YUZU

箕面四季

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【スピンオフ 秋山柚葉、家出する】

【現れた刺客】

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 皮膚を刺すように冷たい潮風、カラカラにひび割れた土の田んぼ、てっぺんだけ雪のかかった遠くの山。

 小さな駅舎を出た瞬間、海と土と山をごった混ぜした寒気が柚葉の鼻腔から全身の細胞を駆け巡る。おかげでやっと朦朧としていた頭が覚醒した。

「さむっ」
 呟いたら、白い息が出た。雪は降っていない。でも冬の海から流れてくる凍った強風で、耳が痛い。

 駅の時計は午後3時37分を指していた。3時、と思ったら、お腹がぐぅっと鳴る。そういえば、浴衣リメイクに熱中しすぎて、お昼も食べそこねていた。

「お腹空いた……」

 おじいちゃんの焚火イモ食べたいな。と思う。
 焚火イモとは、焚火でする焼き芋のこと。小さい頃にお兄ちゃんがそう教えてくれた。

 昔はよく、お兄ちゃんと一緒に、夏目のおじいちゃんの家の畑で焚火をして焚火イモを食べた。焚火でする焼き芋は、お母さんがオーブンで作る焼き芋とも、スーパーで売ってる石焼き芋とも、冬にトラックで回ってくる石焼き芋屋さんのとも違う。

 何が違うかって言われても上手く説明できないけど、食べた瞬間に、ああ、焚火イモだーって、すごーく幸せになる味がするのだ。

 今、それが無性に食べたい。

 でも、今日は無理だろうな。焚火イモは、結構手間だから。
 乾燥した落ち葉や枯草を集めて焚火をして、端っこの温度の低い部分にアルミホイルを巻いたサツマイモを置いて、じわじわ熱を加えていくから、出来上がるまでに2時間はかかる。つまり今から準備したら、焼き芋ができる頃には真っ暗だ。

(食べられないって思うと、余計に食べたくなるのはなんでだろう)

 柚葉が残念だなと思った時「おーーーい」と、遠くから夏目のおじいちゃんの声が聞こえた。
 目を凝らすと、遠くで細く煙が上がっていて、おじいちゃんらしき影がこちらに向かって手を振っている。柚葉には、かろうじてあそこらへんが夏目のおじいちゃんちの畑だろうなとわかる距離。

「相変わらず目がいいな、おじいちゃんは」と、柚葉も手を振り返し、畑に向かって走り出した。


「柚葉、グッドタイミングだ。ちょうどイモが焼きあがるぞ」
 パチパチ爆ぜる炎が、夏目のおじいちゃんをオレンジ色に照らしている。

「すごい偶然! 焚火イモ食べたいなってちょうど思ってたの!」
 柚葉は興奮しながら、おじいちゃんに笑いかける。
 焚火イモが食べたいと考えてたら、ちょうど焼きあがるところって。ホントすごいよね。

「お前の母さんから、たぶんお前がこっちに来るだろう、ちゅう、電話貰ったからな」
 トングで焼き芋の具合を確かめていた夏目のおじいちゃんが、顔を上げてニヤッと笑う。

「……なーんだ」と、おじいちゃんを横目でジロリと睨む。別におじいちゃんは悪くないけど。
 それにしても、おじいちゃんのこういう、なんていうか飄々とした感じ?が、お兄ちゃんにそっくりなのは、何でなんだろう。

 二人は血が繋がってないはずなのに、お兄ちゃんは、お父さんより断然夏目のおじいちゃん似。表情やしぐさが似ているせいで、顔まで似ている気がする。

 逆に、夏目のおじいちゃんはお母さんの父親だけど、几帳面で真面目なお母さんとは全然似ていない。どっちかって言えば、春野のおじいちゃん、つまりお兄ちゃんのママのお父さんで、お母さんとは血のつながりのない寡黙な春野のおじいちゃんの方が、お母さんの父親っぽいと思う。

 お父さんは……普通に、秋山のおじいちゃんおばあちゃんの息子って感じがする。まあ、中学に入ってからあんまりお父さんと喋ってないし、よくわかんないけど。

 じゃあ、私は?

 私は誰に似ているんだろう。……私とお兄ちゃんは、ちゃんと兄妹に見えるかな。私はお兄ちゃんの妹っぽく見えてるんだろうか。それとも……

 喉の奥がぎゅっと詰まる感覚に、柚葉は頭をブンブン振った。とにかく、こんなに早くに居場所がバレるなんて予想外。
 きっとお母さんのことだから、もうこっちに向かってるんだろうな。柚葉はぷくぅと頬を膨らませる。

「お母さんが迎えに来ても、私帰らないから」
「そうだろうと思って、じいちゃん、刺客を用意した」
 待ってましたとばかりに、夏目のおじいちゃんが意味ありげな笑みを浮かべる。

「刺客?」
「よ!」
 背後からポンと肩を叩かれ、振り返った柚葉は目を丸くする。

「お兄ちゃん?」
「家出した妹を回収しに来た」
 お兄ちゃんが、夏目のおじいちゃんみたいにニヤっと笑って立っていた。
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