盲いた王子と悪役令嬢

早乙女 純

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ヴァーデル領編

森の主

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 私たちは夕食を終え少し休んでいた。アルベール様はヴァーデル領の現状を村長に聞いていた。

「この辺りでは収穫はどうですか?」

「えぇ、特に問題ありません。ここらでは森の主の影響もあってか食物の育ちも安定しているのです」

 村長は深く頷きそう答えた。私は森の主という言葉に引っ掛かった。アルベール様も気になったようで村長に尋ねた。

「森の主とはどのような生き物なのでしょう」

「はい、森の主とは遥か太古から生きる巨大な狼で自然を操る力を持つと伝えられています。また、ここで主に信仰されている神様です」

「なるほど……」

 私もアルベール様も信仰物であることを知り納得した。

「ですから、森を通る際は失礼ないようにお願いをしたいのです。かつて、この森を開拓しようとした貴族様がその森の主を殺そうと大軍を出したそうです。するとその軍隊ごとここら一帯が氷で覆われ、作物は一切取れない不毛の大地になったそうです。その後、村々の村長で集まり森の主に許しを請うたそうです。森の主は自身を崇め、年に一度祭りを行うことを求めました。そして、それぞれの村は言われた通りに行い、やっと今のような緑豊かな大地に戻ったとのことです。ちなみにその貴族様はその失態で没落し、ここが王領として扱われるようになったそうです」

 中々興味深い話だった。本当にそのような狼がいるならすごいことだ。この世界は私のいた世界と似ている歴史を辿っている。そこにいきなりファンタジー要素が飛び込んできたのだ。前世ではファンタジー小説が好きだった私としてはその狼に会って見たいものだ。村長は私たちが話半分に聞いていると感じたのか

「私が幼い頃、森で迷子になったことがありまして、私が彷徨って泣いていると大きな狼が現れて顔を覗かれたのを覚えています。そして首を口に咥えられて森のそとにほっぽり出されたのです。さっきの話はただの古びた伝説という訳でなく事実ですので、お間違えなき様お願い致します。間違っても森の主を殺そうなど考えないでいただきたい」

 鋭い目つきでそう言った。村長宅は張り詰めた空気になった。冗談で言っている訳ではないようだ。

「えぇ、もちろんです。私は何も森を全てを切り拓くつもりもありません。私たちに関心があるのはこの森を抜けた先にある平地です。森の主にちょっかいをかけるつもりはありませんのでご安心ください」

 アルベール様がそう言うと村長たちも納得したのか村長宅は元の雰囲気に戻った。

「そうですか。それはよかった。森と共存している我々とって森の主は平穏をもたらしてくれる神様のですので、何卒よろしくお願いいたします」

 村長は最後にそういう風に話をしめた。その後、夜も更けてきたので私たちは部屋に戻り寝ることにした。私はアンナを連れて部屋に戻った。私はさっきの話をどう思ったかをアンナに聞いてみたくなって尋ねた。

「ねぇ、アンナ。さっきの話どう思った?」

「そうですね。にわかに信じがたいです。そんな御伽話のような話を信じれと言われても困ります。仮にいるとしたら恐ろしい話ですね。それこそ森の主を殺そうとした貴族の気持ちがわかります」

 アンナは信じてないようにそう言った。私も前世の知識があるが故に半信半疑だ。

「やっぱりそうよね。でも私はいて欲しいし会ってみたいと思ってしまうわ。そして背中に乗せてもらいたいわ。そう思ってしまうわ。そっちの方が夢があるし、これからが楽しみなるから。それに別に人間を好んで襲う感じではなさそうだしいても殺す必要がなさそうだから」

 私がそう言うとアンナは私を驚いて見た。

「現実的なお嬢様からそのような言葉が出るとは思いませんでした。ですが、今のお嬢様はとても楽しそうでなりよりでございます。お嬢様がまだ第二王子の婚約者になる前のように自然な笑顔がまた見えれて私は嬉しい限りでございます」

 アンナは嬉しそうにそう言った。私はそう言われて少し恥ずかしくなってしまった。精神年齢43歳のおばさんである私が夢物語を聴いてはしゃいでしまって幼い少女が言うようなことを言ってしまったからだ。私はすぐにベットの枕で顔を隠した。私は随分と浮かれていたらしい。きっとお米に出会えたせいだと思いたい。そんな言い訳じみたことを考えながら私がうずくまっているとアンナがクスクスと笑い出したのだ。ちょっと拗ねたように私が膨れた顔を見せるとさらにアンナは笑った。私も何だか面白くなってその笑いにつられて笑ってしまうのだった。そうして私はヴァーデル領入り初日の夜を穏やかに過ごしたのだった。
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