審判を覆し怪異を絶つ

ゆめめの枕

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第二章 わたし、めりーさん

もしもし

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 顔を沢村へ向けると、沢村が携帯を握っていた。 
 何でお前が持っているんだよ……。まあ、どうせ月島に預ける前に近くで見てみたかったんだろ。
 そう呆れたように見つめれば、沢村が唇を震わせ、真っ青となって俺を見返してきた。千堂たちも押し黙り、沢村の手の中で震える携帯を注視した。その視線に耐え切れなかった沢村が、こちらに背を向け、「ひええええ……」と小声で悲鳴を上げた。心の声が漏れているぞ。

「うそだろ……」

 放心したように千堂が言う。

「こ、これ……」

 沢村が葛藤している。怪しい携帯の着信を無視したくても、今は自習の時間だ。着信音が鳴り響き、周囲が様々な矢印の視線を向けてくる。もしかしたら隣クラスまで聞こえているかもしれない。向こうは授業をしているので、教師だって駆けつけてくる可能性だってある。電話を切ろうにも、千堂の善意に背けば、千堂の信用も失う。
 ぶるぶる、と沢村の両手が震える。

「……私、出てみる。もしかしたら、千堂くんの言う通りかもしれないし」

 それはただの希望的観測でしかない。沢村の第六感も彼女自身の行動を否定しているに違いない。恐怖や確信を押し殺し、千堂の為だけに立ち向かおうとしている。沢村も愚かで救えない奴だ、と俺は俯瞰した。
 月島が沢村の机の真横に立ち、千堂もおそるおそると沢村の後ろから眺める。立川も不安に駆られたのか一歩踏み出したものの、ミーハーな二人とは違って沢村の傍に行けず、俺の真横に立った。
 沢村は数秒黙り込んだが、意を決して「もしもし」と電話に応じた。
 俺にもノイズ音がうっすらと届く。

「もしもーし」

 沢村がもう一度言うと、ピーッガガガッ、と嫌な音が響いた。だが他に何も聞こえて来ない。

「……悪戯電話だったみたい」

 胸を撫で下ろし、こちらを見やる沢村。その安堵を裏切るかのように、次の瞬間――『もしもし』と電話口から女の子の声が聞こえてきた。

『わたし、めりーさん。いま、あなたのうしろにいるの』

 たどたどしく、耳朶を震わせる幼い声。だが、それはおかしい。電話口に出ているのは沢村だけだ。先ほどもノイズ音が聞こえてきたと思ったが、何故耳元で聞こえるんだ?
 周囲を見渡してみたが、挙動不審な動作をしている者はいない。――そう思った途端、樋脇と目が合う。ひどく理性的な目で俺を見つめている。普段の、俺と目が合ったことが嬉しいと言わんばかりの、はにかむ姿は無かった。
 俺と同様に、メリーの声が聞こえたのか。……いや、怪異に影響を受けたと言うよりは、今この場で異常が起こったのを察知したかのようだった。
 樋脇のことは問題ないと判断し、俺は沢村の横顔を見た。緊張して肩や携帯を握る手に力が入っている。おそらくメリーの言葉が聞こえたのは、沢村とその近くの二人、そして俺だけだ。

「……見られてる」
「は?」

 ぽろりと零した沢村に、月島が訊き返す。

「私たちを獲物として、誰かが見てるの……」

 その瞬間、異様な空気が教室中に広がった。重圧を肌で感じ、息苦しい。しかし、教室にいる誰もがそれに気づいていない。不安げに周囲を見渡す沢村、不愉快そうに顔を顰める月島を除いて。俺たち以外が、まるで日常の一部であるかのようだ。何かが違う。何かがおかしい。頭では分かっているのに、靄が掛かっているのか、その違和感の正体が掴めない。

『きゃっははははっ!』

 俺たちを嘲笑うかのように、メリーが声高らかに笑い出した。
 気味が悪かったのか、沢村は自分の背後を恐る恐る振り返り、後ろで首を傾げている千堂にすらビビッて飛び跳ねた。

「何だ、千堂くんか」
「何だよ、その言い草は~~ッ」

 千堂が文句を言う。それでも和やかな空気は流れて来なかった。

『ねえ、あそびましょう?』

 ひとしきり笑ったメリーさんは艶やかに告げた。
 すると、教室中から一斉に着信音が鳴り響いた。みなが驚愕し、慌てふためく。携帯が入っている鞄へと手を伸ばす者もいれば、「どうして」「マナーモードにしていたのに」と困惑する者もいる。それは異様な光景だった。日常に紛れ込んだ災害のように心をざわつかせる。
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