてなのか。
病気が見つかってから、よく数年後の柚樹を想像していた。
身長制限とか年齢制限とか、幼いがゆえに柚樹が何かできなかったとき、「もう少し大きくなったらやろうね」と私が楽しみにとっておいた数年先の柚樹。
楽しみにしていたわが子の成長は、想像でしか見ることができなくなったから。
幼稚園の入園式直後に私の病気が見つかって、少しでも長く柚樹と一緒にいたくて、私のわがままで休園させてしまった。
だから私は、幼稚園で年中さんに成長して、お友達と楽しく遊ぶ柚樹を想像した。
年長さんになり、卒園式を迎える柚樹も。
それから、ぴかぴかのランドセルを背負う小学1年生の柚樹。
授業参観でぴっと真っすぐな手を上げる柚樹。
放課後、自転車に乗って友達と公園に遊びに行く小学3年生くらいの柚樹。
背がぐんと伸びて、いよいよ小学校の卒業式が近づいた12歳の柚樹少年も……
どんどん頼もしくなる柚樹の傍らには、ちょっとずつしわが増えて、だけどわが子の成長を嬉しそうに見守る自分の姿なんかも付け足した。
でも、私が想像していた12歳の柚樹少年は、同学年より大人っぽくて、知的で、友達や年下の子たちに優しくて、読書を好む物静かな優等生だった。
ところがこの子は、いっちょ前におしゃれに気を遣って、口もそこそこ悪くて、反抗的なわりにウジウジしている、ごく一般的な12歳の男の子だった。
私の知っている物分かりが良くて、幼児にしては賢くて、もしや天才なんじゃ?と幾度となく驚かされた柚樹も、成長するとこんな平凡になっちゃうのか、と、ちょっぴりがっかりしたのだ。
まあ、顔はなかなか精悍でイケメンだと思うけれど。
顔と言えば、確かにこうして見慣れてしまえば、面差しも見て取れる。
見て取れるというより、今となっては思いっきり4歳の柚樹が大きくなった顔をしている。
顔だけで同一人物だとはっきりわかるくらいに。
でも、一瞬で、私がこの子に気づいたのは、そこじゃない。
「? どうかした?」
黙りこくった柚葉を心配そうにのぞき込む柚樹に「ううん、なんでもない」と笑いかけ「さて、仕上げるわよ」と、どんぶりを手にして炊飯器を開けた。
白い湯気がもわんと広がって、炊き立てのご飯の匂いが漂う。
ご飯をよそい、その上に柚樹が汗をにじませながら作った柚子のキャベツ丼の具をこんもりと盛りつけていく。
4歳の柚樹も、赤ちゃんの頃の柚樹も、そして目の前にいる12歳の柚樹も。
どんなに顔や背丈や喋り方が変わっても、中身は、真ん中の芯みたいものは変わらないのだ。
具材や味付けがちょっと違っていても、キャベツ丼はキャベツ丼のように、柚樹は柚樹だったから、だから、私はこの子に気がついた。
そんな当たり前の事実が、柚樹が変わらず柚樹であることが、泣きたくなるくらいに嬉しい。
「いや、オレさすがにこんなに食べれないかも」
どんぶりを見た柚樹がぎょっとしている。あ、盛り過ぎた。と、思ったけれど平気な顔をする。
「大丈夫! ペロッといけちゃうんだから」
「いやぁ、さすがにこれは無理じゃね?」
「全く、そういうのは食べてからいいなさいよ。はい、テーブルに運んで」
「へいへい」
「はい、でしょ」
「へ~い」
時間の経過と共に、雑な言い方をするようになった柚樹に、全くこの子は。と、苦笑しながらも、そういうところまで愛おしいと思う。
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