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第二章 わたし、めりーさん
9.過度な信頼
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「う~~、教室に入りずらーい」
教室の扉の前で、うだうだと考え込む沢村を見つけてしまった。鞄を持っているので、登校したばかりのようだ。沢村にしては登校時間が遅いな。俺も今日は寄るところがあったので、普段よりは早めに来た。
「そこにいると邪魔だぞ、沢村」
「ひょえっ!?」
俺の声に驚いたのか、体を大きく跳ねらせた。そのままぎこちなく振り向く。沢村の目の下には隈があり、目も血走っていた。どうやら昨夜は一睡も出来なかったようだ。
それはそうだろうな。他の生徒とは違って、沢村は怪異が存在していると知っている。昨夜メリーに狙われ、死んでいたのは沢村だったかもしれない。俺がメリーを外した以上、誰かが犠牲になっている可能性が高い。
――まもることができるひと。そいつは、おそらくメリーから俺たちを守ることが出来る役割だろう。そいつが万一にも守っているのであれば、否。誰かを守ったとしても、メリーが狙った人物を的確に守るなど不可能だ。
だが、メリットがあるとは言え、メリーが俺たちに公平さを与えるとは……おかしな話だ。曲解された理由は後で必ず考えた方が良いな。
「どうかしたのか」
一応、訊いておく。
「いやあ、なんていうか……昨日のことがあるとね、なんとなく入りずらいと言いますか……」
「まあ、お前の責任でもあるしな」
「やっぱり!?」
極度に反応する理由はそれか。慣れない冗談は言うべきじゃないな。
「お前というよりは、千堂が悪いだろ」
「……黒川くんは二度と冗談なんか言わない方が良いよ。樋脇くんだって困惑すると思う」
「既に体験済みだが、困惑してなかったぞ」
「うっそ。いつの間に仲良くなってるの? ちょっと気になるんだけど、先に不安を昇華させたい気持ちがあるからなあ」
「誰が犠牲になったのか知りたくないってことか」
「まあそれもあるけど、一番は――死にたくない。そう思ったからかな」
以前は死にたいと考えていた沢村が、少しは成長しているということか。いや、成長ではないか。死にたいか死にたくないか。それは選択に過ぎない。
死にたくないという状態が、すべてにおいて正とは限らないし、生きたいという希望でもない。
「声を掛けてきたのが黒川くんで良かったかもね。月島くんよりマシかなあ」
「それは良かったって話じゃないだろ。マシ、なんだろ」
そう強調すると、
「それもそうだね」
沢村が素直に頷く。
「月島くんが狙われていると良いけど」
「あいつなら死なないぞ」
「死んでくれたら嬉しかったけど、月島くんなら撃退するって確証があってさ。なーんか気が楽になるでしょ」
「二人とも、おはよう。もしかして昨日の話?」
気配もなく、樋脇が後ろから声を掛けてきた。例にも漏れず、沢村が飛び跳ねる。
「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
「いや、いいんだよ……でも、なんだろ。これ、デジャヴ?」
「よく分からないけど、誰かに驚かされたとか?」
樋脇が首を傾げる。
「まあ、そんなところ」
「それは災難だったね。それで、二人とも、どうして教室に入らないの?」
ずっと扉の前で話し込んでいたことが不思議なんだろう、樋脇がそう訊いてくる。
「入るけど……」
「沢村でつっかえてるんだ」
「それじゃ僕も入れないね」
くすり、と笑う樋脇。この茶番劇に付き合ってくれるみたいだ。それに慌てたのは沢村だった。「いやいや、樋脇くんにも面倒掛けられない!」と叫んで、扉を開けようとしては、手が震えている。
「昨日の話もしてたし、誰か来てない人がいるか確認してたの?」
「うう……」
沢村が項垂れる。その反応だけで樋脇には伝わった。
「否が応でも、朝会には誰が来てないのか分かるだろうし、席に座ってたらどうかな。時間が解決するでしょ」
「それはそうなんだけど」
「沢村さんの心配ぶりはよく理解できるけど、大丈夫だよ。誰も犠牲になっていないから」
樋脇はそれだけ伝えると、俺のことは無視して、先に教室へと入っていった。あいつは確かなことのみ断言する。
誰も犠牲になっていないと断定する意味。推測と憶測が収縮する前に、沢村の肩から力が抜ける。
「樋脇くんがそう言うなら安心できるね」
沢村は明るさを取り戻して教室へと入っていく。それが俺には異様な光景に見えた。沢村の背を追いかける。教室にいる以上、急がなくても良いから、勿論歩きで。
「沢村」
「何?」
平然と聞き返される。
「……何故、樋脇の言葉で安心するんだ?」
「え?」
沢村が瞬く。どうしてそんなことを聞くのか、と言わんばかりに首を傾げる。
「それは、この世で一番信頼がおける人、だから?」
疑問を疑問で返され、余計に怪しさを感じる。だが、沢村が分からない以上、俺に手立てはない。特に月島も樋脇を信じている。あの化け物並みの直観を持つあいつが。
「……そうか」
俺は結論を急がないことにした。今、考えても仕方がない。メリーが誰なのか考えることが優先だ。多事すること無かれ、多事は患い多しと言ったところだ。
教室の扉の前で、うだうだと考え込む沢村を見つけてしまった。鞄を持っているので、登校したばかりのようだ。沢村にしては登校時間が遅いな。俺も今日は寄るところがあったので、普段よりは早めに来た。
「そこにいると邪魔だぞ、沢村」
「ひょえっ!?」
俺の声に驚いたのか、体を大きく跳ねらせた。そのままぎこちなく振り向く。沢村の目の下には隈があり、目も血走っていた。どうやら昨夜は一睡も出来なかったようだ。
それはそうだろうな。他の生徒とは違って、沢村は怪異が存在していると知っている。昨夜メリーに狙われ、死んでいたのは沢村だったかもしれない。俺がメリーを外した以上、誰かが犠牲になっている可能性が高い。
――まもることができるひと。そいつは、おそらくメリーから俺たちを守ることが出来る役割だろう。そいつが万一にも守っているのであれば、否。誰かを守ったとしても、メリーが狙った人物を的確に守るなど不可能だ。
だが、メリットがあるとは言え、メリーが俺たちに公平さを与えるとは……おかしな話だ。曲解された理由は後で必ず考えた方が良いな。
「どうかしたのか」
一応、訊いておく。
「いやあ、なんていうか……昨日のことがあるとね、なんとなく入りずらいと言いますか……」
「まあ、お前の責任でもあるしな」
「やっぱり!?」
極度に反応する理由はそれか。慣れない冗談は言うべきじゃないな。
「お前というよりは、千堂が悪いだろ」
「……黒川くんは二度と冗談なんか言わない方が良いよ。樋脇くんだって困惑すると思う」
「既に体験済みだが、困惑してなかったぞ」
「うっそ。いつの間に仲良くなってるの? ちょっと気になるんだけど、先に不安を昇華させたい気持ちがあるからなあ」
「誰が犠牲になったのか知りたくないってことか」
「まあそれもあるけど、一番は――死にたくない。そう思ったからかな」
以前は死にたいと考えていた沢村が、少しは成長しているということか。いや、成長ではないか。死にたいか死にたくないか。それは選択に過ぎない。
死にたくないという状態が、すべてにおいて正とは限らないし、生きたいという希望でもない。
「声を掛けてきたのが黒川くんで良かったかもね。月島くんよりマシかなあ」
「それは良かったって話じゃないだろ。マシ、なんだろ」
そう強調すると、
「それもそうだね」
沢村が素直に頷く。
「月島くんが狙われていると良いけど」
「あいつなら死なないぞ」
「死んでくれたら嬉しかったけど、月島くんなら撃退するって確証があってさ。なーんか気が楽になるでしょ」
「二人とも、おはよう。もしかして昨日の話?」
気配もなく、樋脇が後ろから声を掛けてきた。例にも漏れず、沢村が飛び跳ねる。
「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
「いや、いいんだよ……でも、なんだろ。これ、デジャヴ?」
「よく分からないけど、誰かに驚かされたとか?」
樋脇が首を傾げる。
「まあ、そんなところ」
「それは災難だったね。それで、二人とも、どうして教室に入らないの?」
ずっと扉の前で話し込んでいたことが不思議なんだろう、樋脇がそう訊いてくる。
「入るけど……」
「沢村でつっかえてるんだ」
「それじゃ僕も入れないね」
くすり、と笑う樋脇。この茶番劇に付き合ってくれるみたいだ。それに慌てたのは沢村だった。「いやいや、樋脇くんにも面倒掛けられない!」と叫んで、扉を開けようとしては、手が震えている。
「昨日の話もしてたし、誰か来てない人がいるか確認してたの?」
「うう……」
沢村が項垂れる。その反応だけで樋脇には伝わった。
「否が応でも、朝会には誰が来てないのか分かるだろうし、席に座ってたらどうかな。時間が解決するでしょ」
「それはそうなんだけど」
「沢村さんの心配ぶりはよく理解できるけど、大丈夫だよ。誰も犠牲になっていないから」
樋脇はそれだけ伝えると、俺のことは無視して、先に教室へと入っていった。あいつは確かなことのみ断言する。
誰も犠牲になっていないと断定する意味。推測と憶測が収縮する前に、沢村の肩から力が抜ける。
「樋脇くんがそう言うなら安心できるね」
沢村は明るさを取り戻して教室へと入っていく。それが俺には異様な光景に見えた。沢村の背を追いかける。教室にいる以上、急がなくても良いから、勿論歩きで。
「沢村」
「何?」
平然と聞き返される。
「……何故、樋脇の言葉で安心するんだ?」
「え?」
沢村が瞬く。どうしてそんなことを聞くのか、と言わんばかりに首を傾げる。
「それは、この世で一番信頼がおける人、だから?」
疑問を疑問で返され、余計に怪しさを感じる。だが、沢村が分からない以上、俺に手立てはない。特に月島も樋脇を信じている。あの化け物並みの直観を持つあいつが。
「……そうか」
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