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ほたるの記憶 ~小学生編~

戦闘モード解除

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「その時にいきなりぽんって、肩を叩かれたの」

 気がつくと何人かの女子に取り囲まれていて、代表の子が「ねえ、どうするの?」とイライラした様子で詰め寄っている。
 目の悪い橘さんは、その子の顔をよく見ようと目を凝らした。
 すると「何?」と相手が怒ったのだ。

「それで『ごめんなさい』って謝ったら『もういい』って帰って行っちゃったの」

「……橘さん面白すぎ」
 あっけに取られていたももちゃんが噴き出した。

 でも橘さんは「私桜井さんに謝ったほうがいいかな。誰かわからなくてそのままにしちゃってたから」と青ざめている。
「いらないでしょ。別に橘さん悪くないし」と、さなえちゃんがぼそりと言った。

「でも、橘さん、視力の本じゃなくて、もっと難しそうな本読んでなかった?」とほたるは首を傾げる。
「私、その4Dしか見てないよ」

「え、でも表紙が」
「あ。あのね、表紙だけお父さんの夏目漱石をかぶせてるの。『目が良くなる本』なんか見てたらみんなに引かれちゃうと思って」

「……夏目漱石見てるほうが引かれる気がするけどね」
 さなえちゃんの呆れた声に「そうなの?」と橘さんの綺麗な二重が大きくなった。

(そうか、体育も目が見えなかったから……)

 体育の授業であまり動かない橘さんを「都会の子だからって、いい気になってるよねー」と桜井さんたちが言ってたけど、目が見えなかったら危なくて動けないのは当然だ。

「今も見えてないの? 焦点合ってる気がするのにぃ」
 驚くももちゃんに橘さんは首を振った。

「昨日、深山さんが話しかけてくれたでしょ。私、嬉しいことが起きた時と、気合いを入れる時にキャンディー缶からキャンディーを一つ取り出して舐めるの。でね、キャンディー缶を開けたら、コンタクトレンズのケースが入ってたの。そういえば私、転校初日の朝、コンタクトレンズをお母さんに見つからないようにこっそり部屋で外したあと、気合いをいれるためにキャンディ食べたの。その時に、缶に入れちゃったみたい。ずっと教室で無くしたと思ってたから、びっくりしたわ」

『……』

「だから、今はみんなの顔がすっごくよく見える」
 橘さんはにっこり笑ってほたるたちを見回した。

「ならさ、目が見えないのに、ほたるのこと気になってたのは何で?」と、さなえちゃんが疑いのまなざしを向ける。
「それはだって」と、橘さんがほたるに向かって微笑んだ。

「だって深山さん、私が自己紹介した直後に鼻血出したでしょ。誰かが『深山ほたるちゃんが鼻血出してます』って言ったのがすごく印象に残ってて、私、人の名前覚えるの苦手なんだけど深山さんだけは、その日のうちに覚えちゃって、ずっとどんな子だろうって気になってたの」

 それを聞いたさなえちゃんが「天然だな」と戦闘モードを解除する。

「だねー」とももちゃん。
「?」

 クエスチョンマークの橘さんに「つまりぃ、あたしたち、これからよろしくねってことだよん」とももちゃんがピースした。
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