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第一章 七不思議の欠片
19.幾度目かの相談
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幕間。
仄暗い図書室へと赴くと、樋脇くんは既に座って私を待っていた。頬杖をついて本をぺらぺらと捲り、つまらなさそうに眺めている。どうやら中身を読み込むよりは、外観を楽しんでいるっぽい。待たせちゃったのかも。
慌てて樋脇くんの元に向かう。
「樋脇くん」
「あ、沢村さん」
先ほどの表情とは打って変わって、優し気な笑みでこちらを見やる樋脇くんの真向かいに腰を下ろす。
「待たせてごめんね」
「何言ってるの。全然待ってないよ。気にしないで」
「そっか、それなら良かった」
「それで何かあったの?」
樋脇くんが首を傾げる。
「うん……。前に、樋脇くんが言っていたことを、思い出して……。ちょっと気になることがあったの」
私は俯いて、膝に乗せた両手の指先を見つめる。
どう話したら伝わるのかな。現実的な相談ではないし、でもあれはきっと現実だった。何か得体のしれないものが私の中にいるという感覚。こんなこと誰にも言えないけれど、客観的に私の話を聞いてくれる人が必要だった。
「実は妙な事が、起こっているというか」
「妙なこと?」
「そうなの。何て言えば良いのかな。そうね、私の中に書庫があるの」
唐突の告白に、樋脇くんが瞬いた。彼は開きっぱなしにしていた本をそっと閉じる。
思わず本のタイトルへと視線が行く。――『学校の怪談は塵に塗れる』。何ソレ、すっごく内容が気になるんだけど。いやいや、それどころじゃないわね。
私は首を軽く振って樋脇くんへと向き直る。
「書庫?」
気になる単語を聞き返してくれた。
「そう。夢だと思われるかもしれないけど現実なの。昨日もその書庫の中にいて、でも前にいた書庫と少し変わったところもあって」
うまく言葉を舌に乗せられない。しどろもどろになった私の説明に、それでも樋脇くんは真剣な表情で聞いてくれた。
「司書さんがいたの」
「その書庫に人がいたの?」
「そうなの」
彼女の姿を思い浮かべる。――『お待ちしておりました』。彼女は私の存在に気付くと、そう告げた。
落ち着いた声音だった。驚いて跳ね返るようにして振り返ると、タイトスカートを着こなし、細い眼鏡を掛けて長い髪を一つに束ねている女性がいたのだ。美しいかんばせは眼鏡に埋もれることなく、薄い桃のように色づく唇がゆったりと開かれた。
「遅い御帰還ですね」
「はいっ!? えっと、え? 誰ですか、貴方!」
素っ頓狂な悲鳴を上げると、彼女は「私の名前は――です。どうぞお見知りおきを」と丁寧にお辞儀した。
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。慌てて口を抑えて、司書さんを見つめる。彼女も軽く首を傾げたが、表情は一切変わらなかった。
名前が聞き取れなかった。急に雑音が割り込んできたかのように、音がかき消された。
「ごめんなさい。もう一度お名前を良いですか?」
「――です。この書庫の司書を務めております」
駄目だ。やっぱり名前が聞き取れない。
だけど再三、聞く勇気なんて持ち合わせていなかった。私の鈍い頭を必死に稼働させて、とりあえず今は話を合わせることにした。
「じゃあ司書さんって呼びますね。私は沢村です。よろしく」
手を差し出すと、司書さんは少し困ったような素振りを見せる。
もしかして他人との接触を極力避けたいとか? 慌てて手を引っ込めようとしたが、それよりも早く司書さんが手を伸ばしてくれた。
気を遣わせちゃったかな。
「ところで司書さんっていたんですね。前は誰もいなかったから驚きました」
「ええ。私は留守にしておりましたから」
そう言って彼女は左後方にある扉へと顔を後ろに向けた。その扉は古びて赤くなっており、中央には金の文字で『司書室』と刻まれていた。
――この間はこんな部屋ってあったっけ? 私はこの書庫は現実の産物だと確信を得ながらも、未だに泡沫の夢かもしれないと期待している。だから夢は変化を伴うもの、と自分を納得させた。
「普段は司書室におりますので、何かございましたらお呼びください」
「あっ、はい」
私の返事を聞いて、司書さんは「それでは」と背を向けた。
「あっ!」
――待って。声にはならなかった。それでも私の真意が聞こえたのか、司書さんは振り返った。
仄暗い図書室へと赴くと、樋脇くんは既に座って私を待っていた。頬杖をついて本をぺらぺらと捲り、つまらなさそうに眺めている。どうやら中身を読み込むよりは、外観を楽しんでいるっぽい。待たせちゃったのかも。
慌てて樋脇くんの元に向かう。
「樋脇くん」
「あ、沢村さん」
先ほどの表情とは打って変わって、優し気な笑みでこちらを見やる樋脇くんの真向かいに腰を下ろす。
「待たせてごめんね」
「何言ってるの。全然待ってないよ。気にしないで」
「そっか、それなら良かった」
「それで何かあったの?」
樋脇くんが首を傾げる。
「うん……。前に、樋脇くんが言っていたことを、思い出して……。ちょっと気になることがあったの」
私は俯いて、膝に乗せた両手の指先を見つめる。
どう話したら伝わるのかな。現実的な相談ではないし、でもあれはきっと現実だった。何か得体のしれないものが私の中にいるという感覚。こんなこと誰にも言えないけれど、客観的に私の話を聞いてくれる人が必要だった。
「実は妙な事が、起こっているというか」
「妙なこと?」
「そうなの。何て言えば良いのかな。そうね、私の中に書庫があるの」
唐突の告白に、樋脇くんが瞬いた。彼は開きっぱなしにしていた本をそっと閉じる。
思わず本のタイトルへと視線が行く。――『学校の怪談は塵に塗れる』。何ソレ、すっごく内容が気になるんだけど。いやいや、それどころじゃないわね。
私は首を軽く振って樋脇くんへと向き直る。
「書庫?」
気になる単語を聞き返してくれた。
「そう。夢だと思われるかもしれないけど現実なの。昨日もその書庫の中にいて、でも前にいた書庫と少し変わったところもあって」
うまく言葉を舌に乗せられない。しどろもどろになった私の説明に、それでも樋脇くんは真剣な表情で聞いてくれた。
「司書さんがいたの」
「その書庫に人がいたの?」
「そうなの」
彼女の姿を思い浮かべる。――『お待ちしておりました』。彼女は私の存在に気付くと、そう告げた。
落ち着いた声音だった。驚いて跳ね返るようにして振り返ると、タイトスカートを着こなし、細い眼鏡を掛けて長い髪を一つに束ねている女性がいたのだ。美しいかんばせは眼鏡に埋もれることなく、薄い桃のように色づく唇がゆったりと開かれた。
「遅い御帰還ですね」
「はいっ!? えっと、え? 誰ですか、貴方!」
素っ頓狂な悲鳴を上げると、彼女は「私の名前は――です。どうぞお見知りおきを」と丁寧にお辞儀した。
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。慌てて口を抑えて、司書さんを見つめる。彼女も軽く首を傾げたが、表情は一切変わらなかった。
名前が聞き取れなかった。急に雑音が割り込んできたかのように、音がかき消された。
「ごめんなさい。もう一度お名前を良いですか?」
「――です。この書庫の司書を務めております」
駄目だ。やっぱり名前が聞き取れない。
だけど再三、聞く勇気なんて持ち合わせていなかった。私の鈍い頭を必死に稼働させて、とりあえず今は話を合わせることにした。
「じゃあ司書さんって呼びますね。私は沢村です。よろしく」
手を差し出すと、司書さんは少し困ったような素振りを見せる。
もしかして他人との接触を極力避けたいとか? 慌てて手を引っ込めようとしたが、それよりも早く司書さんが手を伸ばしてくれた。
気を遣わせちゃったかな。
「ところで司書さんっていたんですね。前は誰もいなかったから驚きました」
「ええ。私は留守にしておりましたから」
そう言って彼女は左後方にある扉へと顔を後ろに向けた。その扉は古びて赤くなっており、中央には金の文字で『司書室』と刻まれていた。
――この間はこんな部屋ってあったっけ? 私はこの書庫は現実の産物だと確信を得ながらも、未だに泡沫の夢かもしれないと期待している。だから夢は変化を伴うもの、と自分を納得させた。
「普段は司書室におりますので、何かございましたらお呼びください」
「あっ、はい」
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「あっ!」
――待って。声にはならなかった。それでも私の真意が聞こえたのか、司書さんは振り返った。
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