審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第一章 七不思議の欠片

書庫の鍵がない!?

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「どうかされましたか」

 淡々と聞かれ、私は一瞬悩んだ。
 人と会話をするのはとても疲れる。それも相手の回答を得たい時は猶更。私の問いに相手が何て返すのか、それがとても恐ろしい。
 司書さんの顔色を窺うと、彼女は私を眺めているだけだった。その視線には冷徹さも熱烈さも浮かんでいなかった。私と言う個を見ている。そう、私なんてどうとでも思っていないような、そんな視線。
 少し動悸が収まってから、私は彼女に訊いてみた。

「あの、ここって……夢、ですよね」

 一瞬の間。

「いいえ、これは現実ですよ」
「え?」
「現実です」

 司書さんは淡々とそう告げる。
 ……あ、そっか。私にとっては夢だけれど、夢の登場人物にとっては現実一辺倒よね。なんて莫迦なことを聞いてしまったんだろう。考えればすぐ分かることだと言うのに。

「念のために。館長が先ほどまで鏡と対峙していたことも存じておりますし、黒川さんと月島さんの存在も認知しております」
「へ」
「まだマニュアルをお読みになっておりませんよね。前館長が水没させてしまって以来、復旧しておりませんでしたから、私の方から簡潔にお話させていただきます」

 マニュアル? 館長? 水没……?

「一言で申し上げますと、この書庫は神羅万象あらゆる知識やお話が積み込まれた場所となっております」
「あらゆる知識って……アカシックレコードのこと?」
「それに近い存在ですね。アカシックレコードは世界記憶の概念ですから、感情まで記録されております。しかしこの書庫では感情などは記録されておらず、事象を中心に研究され、蓄えられ続けております。どちらかと言うと賢人が集めた書物と言うべきでしょうか」

 賢人……? 
 さっきから司書さんの話についていけていない。黒川くんなら分かりそうなんだけどなあ。私が聞いても何が何だか。

「ええと、」
「つまり、この書庫自体が奇異なる……いえ、貴重な存在となっておりますので、代々館長が守っておりました」
「あ、さっき私のことも館長って呼んでましたよね? でも私……」
「ええ。貴方様が当代ですから」
「へえ、そうなんだ。私が今の館長……は?」

 司書さんの話を軽く聞き流していた私は、大きく口を開けて彼女を見つめた。
 今、何て言った? 私が当代? いやいや、まさか。あり得ないでしょ。
 そんなこと、ない、よね……。
 ちらり、と司書さんに視線を向けて、否定の言葉を求める。

「そうですよ、貴方様が館長です」

 司書さんが眼鏡をくいっと上げ、大きなデスクへと向かう。ヒールによって大理石の床を擦る音が響いた。それは私にとって断首台のようなカウントだった。
 お目当ての物を見つけたのだろう、司書さんはデスクの上に置かれたある物へと手を伸ばした。それを持ち上げ、私に差し出す。

「これは……」

 以前の夢で見た、クリスタルのような透明で大きな置物だった。そこに私と同じ名が刻まれている。

「――ああ、私の名前が刻まれていたんですね」

 要は私が館長であるという証なのだ。てっきり同姓同名だと思っていたけれど、これで納得はした。納得はしたけれども、いきなり館長ですと言われて、はいそうですかと頷きはしたくない。
 確かに司書さんは黒川たちの存在も知っていたが、夢とは、いらない記憶を捨てるためにその記憶を再構築するものだ、と聞いたことがある。
 肉体の死ではなく、記憶の死。一種の走馬灯みたいなものだと思う。
 だがどうしてだろう。信じたい、と思ってしまうのは。
 怪異と対峙した時から、その気配はあった。――何かが私の中にいる。
 何かが叫んで、私はその直感を信じた。樋脇くんから貰った手鏡が目の前に転がった時もそうだ。何かが胸の奥で叫んで、またそれを信じたのだ。
 繰り返す問い。――この世界は現実?

「えっと、仮に私が館長だとして、私は何をするべきなの?」

 頬を掻きながら司書さんに尋ねる。

「基本的に貴方様がするべきことは一つです。館長の務めである、この聖域を誰にも侵されることなく守り抜くことです」
「守る……?」

 てっきり本の整理でもするのかと思った。帰宅部だから重労働は避けたいもので、司書さんの答えは喜ばしいものと同時に、得体のしれない恐ろしさも潜んでいた。

「ここはあらゆる知識が詰められた空間。利用し甲斐があるでしょうね。それ故、館長はあらゆる存在からこの空間を守り抜かないといけないのです」
「ちょっと待って……えっとさ、この空間って割と他の人に知られている訳?」
「私はあまり外の世界を知りません。ですが、そうですね……知っている方は知っているでしょうね。代々続いておりますし、伝説として語り継がれていてもおかしくはないかと」

 伝説かあ。インターネットが中心になっている現代では都市伝説、いやそれも古いか。動画かまとめサイトにでも記載されてるんじゃないかな。

「ああ、そうそう。鍵は勿論、手に入れておりますよね?」
「鍵? 何それ?」

 首を傾げる。鍵なんて一度も見掛けてないよね。
 私の様子を見た司書さんは鉄仮面を取り、慄いた表情を見せる。

「なんてこと……。いや、しかし……仕方のないことですね。従来とは違う引継ぎでしたから」
「えっと、」
「説明いたします」

 自分を納得させるようにして呟く司書さんに声を掛けようとしたが、早口で切り返されてしまった。淡々と私に接していた司書さんらしからぬ行動だ。もしかしたら私が鍵を持っていないことに動揺しているのかも。ってことは……。

「鍵と言うのは、この書庫の鍵のことです」
「なるほど……」

 想定はしていたから、そこまで衝撃が響くことはなかった。
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