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第一章 七不思議の欠片
手助けは……??
しおりを挟む俺は止めようとしたが、沢村は俺の声など届いていないようで、ぶつぶつと呟くようにして突っ込んできた。
俺の足元に転がっていたバッドを白い手で拾い上げ、自身である使者目掛けて怒りを振るった。
ごつり、と鈍い音が響く。その音にびくり、と肩を震わした沢村は、ハッとして両手で握りしめていたバッドから手を離した。今度は沢村の足元へと転がったが、沢村は自分の震える両手をかっぴろげた目で見つめていた。
「……私はいま、なにを」
「動揺すんな、莫迦! 使者は自分なんだ! 感触だってそりゃ人間みたいに決まってんだろっ」
「いやっ! あの感触は人間よ! たとえそれが自分でも……私は、人を殺したくなんかない!」
大きくかぶりを振って悲痛な声で叫んだ。わなわなと手の震えが大きくなり、沢村の顔色が悪くなっていく。
「何よ、これ……」
沢村の両手は黒く染まっていた。それは血ではないことは確かだが、正体不明の液体が付着していたことが恐怖を更にかき立てた。
「沢村!」
月島も沢村を落ち着けようと名前を叫んだ。だが紙のように白くて発狂寸前の彼女には伝わることなく、一歩ずつ後ろへと下がっていく。この場から離れたい、ここにいたくない。そんな思いが伝わってくる。
俺達がいるのは階段の踊り場だ。沢村の背後を見据え、俺は舌打ちをした。
「うそでしょ……こんな、」
「おい、莫迦! 動くな!」
俺は大きく叫んだが間に合わなかった。動揺して後ろに下がる一方の沢村が階段から足を踏み外すのは、時間の問題だったのだ。最後の一歩を下がった途端、彼女の身体が浮いた。
沢村は大きく目を見開いて、やっとこちらに焦点を当てた。ゆっくりと落ちていく彼女の手を取ろうにも距離があった。月島も助けに走ろうとしたが使者に邪魔をされ、「くそっ」と吐き捨てる。
――ドスンっ。鈍い音と共に、「ぐえぇ…っ!」と緊張感が薄れるような声まで聞こえてきた。
「いった……」
沢村の姿はこちらから視認不能だが、こりゃ落ちただけだな。俺が見切りをつけていると、月島が鋭く俺の名を呼んだ。
「もう一体、増えるぞ!」
沢村の姿となりつつある使者は、まだ腰から下を顕していないのに、その横から影が出現した。鏡の内部を食い破って、こちらの世界に来ようとしている。
「次はどうせ俺だろっ」
只でさえ俺と月島が苦戦していると言うのに、もう一体増えるとか信じ難い。
「おい、沢村! 起きろ!」
「うっ、う……」
呼び掛けても、聞こえてくるのは呻き声だけだ。
「俺じゃ食い止められない!」
と、月島が叫ぶ。
「バッドを拾え! それなら当たるだろ!? 食い止めるだけでも良い!」
俺は叫ぶだけ叫び、月島の返事を待つことなく、手にしていたバッドを離した。
このままでは俺も沢村も殺される。使者はもうこちら側にいるのかと俺は勘違いしていたが、鏡の中に戻ることも出来るようだ。それともまた複製したのかもしれない。
走って階下を見ると、沢村は俯せになって倒れていた。血が垂れて黒く見える。なんとか起き上がろうとしているが、頭をぶつけたのか体幹を支えられないようだ。
「沢村!」
「ふ、フフ……あはは」
掠れた笑い声が耳に届く。気でも狂ったか。
俺は駆け寄ろうとして、立ち止まった。沢村の右手の傍に、あの手鏡が落ちている。鈍い光を身に纏ってこちらに気付いて貰おうと導く。
――『絶対に持っていてね。使えると思うから』
樋脇の声が頭に響いた。
「これって、もしかして」
沢村も気付いたのだろう、目の前に在る手鏡を見つめている。ゆっくりとその手鏡へと手を伸ばし、自分の元へ引き寄せた。
「黒川! わりぃ、そっちに一体行ったわ!」
俺は月島の言葉に振り返ったが、横から来た衝撃と共に踊り場の床に無様に転がった。目の端に映るのは長い髪の毛を振り乱したモノ。――それは沢村を模る使者だった。狙いは最初から最後まで沢村。
なんとかその背中に食らいつこうと手を伸ばしたが、使者は覚束ない足取りで階段を下って行った。沢村へと手を伸ばし、横たわる肢体に触れるかと思いきや――。沢村が突然体を捻って回避し、その勢いで体を起こす。階段を雪崩れるように駆け下りた使者は、捕え損なって床へと這いつくばった。
沢村は手鏡を手に取り、階段を駆け上った。俺を一瞥してから、鏡の前で俺の使者との攻防に苦労している月島を見る。
「そこをどいて!」
彼女の声が階段中に響いた。手鏡を構える沢村の姿に気付いた月島が、軽く体を反転させた。そして沢村が手鏡で鏡の姿を映し出す。
――きらり。手鏡が煌めく。強い風が確かに巻き起こり、沢村の髪が靡く。何かが起ころうとしていた。その前兆に固唾を飲んで見つめていた沢村が「…え?」と間抜けな声を上げる。
結論から言うと何も起こらなかったのだ。辺りは暗闇に包まれたままだ。月島も首を捻り、俺も顔を顰めた。
あれだけ意気揚々と沢村にしては俊敏に動いていたと言うのに、この体たらくとは。
「えええ」
沢村が引き攣った声を出す。
「な、何を、どうしたら良い訳……?」
だが、情けない一言を零す沢村の足首へと白い手が伸びていくのが視界に入る。
「沢村!」
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