YUZU

箕面四季

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【おわりのはじまり】

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 病院のベビーベッドの中を、柚樹は息をひそめて覗き込む。

「……ちっちゃい」
「3800gだから大きい方だぞ。柚樹は3300gだったからな」

「ユズ、赤ちゃんの手に指を近づけてみて」
 母さんに言われて、恐る恐るもみじ饅頭みたいな右手に人差し指を突っ込んでみる。
 きゅっと、柚樹の指を赤ちゃんが握りしめた。

「わっ」
「生まれたての赤ちゃんがする反射なのよ」

 あったかくて、小さくて。なんか、胸が。
「……可愛い」
 思わず呟くと、父さんと母さんが顔を見合わせて笑う。それが恥ずかしくて、柚樹は赤ちゃんだけに注目した。

 小さい。サルみたい。だけど。
 オレの、妹。

 自分の中に生まれる、この、きゅんとした気持ちはなんなんだろう。
 呼びかけたら反応するかな? でも、なんて呼べばいいんだ?

「赤ちゃん」も変だし「妹」は、もっと変だし……
 柚樹は、父さんと母さんに尋ねた。

「赤ちゃんの名前、なんていうの?」
 そういえば、ずっと赤ちゃんの話題を避けてきたせいで、柚樹はまだ赤ちゃんの名前を知らなかったのだ。
 父さんと母さんがまた驚いたように顔を見合わせ、笑った。もったいぶるように、父さんが咳払いをする。

「ゆずは、って言うんだ」
「え??」
 柚樹は思わず耳を疑った。今、父さん、なんて言った?

「柚樹の柚に、葉っぱの葉と書いて柚葉にしたのよ」と、母さんが補足する。
(柚樹の柚に、葉っぱの葉?)

 父さんが「じゃじゃーん」と、どこからともなく習字の半紙を取り出して広げた。力強くへたくそな父さんの癖字が目に飛び込んでくる。

『秋山 柚葉』
 確かに、そう書かれている。

『柚の木の柚と、葉っぱの葉で柚葉。私、秋山柚葉って言うの』
 頭の中で、瞳の大きな女子高生がにっこり笑っていた。

「秋山、柚葉って」
 こんな偶然があるなんて。

(偶然? それとも……)
 その時、赤ちゃんがふわぁと可愛いあくびをしながら、両手のひらをぱあっと開いた。

「!」
 左手の、ど真ん中に、ボールペンで付けたみたいな、小さな小さなほくろがぽちっと見えた。

『ここ、このちょうど真ん中にほくろがあるの。これ。ほら、ビーム! みたいな! これ、すごい特徴でしょ? 見覚えない?』
 ずいっと差し出された柚葉(中身はママだったのだけれど)の手のひらにも、同じ場所にほくろがあった。

『きっと、生まれ変わって……』
 ママの最後の言葉が浮かび、呆けた顔で赤ちゃんを凝視している柚樹を見て、父さんが不安げに声をかけてくる。

「名前、あんまりか?」
 頬に手を当て、母さんも考え込む。

「やっぱりグローバル社会だし、海外でも通じる名前の方がいいかしら。レナとか、リサとか。あとは、れん、とか、あおい、みたいなジェンダーレスネームにするとか」
「いい名前だと思ったんだけどなぁ……出生届はまだ出してないから、もう一回、三人で考え直すか」

「ダメ!」
 思わず叫んでから、柚樹はハッと口を両手で隠し、慌てて赤ちゃんを見る。柚樹の大声をもろともせず、赤ちゃんは気持ちよさそうにすやすや眠っていた。

 ホッと胸をなでおろした柚樹は、今度は声のボリュームを下げて、だけどめちゃくちゃ真剣に父さんと母さんに伝えた。

「柚葉がいい!! ホント、めっちゃ、超絶いい名前だよ! 柚葉以外あり得ないから! だから変更とか、ホント、マジで絶対なしだから!」
 柚樹の迫力に気圧されながら、父さんが頷く。

「そ、そうか? まあ、そんなに気に入ってくれたなら良かったよ」
「そうね。お兄ちゃんにいい名前って言われて良かったわね、柚葉」
 赤ちゃんのほっぺをちょんと触って、母さんが微笑む。お兄ちゃん、という響きがくすぐったくて。

「柚葉」
 柚樹は赤ちゃんに呼びかけた。

「オレが兄ちゃんだよ」
 それから、赤ちゃんだけに聞こえるようにそっと顔を近づけて、柚樹は囁く。

「今度はオレが守る番だね」
 柚樹の声が聞こえたのか、それとも、ただの偶然か。

 目をつぶったまま、柚葉は、にこーっと愛らしく笑ったのだった。

                                       おしまい
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