審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

文字の大きさ
52 / 111
第一章 七不思議の欠片

19.幾度目かの相談

しおりを挟む
 幕間。
 仄暗い図書室へと赴くと、樋脇くんは既に座って私を待っていた。頬杖をついて本をぺらぺらと捲り、つまらなさそうに眺めている。どうやら中身を読み込むよりは、外観を楽しんでいるっぽい。待たせちゃったのかも。
 慌てて樋脇くんの元に向かう。

「樋脇くん」
「あ、沢村さん」

 先ほどの表情とは打って変わって、優し気な笑みでこちらを見やる樋脇くんの真向かいに腰を下ろす。

「待たせてごめんね」
「何言ってるの。全然待ってないよ。気にしないで」
「そっか、それなら良かった」
「それで何かあったの?」

 樋脇くんが首を傾げる。

「うん……。前に、樋脇くんが言っていたことを、思い出して……。ちょっと気になることがあったの」

 私は俯いて、膝に乗せた両手の指先を見つめる。
 どう話したら伝わるのかな。現実的な相談ではないし、でもあれはきっと現実だった。何か得体のしれないものが私の中にいるという感覚。こんなこと誰にも言えないけれど、客観的に私の話を聞いてくれる人が必要だった。

「実は妙な事が、起こっているというか」
「妙なこと?」
「そうなの。何て言えば良いのかな。そうね、私の中に書庫があるの」

 唐突の告白に、樋脇くんが瞬いた。彼は開きっぱなしにしていた本をそっと閉じる。
 思わず本のタイトルへと視線が行く。――『学校の怪談は塵に塗れる』。何ソレ、すっごく内容が気になるんだけど。いやいや、それどころじゃないわね。
 私は首を軽く振って樋脇くんへと向き直る。

「書庫?」

 気になる単語を聞き返してくれた。

「そう。夢だと思われるかもしれないけど現実なの。昨日もその書庫の中にいて、でも前にいた書庫と少し変わったところもあって」

 うまく言葉を舌に乗せられない。しどろもどろになった私の説明に、それでも樋脇くんは真剣な表情で聞いてくれた。

「司書さんがいたの」
「その書庫に人がいたの?」
「そうなの」

 彼女の姿を思い浮かべる。――『お待ちしておりました』。彼女は私の存在に気付くと、そう告げた。




 落ち着いた声音だった。驚いて跳ね返るようにして振り返ると、タイトスカートを着こなし、細い眼鏡を掛けて長い髪を一つに束ねている女性がいたのだ。美しいかんばせは眼鏡に埋もれることなく、薄い桃のように色づく唇がゆったりと開かれた。

「遅い御帰還ですね」
「はいっ!? えっと、え? 誰ですか、貴方!」

 素っ頓狂な悲鳴を上げると、彼女は「私の名前は――です。どうぞお見知りおきを」と丁寧にお辞儀した。

「へ?」

 思わず間抜けな声が出てしまった。慌てて口を抑えて、司書さんを見つめる。彼女も軽く首を傾げたが、表情は一切変わらなかった。
 名前が聞き取れなかった。急に雑音が割り込んできたかのように、音がかき消された。

「ごめんなさい。もう一度お名前を良いですか?」
「――です。この書庫の司書を務めております」

 駄目だ。やっぱり名前が聞き取れない。
 だけど再三、聞く勇気なんて持ち合わせていなかった。私の鈍い頭を必死に稼働させて、とりあえず今は話を合わせることにした。

「じゃあ司書さんって呼びますね。私は沢村です。よろしく」

 手を差し出すと、司書さんは少し困ったような素振りを見せる。
 もしかして他人との接触を極力避けたいとか? 慌てて手を引っ込めようとしたが、それよりも早く司書さんが手を伸ばしてくれた。
 気を遣わせちゃったかな。

「ところで司書さんっていたんですね。前は誰もいなかったから驚きました」
「ええ。私は留守にしておりましたから」

 そう言って彼女は左後方にある扉へと顔を後ろに向けた。その扉は古びて赤くなっており、中央には金の文字で『司書室』と刻まれていた。
 ――この間はこんな部屋ってあったっけ? 私はこの書庫は現実の産物だと確信を得ながらも、未だに泡沫の夢かもしれないと期待している。だから夢は変化を伴うもの、と自分を納得させた。

「普段は司書室におりますので、何かございましたらお呼びください」
「あっ、はい」

 私の返事を聞いて、司書さんは「それでは」と背を向けた。

「あっ!」

 ――待って。声にはならなかった。それでも私の真意が聞こえたのか、司書さんは振り返った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...