審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

文字の大きさ
26 / 111
第一章 七不思議の欠片

ガバガバ階段

しおりを挟む

「ああ、そうだ。……最初から考えるぞ」

 俺は黒板から離れて、先ほど座っていた机の椅子に腰かけた。沢村の近くで仁王立ちしていた月島も、沢村の後席の机の上に腰を下ろした。

「月島は何故この怪談話を知ったんだ?」

 月島はうーん、と暫く考え込み、

「そうだな、確かクラスの女子たちと樋脇で話していた時だったかな。その時に女子たちから鏡の怪異を教えて貰ったんだ。樋脇は俺と同じで初めて聞いた話だったみたいで、驚いていたっけな。そしたら別の女子が階段で誰かが落とされなければ発生しないって言いだして、黒い影の幻想死の存在も知ったんだ」
「最近までは七不思議が無かったからな。話の出どころが知りたい。彼女たちが何処から知ったのか、聞いてくれるか?」
「分かった。聞いてみるよ」

 月島が了承する。
 話の出どころは俺の頼みを聞いたあいつらからだ。月島が調べても無意味だが、月島は第六感が働く。下手に手を抜けば、俺のことを怪しむかもしれない。沢村ならどうとでも躱せるが、月島の手綱を握れるのは樋脇ぐらいか。

「あのさ、ずっと気になってたんだけど」

 沢村がおそるおそる片手を挙げた。

「どうかしたのか」
「そもそも黒い影の幻想死って出現してなくない?」

 そう口籠りながら聞いてくるので、俺は月島へと視線をずらした。
 それは月島のせいだ。こいつがふざけなければ、この事態は起こらなかった。俺にとっては幸運が転がり込んだものだが、沢村にとっては地獄へと呼び込む悪魔の囁きに違いない。
 当の本人はただ笑みを浮かべるばかりで、沢村はこいつを殴っても良いだろ。その権利がある。

「悪い悪い。まさかさ、あれで判定されるとは思わなかったからさ」

 ――こりゃ駄目だ。反省する気がさらさらない。
 沢村は未だに理解出来ていないようで、視線を彷徨わせた。

「あの時、こいつは俺を階段から落とそうとしただろ? 確かに俺は二、三段ほど階段から落下した。おそらくその時に鏡の怪異に目を付けられたんだ」
「え、あれだけで……?」

 実際のところ、黒い影の幻想死なんて出現していなかったが、何を勘違いしたのか鏡の怪異は安易に出現してしまった。

「怪異ってやつは勝手ね」
「だよな! 判定がガバガバ過ぎてウケたわ」
「お前は反省しろ」

 どうせ反省しないだろうがな。

「でもナンバー四って、一番上まで階段に上らない限りは出現しないんじゃないの?」

 沢村の言う通り、俺もそこが引っ掛かっていた。出現する条件すら揃っていないのだから摩訶不思議な話だ。

「ナンバー四自体が存在しないって話もあんじゃねえの」
「それなら鏡の怪異の出現自体に問題があることにもなるだろ。発動条件が必ずしも存在するんだ。それなのに誰彼構わず襲う訳がない」
「うーん。そう言えば私を助けてくれたあの夜、黒川くんって何処にいたんだっけ。教室にいた、訳ないよね。真っ暗だったし、もっと早く私を助けに入ってくれただろうし」

 たとえ教室にいたとしても、月島の情報があまりにも足りなかったので、沢村をすぐに助けることはしなかっただろうな。それに真っ暗な教室で一人、佇む俺はあまり想像したくない。

「俺は逆の階段を上って教室に向かってた。その最中でお前が月島に襲われていたのを見掛けたんだ」
「一応、階段は最上階まで上っていることにはなるわね。もしかしてそゆコト?」

 沢村が困り眉になりながら声を潜ませる。
 沈黙が広がる。――まさかの、階段があればどの階段でもお構いなしってことかよ。一体誰がそんな設定を考えたんだ。あいつらか、あいつらなのか? 頭が痛む話だが、阿呆が阿呆を呼んで実際に怪異が姿を現した。正しく偶然、否――悪運が強かったのかもしれない。俺は溜息を吐いた。
 それとも怪異は未だに不安定だと言う証なのだろうか。あのニュースでもあいつは無事だったし、綺麗に稼働していない可能性もある。

「ナンバー四はスルーして良いだろ。発動条件を既に踏んでしまったし、考えても無駄だ」
「でも他の人が私たちみたいに遭遇しちゃうかもっ」
「お前らみたいに、夜まで校舎に潜むやつがいると思うか?」

 他人を心配して声を荒げた沢村に反論すると、彼女は押し黙った。普通の感性を持つ人間は、夜の学校に忍び込もうなんて考えるかよ。校門や裏門には警報がセットされているし、下手を打てば警備員に捕まる恐れだってある。停学処分を受けてもおかしくはない。そんな誰しもが躊躇するようなことを実行したのはお前らだけだ。

「いませんね……」
「そうだろ」
「分かりましたよ! 私たちが悪うございました! それで何の話をしてたんだっけ」
「鏡の話だ」
「いや、それは分かってるんだけど……」

 沢村が脱力する。

「ともかく本題は鏡の怪異だ。鏡の怪異とは、俺達が鏡の傍を横切るとドッペルのような使者が派遣され、その使者は俺達を殺しに来る。そして俺達に成り代わってしまうってことで、おおまかに合ってるな?」

 月島は「ああ」と頷いた。

「昨夜、校舎の三階の窓から見えた影は三つ。頭数は揃う」
「じゃあオレたちを狙っていることは確実っつーことだろ」

 ここからは俺にとっても未知なる存在。怪異について知っていることはあれども、怪異の個の力は無知だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...