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第一章 七不思議の欠片
16.惑う
しおりを挟むゆっくりと瞬く。眼前に広がっているのは、比較的新しく塗られた白い天井と鈍い光を照らす照明だった。明窓から差し込む光が頬に当たり、朝が来たのかと息を吐いた。
身体を起こし、昨日の夜から点けっぱなしだった照明を消す。
リビングには沢村と月島が寝転がっており、まだ目覚める気配はない。沢村の家で勝手に歩き回るのはどうかとも思ったが、潔く手洗い場を借りた。
昨夜は樋脇の声が無性に聴きたくなって、携帯の連絡帳を開いた。そこに樋脇の携帯番号の羅列を見つけ、勝手に指が動いたのだ。
気付けば電話がつながり、そこには確かな安堵と温もりがあった。だが余計な詮索もあった。
俺達はお互いの最終的に求めている目的を知らず、それに必要なタスクを知っている。――それでも尻拭いくらい自分でする。
俺は沢村の眠っているソファの近くにあるテーブル上にメモを残した。『先に学校に行く』とだけ書いたので、起きてこのメモを見た沢村はきっと激昂するだろう。だがその場でじっとしていることなど到底できずに、俺は沢村の家から出た。
そもそも行き当たりばったりとなってしまったのは計画の上ではあったものの、ここまで実態が掴めないとは思わなかった。
新しく生まれた怪異の前じゃ、超心理学にしろ有識者もいない今、怪異を倒す計画など立てられない。経験者は語るとはよく言ったものだ。その字の通り、経験しないと分かるものも分からない。
(必要なものとは一体何だ……?)
鏡を割るだけなら簡単だ。だが相手は怪異を宿した鏡。何かしらの妨害、もしくは抵抗を受ける筈だ。使者も月島を除けば二人いる。
妨害を受けるとしたら、おそらく使者を利用するだろう。つまり俺と沢村は月島より狙われるということだ。俺達を囮にして、月島に割らせるか。
使者に捕まったらどうなるのか、それすらも理解しきれてないな。死ぬのは確実だ。だが使者はどうやって俺達を殺そうとするのか、それが気になる。
沢村や月島は抵抗したのだから、触れられるぐらいじゃ死なないということだ。それなら暫く捕まっていても猶予はあるのか?
(くそっ。憶測でしか……これじゃ何も分からない。俺じゃ何も出来ねえってか)
俺は悶々とする思考を繰り返していると校舎に着いた。まだ朝の七時にもなっていないため、誰も登校していない。教師は朝から仕事があるのか、校門自体は開いていた。
図書室は湿り気があって最悪だが、考えを纏めたい時はとても有効的だ。しかし本の保存には適さないと思うのだが、この学園は変わっているから誰もが口を閉ざす。
奥の本が敷き詰められた棚に寄り掛かる。みしり、と音が立った。
「……よほど専門的知識が無ければ、難しいな」
脳裏にあいつが浮かぶ。
「いや、あいつに頼るのもな。俺から頼めば、見返りが恐ろしいしな」
だがいくら考えても突破口は見えてこなかった。圧倒的な情報の欠如が喉を締め、身体を蝕む。
怪異の存在に近い俺でさえ、この有様だ。使いどころを間違えると自分の首を絞めることになるが、それでも組織にとって最良の手段となる。
――そんなことは分かってる。
「くそっ。何にも考えが纏まらねえ」
この焦燥感は初めて感じる。足元が覚束ない。死ぬことが怖いのではない、自分と言う輪郭をぶち壊されそうになるのが恐ろしいのだ。
憎しみが内を焦がす。どろり、とした汚水が心から流れる。
自分は今、冷静じゃない。思わず立ち上がり、図書室を出た。煮詰まっていた空気とお別れすると、涼しい風が傍を通った。その先が気になり、俺は微風につられて自分の教室に辿り着いた。
教室の前で立ち止まる。莫迦なことをしていると自覚はあった。自己嫌悪に視線を落とし、戻ろうと振り向いた瞬間。
「この間はごめんね」
――透き通った樋脇の声が聞こえてきた。
「えっ、何かあったっけ?」
沢村の声だ。
「うん。月島くんから聞いたんだけど、僕のせいで面倒ごとに巻き込まれたんだって?」
「面倒ごとって……」
「詳しく聞いていないけど、僕がやらかしたって聞いたからさ」
樋脇の作り話だな、と思った。いや、だが月島とも仲が良いからな。月島が何かを伝えた可能性だってあるか。伝え方に棘があるようだが。
沢村は何の話題なのか頭を悩ませたようで黙りこくった。
「これはお詫びなんだけど、是非とも沢村さんに持っていて欲しいんだ」
かさり、と音が響く。ビニール袋のひしゃげた不快な音ではない。
「え、え……」
「本当に気にせず受け取って。ごめんね、僕のせいで」
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