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2章 デビュー戦
28話 400mデビュー
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「皆様方! お疲れ様です、ナイスファイトでした」
「3人とも、いい走りだったわよ」
400m予選を終えてスタンドに戻ると、真記と榊先生に声をかけられる。
すでに他の部員達は自分の種目の準備に出払っているようで、取材に来ている新聞部の2人が留守番をしていてくれたのだ。
400mはタイム順で16人が決勝に進む。
そして決勝2組の中からさらに12人が都大会出場だ。
タイトなスケジュールのため準決勝はなく、タイムレースで決勝進出者が決まるため、最後まで流す余裕はない。
3人は全力で走り、歌は自己ベストを更新、陽子と伊緒も狙っていたタイムを出すことができた。
さらに歌が全体9位、陽子が全体14位で決勝進出を果たしている。
「陽子殿、高校デビュー戦にして決勝進出おめでとうございます! 予選は1年生とは思えない終盤の強さを見せてくれましたが、決勝への意気込みをお願いしますぞ」
「ありがとう! 中学時代は正式種目に400mがなかったから、大会で400mを走るのは今回が初めてだったんだけど、やっぱりペース配分で少し失敗したかな、と反省。でもなんとか決勝に残れたし頑張りたいと思うよ」
四継の予選を見て、自分も! と火がついた陽子は快走だった。
200mまで慎重に走るとそこから徐々にペースを上げ、最後のホームストレートで他の選手のポジションを確認してから一気に3人抜きで1位のゴールだった。
ペースが掴めず慎重に他の選手についていく形でレースを進めたが、ホームストレートに入った時点で想定以上に体力に余裕があることに気付き、前の選手、全部抜ける! とスパートをかけたのだ。
「なるほどなるほど、あのスパートは余力を残し過ぎた、という反省なんですな。観客としては面白かったですが、確かに決勝は格上ばかり。手を抜く余裕はなさそう、っと」
陽子の回答を手帳に走り書きをし、真記は伊緒の方を向く。
「次は伊緒殿! 陸上経験なしで正真正銘のデビュー戦、いかがでしたか!」
「私は予想通りの予選落ちだけど、初めてレースを走れて楽しかったかな。予選って言っても私にとっても憧れのステージで、組で7着って全然まだ下の順位なんだけど、最後に8位の選手に競り勝てて、自分でも戦えてるんだ。って思えたから今日のところは満足! 70秒を切るって目標もなんとかクリアできたし」
スピードが絶対的に不足している伊緒は、スタートから積極的に集団についていった。
その作戦は成功、仮に1人で取り残されたら今回ほどスパートする気力が湧かなかっただろうが、競り合うことになったお陰で、伊緒は全身全霊のラストスパートをすることができた。
「69秒61。人と比べれば大したことないタイムだけど、これから一生、この数字を聞くだけで今日のレースを、最後の競り合いを思い出せる気がするの。陸上選手が記録を、まるで名前のように大切にする気持ちが、ようやく私も分かった気がする。自分の数字、自分が勝ち取った数字なんだって気がするから」
傍から見れば、記録はただの数字の羅列。
しかし、陸上選手にとって記録とは、これまでの努力と当日の戦い、全てが凝縮された結果なのだ。
積み重ねた努力や、乗り越えた挫折、葛藤。そんなものは、観衆には見えない。
しかし記録は、誰の目にも公平に、そして正確に見える。
かつてある選手は言った。
陸上競技とは、努力を数字にするスポーツだと。
ここまで手帳に書いてから、真記は「これはいい記事が書けるぞ」と満足げに笑う。
「最後に歌先輩! 60秒88の暫定9位で都大会は射程圏内ですが、決勝に向けて一言お願いします!」
「まず、予選で自己ベストを出せてよかったです。そのお陰で9位に入れてますが、これはまだ”そのタイムで走ったことがある選手”だから、次は”そのタイムで走れる選手”になれるように頑張ります。あと、決勝は陽子ちゃんと同じ組だから、先輩として引っ張れるように、さらに速く、強く、走ります」
「歌ちゃん、完璧な回答ね……」
「流石は次期部長ですなあ!」
榊先生も驚くほどの完璧な回答でインタビューに応えた歌は「まだまだ、自分は弱いので」と謙虚に言う。
よく、ロリ先生は「強い選手と速い選手は違う」と言っている。
いいコンディションで好記録を出せる選手など、全国には履いて捨てるほどいる。
しかし上のステージに進めるのは、どんなコンディションでも”勝てる”選手だ。
予選の走りは、歌にとって満足のいくものだった。
しかし、次もこの走りができるとは限らない。
歌が尊敬する3年生は”強い選手”だ。
次に部長を担う歌は、こんなところで気を緩めるわけにはいかない。
すでにショートスプリントで自分以上の実力を持ち、400mでも1本勝負なら大差のない瑠那。
そして早くも400mで決勝進出を果たした陽子。
遅かれ早かれ歌は負け、主力の座は2人のものになるだろう。
才能の違いは、簡単には埋められない。
しかし、だからこそ、自分自身にだけは負けられないのだ。
その背中をもって、まだ未熟な後輩達に”強さ”を語るため、歌は成長し続けなくてはならない。
後輩達が自分を追い越すとき、少しでも高い壁になれるように。
その強い覚悟は、確かに陽子に伝わった。
「3人とも、いい走りだったわよ」
400m予選を終えてスタンドに戻ると、真記と榊先生に声をかけられる。
すでに他の部員達は自分の種目の準備に出払っているようで、取材に来ている新聞部の2人が留守番をしていてくれたのだ。
400mはタイム順で16人が決勝に進む。
そして決勝2組の中からさらに12人が都大会出場だ。
タイトなスケジュールのため準決勝はなく、タイムレースで決勝進出者が決まるため、最後まで流す余裕はない。
3人は全力で走り、歌は自己ベストを更新、陽子と伊緒も狙っていたタイムを出すことができた。
さらに歌が全体9位、陽子が全体14位で決勝進出を果たしている。
「陽子殿、高校デビュー戦にして決勝進出おめでとうございます! 予選は1年生とは思えない終盤の強さを見せてくれましたが、決勝への意気込みをお願いしますぞ」
「ありがとう! 中学時代は正式種目に400mがなかったから、大会で400mを走るのは今回が初めてだったんだけど、やっぱりペース配分で少し失敗したかな、と反省。でもなんとか決勝に残れたし頑張りたいと思うよ」
四継の予選を見て、自分も! と火がついた陽子は快走だった。
200mまで慎重に走るとそこから徐々にペースを上げ、最後のホームストレートで他の選手のポジションを確認してから一気に3人抜きで1位のゴールだった。
ペースが掴めず慎重に他の選手についていく形でレースを進めたが、ホームストレートに入った時点で想定以上に体力に余裕があることに気付き、前の選手、全部抜ける! とスパートをかけたのだ。
「なるほどなるほど、あのスパートは余力を残し過ぎた、という反省なんですな。観客としては面白かったですが、確かに決勝は格上ばかり。手を抜く余裕はなさそう、っと」
陽子の回答を手帳に走り書きをし、真記は伊緒の方を向く。
「次は伊緒殿! 陸上経験なしで正真正銘のデビュー戦、いかがでしたか!」
「私は予想通りの予選落ちだけど、初めてレースを走れて楽しかったかな。予選って言っても私にとっても憧れのステージで、組で7着って全然まだ下の順位なんだけど、最後に8位の選手に競り勝てて、自分でも戦えてるんだ。って思えたから今日のところは満足! 70秒を切るって目標もなんとかクリアできたし」
スピードが絶対的に不足している伊緒は、スタートから積極的に集団についていった。
その作戦は成功、仮に1人で取り残されたら今回ほどスパートする気力が湧かなかっただろうが、競り合うことになったお陰で、伊緒は全身全霊のラストスパートをすることができた。
「69秒61。人と比べれば大したことないタイムだけど、これから一生、この数字を聞くだけで今日のレースを、最後の競り合いを思い出せる気がするの。陸上選手が記録を、まるで名前のように大切にする気持ちが、ようやく私も分かった気がする。自分の数字、自分が勝ち取った数字なんだって気がするから」
傍から見れば、記録はただの数字の羅列。
しかし、陸上選手にとって記録とは、これまでの努力と当日の戦い、全てが凝縮された結果なのだ。
積み重ねた努力や、乗り越えた挫折、葛藤。そんなものは、観衆には見えない。
しかし記録は、誰の目にも公平に、そして正確に見える。
かつてある選手は言った。
陸上競技とは、努力を数字にするスポーツだと。
ここまで手帳に書いてから、真記は「これはいい記事が書けるぞ」と満足げに笑う。
「最後に歌先輩! 60秒88の暫定9位で都大会は射程圏内ですが、決勝に向けて一言お願いします!」
「まず、予選で自己ベストを出せてよかったです。そのお陰で9位に入れてますが、これはまだ”そのタイムで走ったことがある選手”だから、次は”そのタイムで走れる選手”になれるように頑張ります。あと、決勝は陽子ちゃんと同じ組だから、先輩として引っ張れるように、さらに速く、強く、走ります」
「歌ちゃん、完璧な回答ね……」
「流石は次期部長ですなあ!」
榊先生も驚くほどの完璧な回答でインタビューに応えた歌は「まだまだ、自分は弱いので」と謙虚に言う。
よく、ロリ先生は「強い選手と速い選手は違う」と言っている。
いいコンディションで好記録を出せる選手など、全国には履いて捨てるほどいる。
しかし上のステージに進めるのは、どんなコンディションでも”勝てる”選手だ。
予選の走りは、歌にとって満足のいくものだった。
しかし、次もこの走りができるとは限らない。
歌が尊敬する3年生は”強い選手”だ。
次に部長を担う歌は、こんなところで気を緩めるわけにはいかない。
すでにショートスプリントで自分以上の実力を持ち、400mでも1本勝負なら大差のない瑠那。
そして早くも400mで決勝進出を果たした陽子。
遅かれ早かれ歌は負け、主力の座は2人のものになるだろう。
才能の違いは、簡単には埋められない。
しかし、だからこそ、自分自身にだけは負けられないのだ。
その背中をもって、まだ未熟な後輩達に”強さ”を語るため、歌は成長し続けなくてはならない。
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その強い覚悟は、確かに陽子に伝わった。
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