審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第一章 七不思議の欠片

生きたい

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 俺達は例の鏡のフロアまでやってきた。階段をあと数段上がれば、鏡の真正面に立つこととなる。何処となく空気が淀み、呼吸をする度に重みを感じる。
 沢村が息を深く吐くと、冬のように白い息が出る。同時に肌寒くなってきた。思わず腕を擦ると、沢村も自身を抱きしめるようにして両腕を擦り上げていた。
 この雰囲気は霊現象が起こる時と同じだ。怪異と霊現象では根幹が違うと言うのに。
 そんなことを考えながら、あと一歩だけ足を踏み出す。すると鏡に俺の姿が映し出されたが、月明りに照らし出されたそこは何の変哲も見られなかった。

「……大丈夫そう?」

 恐る恐る沢村が訊く。

「表面上は、な」
「使者はいねえな。まっ、ブチ破ってみるか」

 月島が残りの段差を上りきって、俺の前へ立ち、怯むことなくバッドを利き手に持ち替えた。そして鏡の怪異が何かしらのアクションを掛ける前に仕掛けようと、勢いよく走りだした。バッドを大きく振り翳し、鏡へと一直線に、吸い込まれていった筈だった。
 しかし、鏡は割れることはなかった。いつの間にか鏡の表面が黒く渦巻くようにしておどろおどろしい様子を見せる。――そして鏡からにゅっと出てきた青白い手がバッドの先を掴んでいた。

「くっそ!」

 月島が腕に力を入れてバッドを取り返そうとしたが、びくともしない。

「月島の莫迦力が封じられてるの!?」

 後ろから沢村の狼狽える声が聞こえてきた。
 俺も飛び出して、持っていたバッドを振り上げた。

「――くそっ!」

 鏡の中から飛び出てきた別の青白い手が俺の振りかぶったバッドを掴んで妨害してきた。全身の筋肉を使ってどうにか押し込もうとしても全く動かない。手が痺れてくる。
 そもあの月島が力で押し負けていると言うのに、俺が飛び出しても意味は無かったのだ。
 俺達が歯を食いしばっていると、鏡から長い髪の毛がずるりと覗いた。重力に従ってぼさぼさの髪が垂れ下がる。

「ひっ……!」

 沢村が掠れた悲鳴を漏らした。間近で見てしまった俺も正直気持ちが悪い。
 俺達が躊躇っていると、月島が自身のバッドを掴んでいる青白い手を蹴り上げた。その衝撃は凄まじく、青白い手がぐにゃりと歪んだ。からん、とバッドが床に転がる音が聞こえてくる。月島はそのバッドを素早く拾い上げ、再び鏡に向かって振るった。
 鈍い音が辺りに響く。俺は目を見開いた。――鏡の表面が謎の弾力によって衝撃を吸収してしまったのを直に目撃したからだ。
 月島の筋肉にも反動があったようで、月島が「ぐっ!」と呻いた。その隙に俺はバッドを取り返し、もう一度鏡へと目掛けてフルスイングした。
 しかし、その打撃も通ることなく、鏡にヒビが入ることもなかった。

「嘘だろ!? これでも駄目なのかよっ」

 月島が声を荒げた。無傷な鏡の真ん中から、ぼさついた髪の毛に覆われた頭部が徐々に頭角を顕していた。青白く伸びた首が見える。
 月島はすぐにバッドから手を放し、その頭部に向かって拳を落とした。が、月島の拳がするり、と通り抜けてしまった。

「……っ!」

 月島も俺も目を見開いた。――あの青白い手はバッドを掴んでいたと言うのに、月島の拳をすり抜けただと? 一体どういうことなんだ。
 疑問が思考を蹂躙する。俺は食い入るように、上半身を徐々に曝け出す何かを見ていた。
 黒い髪、それも長い。胸のような膨らみ。青白い手が真っすぐに伸びて。

「――使者だ!」

 俺は咄嗟に叫んだ。使者の視線はとうに沢村へと向かっていた。

「……え?」

 沢村が目を丸くして、こちらを見ていた。まだ事態を把握していないようだ。
 この青白い手は沢村へと伸ばしているのだ。鏡の怪異は使者を遣わして俺らを殺しに来る。この手は沢村の形を成す使者だ。だから狙いは沢村であり、該当者ではない月島が触れることは一切出来ない。

「……っ!」

 沢村も自身が標的とされていることに気付いたのだろう。先ほどまで恐怖で雁字搦めにされて俺達の後ろで突っ立っていただけの沢村。そんな彼女が突然、歯を食いしばってこちらに走り出した。

「おい…っ、何やって…!」
「このまま死ぬ、なんて許せない! 許せない、赦せない……っ!」
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