審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第一章 七不思議の欠片

「かわああああ!!!!」の真相

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 一体どういった意味合いなのか、判断出来ずに当惑して、暫く司書室の扉を見つめた。だが時間は待ってはくれない。
 司書室から視線を外し、デスクの上を見ると、『怪異ファイル0』と書かれたノートが置かれていた。
 何だろう、これ。先ほどまで積まれた本とパソコンしか無かったのに。
 私はそのノートに手を伸ばして中身を確認した。大半は白紙だったけど、数頁だけ蚯蚓が這ったような文字が躍っていた。

「これは……解読するのに時間が掛かりそうな字だこと」

 目を細めてノートの表面を眺めていると、『鏡』と言う文字が目に入った。

「鏡!?」

 仰天してノートに顔を近付ける。
 なんとか内容を読みほどくと、どうやら鏡の怪異についてピンポイントで書かれていた。私たちが苦労しても情報の一つさえ掴めなかったと言うのに、このノートの持ち主は事細かに記載していたのだ。
 ――何故。そんな疑問が擡げるも、最後の一文に釘付けとなった。

『――先に使者を始末してから本体を倒すべきだ。本体とは違ってこちらの世界で自由に動き回れるため、鏡を破壊した後もターゲットを狙い続ける。本体を倒したことで油断する。その隙を狙ったものだろう。一体誰がそんな入れ知恵を考えたのやら』

 淡々と鏡の怪異について情報が記されていたが、最後に掛けて書き手の感想も表れていた。

『ゆめゆめ油断するなよ』
「これってまさか」

 私たちのことでは……?
 月島は使者を自分で倒したと言っていた。だから残っているのは私と黒川の使者だ。

「まだ危ないんだわ……私たちは狙われ続けている……」

 呆然と呟く。頭が真っ白になって何も考えられなくなり、後ろへと一歩よろけると、私の背丈ほど積まれた本とぶつかる。その衝撃にハッとして、ノートを開いたままデスクに置いた。
 早く起きないと。起きて……黒川に伝えないといけない。
 ――私たちの身に危険が迫っていると!
 お願い、私よ。目を覚まして。胸がざわめき、頭では警鐘が響く。起きろ、起きろ起きろ起きろ! 目を覚ますのよ、私!
 黒川、黒川っ!

「くろ……」

 突然、世界が真っ白に染まった。




「なるほどね。それで目が覚めたら、沢村さんの……使者って言うんだっけ? それが顔を覗き込んでいたんだ」

 樋脇くんが考え込むように口元に手をやる。私は重く頷いてから、「夢だとは思っていたけど、でも黒川くんも似たようなことを言っていたの。使者を倒すまで終わらないってことを知っていたみたいで」と一息に話した。

「今まで夢だよねって自分で言い聞かせていたものが、リアルに感じられてね。何だか心配で、居ても立っても居られなくて。だから樋脇くんに相談したかったの」

 だって樋脇くんはふわふわしていて話しかけやすいし、的確なアドバイスもくれるし、こんな曖昧で非現実的な話を真面目に聞いてくれるのは彼だけだと思う。

「樋脇くんはどう思う? 只の夢なのかな。それとも現実? でも現実なんて、」
「あり得なかったら、君の身に起きた怖い体験も夢だったのかな」

 私の言葉を遮って、樋脇くんがにこり、と笑う。
 確かにそうかも。私は、私たちは怪異に遭遇した。集団幻覚でも起こさない限り、あれは本物だった。否、私の家でも使者が現れたのだから、集団幻覚だってあり得ない。
 ――そう、あれは現実。

「……私、死ぬところだったしね」

 そう言葉にすると、あの時の恐怖が蘇りそうになった。粟立つ肌を擦る。
 怪異なんて不思議な現象が起きたのだから、私の中に書庫があってもおかしくはない。突き詰めて考えれば存在の証明にはならないのは樋脇くんだって分かっている筈。それでも私は良かった。
 だって誰かに認めて貰えて、こんなに晴れやかな気持ちになるんだもの。

「僕が思うに、鍵を探すべきなんじゃない?」
「司書さんが言ってた鍵のことだよね」
「うん、そう。鍵が無ければその書庫に入れないんでしょ。沢村さんたちが苦労して探し回っていた情報だって一発で手に入れることが出来るのなら、絶対その書庫には有用性があるよ。それに黒川君の謎も解けるかもしれないしね」

 樋脇くんが楽し気に鈴の音を鳴らすように笑う。

「ひえっ。黒川くんに探りなんて入れたら、絶対に睨まれちゃうよ! マジで怖いんだから!」

 今だって怪しむような視線を感じてるくらいなんだからっ。

「でも沢村さんって探求精神あるよね」
「……非日常を楽しみたいって気持ちは人並みにありますよぉ」
「ふふ、それは僕もだよ」

 私が不貞腐れたように言うと、樋脇くんが微笑んだ。

「鍵の在処は見当でもついてる?」
「ううん、全く。家の中も探したけど家の鍵しかないし、学校だって自分の机やロッカーを探したよ。校舎だって徘徊してみたけど、手がかりなんて一つもなーし!」

 投げ遣りな返事をすれば、樋脇くんは口元に手をやって一考した。
 私は既に毎日毎日考え込んでいたから疲れ切っていたし、頭が重いのに空っぽになってしまったかのような気分で、樋脇くんに丸投げして、私は図書室の窓を眺めた。

 うっそりと生えた緑は下闇で、少しおどろおどろしい。どうして図書室の外は、こうも叢なんだろうか。少しはお手入れをした方が良いと思うんだけど。折角本を読む机があるのに、図書室には電灯もないし暗いから誰一人留まる人なんていない。
 窓から一筋の光がわたしと樋脇くんの間に降り立ち、何だか神々しく見えた。

「沢村さんは何度もその書庫に入れたんだよね」
「え? う、うん」

 まるで日常から隔離された世界に残されているような質感だったが、樋脇くんに声を掛けられて魔法が解ける。
 肩が跳ねて、慌てて樋脇くんを見る。

「それって鍵は身近にあるんじゃないかな?」
「――え」
「だって司書さんは書庫に入るには鍵が必要だって言ってたんだよね。それなら今までだって鍵が掛かってる筈だし、現に一度だけ書庫に入れなかった時があった。……沢村さんって強運の持ち主なんだね」

 樋脇くんが寂しげに口許を綻ばせる。

「そうかな。そこまで強運って訳じゃ」
「いや、強運だよ。今までは偶然身近にある鍵を使って書庫に入ってたんだから。それも一種の才能だね」

 先ほどの影は何処にもなく、樋脇くんは破顔する。

「大袈裟だよ! わっ、わたしはそこまで立派じゃないから!」
「時には第三者の言葉を信用してみたら? 自分のことをそう卑下することないから。本気にそう思っているかもしれないでしょ。僕だって本気でそう思ってるし。思いがけない賞賛は盲点の窓だよ」
「う、うん、ありがとう。……つ、つまり鍵は学校にあるってことかな?」

 気恥ずかしくなって話題を変えようとしたが、不自然な間が空いてしまった。思わず樋脇くんの顔色を窺ってしまう。

「うーん、どうだろうね」

 それでも樋脇くんは変わらず、微笑みを絶やさない。

「でもその鍵があれば、今後何かに巻き込まれても大丈夫かもよ? 悪い狼には気を付けてね」

 樋脇くんが悪戯っぽく笑うので、私も微笑み返した。
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